狩猟大会に向けて 1
「ユリウスは昔からすました嫌な子供だったわ」
「お前だって変わらないけどね。自分以外を虫けらだと思ってるような顔してさ」
「まあ、心外だこと。でも、お互いに利用する相手としてはちょうど良かったのよ。私達が一緒にいれば、近づいて来る人間なんて限られていたし」
やはり子供と言えど、貴族は貴族。ミレーヌ様やユリウスに取り入ろうとする人間は後を立たず、二人はWin-Winな関係を築いてきたようだった。
ハートフル学園に入学後も二人が一緒にいると、勝手にそういう仲だと誤解する人も多かったようで、色々便利だったんだとか。
「本当、アーノルドくらいじゃないかな」
「あれは昔からいかれていたわ」
唯一アーノルドさんだけは昔から距離感バグを発揮しており、二人にも気さくに絡んできていたという。
幼い三人が並ぶ姿は間違いなく眩しく可愛らしく、その光景をぜひとも見てみたかった。
この世界には写真がないのが、心底悔やまれる。
「でも、レーネといる時のユリウスは嫌いじゃないわ。どうしようもなく人間って感じがして」
「いい加減黙ってくれないかな」
「あらあら、照れてるの? かわいいわね」
「出口はあっちだよ。お疲れ様」
二人はやはり気安い仲で、やりとりを聞いているだけで笑みがこぼれた。喧嘩するほど仲が良いのだろう。
「そう言えば、狩猟大会はどの程度を狙うつもり?」
「俺はレーネに雪兎を狩らせるだけで満足だけど」
「あら、優しいお兄様ねえ」
ユリウスは本当に見守り保護者参加のつもりらしく、ミレーヌ様は少しだけ驚いていた。
「でも、魔物と言えども兎を殺すのは可哀想で……」
「レーネは雪兎を見たことないの?」
「はい。名前しか知らないです」
「姿を見たら容赦無く殺せるから大丈夫よ」
かわいい白いふわふわの兎を想像していたものの、何の躊躇いもなく射ることができる姿だという。美しいのは毛皮だけらしい。
「それなら私達は冬熊でも適当に狩りましょうか。三人とも手ぶらは流石に何か言われそうだもの」
「そうだね。ヨシダくんもきっといけるだろうし」
二人はその辺の草を適当に摘むようなノリで話しているけれど、冬熊は授業で習ったから私でも知っている。
かなり強い部類で、獰猛な恐ろしい魔物だったはず。
やはり今回のメンバーの中では、私は場違いすぎる。とは言え、みんな本当に気楽な参加のつもりらしいし、今回は甘えさせてもらい全力で楽しもうと思う。
「そう言えば、ベルマン山にいる一番レアで強い魔物って何なんですか?」
「うーん、何かしら。去年の雪の女王を決めた獲物は確か二本角の一角獣だったわよね」
「すごい、ユニコーンの概念を覆してる」
やはり相当レアなものでなければ、一番は取れないのだろう。強さはもちろん、運も絡んでくるんだとか。
「そういや昔、白銀の毛並みのベヒーモスがいるって話もあったよね。もしもいたら、それじゃないかな」
「私はただの噂話だと思うけど」
ベヒーモスは色々なゲームにも出てきていて、ファンタジー系に詳しくない私でも知っている。
確かものすごく大きな身体をしており、長く鋭利なツノが生えていて、獰猛でとても怖いやつだ。
珍しい色のベヒーモスがいるという噂はあるものの、その姿を見て生きて帰ってきた者がいないため、定かではないという。よくある恐ろしい話すぎる。
「当日は早朝から開始するし、昼過ぎに終えて午後はのんびり過ごしましょうか。景色が綺麗な場所だし」
「はい! 楽しみです」
「私達は先に終えても男達にはたくさん狩らせて、お揃いのコートを作るのも良いわね」
「出た、女王様」
ユリウスは呆れた顔で肩をすくめ、椅子の背に体重を預けている。どこか慣れた様子で、いつものことらしい。
とは言え、魔物は人間を攻撃する習性があり、人里に降りてくると危険なため、全力で狩るべきだと聞いた。
「綺麗な見た目をしていても、絶対に油断しないでね。見た目で人間を引き寄せて、中から別の化け物が出てきて食い殺すなんてこともあるから」
「ひえっ……肝に銘じます」
私がまともに魔物を見たことがあるのは、宿泊研修の謎の遺跡ダンジョンでだけだ。
ドラゴンからは逃げることしかできなかったものの、ユリウスがあっさりと倒してくれたことを思い出す。
その後、ユリウスとアーノルドさんに守られながら小さなネズミみたいな魔物を運よく倒したくらいで、私にまともな戦闘経験はなかった。
「とにかく当日まで練習、がんばります!」
「ええ。あまり肩肘張らずにね。次は吉田も呼んでみんなで遊びましょう、せっかくのチームなんだし」
「ぜひ! 私の心友の吉田はとても良い人なので」
「ミレーヌ、暇なんでしょ? お前、友達少ないしね」
「は? そっちこそ」
本当に仲が良さそうで、微笑ましい。そういやユリウスとアーノルドさんも、よくこんな会話をしている。
家柄も見目も良く何よりSランクの三人は友達が少ないのではなく、近寄り難いだけだというのに。
「レーネ、やけに楽しそうだね」
「私は友達と口論とか喧嘩をしたことがないから、ちょっといいなあって思って」
もちろん、本気の喧嘩をしたいわけではない。こんな風に軽口を叩ける関係が羨ましいだけだ。
「レーネと喧嘩をしたら、ユリウスは寝込みそうね」
「そんな日は永遠にこないから問題ない」
「否定しないのもかわいいこと」
「悪趣味女」
「でもユリウスと喧嘩って、想像つかないや」
私達がお互いに嫌がるようなことをするなんてない気がするし、何より悪いことをしたらすぐに謝ればいいのではと話せば、ミレーヌ様は唇で美しい弧を描いた。
「ふふ、どうかしらね。男と女って、そんな簡単なものじゃないと思うけど」
そして楽しげに目を細めると、可愛らしい形のクッキーを私に「あーん」と差し出してくれた。