狩猟大会 2
吉田がそんなに気にしてくれていたなんてと、胸がぎゅっと締め付けられる。
「ごめんね、ありがとう。私が不甲斐ないせいで……」
「お前が謝ることじゃないだろう。それにセオドア様は翌日、見舞いに行くかどうか悩まれていたぞ。流石に唐突な訪問は困るだろうと、止めておいたが」
「ええっ! セオドア様まで……!?」
一国の王子である彼が急に我が家を訪ねてきた場合、使用人や両親は戸惑い慌て大騒ぎになっていただろう。
とは言え、もちろん気持ちはとてもとても嬉しい。
『…………』
あの日、私の緑色のままのブローチを見て、悲しげに眉尻を下げていた王子の姿を思い出す。私を心配してくれる優しい友人達の存在に、また心が温かくなった。
「セオがそんなことを?」
「はい」
幼い頃から王子を知っている吉田父は少し驚いた様子を見せた後、吉田と同じ黄金色の目を柔らかく細めた。
「そうか。素晴らしい友人達と共に充実した学生生活を送っているようで、本当に良かった」
安心したように笑みをこぼすのと同時に吉田父は部下らしき男性に呼ばれ、去っていく。
私は手を振って見送ると、吉田に向き直った。
「吉田のお父様って、すごく素敵な方だよね」
「ああ。俺が一番尊敬している人だ」
自分の父親をそう思えるのは、何よりも素晴らしいことだ。温かく素敵な家庭で過ごしてきたからこそ、吉田はこんなにも良い子に育ったのだろう。
「……はっ、ユリウスはどこに行ったんだろう」
私は吉田を見つけるなり駆け出してしまい、ユリウスを置いてきてしまったことに気づく。辺りを見回したものの、人が多くて姿を見つけられない。
慌てる私に、吉田は「落ち着け」と声をかけた。
「お前のことを頼むと言って、どこかへ行ったぞ」
「いつの間に」
吉田父と話している間に、どうやらそんなやりとりがあったらしい。ユリウスの吉田への信頼度が高すぎる。
ユリウスだけでなくミレーヌ様やアーノルドさんとも合流すべく、私は吉田と共に捜索を開始した。
「おい、レーネ! 吉田!」
「ヴィリー! 来てたんだ」
「おう」
人混みの中を縫って歩いていると、大声でぶんぶんと手を振るヴィリーを見つけた。
狩猟大会に興味があるらしく、行けたら行くと言っていたのだ。このパターンで本当に来るのも珍しい。
そしてその隣には、同じ赤髪をしたヴィリーよりも少し年上らしいイケメンがいる。もしや。
「兄ちゃん、あいつら俺の友達なんだ!」
「そうなんだね。僕はブラム・マクラウド、弟がいつもお世話になっています」
「こちらこそ! レーネ・ウェインライトです」
「マクシミリアン・スタイナーです」
やはり騎士団に所属しているという、ヴィリーのお兄さんだったらしい。とても落ち着いた雰囲気でヴィリーとは対照的ではあるものの、目元や鼻はよく似ていた。
吉田が本名をフルで名乗っているのはレアだなと内心思いながら、頭を下げる。
「レーネさんの話はよく聞いているよ。もしかしてマクシミリアンくんも同じクラスなのかな?」
「兄ちゃん、吉田だよ吉田! いつも話してるだろ!」
「ああ、マクシミリアンというのは、吉田くんのニックネームだったんだ。ヴィリーは君が大好きみたいでね」
「ありがとうございます、ですが逆です」
「何だよ、吉田が俺のことを大好きだったのか?」
「そっちじゃない」
会話が噛み合わず、巻き込み事故が起きてカオスな展開になっている。どうやらマクラウド家でも、吉田は吉田として定着しているらしい。
「お互い頑張ろうな! 負けねーぞ!」
「うん、がんばろうね!」
やがてヴィリーとお兄さんと別れ、再び吉田と人混みの中を歩いていく。
まだ大会は始まってすらいないというのに、吉田は既に疲れ始めた様子だった。
「あそこにいるのがお前の兄じゃないか」
「あ、ほんとだ」
少し先に人々の視線を集めている集団がおり、吉田の陰から覗いたところ、中にはユリウスの姿がある。
ユリウスはナイスミドルな男性と会話をしており、雰囲気からあの人がシアースミス公爵だと分かった。やはり公爵ともなると、高貴なオーラが桁違いだ。
話し込んでいるみたいだし、ユリウスの話が終わるまで離れたところで待っていようと決める。
「ユリウス、会いたかったわ!」
すると不意に鈴を転がすような声が聞こえてきて、妖精に似た愛らしい美少女がユリウスへ駆け寄っていく。
ユリウスの周りには美女や美少女、美男ばかりだなと思いながら、その光景から目を離せなくなる。
「先日はありがとうございました」
「ううん、ユリウスのためだもの。それにあんな体験は初めてでドキドキして、とても楽しかったわ」
「それは良かったです」
「あの日のユリウスは普段の穏やかで優しい感じとは違って、サディスティックだったし……もう」
美少女は照れたようにぽっと頬を染め、目を伏せる。
二人でどんな体験をしてドキドキしたのだろうと、気になってしまう。サディスティックだったとは一体。
「もしかして気になるの? レーネちゃん」
「ひっ」
突然耳元で聞こえてきた甘ったるい声に、驚きで心臓が跳ねる。もちろん、アーノルドさんの仕業だ。