16歳の誕生日 2
箱の中には、とても可愛らしいアプリコットカラーのドレスが入っていた。透け感のあるレースが重ねられ、全体には小さな花の飾りが散りばめられている。
「か、かわいい……! わあ、靴と髪飾りもある!」
小さな箱にはそれぞれドレスに合わせた靴や花の髪飾りが入っており、全てが最高にかわいくて胸が弾んだ。
自分で言うのも何だけれど、どれもすごく私に似合う気がしてならない。選んでくれたユリウスは流石だと思いながら、着替えるためにローザにドレスを手渡す。
そしてもうひとつ箱が残っており、唯一包装が全く違うことに気付く。別のお店で買った品だろうか、箱の上には綺麗な色の封筒が添えられていて、その封蝋の家紋はどこかで見たことがあるような気がしてならない。
「……あ、これ、狩猟大会の!」
手紙はテーブルの上に置き、先に箱を開けたところ、中に入っていたのはふわふわの美しい毛皮で作られたコートだった。すぐに狩猟大会でたくさん狩った、雪兎から作られたものだと分かった。
口が裂け鋭利な歯がずらりと並ぶ、あの凶悪な顔をした魔物からこんなにも素敵なコートが生まれたのかと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。
コートの留め具には大きな宝石がついており、とんでもなく高価なことが窺える。私は毛皮のコートに向かってそっと両手を合わせて拝むと、次に手紙を開封した。
「ミ、ミレーヌ様……!」
なんとこのコートはミレーヌ様からのプレゼントで、家族で国外に行っているため直接祝えないものの、どうか素敵な一日になりますように、本当に誕生日おめでとうと綴られている。
感激した私は視界がぼやけるのを感じながら、手紙を抱きしめた。まだミレーヌ様と付き合いは長くないけれど、私はミレーヌ様が大好きで姉のように慕っていた。
後日しっかりお礼を用意してお返事を書こうと決め、手紙を大切にしまうと、私はローザに支度を頼んだ。
「お嬢様、とても素敵です! 大変お似合いですよ」
「本当? ありがとう!」
ドレスを着て化粧をし、髪を整えてもらった鏡に映る私は驚くほどかわいい。妖精かと思ったくらいだ。
元々レーネは美少女だけれど、なんというか最近は以前よりもかわいく、綺麗になった気がしてならない。
最後にミレーヌ様に頂いたコートに袖を通せばもう、完璧だった。とても温かくて、着心地も抜群だ。
「レーネ、準備は終わった?」
浮かれながらくるくると回り、全身鏡をじっくり見ていると、再びユリウスがやってきた。
ユリウスも正装を身に纏っており、モノトーンでコーディネートしているせいか、普段より大人びて見える。
やっぱり格好いいなあと思っていると、ユリウスは私を見て「想像していた以上に似合ってる」と微笑んだ。
「着てくれてありがとう。本当にかわいいよ」
「こちらこそ、素敵なプレゼントをありがとう!」
「どういたしまして。……うん、俺はレーネの性格を好きになったんだけど、レーネの見た目も好きみたいだ」
「…………っ」
私の頬を撫で、満足げな顔をするユリウスに心臓が跳ねる。見た目を褒められるのも嬉しいけれど、私の性格を好きになった、という言葉は何よりも嬉しかった。
なんというか、ちゃんと「私」自身を好きになってくれたのだと実感したからかもしれない。
「それじゃ、行こうか」
当たり前のように手を繋がれ、私もまたユリウスの手を握り返す。そして私達は屋敷を出発したのだった。
◇◇◇
それからは二人で予定通り王都の街中へ行き、買い物をしたりお茶をしたり、楽しく過ごした。
誕生日というだけで何もかもが特別に感じて、私はずっと浮かれっぱなしだったと思う。ユリウスはそんな私をずっと気遣い、楽しませてくれた。
あっという間に昼過ぎになり、お腹も空いた頃。ユリウスは私の手を引いて馬車へと戻り、乗り込んだ。
「たまに街に行くのもいいね、楽しかったよ」
「私も楽しかった! ありがとう」
満足感でいっぱいだったものの、もう帰るのかと内心寂しく思いながら、窓の外の景色を見つめる。
けれど、だんだん見慣れない景色に変わり、ウェインライト伯爵邸ではない場所に向かっていると気付く。
「あれ? こっちって、屋敷の方向じゃなくない?」
「うん、そうだよ。着いてからのお楽しみ」
「…………?」
どこに向かうのだろうと不思議に思いながら窓の外を眺めていると、やがて見えてきたのは王城だった。
王城は夏休みのガーデンパーティー以来で、どんな用事があるのか、さっぱり予想もつかない。
王城の門の前で馬車は停まり、ユリウスにエスコートされて降りた私は、目を瞬いた。
「セ、セオドア様……!?」
なんと私達を出迎えてくれたのは鮮やかなグリーンの正装姿の王子で、驚いてしまう。
どうしてという気持ちを込めて隣に立つユリウスを見上げても、笑顔を返されるだけ。
「誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」
王子は小さく微笑み、私の手を取った。よく分からないけれど、王子も誕生日を祝ってくれるのだろうか。
そのまま王子に手を引かれ、王城へと歩いていく。ユリウスも私達の後ろを、黙ってついてきている。
「どこに向かっているんですか?」
「…………」
「あ、やっぱり内緒なんですね」
ドキドキしながら長い廊下を歩いていると、不意に前方から数人の集団がやってくるのが見えた。
王子と同じ美しい金髪とエメラルドの瞳、そして整いすぎた美しいお顔に加えて、纏っている圧倒的なオーラから、誰なのかすぐに分かってしまった。
「わあ……」
私達の目の前で足を止めた超絶美形な男性は間違いなく王子のお兄様であり、この国の王子様だろう。
お兄様は二人いると聞いているけれど、どちらなのだろうと思いながら、ユリウスと共に頭を下げる。
王子兄は王子と繋いでいる手を見比べ、信じられないという顔をした後、笑みを浮かべた。
「セオ、昨日の昼ぶりだね、夕食は一緒に食べられなかったけれど元気そうで良かったよ。出先での仕事が長引いてしまって間に合わなかったんだ。それで、そちらの女性はどなたかな? とても可愛らしい方だけれど、もしかしてハートフル学園の同級生かな? セオはいつも楽しそうに学園の話をしているし、素敵な友人たちに恵まれているんだろうなとは思っていたんだ。それにしてもセオが女性と手を繋いでいる姿なんて初めて見たから、驚いてしまったよ。そもそもマクシミリアン以外を城に招くのも珍しいからね、なんだか嬉しいな。セオは昔から私の後をついて回ってばかりで──……」
「??????」
本当に待ってほしい。かなり饒舌で早口で、まるで3倍速で早送りしているようなスピード感に、私は驚き戸惑い、呆然と美しい顔を見つめることしかできない。