体育祭はラブチャンス 2
次の瞬間には、ぐんっとものすごい速さで視界がぶれていく。
「え、ええええ……!?」
まさかのまさかで、王子は私を抱えた状態で走り出していた。それでも手を繋いで一緒に走るよりも早くて、ぐんぐんと王子は進んでいく。
色々な意味でお荷物の私はというと、必死に王子にしがみつくことしかできない。
「きゃあああ! セオドア様ー!」
「なんて素敵なの……! ああ、目眩がしてきたわ」
グラウンドのあちこちから黄色い声が上がり、お姫様抱っこをするリアル王子様というシチュエーションに女子生徒はみんな大興奮しているようだった。
その上、最後の最後でギリギリのところで王子が相手を抜いたことで、会場はさらに湧く。
「や、やりましたね、一位! すごいです!」
無事にゴールテープを切った後、下ろされた私は王子の手を取った。王子は息を切らすどころかいつも通りの様子で、こくりと頷く。
なんというか王子は儚げなイメージだったから、しっかりした男性の身体つきだったこと、軽々と私を抱き上げてくれたことなどに対して、うっかりときめいてしまった。王子の沼は深い。
クラスのみんなも嬉しそうに手を振ってくれているのが見えて、大きく手を振り返した。
「そう言えば、お題はなんだったんですか?」
「…………」
王子は待機場所へまで送ってくれて、「異性の友達」とかだったらいいな、なんて淡い期待を抱きながらそう尋ねてみる。
すると王子は無言のまま、繋いだままの手とは反対の手に握られていた紙を見せてくれた。
「……へ」
そこにはなんと【一番可愛いと思う相手】と書かれていて、口からは間の抜けた声が漏れる。
見間違いだろうと目を擦っても、結果は変わらない。
「い、いちばんかわいい……?」
「…………」
とても信じられず、自分を指差しながら片言でそう尋ねる。すると王子はいつもと変わらない無表情のまま、こくりと頷いてみせた。どうやら本当らしい。
「ありがとう」
王子はそれだけ言うと、みんなの元へ向かっていく。
その場に残された私は金魚のように口をぱくぱくとしながら王子の背中を見つめていたけれど、はっと気付いてしまった。
「もしかして私が一番借りやすかったからでは……?」
うっかり勘違いしそうになったものの、王子が私やテレーゼ以外の女子と関わっているのを見たことがない。テレーゼよりも近くにいたし、きっとそうだろう。
それでも王子、危険すぎる。私でなければ恋に落ちていたに違いない。
この貴重なお姫様体験は一生の思い出にしようと思いながら、私は感謝の気持ちを込めて両手を合わせた。
「次のグループ、準備をお願いします」
「あっ、はい!」
そうこうしているうちに、私の出番がきてしまった。スタート地点に並び、合図と共に全力で走り出す。
やはり足の速さで少し周りと差がついてしまったものの、この競技はまだまだ挽回できる。
とにかく簡単なお題を──という願いを込めて、箱の中に手を突っ込む。
「…………」
そして縋るような気持ちで開いた紙の中身を見た瞬間、固まってしまう。本当に待ってほしい。
けれど周りは既に借り物をしようと走り出していて、迷っている時間はなかった。
私は紙を握りしめると、まっすぐに三年生の待機場所へ走り出す。
「ユリウス、一緒に来て!」
「俺を借りに来てくれたんだ?」
最前列の席で私を見てくれていたらしいこと、誰よりも目立っていたことでユリウスはすぐに見つかって、頷きながら右手を差し出す。
ユリウスは唇で弧を描くと立ち上がり、私の手を握り返してくれる。
「二人とも、頑張ってね」
アーノルドさんに見送られ、ぎゅっと手を握りながらゴールへ向かって走っていく。私が一番に借りられたようで、このままいけば一位は確実だろう。
ユリウスは私の一番走りやすいペースに合わせてくれていて、身体が軽い。
「さっきの、妬けたな」
「えっ?」
「王子様に抱かれちゃってさ」
先程の王子のお姫様抱っこの件を言っているらしい。
負けてられないな、なんて言いながら笑うユリウスの横顔は、何を考えているのか分からない。