16歳の誕生日 3
けれど、呆然とする私とは違い、王子もユリウスも平然としている。まさかこれが通常運転なのだろうか。
「──も、だろうね。ああ、そうだ、私も彼女にきちんと挨拶をしないといけないな」
私の1ヶ月分くらいの文字数を喋った後、ようやく口を閉じた王子兄に、王子は静かに返事をした。
「レーネは親しい友人です」
「えっ……セ、セオドアさ──」
「そうか、そうか! それは素晴らしいことだね。初めまして、私はこの国の第二王子で、アルジャーノン・リンドグレーンと言う。いつもセオが世話になっているようで、私からも礼を言わせてほしい」
「あっ、いえ! お世話になっているのは私のほ──」
「セオがこんな風に友人を紹介してくれるのは珍しいから、本当に嬉しいんだ。レーネ嬢、どうかこれからもセオをよろしく頼むよ。おや、一緒にいるのは誰かと思えばユリウス・ウェインライトじゃないか。先日の夜会以来だね、君も元気そうで良かったよ。もしかして以前話していた妹というのはレーネ嬢のことかな?」
「ええ、お久しぶりです」
「まさか君の妹と私の弟が同級生でこんなにも親しいとは、これも何かの縁だな。ユリウスと私もハートフル学園で──……」
王子兄のマシンガントークは終わる気配がなく、私は相槌を打つタイミングすら掴めずにいる。
王子が私を初めて「レーネ」と呼んでくれたこと、はっきりと友人──それも「親しい友人」と紹介してくれたことに感動する間もない。
王子兄、キャラが濃すぎる。私は結局、ペースに呑まれ自ら名乗ることすらできていなかった。
ユリウスと王子兄は2つ違いらしく、ハートフル学園の先輩らしい。王子兄は吉田姉のアレクシアさんと同い年ということになる。なんて濃い世代なのだろうか。
「……はっ、まさか」
そして気付いてしまう。王子がこれほど無口なのは、王子兄の影響なのではないかと。
王子兄は王子の3つ上で、幼少期から仲が良くずっと一緒に過ごしていたらしい。これほど早口で口数が多い王子兄と物心つく前から一緒にいれば、誰よりも無口になるのも頷ける。むしろそれしかない。
「──だったとはな。ああ、長く引き止めてしまって悪かったね。どうかゆっくり過ごしていってくれ」
「あ、ありがとうございます」
ようやく話は終わり、爽やかな美しい笑みを浮かべ、王子兄は去っていく。嵐のような方だった。
「…………」
「とても楽しい方ですね。親しい友人だと紹介していただけて、とても嬉しかったです」
「…………」
「あ、もちろん私もそう思っていますよ」
その後は王子に手を引かれたまま、再び三人でどこかへ向かって歩いていく。すれ違う人々は皆、王子に丁寧に頭を下げ挨拶をしていて、やっぱり王子様なんだなあという当たり前すぎる感想を抱いてしまった。
やがて王子が足を停めたのは、大きな扉の前だった。ゆっくりと扉が開いていき、その先に広がる光景を見た瞬間、私は石像のように固まってしまう。
「──え」
大広間は煌びやかなパーティー会場になっており、輝くシャンデリアの下、料理やケーキが並んでいる。
「みんな、どうして……」
そしてそこにはテレーゼや吉田、ヴィリー、ラインハルト、アーノルドさんの姿があったからだ。
華やかで色とりどりのドレスやタキシードを纏った友人達を前に、私は頭が真っ白になっていた。
「レーネ、お誕生日おめでとう!」
「ああ、おめでとう」
「レーネちゃん、ハッピーバースデー!」
「誕生日おめでとう、今日もかわいいね」
「おめでとうな! 同い年だ!」
口々にお祝いの言葉をかけられ、その場に立ち尽くしていると、隣にいたユリウスに大きな花束を渡される。
「改めて16歳の誕生日おめでとう、レーネ」
そしてようやく、理解した。
みんなは私の誕生日を祝うために集まり、サプライズでパーティーを開いてくれたのだと。
「…………っ」
夢みたいな、奇跡みたいな出来事に嬉しくてどうしようもなくて目頭が熱くなり、胸がいっぱいになる。
両目からぽたぽたと、涙が溢れていく。
「……っう、うわあん……あ、ありが……ひっく……」
お礼を言いたいのに、上手く言葉を紡げない。すぐにユリウスがハンカチを取り出し、涙を拭ってくれる。
それでも涙は止まらず、余計に溢れてきてどうしたらいいか分からなくなる。号泣どころの騒ぎではない。
自分でも引くほど泣いてしまっている私を見て、みんなは優しい表情で微笑んでいた。
「絶対に泣くだろうねとは話してたけど、まさかこんなに泣くとは思わなかったよ。ほら、鼻まで出てる」
「うっ……っぐす……だ、だって……」
「こんなに喜ばれたら俺達も色々と準備して、こうして集まった甲斐があるよな」
「あはは、レーネちゃん、想像を軽く超えてくれたね」
サプライズ大成功だと笑う姿に、胸が温かくなる。
──大好きな友人達と一緒に誕生日を過ごせたら良いなと、思ったこともあった。
けれどこういうのは自分から誘うものではないし、プレゼントとか色々気を遣わせてしまうのも嫌で、誕生日もみんなに知らせずにいたのだ。
だからこそ、こんな風にお祝いしてもらえるなんてこと、私は想像すらしていなかった。
「み、みんな、ありがとう……わ、私、死ぬ時、この瞬間、走馬灯に絶対出てくるよ……」
「重いな」
吉田の冷静な突っ込みに「確かに」と笑ってしまう。それでも本当に前世と今世を合わせても、私の人生で一番くらいに嬉しくて幸せな瞬間だった。
「どういたしまして。ほら、まずは座ろうか」
ぐすぐすと泣き続ける私はユリウスに手を引かれ、テーブルをみんなで囲む。
まずは乾杯しようということになり、ノンアルコールのシャンパンが配られる。お誕生日席に座った私は改めてみんなの顔を見た後、頭を下げた。
「み、皆様、本日は私のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
「おいおい、堅苦しいのはやめようぜ! ハッピーバースデー! イェーイ!」
グラスを掲げたヴィリーに笑い飛ばされ、つられて笑顔になった私も、グラスを持つ手をまっすぐに伸ばす。
「そうだね、みんな今日は本当にありがとう!」
7つのグラスを合わせると、幸せな音がした。