きょうだい 5
王子まで切れ長の目を見開き、驚いた様子をみせているけれど、それも当然だろう。
そもそもテレーゼと吉田以外、私がウェインライト伯爵家の連れ子だと知らないのだ。全くもって意味が分からないに違いない。
ちなみに連れ子の事実に関しては隠していたわけではなく、私が事実を知った後に話すタイミングがなかっただけだった。
いきなりそんな話をされても「お、おう……」と気まずい空気になり、反応に困るだけだっただろう。
「私も記憶がないし、色々知ったのは最近なんだけど、かくかくしかじかで──……」
それからルカとは再会したばかりの姉弟であること、家庭の事情ですれ違いがあり、ルカが私を恨むのも仕方ない状況だったことなどをざっくり説明した。
「……俺の勝手な行動で、皆さんを巻き込んでしまってすみませんでした」
ルカは丁寧に謝罪の言葉を紡ぎ、深く頭を下げる。
その姿に胸が痛んだものの、顔を上げたルカの肩に、すぐにヴィリーがぽんと手を置いた。
「そっか、お前らも色々あったんだな。ま、無事に会えて良かったじゃん」
「ええ、ルカーシュくんも大変だったのね」
「確かにレーネちゃんと目元は似てるかも」
「それ以外は全く似ていないがな」
「…………」
私のこういった説明はヘタクソで定評があるものの、友人達の理解能力が優れているお蔭で、無事に伝わったようだった。
みんなルカが私の弟だということ、そしてルカの謝罪をすんなり受け入れてくれて、ほっと安堵の溜め息が漏れる。むしろルカの心配すらしてくれていて、その優しさに胸を打たれた。
「でも、ユリウス様とレーネちゃんって、実の兄妹じゃなかったんだね……」
「ご、ごめんね! 隠してたわけじゃないんだ」
「ううん。レーネちゃんが悪いわけじゃないから……」
何故かラインハルトだけは、その点に関してのみショックを受けた様子だった。
とにかくこれで、これからもルカが今まで通りみんなと仲良くできると息を吐くと、私の手を握ったままのルカは「なんで」と呟いた。
「……なんで、誰も俺を責めないわけ」
理解できないという様子で、友人達を見つめている。
「だってレーネちゃんが許したのなら、僕達が今更何か言うこともないしね」
「そもそもあんな嘘など、誰一人信じまい。なかったのと同じだ」
「おい吉田お前、かっこいいな。今のは教科書に載っていいレベルの名言だろ」
「やめてくれ」
「ふふ、ありがとう」
みんなの言葉に、心が温かくなる。吉田とヴィリーのやりとりに笑ってしまいながらルカを見上げると、ルカもまた小さく微笑んでいた。
「本当にそうだね。姉さんを陥れるための嘘も、誰も信じなかったよ。絶対にありえないって」
「み、みんな……!」
友人達がどれほど私を信頼してくれているかを知り、胸が熱くなった。もちろん私だってみんなのことを信じているし、逆の立場になっても同じことを言っただろう。
もはやルカの復讐は私とみんなとの友情イベントになっていて、普通に泣いてしまった。
「つーかお前、なんか性格変わってね? 俺はそっちの方が好きだけど」
「これが素なんですけど、良かったです」
今後、ルカもみんなと仲良くやっていけそうで本当に良かった。ルカの件も解決し、私も無事にCランクになれたのだから、完璧な一件落着だろう。
そしてウェインライト伯爵家問題もあるため、ルカと姉弟ということは内緒にしてもらうことにした。
「週末はゆっくり休めよ」
「うん! みんな、本当にありがとう」
改めてみんなにお礼を言い「また来週!」と手を振って見送る。明日からの週末は、屋敷に引きこもってのんびりと過ごすつもりだ。
「レーネちゃん」
「あ、ユリウス!」
そんな中、教室へやってきたのはユリウスとアーノルドさん、そしてミレーヌ様だった。
ハートフル学園を代表する美形三年衆の登場に、教室に残っていたクラスメイト達はどよめく。
「レーネ、おめでとう。Cランクに上がったのね」
「うんうん。すごいね、えらいよレーネちゃん」
「あ、ありがとうございます……!」
ミレーヌ様に抱きしめられ、アーノルドさんにもよしよしと頭を撫でられる。
二人にこうして褒められるのはとても嬉しくて、くすぐったい。実際のところ、結果としては私が一番低いというのに、本当に甘やかしてもらっている。
「レーネの結果が気になるってうるさくてさ」
肩を竦めたユリウスはミレーヌ様とアーノルドさんから私を引き剥がすと、私の目元にそっと触れた。先ほど泣いてしまったことに、気が付いたのかもしれない。
「よく頑張ったね」
「…………っ」
みんなからのお祝いの言葉も嬉しかったけれど、やっぱりユリウスの言葉は特別で。ユリウスのひどく優しい声に、視界がぼやけていく。
もう泣きたくないのにと必死に堪えていると、ぎゅっと身体に腕が回された。
「姉さん、大丈夫? 泣かないで」
ルカは私の身体に抱きつき、心配げなまなざしを向けてくる。ユリウスは今までの優しい表情とは打って変わって「は?」とルカを睨み返す。
一触即発な二人のお蔭で一瞬にして感動的な雰囲気は失われ、涙は引っ込んだ。
それからはアーノルドさんとミレーヌ様にも、ルカを弟として紹介した。
「まあ、レーネの弟なのね。かわいいこと」
「本当だ。目がそっくりだね」
「初めまして、ルカーシュ・アストンと申します」
ミレーヌ様とアーノルドさんに対しては愛想良く挨拶をしていて、ユリウスはなおも不機嫌さを露わにしたまま、その様子を見ている。
「レーネと結婚したら、こいつが弟になるのは嫌だな」
「結婚って何? 姉さん、こいつ何なの? 大丈夫?」
二人はそれからも売り言葉に買い言葉という言い合いを続けていたけれど、どこか気を許しあっているような雰囲気を感じていた。
◇◇◇
やがて三人と別れ、ユリウスと馬車に乗り込んだ私はいつものように並んで座った後、こてんとユリウスに体重を預けた。
私からこうしてくっつくのは珍しいせいか、ユリウスはアイスブルーの両目を瞬く。
「その、なんか無性に甘えたい気分になりまして」
「いくらでもどうぞ」
ユリウスは私の頭に手を回し、さらに近づくようにしてくれた。その仕草や手つきの破壊力に、ときめきすぎて甘えるどころか呼吸するだけで精一杯になる。
「ありがとう、ユリウス。試験のこともルカのことも」
「いいえ。どういたしまして」
「大好き」
心からの気持ちを口に出すとユリウスは微笑んで、やっぱり「ありがとう」と返してくれる。
それが以前よりももどかしく感じてしまうのは、私の気持ちに変化があったからだろうか。
「……よし」
無事に試験も終わったことだし、いよいよユリウスに告白しようと、私は気合を入れたのだった。
次章、いよいよ告白編──……