違和感のはじまり 4
その場にへたり込む私に、手が差し出される。
「なんでうちのレーネちゃんは次から次へと、こんなトラブルに巻き込まれるのかな」
ユリウスは「俺を心配させたくてやってる?」なんて困ったように笑うと、私の手を掴み、ぐいと引き上げて立たせてくれた。
「もう大丈夫だから、安心して」
──どうしてユリウスはいつも、私が困った時に助けてくれるんだろう。私にとってはヒーローみたいで、様々な感情で胸がいっぱいになる。
「二年の女子が炎の中に閉じ込められてるって聞いて来てみたら、案の定だったね」
「ユ、ユリウス……助けに来てくれてありがとう。今回ばかりはうっかり死ぬかと思っちゃった」
「いーえ。レーネは俺が死なせないよ」
ユリウスはなんてことないように笑い、私を抱き寄せると片手をかざし、風魔法と水魔法を組み合わせて煙や火を消していく。
今の今まで部屋全体を飲み込むほど燃え広がっていた炎が、あっという間に小さくなる。
「お前らも手伝って。あの辺の液体とか厄介そうだし」
「もちろん、任せて」
「あら、派手にやったわね」
ユリウスの後ろにはアーノルドさんとミレーヌ様の姿もあって、二人もまた魔法を使い、めちゃくちゃになった準備室内を安全に片付けてくれる。
「本当に、ありがとうございます」
「いいのよ。困った時はお互い様だもの」
私も何か手伝いたかったけれど、ユリウスに「レーネは大人しくしていて」と言われてしまい、邪魔をせずにひたすら応援に徹することにした。
◇◇◇
それからは消火活動をしてくれた三人に丁寧にお礼を言い、駆けつけた先生達と話をし、帰宅は普段の夕食開始時間よりもずっと遅くなってしまった。
既に両親やジェニーは夕食を終えていて、ユリウスと二人きりで食堂にて食事をする。
なんだか先程の出来事が全て夢だったみたいに、現実味がない。お腹は空いているはずなのに珍しく食欲も湧かず、私はグラスに入った水を喉に流し込んだ。
「大丈夫? 気分でも悪い?」
「そうじゃないんだけど、まだ落ち着かなくて」
ユリウス達が助けてくれなければ、今頃は大惨事になっていただろう。あんな言い訳のできない状況では、私が退学になっていた可能性だってあったのだ。
先生方も私が科学準備室で下手な火魔法を使ったのが原因だと考えたらしく、最初は「他に誰かいた」と言っても聞き入れてもらえなかった。
あんな時間にあんな場所に一人でいていきなり火事が起きるなんて、疑われても当然だ。
『なぜ科学準備室にいたんだ?』
『それは、その……一人になりたくて……』
ルカの名前を出せば、間違いなくルカも疑われて巻き込んでしまう。だからこそ、適当に誤魔化すことしかできず、余計に怪しまれる結果となってしまった。
『へえ? 先生は火事に巻き込まれてしまった可哀想な俺の妹が、放火魔だとでも言いたいんですか?』
『レーネが犯人なんてあり得ないもの。もしそうだったとしたら、私も退学にしていいわよ』
『じゃあ俺も』
けれどユリウスもミレーヌ様もアーノルドさんも、そんな私のために先生方を説得してくれた。
「…………っ」
無条件で信じてくれたことに、私はどうしようもなく胸を打たれていた。
Sランクで成績優秀、家柄も良い三人の圧に、先生も完全に押し負けていたように思う。
『だが、準備室があんな状態になった以上、証拠もない中で罰を与えないというのは……』
『それなら俺が明日までに全て元の状態に戻しますよ』
『あの準備室には希少な薬液や薬草が──』
『全て用意します。それなら問題ないでしょう?』
そしてユリウスが知人のつてで準備室の修理と、あの場にあったもの全てを一晩で用意すると言ってのけ、私は用もなく準備室に入るなと怒られるだけで済んだ。
ユリウスが魔法でどこかへ連絡した直後には業者らしき人々が学園を訪れて作業を始めたため、明朝には完全に元に戻る予定だそうだ。ユリウスという人は本当に何者なんだろうと、改めて驚かされる。
「本当に本当に、ありがとう。ユリウスがいなかったら停学は確実だったと思うもん」
「レーネには俺がいるから大丈夫だよ」
「そうだ、修理のお金とか」
「いらないよ、そんなの。その分、俺への好感度を上げておいてくれたらいいから」
そんなことを言って笑うユリウスの好感度は、もう私の中でカンストする勢いだった。
大好きなミレーヌ様とアーノルドさんにも、後日改めてお礼をしなければ。
「……でも、誰があんなことをしたんだろう」
間違いなく準備室内には私以外の誰かがいた。これまで積もっていた違和感が、はっきりと形取られていく。
──誰かが私に悪意を抱き、陥れようとしている。
いつもなら真っ先にジェニーを疑うところだけれど、最近の様子を見る限り違う気がした。
「とにかく犯人も探さないとね。でも、何で科学準備室なんかにいたの?」
「…………」
なんとなくユリウスにも、ルカに呼ばれたからだとは言えなかった。あの場にルカの姿はなかったけれど、クラスメートが嘘をついたとも思えない。
私が口籠もっていると、ユリウスは「言いたくないなら大丈夫だよ」と言ってくれる。
「俺が付いているとは言え、とにかく気をつけて。常に一緒にいられるわけじゃないから」
「うん、ありがとう。私、ユリウスがいなかったら今頃は死んでそう」
宿泊研修でドラゴンに襲われた件から始まり、何度もピンチを救われてきた。
日頃ヒロインらしさがゼロの私でも、ピンチに遭う頻度だけはヒロイン感があって嫌になる。
「じゃあレーネの命はもう俺のものだね」
「すごい、その発想はなかった」
いつも通りのユリウスに笑ってしまい、少しだけ肩の力が抜けていく。
「あと、レーネに一時的な強い防御魔法がかかってた」
「えっ?」
「あんな目に遭わせても、怪我をさせるつもりはなかったんだろうね。被害が広がらないようになのか、教室のドアにも結界が張られていたし」
そして足元で爆発が起きた時にも、無傷だったことに納得がいった。犯人の目的は、私を怖がらせたり私の立場を悪くしたりすることなのかもしれない。
ランク試験が近づいている今は勉強に集中したいし、動ける時間は限られている。とにかく今は身の回りに気を付けようと、自分に言い聞かせた。