姉と弟、兄と妹 4
「これからも仲良くしようね? 姉さん」
全く離れてくれる気配はないものの、何がルカを傷付けてしまうかまだよく分からない。ひとまず今はこのままでいるべきだろう。正直、冷や汗が止まらない。
姉弟というのはなかなか難しいと思っていると、アーノルドさんはくすりと笑った。
「あはは、すごく仲が良いんだね。じゃ、またね」
そうしてアーノルドさんは、やけに楽しげな顔をしたまま三年の階へと去っていく。
なんだか嫌な予感がしてしまいながら、私達は再びカフェテリアへ向かった。
カフェテリアは生徒で賑わっていて、一番端の席に向かい合って座る。
周りの席に座る女子生徒はみんな、ルカへ熱い視線を送っていた。時折はしゃいだ様子の彼女達に手を振られては、ルカも笑顔で振り返している。
これがスクールカースト一軍か……と、私も憧れに似た眼差しを向けてしまう。
「あ、すごく美味しい」
「本当? 良かった」
ブラックコーヒーを飲むルカと、砂糖とミルクをどばどばと入れる私。姉の矜持というのはどうしたら保てるのだろうと考えながら、スプーンをかき混ぜる。
「姉さんが買ってくれたコーヒー、大事に飲むね」
「うっ……」
コーヒー1杯でそんな……と胸を打たれてしまう。
ルカはいちいち可愛くて、何杯だって飲ませてあげたい、むしろ何でも買ってあげたいと思ってしまう。
「…………」
私はまだ名前と年齢くらいしか、ルカのことを知らない。何から尋ねようかと悩んでいると、きらりと陽の光を受けてルカの金色のブローチが輝いた。
「すごいね、Sランクなんて。私も見習わないと」
「俺は特待生だから。成績は絶対に落とせないんだ」
にこりと笑ってみせるルカは、カップに口をつける。
──特待生とは各学年、成績上位の生徒五人が授業料を全て免除される制度だ。平民であるルカは経済的な事情で、特待生でなければ通えないのかもしれない。
どこまでも偉いルカに、自分が情けなくなる。
「あ、そう言えば、お父さんって元気なの?」
「うん、元気だよ。俺は今、寮にいるから長期休暇の時にしか会えないけど」
ルカが一人じゃなくて良かったと、ほっとする。ハートフル学園には遠方に住む生徒のための寮があり、ルカの家はかなり遠い場所にあるのかもしれない。
「良かったら私も、一緒に会いに行ってもいいかな?」
実の父にも、もちろん会ってみたかった。レーネやルカに似ているのかな、私も「お父さん」と呼んでもいいのかな、なんて考えてはドキドキしていたけれど。
「……そうだね、いつか一緒に行こう」
ルカは笑顔のままだったけれど、はぐらかされたのがはっきりと分かった。
もしかすると、私は父に会わない方がいいのかもしれない。本当は母のことも、家族の事情についても気になっていたけれど、まだ聞かない方がいい気がする。
「姉さんはいつ記憶喪失になったの?」
「去年の五月に階段から落ちたらしくて、それまでの記憶が一切ないんだ」
「そうだったんだ。性格まで変わるものなんだね。俺が知る姉さんとはまるで別人だったから、驚いたよ」
やはりレーネは昔から気弱で内気で、泣き虫だったらしい。友達と呼べる存在だっていなかったため、今の私が友人に囲まれていることにも驚いたんだとか。
「それなら昔の私がルカと仲良くできていたのは、ルカのお蔭だったんだね」
様子を見る限りルカはかなりのコミュ強だし、レーネとも仲良くできていたのだろう。
「あー……そうだね。そうかも」
ルカはテーブルに頬杖をつき、曖昧な返事をする。
やはり家族のこと、過去の私達のことについては話をしたくないみたいだった。
「姉さんの記憶って、全く戻らないんだ?」
「うん、今のところは」
元の世界に戻ってレーネと入れ替わった時、一瞬だけ記憶が戻ったという設定にはしたけれど、そこまでまだ話さなくてもいいだろう。
それからは過去や家族の話題を避けながら、ルカの好きなものや学園での様子を聞いた。
まだ数日だけれど、友達もできて楽しく過ごせているようで安心する。
「あ、そろそろ戻らなきゃ」
時計を見ると、もうすぐ教室を出てから三十分が経つようだった。楽しい時間はあっという間というのは本当なのだと、改めて実感する。
一緒に暮らせなくても、姓が違っても、家族に変わりはない。今後もこうして少しずつルカと仲良くなっていきたいし、姉らしいこともしていけたらと思う。
「今日はありがとう。またすぐに会いに行くね」
「うん、姉さんと話ができて良かった。今度は放課後、遊びに出かけたりしたいな」
「もちろん! どこにでも行こう」
指切りをする可愛いルカに、笑みがこぼれる。
そして最後に、昨日からずっと言おうと思っていたお願いをしてみることにした。
「その、私の仲の良い友達とかにはルカのこと、弟って話してもいいかな? 絶対に内緒にしてくれるから」
やはりユリウスや大切な友人達にまで隠したままというのは、落ち着かない。何よりユリウスに妙な誤解をされてしまうのは、絶対に嫌だった。
「……俺、過去に信じていた人に裏切られてから、人を信用できないんだ」
長い睫毛を悲しげに伏せたルカは、テーブルの上に無造作に置いていた私の手に、自身の手をそっと重ねた。
私よりも大きな手のひらに、縋るように握られる。
「だから、姉さんの友達でも信じられない。ごめん」
「ルカ……」
思い詰めた表情からは、相当な辛いことがあったのが窺える。先程「死んじゃう」なんて言葉を口にしていたのも、そんな出来事があったからなのだろうか。
両親が離婚し、姉と引き離された挙句、信じていた人に裏切られてしまったなんて、辛すぎる。
想像していたよりもずっと重いルカの背景に、これ以上は何も言えなくなった。
「ごめんね、面倒で。姉さんが迷惑なら俺──」
「全っ然大丈夫だよ! むしろこちらこそごめんね!」
涙ぐむルカの手を、慌てて握り返した時だった。
「──何してんの? レーネちゃん」
後ろから身体に腕が回され、耳元で低いテノールボイスが響く。その瞬間、全身の血が凍りつく思いがした。