狩猟大会 8
「はい、あんよがじょうず、あんよがじょうず」
「頼むからもう遭難させてくれないか?」
メガネがないと何も見えない吉田の手を引き、吹雪の中を歩いていく。私が吉田を助けるという貴重すぎる場面のため、丁寧に誘導しなければ。
「ほら、あれだよ」
1分ほど歩いたところでアーノルドさんが指差した先には、木々に囲まれた山小屋があった。
小屋と言うよりは広い気もするし、こんな山奥だというのにやけに綺麗だ。どうぞ使ってくださいと言わんばかりの立地の良さにも、少しの違和感を覚えてしまう。
「中は確認した?」
「ううん、まだ」
「ひとまず俺が中を見てくるから、待ってて」
ユリウスはそう言って中へ入っていき、数分後、私達の元へ戻ってきた。
「大丈夫みたい、むしろ快適そうだ」
ひとまず休める場所ができて、安堵する。吉田を連れて3人と共に中へ入ると、高級ホテルかと言うくらい綺麗だった。私の知っている山小屋とは、明らかに違う。
入ってすぐに広間があり、暖炉の前にはソファやテーブルが置かれ、少し離れた場所にはキッチンがある。
奥にはドアが2つあり、それぞれの部屋にはベッドが1つ、3つある。部屋の広さはほぼ同じなのに、どんな振り分けだと突っ込みたくなった。
「あったかいね」
「ほんとにね。助かった」
すぐに暖炉に魔法で火をつけると、暖かさが広がっていく。ユリウスは私のぴったり隣で丸くなっていて、なんだか猫みたいでかわいいなあと笑みがこぼれた。
この山小屋は掃除も行きわたっており、今日のために公爵様が準備をしてくれていたのかもしれない。とにかく落ち着いて暖を取れる場所があって、命拾いした。
食糧もそれなりにあり、数日は持ちそうだ。
「ミレーヌと結界を張ってきたから、たとえ攻撃を受けてもしばらくは持つはずだし、安心して眠れるよ」
再び外へ行き、戻ってきた二人にお礼を言う。やはり年上の3人がいると安心感が桁違いだ。もちろん吉田がいるだけでも、私の心の安寧は保たれるけれど。
「じゃあ、ここで助けが来るのを待てば……」
「こういう場合、大抵は俺達がここに閉じ込められているのは外からは気付かないんだ。だから、あの魔物を倒さないと出られない可能性が高いと思うな」
「えっ」
十分身体が温まったのか帽子とコートを脱ぎ、ユリウスは息をつく。つまりあの雪山みたいな巨大な魔物を倒さなければ、いつまでも帰れないらしい。
「まあ、ひとまず朝までゆっくり休みましょう。夜は流石に分が悪いし、お腹もすいちゃったわ」
確かにもうすぐ夕方になるというのに、私達は朝から何も食べていないし、実はずっと空腹だった。
「レーネのお弁当、食べられなくてごめんね」
「ううん、また作るね!」
私の作ってきたお弁当は荷物になるため、一緒に来ていた使用人に預けている。どうかあのお弁当が誰かの胃に入ることを祈らずにはいられない。
ひとまず小屋にあったものをいただいて食事をし、今夜は明日からの作戦を立てることとなった。
きっとみんなの家族は心配しているだろうから、なるべく早く帰らなければ。ここにある食糧も長くは持たないし、この雪山では食べ物なんて見つからないだろう。
「なんだか宿泊研修を思い出すなあ。あ、カードゲームもあるよ。みんなでやらない?」
「明日の予定が決まったらね」
シリアスを常にぶち壊してくれる呑気なアーノルドさんのお蔭で、遭難しているというのに場は和やかだ。
「ねえ吉田、大丈夫?」
「ああ。お前と出掛ける時点で、何も起こらないはずはないと思っていたからな」
「そんな人をトラブルメーカーみたいに……行く先々で必ず大きいトラブルが起きるだけなのに……」
「合っているじゃないか」
けれど裏を返せば、トラブルに見舞われると分かっていながらも一緒に出掛けてくれたのだ。ツンデレ吉田は割と私が好きなのかもしれない。私はもっと好きだ。
やがてテーブルを囲み、5人でソファに腰掛けた。
ご丁寧に小屋には茶葉やティーセットまであったため、吉田が全員分のお茶を淹れてくれている。
ミレーヌ様は優雅な手つきでティーカップに口をつけ「あら、美味しい」と言うと、続けた。
「あの魔物の正体だけど、みんな気付いているわよね」
「まあね」
「うん、驚いたなあ」
「はい」
「えっ、あっ……」
待ってほしい。私以外はみんな気付いているようだけれど、私はさっぱり分かっていない。
とは言え、足手まといのくせに「分かりません」と話を遮るわけにはいかず、それっぽい顔をしてミレーヌ様の次の言葉を待つ。
「私も正直なところ半信半疑だったんだけど、さっき小屋の中でとある日記を見つけたの」
ミレーヌ様はそう言うと、小さな古びた手帳を片手でひらひらと掲げた。
「以前、ここに閉じ込められた冒険者のもので、私達と同じようにこの辺りに閉じ込められたみたい。今もアレが生きている時点で、無事ではなさそうだけれど」
「へえ、なんて書いてあんの?」
「何度かあの魔物と交戦した記録が書かれているわ。特徴や弱点とか、色々ね」
なんてご丁寧な100点満点の日記なのだろう。こんな展開、ゲームや漫画などで一億回は見たことがある。
とは言え、私達がこの場から脱出するためには、間違いなくキーアイテムになるだろう。
ミレーヌ様はカップをソーサーに置くと、長い足を組み替えた。どこで何をしていても、本当に美しい。
「とにかくこんな場所に長居はしたくはないし、明日1日でベヒーモスを討伐して帰りましょうか」
「ええっ!?」
つらっと出てきたベヒーモスという単語に、私は手に持っていたティーカップを放り投げそうになった。
「ベ、ベヒーモスなんですか? あれ?」
「そうだよ。前に話したよね、白銀のがいるって。噂話かと思っていたけど、本当だったみたいだ」
元々ベヒーモスというのは、選りすぐりの腕の立つ騎士が大勢で討伐するものらしい。その上、色違いの変種となると、その強さは未知数なんだとか。
そんな怪物相手にここにいる学生達だけで立ち向かわないといけないなんて、とんでもない状況すぎる。
そして私は同時に、学園祭の後にアンナさんから届いた物騒な手紙の内容を思い出していた。
【もうすぐ怖くて大変なイベントがあると思うけど、頑張ってね♡ 杏奈は最初そこで何度も失敗して、ロード繰り返したなあ】
あの、これ、本当にまずいやつでは?