ランク試験(一年夏) 3
「えっ……えええ……」
あんなにも頑張ったのに、駄目だったなんて。ショックではあるものの、仕方ない。そう思ったけれど。
クラスメイト達が私を見る目が、なんだかおかしいことに気が付く。そんな中、ヴィリーがぽんと私の肩を叩いた。
「おめでとう、良かったな。お前、頑張ってたし」
その言葉に、信じられない仮説が浮かび上がる。まさかそんなこと、あり得るのだろうか。
高鳴る胸の鼓動を感じながら、恐る恐る視線を胸元に移せば、真っ赤だったブローチは緑色に輝いていて。
その色は、私がDランクになったことを示していた。
「………うそ」
「すごいわ、レーネ! おめでとう!」
テレーゼは私の手を取り、泣きそうな表情を浮かべた。彼女もずっと、私が退学になってしまうことを心配しては、勉強を教えてくれていたのだ。
そんなテレーゼを見ていると、再び視界がぼやけた。
「二人とも、ありがとう……!」
「やべ、俺は下がってんじゃん」
どうやら筆記試験が壊滅的だったらしく、Bランクだったヴィリーのブローチは、Cランクである青色に輝いていた。
けれど本人はさっぱり気にしていないようで「青、一番格好良くね?」なんて言って、むしろ喜んでいる。適当でデリカシーはないけれど、彼のポジティブさや素直さは好きだ。
その他のクラスメイトからの視線は、なんとも言えないもので。やはり見下していた自分達よりも下の存在が、こうして結果を出すというのは気分の良いものではないのだろう。
とにかく、本当に良かった。頑張って良かった。
再び二人にお礼を言うと、先程の件について教師と話をするため、私は相談室へと向かうことにした。
「あ、ラインハルト」
「レーネちゃん、ちょうど会いに行こうと思ってたんだ」
廊下を歩いていると、ちょうど前からラインハルトがやって来ていて。彼のブローチを見た瞬間、私は息を呑んだ。
「その色……」
「僕ね、ずっと塞ぎ込んでいたせいか、無意識のうちに魔力を押さえつけてしまっていたらしくて」
「えええ」
そう言った彼の胸元には、美しい青色があった。どうやら彼の本当の魔力量は、学内でもトップクラスだったらしい。
ラインハルトの設定の大盛りは、まだまだ続くようだ。間違いなく彼は製作者のお気に入りだろう。とにかく彼が今後虐められることはなさそうだと、内心安堵する。
何度も良かったね、おめでとうと伝えると、彼はそっと私の頬に触れた。驚くほど冷たい手に、鳥肌が立つ。
「レーネちゃんもすごいね、Dランクになったんだ」
「うん、本当に良かった」
「良かった。これからもずっと、一緒にいられるね」
「そ、そうだね……?」
至近距離でのイケメンの幸せそうな笑顔に、心臓は深刻なダメージを負ってしまう。近いうちに一緒にお祝いをしようねと告げて、私は歩みを進めた。
「あっ、吉田! 見て!」
その後王子と共に廊下を歩いていた吉田を見つけると、すぐさま声をかけた。二人は足を止め、私へと視線を移す。
私の色の変化に気付いたことで、メガネの奥の彼の瞳は驚いたように見開かれた。吉田はと言うとしっかりAランクをキープしたようで、勝手にほっとしてしまう。
王子は当たり前のようにSランクだった。思わず流石ですね、と声をかけたけれどやはり返事はない。
「まさか一気に、Dまで上がるとはな」
「……Fランクじゃなくなったし、友達になってくれる?」
彼は以前、Fランクに名乗る名はないと言っていた。だからこそ、そう尋ねたものの「無理だ」と言われてしまって。
やはりまだ足りないだろうかと、思っていた時だった。
「二度、友人になることなどできまい」
「よ、吉田……!」
なんと彼は既に、私を友人だと思ってくれていたらしい。未だに態度は素っ気ないものの、とんだツンデレだ。
良かったな、と言い再び歩き出す彼の背中に今日も愛を叫ぶと、私は浮かれきったまま応接室を目指したのだった。
◇◇◇
「失礼します」
応接室に入ると中には既にユリウスがいて、ソファに腰掛けていた。まだ教師達は来ていないようだ。
「お疲れさま。お、すごいね。Dランクだったんだ」
「うん! 本当にユリウスのおか、げ……」
そこまで言いかけたところで、私は言葉を失った。
ユリウスの金色だったブローチは、Bランクである紫色に変わっていたからだ。どうして、と思ったけれどすぐに私のせいだと気が付いてしまった。
彼は自身の試験を投げ出して、私を探しに来てくれたのだろう。だからこそ、2つもランクが下がってしまったのだ。
「っごめん、私のせい、で……」
「お前のせいじゃないよ。技術試験サボっても、Aくらいは行けるかなと思ったんだけどな。俺もまだまだみたい」
そんなことを言って笑う兄に、視界がぼやけた。ユリウスが遅くまで勉強をしていたことだって、知っている。
けれどこういう時、謝ってばかりいては良くないことも私は知っていた。言うべき言葉は、他にある。
「本当に、ありがとう。ユリウスが色々教えてくれて、助けに来てくれたお蔭だよ」
「どういたしまして。冬の試験ではどうせ、Sランクに戻るしね。むしろ、都合が良かったかもしれない」
「…………?」
「それに俺自身の為にやったことだから、お前は何も気にしなくていいよ」
まだ表情が暗いであろう私に、彼はそう声を掛けた。
……都合がいい、俺自身の為という言葉の意味はやはりよく分からないけれど。それでも、私がユリウスに助けられたのは揺るぎない事実だった。
「でも、本当に良かったね。えらいえらい」
そう言って、くしゃりと頭を撫でられる。こんなに優しくされては、誰だって好きになってしまうに違いない。彼が兄でなければ流石の私も、ドキドキしてしまっていただろう。
それからすぐに教師達がやってきて、先程起きた出来事について説明し、至急調査してもらえることになった。
試験に関しては、必ず同時刻に受けなければならない決まりがあるようで、ユリウスの成績が変わることはなかったけれど。妹を救うために彼が試験を投げ出したという話は既に広まっているようで、学園内の彼の株は鰻上りなんだとか。
謎の薬を嗅がされたこともあり、保健医に身体に異常がないかを見てもらった後、私はユリウスと共に帰路に就いた。
何故か今日も隣り合って座り、馬車に揺られていく。
「これで学園生活、もっと楽しめるかな」
「きっと楽しくなるよ。けど、まだこれからだからね」
「あ、そうだよね」
兄の言う通り、これで満足してはいけない。
試験内容だって変わっていくし、周りだってこれから本気で上を目指していくはず。油断すれば、またFランクに下がってしまう可能性だってあるのだ。
それでもまずは自分を沢山褒めてあげて、甘やかしてあげようと思う。そして来月は勉強をしつつ、より学園生活を楽しむことに意識を向けていきたい。
「……なんか、気が抜けたら眠くなってきた」
「眠っていいよ」
「ごめん、ちょっと本当に寝る」
この一ヶ月、ずっと気を張っていたせいだろう。それにここ数日は特に緊張しっぱなしだった。急に目蓋が重たくなってきたことで、私はそっと目を閉じる。
不安定な体勢でこくりこくりとしていると、ユリウスによって頭を彼の肩にもたれかかるように傾けられた。ふわりと優しい、甘い香りが鼻をくすぐる。
最近の彼は本当に優しくて、調子が狂ってしまう。そんな兄の優しさに甘え、私はそのまま夢の中に落ちて行った。
「……レーネには、必ずSランクになってもらわないと」
そんな彼の呟きは、私の耳には届かないまま。
これにて一章は終わりになります。二章は学園ものらしく、イベント盛りだくさんでお送りします。