狩猟大会 3
「あれ、驚かせちゃった?」
「当たり前です! 普通に話しかけてください」
軽く睨むと、アーノルドさんは「ごめんね?」と言って舌を出して見せた。きっとこの顔とあざとい謝罪で、これまで何もかも許されてきたのだろう。許した。
「ユリウスって、遠目から見てもかっこいいよね」
「そうですね」
アーノルドさんは私の隣に並び立つと目の上に手をかざし、ユリウスと美少女を見つめている。
その腰下には、くるくると巻かれた銀色の鞭が下げられている。刺だらけだと聞いていたものの、つるんとしていてただの鞭にしか見えず、想像とは全く違う。
流石に冗談だったのかと一瞬安堵したけれど、魔力を流すと棘が現れるらしい。恐ろしすぎる。
「あの日の二人は俺も見てたんだけど、すごかったな。ユリウスも容赦なく彼女を責め立ててさ」
「えっ……」
「そうかと思えば、俺にはお前が必要なんだけどって甘えてたよ。飴と鞭ってやつだね」
どんな状況なのか全く予想がつかない。その上、ついこの間の出来事らしく、余計にもやもやしてしまう。
「…………」
「あはは、ごめんね、意地悪して。そんな顔しないで」
そんな気持ちが顔に出てしまっていたのか、アーノルドさんはくすりと笑うと、私の肩に手を置いた。
「今のは学園祭の話だよ」
「えっ?」
「俺達の模擬店で一番の大金を使ってくれたのが、あの公女様なんだよね」
確かに最後にユリウス指名で来て、残りの在庫を全て注文した公女様がいたという話は聞いていた。それがシアースミス家の令嬢だったのだろう。
「ユリウス、すごかったよ。公女のくせにこんな端金で俺の隣に座って恥ずかしくないわけ? って煽ってさ」
「ええ……」
「でも公女様は日頃ちやほやされているから、新鮮だったんだろうね。すごく嬉しそうだったよ」
どうやら練習通りオラ営を発揮していたらしい。私には理解できない世界だと思いつつ、やりとりに納得した。
先程の言葉も「俺(が一番を取るため)にはお前(の金)が必要なんだけど」という意味合いだったらしい。血も涙もないホストすぎる。
同時に、何も気にするようなことはなかったんだと内心安堵していると、アーノルドさんは微笑んだ。
「ねえねえレーネちゃん、サディスティックなユリウスってどんなこと想像したの?」
「…………」
「あはは、やらしいね」
「アウトですよ」
今のは3アウトどころか、一気に27アウトでゲームセットだ。本当にアーノルドさんは危険だと実感する。
私ごときではもう太刀打ちできないと思い、近くにいた吉田の背に隠れた。
「吉田、アーノルドさんをどうにかして」
「俺、ヨシダくんに怒られるの結構好きなんだよね」
「少し黙っていてください」
吉田は冷めた目でそう言い、アーノルドさんは「どっちが先輩か分かんないね」なんて言って笑っている。本当にその通りなので反省してほしい。
出会った頃、誰よりも優しくて親切でまともな人だと思っていた私の純粋な気持ちを返してほしい。
「でもレーネちゃんもやきもち妬いたりするんだ、かわいいね。ユリウスが羨ましいよ」
「……やきもちって何回でも、嬉しいものですか?」
「好きな女の子なら毎日だって嬉しいと思うよ。少なくとも俺はそうだし、ユリウスもそうじゃないかな」
アーノルドさんはユリウスのことをよく分かっているだろうし、そう言ってもらえてほっとする。
「ユリウスは誰よりも人気者だから大変だよね。本当にみんな好きになっちゃうから」
「…………」
私が今まで気にしていなかっただけで、ユリウスは信じられないくらいにモテるのだ。きっとこれから先こんな風に思うことが、たくさんあるのかもしれない。
そうしているうちに、公爵様と話を終えたらしいユリウスが私達の元へとやってきた。
「お待たせ。レーネに近いんだけど離れてくれない?」
「ほら、そもそもユリウスがこれだし」
「は? 何の話?」
私の肩に置いていたアーノルドさんの手を思い切り払いのけると、ユリウスは私を抱き寄せた。
これまでは「出たシスコン」と思っていたものの、今ではそれが少し嬉しいと感じてしまうのだから、やはり自身の変化に戸惑わずにはいられない。
「もう開会式も始まるし、ミレーヌを探しに行こうか」
「うん! でもすぐ見つかりそうだね」
あれほどの美人で公爵令嬢という立場なのだから、それはもう目立つはず。早く会いたいなと思いながら歩き出すと、再びユリウスに手を絡め取られた。
「今度はいきなり離さないでね。寂しいし」
「あっ、ごめんね」
先程は吉田を見つけ、つい駆け寄ってしまったのだ。
慌ててぎゅっと握り返せば、ユリウスは子供みたいに笑う。さっき公女様へ向けていたものとは、全然違う。
それがやっぱり嬉しくて、つられて笑みがこぼれた。
それからは再び人混みの中を歩いたけれど、先ほどよりもずっと歩きやすい。ユリウスが常に私を気遣い、壁になってくれているからだと気が付いた。
こういうことを自然とやってのけるからこそ、モテるのだろうと納得する。モテる人は、気遣い上手なのだ。
同時に私がモテない原因も分かってしまった。自然とサラダを取り分けられる女子になりたい。
「……どうしたらモテる人になれるんだろう」
「なに? レーネちゃんは他の男にも好かれたいの? そんなに俺を弄んで楽しい?」
「待ってごめん、思いっきり言葉選びを間違えた」
モテたいのではなく気遣い上手になりたいという気持ちから思わず呟いたものの、とんでもないミスをしてしまった。貧弱な己の語彙が恨めしい。
もちろん、ユリウスにはしっかり怒られた。
「ま、また地雷踏んじゃった……」
「最初から分かりきっていたことだろう。見えている地雷はただの爆弾だぞ」
吉田の冷静な突っ込みに、返す言葉もない。
その後、無事にミレーヌ様とも合流し、開会式を終えた私達は5人で山の奥へ足を踏み入れた。