ランク試験(一年夏) 2
「なんだか、いけた気がする……!」
「本当に? 良かったわ」
「問5の答えって、火魔法であってた?」
「ええ。そうだった気がする」
昼休み。昨日一日と今日の午前中で、全てのペーパーテストを終えた私は、テレーゼと共に食堂へとやって来ていた。
他国語に関しては満点を狙えたような気がするし、それ以外のものもFランク脱出ラインには乗った気がする。魔法学だけは少し不安はあるものの、きっと大丈夫だと信じたい。
午後からは実技の試験と、魔力量検査がある。早く全て終わらせて楽になりたいと思いながら、パスタをいただく。
「こんにちは、レーネちゃん」
「アーノルドさん、こんにちは」
そうして昼食をとっていると、兄とアーノルドさんが私達のテーブルを通りがかった。彼らはもちろん余裕の表情だ。
「どうだった?」
「多分、大丈夫だと思う」
「そっか。良かったね」
兄はぽんと私の頭を撫で、再び歩いていく。そんな私達を見て、テレーゼは「仲が良いのね」と微笑んでいた。
その後の5時限目は、実技試験だった。一人3回まで魔法を打つことができ、1番いい点数が反映されるという。
「レーネ、すごいじゃない!」
「よ、良かった……」
特訓の成果もあり、私が62点を出したことで周りにいた生徒達が一気にざわついた。先日は3点だった私の成長に、皆かなり驚いているようだった。
ほっとしたことで身体の力が抜けていく。これも全て、何度も練習に付き合ってくれたユリウスのお陰だ。きっと兄も喜んでくれるに違いない。
無事に全ての試験が終わったら、改めて何かお礼をしようと決める。ちなみにテレーゼは93点を叩き出し、ヴィリーは98点という結果だった。レベルが違いすぎる。
無事に実技試験を終え、魔力量測定のために別の教室へと移動する。魔力量についてはあまり自信はないものの、きっともう大丈夫だろう。
この1ヶ月間、本当に頑張ったのだ。どんな結果でも、明日の休みは自分を甘やかそう。美味しいものをたくさん食べて、ゆっくり寝よう。
そんなことを考えながらテレーゼの少し後ろを歩き、廊下の角を曲がろうとした時だった。
突然背後からぐいと腕を引かれたかと思うと、布で口元を押さえられて。妙な臭いがしたかと思うと、視界が揺れた。
「っん……!?」
そして数秒後、私の意識はぷつりと途切れたのだった。
◇◇◇
「おい、なんでお前もう目が覚めたんだ……? 半日は眠っているはずの薬だぞ!?」
「…………」
頭がぼうっとする。ひんやりとした床のお蔭で、少しずつ意識がはっきりしてくるのが分かった。あれ、どうして私はこんな所に転がっているんだろう。
ひどく驚いた表情を浮かべる見知らぬ男子生徒が、こちらを見ている。どうやらここは、倉庫か何からしい。
そして数秒の後、先ほど何者かに薬のようなものを嗅がされ、意識を失ったことを思い出していた。吉田と共に体育倉庫に閉じ込められた時とは、まるで違う。
こんなもの、虐めの域をとうに超えている。
「どうして、こんな……」
「さあな。俺は頼まれただけだし」
「頼まれた……?」
「とにかく試験が終わるまで、ここにいてもらう」
彼が嘘を言っているようには見えないけれど、私なんかの試験を邪魔する必要なんてあるだろうか。
待って、出して、という私の叫びも虚しく、男子生徒は出て行ってしまう。バタンと重いドアが閉じ、外からはガチャリという鍵のかかる音がした。目の前が真っ暗になる。
私の手足はしっかりと縛られており、必死に動かしてみても立ち上がることすらままならない。
すぐに、自力で脱出することなど無理だと悟った。
「っどうしよう……」
静かな倉庫の中で、時間だけがただ経っていく。焦りのせいか、永遠にも感じられてしまう。
これで私は、終わりなのだろうか。大した魔力量じゃないにしても試験すら受けられなければ、間違いなくFランクを脱出することなど不可能だろう。退学すらあり得る。
──みんな、あんなに応援してくれたのに。私だって、あんなに頑張ったのに。
「…………っ」
ぽた、ぽたと床に染みができていく。悔しかった。こんな理不尽な理由で、皆の気持ちも私の努力も何もかもが踏み躙られてしまうなんて、許せなかった。
どうしても、諦めたくない。
こうなれば大火傷覚悟で、加減もままならない火魔法を使って手足のロープを燃やそうと思った時だった。
「……っお前さ、閉じ込められるのが趣味なの?」
暗い倉庫内に、一筋の光が差し込む。暖かい春の風が扉の隙間から流れ込んできて、濡れていた私の頬を撫でた。
やがて室内に響いた聞き慣れた声に、私はゆっくりと顔を上げた。どうして、という言葉が口から零れていく。
そこには、見間違えるはずもないユリウスの姿があった。
「お前がいなくなったってテレーゼちゃんから聞いて、こんなことだろうと思って、探しに来た」
当たり前のようにそう言うと、彼はすぐに私の元へとやってきて、縛られている手足を解いてくれた。
その整いすぎた顔には、汗が浮かんでいる。息だって上がっていて、必死に私を探してくれたことが窺えた。
そんな様子を見ていると、余計に涙が溢れてくる。どうしていつも、彼は私を助けてくれるのだろう。
「泣いてる場合じゃないよ、まだ間に合うから」
「……っう、」
「泣き顔もかわいいね」
「う、うそつき」
ひょいと抱き上げられ、立ち上がる。何度もありがとうと呟けば「どういたしまして」と彼は笑った。
どうやらまだ、6時限目は終わっていないらしい。今から戻れば測定は可能だろうと、ユリウスは言った。
「ねえ、ユリウスの試験は?」
「……俺はまあ、大丈夫かな」
全学年同時に、試験は行われるのだ。彼はこうして私を探しに来てくれているけれど、大丈夫なのだろうか。
なんだか曖昧な返事だと思いつつも「お前は気にしなくていいから、急ぐよ」と手を引かれ、私は走り出した。
◇◇◇
「本当に、間に合って良かった……」
「心配をかけてごめんね」
なんとか魔力量測定を終えることができた私を、テレーゼが抱きしめてくれた。測定器にほんの数秒手をかざすだけで終わり、測定していた教師は驚いていたような気がする。
そしてもうすぐ、ランク試験の結果が出るのだという。
結果が出た後には、先程の件について教師と話をすることになっている。ユリウスも付き添ってくれるらしい。あんなことをした人間を、絶対に許せなかった。
「ま、待って吐きそう……」
「大丈夫よ、レーネ」
あと数分の後、全員のブローチの色に変化が現れる。
ちなみに退学の場合は、黒になるんだとか。無事に全ての試験を受けることができたのだ、流石に大丈夫だと分かっていても、やはり緊張してしまう。
やがて、生徒達から一斉に声が上がった。喜ぶような声や悲鳴に似た声も聞こえて来る。どうやら結果が出たらしい。
私と言えば、視線を動かして確認する勇気が出なかった。
「無理、やっぱり見れないちょっとヴィリー代わりに見て」
「えっ俺?」
もしも良くない結果だった場合、テレーゼに気を遣わせるのは嫌で。私はちょうど近くにいた、気遣いという言葉とは無縁そうなヴィリーに頼むことにした。
私は無意識のうちに手で覆っていたブローチから、そっと手を離す。心臓が大きな音を立てて、早鐘を打っている。
「も、桃色になってる……?」
きつく目を閉じて、そう尋ねる。ヴィリーの「うわ」という声が聞こえてきたことで、嫌な予感がしてしまう。
「桃色じゃない」
「……えっ」