狩猟大会 4
狩猟大会がスタートし、2時間ほどが経った。
「レーネ、そっちに行ったわよ」
「はい! ──ほっ!」
私達は現在、雪山の中腹辺りで狩りをしている。山頂へ行けば行くほど、強い魔物がいるんだとか。
吉田父やヴィリー達はまっすぐに山頂を目指していったものの、私達はのんびり楽しくがテーマなため、無理はしない予定だ。
「わあ、また当たった!」
TKGから放たれた矢は見事に数メートル先の雪兎に突き刺さり、ぱたりと倒れた後は動かなくなった。
「うん、かなりいい感じだね。本当に上手くなった」
「やるじゃないか」
周りからも褒められ、ついつい頬が緩む。
実はこれでもう雪兎を射止めるのは4匹目で、順調すぎるペースらしい。自分でも驚くほどの的中率で、練習を頑張って良かったと嬉しくなる。
私は息絶えた雪兎に駆け寄ると、魔力でできた矢を引き抜く。同時に矢はさらさらと消えていった。
「よいしょ……うわっ、歯こわ……」
雪兎はふわふわもこもこな可愛らしいボディをしているものの、ものすごく怖い顔をしている。
凶悪な顔の大半を占めている口は大きく裂けていて、鋭利な歯がずらりと並んでいる。可愛さの欠片もない。
人間を襲い大怪我を負わせることもあるようで、容赦なく殺せるとミレーヌ様が以前言っていたのも納得だ。
「レーネちゃん、保存結界を忘れないようにね」
「はっ、そうだ。了解です!」
私は開会式で配られた小さな宝石を雪兎に載せると、その身体はブォンという音ともに青白い光に包まれた。
これは保存用の結界らしく、こうすることで死体が傷まない上に、私達が狩ったものだと登録されるらしい。
このまま放置しておけば後ほどスタッフが回収してくれるらしく、私達の荷物になることもない。身軽で狩りを続けられるという、超絶便利システムだ。
「これ、本当に便利だね。でもこの宝石だけでも、すっごいお金がかかってそう」
「シーアスミス公爵家の力や財力を知らしめる機会でもあるからね。それにあの公爵家からすれば、これくらい大した出費じゃないと思うよ」
「な、なるほど……」
貴族というのはやはり、色々な見栄があるのだろう。それにしてもお金持ちの感覚が桁違いすぎて、一般庶民だった私からすれば驚きが止まらない。
無事に保存を終えて立ち上がると、ミレーヌ様は宝石がついた懐中時計を確認した後、口を開いた。
「そろそろ、もう少し上に行ってみる? 私達の分もさっさと狩っておきたいし」
「そうだね。レーネもまだ狩り足りなかったら、後でまたこの辺りをゆっくり散策しよう」
この辺りにいる魔物は私以外の4人にとっては相手にならず、全員で私のサポートに回ってくれていた。もはや接待狩猟で申し訳なくなる。
「うん、本当にありがとう! 私、みんなと参加できて良かった。今、すっごく楽しくて嬉しい!」
それでも私は楽しくて仕方なくて、満面の笑みを浮かべて素直な気持ちを伝えると、不意にミレーヌ様にぎゅっと抱きしめられた。
柔らかくて信じられないくらい良い香りがして、ドキドキが止まらなくなる。
「レーネはずっと、そのままでいてね」
「えっ?」
「自分の気持ちや感謝を素直に口に出して伝えるって、簡単に見えてとてもすごいことだから」
「は、はい……」
ミレーヌ様の言葉に、何故か胸が締め付けられる。そんな私を見て、ミレーヌ様は羨ましいわと微笑んだ。
以前、ユリウスが言っていた。貴族──特に上位貴族というのは化かし合うものであり、情や本心を見せれば時に命取りになることもあるのだと。
公爵令嬢であるミレーヌ様の立場であれば、尚更足元をすくってやろうという人間も後を立たないだろう。
思っていることを上手く言葉にできず、気持ちを込めて抱きしめ返せば、ミレーヌ様はくすりと笑った。
「ふふ、レーネといると子供の頃に戻ったような気分になるのよね。心が綺麗になる気がする」
「後半はお前の勘違いだよ」
「あらやだ、手が滑っちゃった」
ミレーヌ様の手からものすごい勢いで槍がユリウスへと伸び、ユリウスは笑顔のまますんでの所で避けた。
私だったなら間違いなく、顔のど真ん中に槍がつき刺さっていたに違いない。絶対に避けるだろうという信頼の下でしかできない、恐ろしいスキンシップだ。
「ま、でもさ前半は同意かな。バカ正直なレーネといると素直になれるんだよね」
「分かるなあ。俺も浄化される気がする」
「お前は絶対に勘違いよ」
「本当にね」
みんなに思い切り否定され、めそめそするアーノルドさんを含めた私達5人は、ゆっくり山を登り始めた。
前世では全くアウトドアではなかった私は、こうして雪山を歩くことなんてなく、全てが新鮮だった。
山から見える景色は美しくて、空気も美味しい。
「ぜぇ……はぁ……はっ……」
「化け物のような顔をしているが、大丈夫なのか」
「だ、だいじょ、ッハァ……」
ただ、悲しいことに体力が無くて死にそうだった。私以外はすいすいと歩いており、情けなくなる。
吉田も心配をした表情を浮かべ、こちらを見ていた。
今の私はよほど酷い顔をしているらしく、心配よりも引いている感の方が強い気さえする。
「大丈夫? 抱っこしてあげようか」
「も、申し訳ないので……」
「いいよ。レーネひとりくらい、余裕だから」
「わっ!?」
化け物フェイスの私をひょいと抱き上げると、お姫様抱っこのままユリウスは歩き出す。本当に軽々と抱かれていて、驚いてしまう。
「ちゃんと首に腕、回してて」
「あ、ありがとう……」
「いいえ」
こんなのときめかない方が無理だと思いながら、恐る恐る首に手を回す。そんな私達を見て、アーノルドさんは大きな溜め息を吐いた。
「いいなあ、ユリウスは楽しそうで。いきなり大物が出てきて楽しくならないかなあ」
「冗談じゃないわ、今日はそういう気分じゃないの。男達でどうにかしてちょうだい」
「俺はミレーヌが戦ってるところ、見てみたいのに」
ミレーヌ様も大きな赤い槍を軽々と片手に持ちながら歩いており、それだけで格好いい。
ユリウスが剣を振るうところも見たことがないし、吉田は体育祭での剣術のみで、この後はみんなの戦う姿を見れると思うと胸が弾んだ。
アーノルドさんが鞭を振るう姿は見てはいけない気がしていて、少し怖い。間違いなく全年齢ではない。
そんなことを考えながらユリウスに抱かれ、斜面を登っていた時だった。
「……ん? ぎ、ぎゃあああああ!」
カサカサと木々が揺れる音がして、何気なく振り返った私の口からは大きな悲鳴が漏れた。
木々の間には私の3倍くらいの大きさの、それはもう恐ろしい姿をした熊の魔物がいたからだ。