一難去ってまた一難
「今日は、本当にありがとう」
「どういたしまして」
王都からウェインライト家へと向かう帰りの馬車に揺られながら、今日は向かいに座る兄にお礼を伝える。
ぐうたらするだけだった一日が、王都の街中を見て周り、素敵なドレスやアクセサリーを買ってもらい、美味しいものを食べるという充実した一日に変わったのだ。
そして再びありがとうと伝えれば「俺の為だから」と言われてしまった。兄はいつもそればかりだ。
「良かったら、使って欲しいな」
「……これは?」
「いつものお礼です」
俺のためというのはよく分からないけれど、私が兄に助けられているのは事実なのだ。だからこそお礼の気持ちを込めて、先程こっそりと買っておいたプレゼントを渡した。
中身は彼の瞳の色と同じ色のピアスだ。とても素敵なデザインで、兄はよくピアスを着け変えているのを思い出し、すぐに手に取ってしまった。
ユリウスはにこにこと眺めていたけれど、私も色違いのものを買ったことを伝えれば「そうだ」と彼は口を開いた。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「うん?」
「俺とレーネの、交換して欲しいな」
「別にいいけど」
鞄にしまっていた桃色のピアスと交換すると、兄は早速それを身に着けてくれた。このレベルのイケメンは、どんな色でも似合ってしまうらしい。
同時に、兄はブルー系のものを既にいくつか持っていたから、他の色が良かったのかもしれないと気付く。私はなんて気が利かないのだろうと反省した。
「ありがとう。大切にするね」
「良かった、似合ってるよ」
「嬉しいな。あ、これは俺とお前だけのお揃いにしてね。あとはレーネもちゃんと、毎日着けてよ」
「うん?」
そんなことを言い、兄は形の良い唇で美しい弧を描いた。
◇◇◇
「おはようございます」
翌日。緑色のブローチとアイスブルーのピアスを身に付けウキウキで登校した私は、いつものように挨拶をし、教室へと入ったのだけれど。
いつもは無反応だったクラスメイト達から、ぱらぱらと戸惑ったような挨拶が返ってきたことで、思わず私の口からは「えっ」という言葉が漏れた。
顔を見るだけで嫌味を言ってきた女子生徒達も、気まずそうな表情を浮かべており、何も言ってはこない。よく考えれば今の私は、彼女達と同じランクなのだ。
ランク制度というものに改めて違和感を感じつつ、なんだか落ち着かない気分になりながら席に着く。
そうして今日も真剣に授業を受け続け、早めに四時限目が終わると早速、体育祭の出場種目決めが始まった。
「最下位クラスは3ヶ月間、学園中の掃除を担当することになるので、絶対に勝ちたいと思います」
「えっ」
「また、優勝した場合には次回のランク試験の加点にもなるそうなので、本気で行きましょう」
そんな言葉に、クラス中がざわつく。足を引っ張ってしまった場合、間違いなくクラスメイト達から非難を受けることになるだろう。友人を増やすどころではない。
「ねえ、テレーゼは何に出る?」
「私は余ったものでいいわ」
どうやら苦手なものというのがないらしく、当たり前のようにそう言ってのけた彼女に痺れた。
とにかくレーネの身体能力について分からない今、前世で経験のあるものや、無難なものにしたいと思っていたのに。
「ど、どうして……」
結局、人気競技のくじ引きにハズレ続けた私はなんと、剣術と障害馬術に出場することになってしまった。剣術だって馬術だって、もちろん経験などない。終わっている。
「レーネ、大丈夫?」
「今回ばかりは大丈夫じゃなさそう……」
体育祭まで、あと1ヶ月。今日から猛特訓しなければと、私は頭を抱えた。この世界に来てからというもの、こんなことばかりな気がする。
ユリウスの意味深な反応の意味が、わかった気がした。
「……ということがあったんですよ」
「知るか」
そして昼休み。テレーゼは用事があるらしく、廊下で捕まえた吉田と共にカフェテリアでお茶をしていた私は、早速体育祭への絶望感を語っていた。
「吉田は何に出るの?」
「剣術と代表リレーだが」
「えっ! 大丈夫なの?」
「お前、俺をなんだと思ってるんだ」
そう言って、彼は優雅にティーカップに口をつけた。吉田が剣を持ったり走ったりする姿など、全く想像がつかない。
「ヨシダくんのお父様、騎士団長だからね」
「えっ」
そう思っていると、そんな声が降ってきて。すぐに顔を上げれば、いつの間にかユリウスとアーノルドさんがすぐ側までやって来ていた。
この二人がカフェテリアにいるのは、珍しい気がする。
「席が他に空いてなくて、一緒に座っても?」
「もちろん」
「ありがとう」
二人が隣の席に腰かける中、私は今し方知ったばかりの事実に驚きを隠せなかった。
「吉田のお父様、騎士団長なの……!?」
「ああ。俺も騎士を目指している」
「ええっ」
私は彼が、文官とか宰相とか目指しているキャラだと勝手に思っていたのだ。なんというギャップ。そしてこれはチャンスだと、私は向かいに座る吉田の手を取った。
「よ、吉田師匠! 私に剣を教えてください」
「は? なんで俺が」
「お願い。吉田は私がボコボコにされてもいいの……?」
「断りづらいな」
隣に座るユリウスによって何故か、吉田の手を掴んだ手を剥がされつつ、必死にお願いをする。
全く未経験なこと、このままではクラスで今以上に浮いてしまうかもしれないこと、吉田しか頼れる人がいないということを伝えれば、彼はやがて深い溜め息を吐いた。
「……俺の指導は、甘くないぞ」
「大丈夫です! 根性だけは自信があります!」
「仕方ない、今回だけだからな」
「あ、ありがとう……!」
むしろ厳しくしてもらわないと、たった1ヶ月では間違いなくどうにもならないだろう。吉田師匠に弟子入りし、本気で練習をすることを誓った。
「いいじゃん。2年からは剣と魔法を組み合わせたりもするから、学んでおいて損はないよ」
そして何故か私の手を握ったままの兄は、そう言った。シスコン扱いされても良いのだろうか。
「あとは、馬術か……」
「レーネちゃん、障害馬術に出るの?」
そう呟くと、斜向かいに座っているアーノルドさんが首を傾げた。今日も抜群に顔がいい。
兄から聞いたところ、レーネには乗馬自体の経験はあるらしく、少しだけ安心した。けれど馬に乗って飛んだり走ったりするのはきっと、また別物だろう。
「俺が教えてあげようか?」
「えっ?」
そんな中、アーノルドさんが突然そう言ってくれた。
気持ちはとても嬉しいものの、先日のポコっふわっを思い出し、不安になってしまう。ユリウスはと言うと、生き物があまり好きではないらしく、教えては貰えなそうで。
他に頼れる人もいないため「俺に任せて」というアーノルドさんのお言葉に、甘えさせていただくことにした。
そして今日から早速、馬術を教えてもらうことになった。吉田は明日から剣術を教えてくれるらしい。
放課後、許可をもらいアーノルドさんと共に、私は学園内の馬小屋へとやって来ていた。彼は幼い頃から乗馬を嗜んでおり得意なのだという。あと、とても動物が好きらしい。
「まずは馬と仲良くならないとね」
「なるほど」
「馬ってかわいいよね、よしよし」
「そうですね」
けれど結局、馬にニンジンをあげて撫で、可愛さについて語るだけで初日の練習は終わった。多分、私も終わった。