二人だけの夜
まさか堂々と人前で告白されるとは思わず、顔が熱くなっていく。一方、ユリウスはいつも通りの平然とした様子で「なんか頭痛いんだけど」と首を傾げている。
「そんなの、ここにいる誰もが知ってるでしょうに」
「やっぱり? 血も繋がってないんだ、俺達」
「あら、それは初耳だったわ」
ミレーヌ様は「良かったじゃない」「確かに全く似てないものね、ユリウスと違ってレーネはかわいいし」なんて言い、やはり全く驚く様子はなかった。
吉田には私から話してあるし、アーノルドさんはユリウスから聞いていたのか、うんうんと頷いている。
「じゃあ、俺達は寝るから」
「うん?」
動揺しながらもなんとか髪が乾いたところでユリウスはそう言って立ち上がり、私の手を取った。
恥ずかしくなった私もこの場から離れてさっさと寝ようと思い、立ち上がる。そして2つある寝室のうち、ベッドが1つある部屋に入ろうとしたのだけれど。
「いやいや、おかしくない?」
「何が?」
「普通、ミレーヌ様と私じゃ……」
何故かユリウスも一緒に入ろうとしたため、私は慌てて足を止めた。2、3に別れる場合、どう考えてもこの組み合わせしかないだろう。
「ああ、気にしなくていいわよ。私ベッドは一人で使いたいタイプだし、この二人と同室でも問題ないわ」
けれどソファに座ったままのミレーヌ様は、ひらひらと片手を振り、そんなことを言ってのける。嫁入り前の公爵令嬢とは思えない自由さだ。
「俺はお任せします」
「えー、俺はミレーヌじゃなくてレーネちゃんと同室が良かったなあ」
「アーノルドは黙りなさい」
「本当にね。じゃ、おやすみ」
「ま、待った!」
ユリウスは私の腕を引いて寝室へ入っていこうとしたため、もう一方の手で慌ててドア枠にしがみついた。
これまでユリウスと何度も一緒に寝たことはあったけれど、今は違う。
ユリウスと血が繋がっていない上に好きだと言われ、私も思い切り異性だと意識してしまっている状況では、まともに眠れる気がしない。
そう思った私は「よ、吉田!」と救いを求めた。
「私、吉田と寝るので!」
「は?」
「なに? ヨシダくん、どういうこと?」
「それは俺が聞きたいです」
ミレーヌ様は一人で寝たい、アーノルドさんはもちろん選択肢になく、そうなると吉田と寝るのが一番良い。
吉田となら同じベッドでも何の問題もないし、健全だろう。お姉さんにバレた場合、困るだけだ。
「ほら、この間も一緒に寝たし! ね!」
「は? ヨシダくんは俺の味方だと思ってたのにな」
「全て誤解ですし、俺は被害者です」
「そう、それなら良かった。これからもよろしくね」
「ああああああ!」
私は寝室に引きずり込まれ、無情にもドアは閉まる。
その瞬間、ドアの隙間からは呆れたような顔をする吉田と、やけに楽しそうな表情を浮かべる二人が見えた。
「さ、寝よっか」
ベッドへ運ばれてそっと降ろされ、ユリウスはすぐ隣に寝転がると肘をつき、私を笑顔で見下ろしている。
部屋の中はベッドサイドの小さな灯りのみで薄暗いものの、あまりにも距離が近くはっきりと顔が見えてしまうせいで、心臓の鼓動が早くなっていく。
私はもう逃げられないだろうと覚悟し、目を閉じて毛布を口のあたりまで被った。とにかく寝るしかない。
「もう寝ちゃうんだ? さみしいな」
「寝よっかって今言ったの誰ですか?」
「俺、面倒くさいでしょ。構ってほしくて必死なんだ」
「…………」
そう言って私の頬を楽しげにつつく様子からは、必死さなど微塵も見えない。
それでも、今日はユリウスにたくさん助けられたのも事実なのだ。話くらいなら付き合おうと、小さく寝返りを打ってユリウスに向き直った。
「あと10分だけお喋りしよう」
「あはは、レーネちゃんは優しいね。ありがとう」
ユリウスはそう言うと、子供みたいに笑う。
「なんでヨシダくんは良くて、俺はダメだったの?」
「えっ、そ、それはですね……」
「ヨシダくんだって血は繋がってないし、男だよ」
「だって吉田は友達だし、そういうのじゃないし」
「へえ? じゃあ俺は『そういうの』なんだ?」
いきなり核心をつかれ、どきりとしてしまう。
このままユリウスと話していると、ペースに乗せられて余計なことを色々と漏らしてしまいそうだ。
「俺はそうだよ。レーネ以外とこんな風に二人きりになっても、一緒に寝ても緊張なんてしない」
「う、うそだ! ぜ、絶対に緊張なんてしてない」
「本当なのに。ま、そう思っててもいいけど」
余裕たっぷりな表情で綺麗に口角を上げると、ユリウスは「ねえ」と再び口を開いた。
「レーネって結構、もう俺のこと好きだよね」
「……っ」
そう告げられた瞬間、私は息を呑んだ。何か言わなくちゃと思っても、言葉が出てこない。
だって、「違う」なんて言えるはずがなかった。
ユリウスの言っていることが間違っているとは、とても思えなかったからだ。
けれど、「そうだよ」とも言えなかった。
私がそう答えてしまえばきっと、何もかもが変わってしまう。まだこの関係を変えるのは少しだけ怖くて、寂しいと思ってしまった。
多分、私はこの世界で初めてできた「家族」としてのユリウスも大好きだからだろう。そんな私の気持ちを見透かしたように、ユリウスは柔らかく目を細めた。
「いいよ、お子様なレーネちゃんのためにもう少しだけ待ってあげる」
「……も、もう少しってどれくらい?」
「本当に少しだけね。俺、我慢とか苦手だから」
確かに我慢なんてしなくても、何もかも上手くいくような顔をしていると納得してしまう。
ユリウスは私にさらに顔を近付けると、私の額に自身の額をくっつける。アイスブルーの瞳に映る私は、今まで見たことのないような、女の子の顔をしていた。
「もっと俺を意識して、俺だけを見て、誤魔化せないくらい俺を好きでどうしようもなくなって」
お願いね、なんてユリウスは言ったけれど、こんなのは絶対にお願いではない。呪いに近い気さえする。ユリウスが言うと、全て本当になってしまいそうだった。
「抱きしめてもいい?」
「む、無理です」
「この部屋寒くて辛いんだよね。風邪引いちゃうかも」
「…………は、反対向いていいなら」
本当にずるいと思う。ユリウスが寒がりなのは知っているし仕方なくそう答えれば、ふっと楽しげに笑った。
「本当にレーネちゃんは優しいね。みんなが好きになったら困るから、俺以外に優しくしないでほしいな」
「私、モテないよ」
「みんな見る目がないんだよ。俺は好都合だけど」
当然のようにそう言うと、ユリウスは背中を向けた私をぎゅっと抱きしめた。体温が温かくて、心地良い。
きっとそう思うのは、相手がユリウスだからということも分かっている。
「ありがとう、すごく温かいな。おやすみ」
「…………ぉゃすみ」
「動揺しすぎ、これ以上は何もしないから大丈夫だよ」
「な、何もって……」
「色々したいけど、明日は割と大変そうだし」
「あああああ」
色々を想像し、顔から火を吹き出しそうになる。
やっぱり私にはまだ恋なんて早い──と言うより、ユリウス・ウェインライトという人を相手に恋をするなんて早すぎたのだと思いながら、きつく目を閉じた。