恋を知る 1
まさかここに来て、今度こそ本当に血が繋がっていそうな弟が登場するとは思わなかった。
「ル、ルカーシュって誰……いや弟らしいけども……」
その上、実父が再婚して子供ができていた場合、更に兄妹が増えている可能性だってある。確かに私は兄妹に憧れていたけれど、そろそろお腹がいっぱいだ。
私を中心にした家系図はさぞ複雑だろうと思いながら手紙をそっと箱へ戻し、クローゼットを閉める。
ソファへ移動した私は腰を下ろすと、思い切り体重を預けた。まだ雷に打たれたような衝撃が残っている。
──とは言え、血の繋がった弟の存在は気になって仕方がないし、会って話してみたいとも思う。
何歳か分からないけれど、正直「お姉ちゃん」と呼ばれてみたい。まだ小学生くらいの年齢の可能性だってあると思うと、想像だけでかわいくて胸がときめく。
何より美少女であるレーネの弟なのだから、かなりの美少年に違いない。イマジナリー弟、超かわいい。
「…………」
けれど弟とこの先、会うことはない気がしていた。
実父だって母が亡くなっていることも、私がこの家にいることも知っているはず。それでも会いに来ず連絡もないということは、何か理由があるに違いない。
何よりこの家で辛い思いをしていたレーネが父方に行くこともなかったようだし、こちらからも関われない事情か何かがあったのではないだろうか。
あちらにも新しい生活があるだろうし、こちらから何かアクションを起こすつもりはない。
「うん、今はまず ランク試験に 集中だ! うわ、なんか動揺して俳句みたいの詠んじゃった……」
どこかで元気で暮らしていることを祈りながら、夕食までお得意の自作単語帳での勉強を開始したのだった。
◇◇◇
「……ねえ、ユリウスは弟ってどう思う?」
「急にどうしたの? 別に興味ないけど」
夕食後、自室にて魔法付与の練習をした後、ユリウスとお茶をしていた私はそんなことを尋ねていた。
もしかするとユリウスも、私の弟については知らないのかもしれない。知っていたとしても黙っていそうだと思いながら、ティーカップに口をつける。
「これ、本当に美味しいよね。お蔭でよく眠れるし」
「喜んでくれたのなら良かった」
「うん。本当にありがとう!」
この快眠効果が期待できるというハーブティーは、近頃寝付きが悪い私にユリウスが用意してくれたものだ。
「ユリウスって、本当に優しいよね」
「好きな子には優しくしないと」
「うっ……」
不意打ちでそんなことを言われ、心臓が跳ねる。最近はぐいぐい来られるため、調子が狂うばかりだった。
「でもやっぱり魔力量の調節、苦手みたいだね。ランク試験まで技術練習に力を入れた方がいいよ。とにかくこればかりは慣れだから、俺と頑張ろっか」
「ユ、ユリウス様……!」
甘えてばかりで申し訳ない、私は何も返せていないと言えば「俺は下心があるから気にしないで」なんて言われてしまい、耐えきれなくなった私は両手で顔を覆う。
「それと、さっきの魔法付与を見てて思ったんだけど」
「うん」
「最近のレーネ、かなり魔力量が増えてる気がする」
「ゲホッ、ゴホッ」
動揺して咳き込んでしまい、ユリウスは眉を寄せた。
「大丈夫? どうかした?」
「い、いえ……ほ、本当に全く何でもないので……」
「何でもないって人間の顔じゃないよ、それ」
もちろんユリウスは何も知らないものの「魔力量が増えた」と言われると、流石に照れてしまう。
アンナさんの手紙の通りであれば、ルート分岐前でも一番親しい相手の好感度が魔力量に比例するはず。
となると私の魔力量が増えた=ユリウスからの好感度が上がったということになるのだ。恥ずかしくて落ち着かなくてくすぐったくなるのも、不可抗力だろう。
「レーネの魔力量、今はどれくらいなんだろうね。半年前は、入学できるか不安なレベルだったはずだけど」
魔力量の増加は、人それぞれだと聞いている。
生まれた時から一生同じ量の人もいれば、少しずつ増えていく人、ある日突然急激増える人など様々らしい。
「俺は自分でなんとなく分かるけど、レーネは全く分からないんだよね?」
「お恥ずかしながら、さっぱり」
人によっては、測定器を使わなくとも自身の魔力量がある程度分かるのだという。ただ魔力感知などがからっきしな私は、もちろん何も感じられずにいる。
学園ではランク試験の度に測定があるけれど、その結果が知らされることはない。そのため、私は自身の魔力量については何も分からずにいたのだけれど。
「それじゃ、測定しにいく?」
「……というと?」
「金さえ払えば、学園外で測ってもらえるよ」
「えっ、そうなの!?」
以前、指輪を見てくれた魔法省の魔道具に関する部署に勤めるユリウスの先輩の先輩にお願いをすれば、なんと測定をしてもらい結果を知ることができるという。
「連絡入れておくよ。週末でいい?」
「い、いや……でも……」
もちろん他意はないものの、ユリウスの気持ちを推し量るようで、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「自分の魔力量を知れば、使える魔法の幅も広がるし」
「な、なるほど……」
何より自身の魔力量を知ると、魔力の調節なども安定することがあるらしい。調節がド下手な私は今後ランクを上げていきたいなら、知っておいて損はないという。
「良いこと尽くめなのに、躊躇ってる理由は?」
「……その、私の魔力量はユリウスの好感度と比例するので、心の中を覗くみたいでいやだなあって」
きっと信じないだろうと思い軽い調子でそう言ってみたところ、ユリウスは「なにそれ」と言って笑う。
「それが本当なら、すごくいいね。俺のレーネへの気持ちが本物だって証明できるし、週末が楽しみだな」
「…………っ」
くいと指先で顎を持ち上げられた私は、そんな証明なんてもう必要ない、もう完敗だと逃げ出したくなった。
ユリウスは更に顔を近づけ、満足げな顔をする。
「その後は久々にデートしよっか。どこ行きたい?」
「……………………どこでもいいです」
「あはは、自分で訳の分からないことを言い出したくせに照れてるんだ? かわいいね、レーネちゃんは」
「もう許してください」
「それに前と違って、兄妹なのにデートなんておかしいって言わなくなったのも嬉しかったな」
「ああああああああ」
そうして週末、二人で出掛けることが決まり、私はそれまで落ち着かない日々を過ごすこととなる。