少しずつ、少しずつ 2
「えっ、あっ……そう、なんですかね……」
ユリウスの言葉に、顔が熱くなる。言われた通り、私はあの美女にやきもちを妬いていたんだと思う。
自分以外の女性がユリウスの部屋に入り、親しげにしているのが嫌だった。今の私はユリウスの妹以外の何者でもないというのに、恥ずかしくなる。
「す、すみません、今のは忘れていただきたく……」
「無理」
ユリウスは口角を上げると、ベッドに寝転んだままの私に添い寝するような体勢で肘をつく。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
「うん?」
顔が近づき、色々な意味で恥ずかしさが爆発しそうな私は鼻のあたりまで布団を被った。
そんな私を見て、ユリウスは楽しそうに笑っている。
「レーネちゃん、俺が妹って言ったの嫌だったんだ? あんなに俺をお兄ちゃん扱いしてたのに」
「うっ……ち、違わないけど……」
「かわいいね。今度からレーネのこと、なんて紹介したらいい? 一番大事な女の子って言えばいいかな」
「ごめんなさいもう許して」
あまりにも甘すぎる雰囲気に、私はこれ以上耐えられそうにない。今度は顔全てを隠すように布団を被ったものの、すぐにユリウスによって剥がされてしまった。
「俺が他の女を連れ込むのも嫌なんだもんね?」
「こ、これ、まだ続けるの?」
「もちろん。嬉しかったから」
ユリウスはそれはもうご機嫌な様子で、私の羞恥心を煽る尋問は続く。こちらは完全にくっ殺状態だ。
「まあ、俺だってレーネの部屋に行って知らない男がくつろいでたら何するか分からないけど」
「怖いよ」
「でも、レーネも嫌だったんだよね?」
「……い、嫌ですけども」
素直に答えれば、ユリウスは満足げな顔をする。そのまま片手で私の頬を撫で「かわいい」と繰り返した。
「あーあ、かわいすぎてどうにかしたくなるな」
「私は違う意味でどうにかなりそうです」
「これくらいでそうなってたら、この先困るんだけど」
やはり男性経験皆無の私は甘い言葉や空気が恥ずかしくて落ち着かなくて、逃げ出したくなる。
世の中のカップルはみんな、常にこんな雰囲気の中で過ごしているのだろうか。私にはまだ早すぎたようだ。
「ていうか、この先ってなに?」
「全部説明したほうがいい?」
「すみません遠慮しておきます」
「あはは、残念」
恐ろしい予感がして断ると、ユリウスは私の頬を指先でつつきながら、やっぱり楽しそうに笑っていた。
「それにしても、嬉しい勘違いだったな」
「えっ? 勘違い?」
「うん。あいつ、男だから」
「へ?」
予想もしていなかった言葉に、固まってしまう。
ユリウスは「確かにあれ、最初は分からない人多いんだよね」としみじみ呟いている。本当に待ってほしい。
「あんな格好してるけど男なんだ。女好きだし悪趣味で俺のものを何でも欲しがるから、レーネはただの妹だって言って何の興味もないフリをしただけで」
「いや……あの、えっ?」
「今日も仕事の話をしにきただけだよ。最近は面倒で連絡を無視してたら、勝手に押しかけてきた」
「…………」
あの美女が男性だったなんて、信じられない。
声は低めで言葉遣いも男性らしいものだったけど、見た目は完全に妖艶な美女だった。こちらが色々と自信がなくなりそうだ。
それにしてもなかなか濃いキャラの知人だなと思っていた私は、はたと気付いてしまう。
「……あ、あれ?」
ユリウスが私を妹だと紹介したことにも理由があり、あの美女が男性で恋愛対象が女性となると、全て私の杞憂だったことになる。
それなのに「いやだ」なんて正直に言ってしまったことを、心底悔いた。
「もうやだ全部忘れて本当にすみませんでした」
「なんで? もっとそういうの言ってよ。いつも俺ばっかり嫉妬してるから、嬉しかったのに」
「あああああ」
「今までのレーネって、俺が誰と何をしててもいいって感じだったし。あれ結構悲しかったんだよね」
確かに、言われてみればそうだ。少し前まではユリウスにはハイスペ美女がお似合いだとか、優しくて綺麗な義姉が欲しいなんて思っていたのに。
ユリウスは私の気持ちの大幅な変化に気がついているからこそ、こんなにも嬉しそうなのかもしれない。
「これからは異性と会うなとか話すなとか、目を合わせるなくらい言ってほしいな」
「いやいやいや、そんな無茶なこと言いませんけど」
「そう? 俺はレーネにこれくらいしてほしいのに」
「重いよ」
流石に日常生活に支障が出すぎる。ユリウスは私の髪を一束手に取ると、唇で綺麗な弧を描いた。
「俺、レーネの言うことなら全部聞くよ」
「……っ」
なんというか、ユリウスは本当にずるい。
誰よりもハイスペックなくせに、こんなにも下手に出て甘やかしてくるなんて、反則だと思う。
それでも、もしも自分以外にユリウスがこんな風に接することを考えると、先ほどとは比にならないくらい胸がじくじくと痛んだ。
「……わ、私の知らない女の人と、部屋で二人きりにはならないでほしい」
「分かった。もう絶対にしない」
結局私は、そんなお願いを口にしてしまった。ユリウスは笑顔のまま、すぐに頷いてくれる。
「その代わり、レーネも同じことを一生守ってね」
「うん?」
「ちなみにそれが目的だから、今後もどんどん言って」
「こ、こわ……」
ちょろすぎる私は、ユリウスの掌の上で転がされている気がしてならない。それでも即答してくれたことで、思わずほっとしてしまったのも事実で。
きっとこれが「独占欲」というものなのだと、私は思い知っていた。
「……本当に、怖いなあ」
「レーネ? どうかした?」
「ううん、なんでもない!」
生まれて初めての感情に戸惑う私は、この気持ちの続く先が「恋」なのか、まだまだ分からない。
けれど、そうだったらいいな、と思った。