ランク試験(一年冬) 4
あのままみんなと過ごしていても心から楽しめず、無理をし続けていたと思う。
吉田の気遣いに、感謝してもしきれない。戸惑い、お礼すら言えなかったのが悔やまれた。他のみんなだって突然のことに驚いたに違いない。
「……私、だめだめだ」
週明けにはしっかり元気になって、心からの笑顔でお礼を伝えようと決め、鞄をぎゅっと抱きしめる。
「レーネ!」
それからすぐに息を切らしたユリウスがやってきて、その姿からは余程急いで来てくれたのが見て取れた。
ユリウスらしくない様子に、胸が締め付けられる。
「ヨシダくんがいきなり来て、レーネは馬車で待ってるって言うから驚いたよ」
「よ、吉田ってやつは……本当に……」
どこまでも優しいマイベストフレンド吉田、好きだ。
ユリウスは馬車へと乗り込み、私の隣に座った。金色のブローチが、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
ユリウスがSランクに戻り良かったと、ほっとした。
「試験、お疲れ様」
「ありがとう! ユリウスもお疲れ様」
「うん。明日の休みはゆっくり過ごそう」
ユリウスはそれだけ言うと、私の手をそっと握った。私の試験結果に、触れることはない。肩の力が抜けるのを感じ、私はユリウスに軽く体重を預けた。
「着くまで休んでいていいよ」
「……ありがとう」
ゆっくりと馬車は動き出し、静かな時間が流れる。この優しい沈黙が、今はありがたかった。
◇◇◇
やがて屋敷に到着し、ユリウスは部屋まで送ってくれたところで、再び私の名前を呼んだ。
「一人になりたい? それとも俺がいてもいい?」
やはりユリウスらしくない言葉から、気遣ってくれているのが伝わってくる。
そんな問いに対し、私は少しの後「ユリウスに一緒にいてほしい」と答えていた。
「ありがとう」
お礼を言うのはこっちのはずなのに、ユリウスはそう言って微笑むと、私の手を引いて中へと入る。
そのままソファに並んで座ると、どっと疲れが身体に押し寄せてきた。いい加減気持ちを切り替えなければと思っても、なかなかいつものようには上手くいかない。
それでも一番協力してくれたユリウスにはちゃんと報告とお礼をしなければと思い、口を開く。
「あの、ごめんね。私、結局──」
「力になれなくて、ごめん」
私の言葉に被るようにユリウスによって、抱き寄せられる。突然のことに驚く私に、ユリウスは続ける。
「……俺も本当に悔しい。ごめんね」
心から悔やむような、悲しげなユリウスの声や、大好きな温かい体温に視界が滲んでいく。
ユリウスが謝ることなんて何ひとつないよと伝えたいのに、やはり言葉が出てこない。
「レーネはちゃんと頑張ってたよ。誰よりも」
「……うー……う、うわあん……」
やがてぽろぽろと目からは涙が零れ落ち、口からは泣き声が漏れていく。
ずっと我慢していたのに、一度緩んでしまってはもう駄目だった。感情が一気に溢れて、止まらなくなる。
「うっ……ひっく……うー……」
子供みたいに声を上げて泣きじゃくる私の頭を、ユリウスは優しく撫でてくれる。
「今思ってること、全部言って」
「げ、幻滅、しない?」
「まさか。俺が聞きたいんだ」
幼子をあやすような優しい声に、また涙腺が緩む。そんな風に言われて、我慢できるはずがなかった。
何よりどんな私でもユリウスは受け入れてくれると、心から信じられたからだ。
「っくやしい……すごく、悔しくて……悲しい」
「うん」
「だって、頑張ったから……できること、全部した」
「そうだね。レーネのそういうところ、俺は本当にすごいと思ってるよ」
そもそも、半年前はFランクだったのだ。ここまで順調に来れたことが、奇跡みたいなものだった。
そう分かっていても、苦い気持ちでいっぱいになる。
──思い返せば前世での私は、仕事も勉強も頑張り続けていたけれど、生きていくために必要なことだから、やっていただけだった。
だからこそ、それが失敗しても挫折しても、悔しいとは思わなかった。仕方ないと、切り替えられていた。
けれど今は初めて本当の意味で自分のために、応援してくれる人たちのために頑張ったからこそ、こんな気持ちになるのだと、今更になって気付く。
「それとね、仕方ない、っどうしようもないって、分かってるけど……ちょっとだけ、焦っちゃって……」
「……うん」
スタートのスペックが最低辺であることも、仕方がないと分かっている。それでもいつだってバッドエンド目前の私には、もう後がないのだ。
次のランク試験でCランクに上がれなければ、私はどうなってしまうのか分からない。
これまでは頑張れば絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせてきたけれど、不安にならない訳がなかった。
けれど初めて本音を口に出したことで、心が少しずつ軽くなっていくのも感じていた。
「大丈夫だよ。レーネの頑張りは、絶対に報われる」
優しい声に、視界が揺れた。ユリウスがそう言うと、不思議と本当に大丈夫な気がしてくる。
それからもユリウスは私の泣き言に対し、相槌を打っては優しく言葉をかけ続けてくれた。
人生でこんなにも弱音を吐いたことなんて、なかったように思う。一生分、吐いた気さえする。なんだか私らしくなくて、だんだん恥ずかしくなってきた。
「…………」
「…………」
一方、ユリウスは私の肩に顔を埋めたまま黙り続けている。どうしたのだろうと名前を呼べば、「ごめん」とまた謝罪の言葉を口にした。
「……俺も少し泣きそうなんだけど」
「えっ?」
「自分より、レーネが辛い方が悲しいみたいだ」
驚く私に、ユリウスは続ける。
「俺にできることは全部してあげたいし、もしもレーネ泣かせる奴がいたら、すぐに息の根を止めてくるよ」
「こ、怖いんですが……」
冗談ではないトーンに、本気でやりかねなさそうで、違う意味で涙が出てきそうになる。
「や、やっぱり順風満帆すぎるより、挫折パートも必要だと思うんだ。ドラマ的に」
「なにそれ」
謎のフォローをすると、ユリウスは小さく笑ってくれてほっとする。
もしもユリウスが悲しそうにしていたら、私だってすごく辛い。その原因が自分なら尚更だ。
「……もうちょっとだけ、泣いてもいい?」
「もちろん。好きなだけどうぞ」
「そしたら、明日からまた、いっぱい頑張るから」
私はユリウスの背中に再び腕を回すと、胸元に顔を埋めた。私の涙で濡れてしまったけれど、制服はちゃんと弁償しようと決め、今更遠慮はしないでおく。
ユリウスはその後もずっと、私を抱きしめながら背中を撫でてくれていた。
「……俺はずっと、レーネの味方でいるよ」
それからも思い切り泣いて疲れた私は、ユリウスのそんな言葉を最後に、夢の中に落ちていった。