学園祭 4
「うわ、1日で完売とかすげーな! 普通に接客も楽しかったけど、明日思い切り遊ぶのもアリだな」
「俺も楽しかったなあ、負けちゃったのに」
「……僕も悔しいけど、こればかりは仕方ないや」
明日どうするか尋ねたところ、全員がみんなで思い切り遊ぶというのに同意してくれた。今日1日、熾烈な1位争いの中それぞれ全力を出し切り、楽しめたようだ。
「テレーゼも大人気だったね、お疲れ様」
「ありがとう。知り合いも増えて楽しかったわ」
「うんうん、明日もたくさん楽しもうね」
「ええ。レーネとも思い出を作りたいし」
カフェももちろん楽しかったけれど、みんなで1日遊ぶというのも楽しみで、わくわくしてくる。
「ま、これなら優勝も確定だろうしね」
「ユリウス、本当にすごかったね! ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って口角を上げたユリウスは、最終的に宣言通り売り上げ一位を取っていた。それも大差をつけて。
最後はミレーヌ様とは別の公女様がやってきて、「ユリウスにはお世話になっているから」と言い、残りの在庫を全て注文したんだとか。兄の交友関係、謎すぎる。
アーノルドさんやラインハルトは本気で悔しかったようで、来年またリベンジしたいと言っている。けれど、ユリウスは首を左右に振った。
「俺、来年は出ないよ」
「どうして?」
「レーネが嫌がるから」
「……私? なんで?」
なぜ今年の私は良くて、来年の私は嫌がるのだろう。
その言葉の意味はよく分からないものの、明日も全力で楽しもうと決めて、改めてみんなにお礼を告げた。
◇◇◇
そして学園祭二日目、午前中は3チームに別れて学園祭を回ることとなった。2年生チーム、ユッテちゃんとイケメン先輩、そして残りの1年生チームだ。
元々はユリウスの付き添いが参加条件だったものの、保護者代わりの吉田やテレーゼがいること、午後や後夜祭は一緒ということで渋々了解してくれたようだった。
まずはみんなであちこち見て回り、様々な味のお菓子を買って交換しながら食べたり、ゲームをしたり。
「ラインハルト、もう1回勝負しようぜ!」
「いいよ。また僕が勝つだけだと思うけど」
「くっ……お前らも負けっぱなしで悔しいよな?」
「いや、別に俺は全く悔しくないが」
「…………」
「セオドアも悔しいってよ。ほら、もう1回やるぞ!」
一年生メンバーだけでこうして過ごすのは宿泊研修以来だけれど、変わらずみんな仲が良いと実感する。
そうしてみんなでパンフレット片手に歩いていると、ふと気になる出店を見つけてしまった。
「ねえ、幽霊屋敷だって! みんなで入ろうよ!」
「面白そうね、行ってみましょうか」
テレーゼは幽霊など、全く信じていないらしい。私も元々、怖い話なんかは得意な方だ。
やがて到着すると、中からは女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえてきて、ワクワクしてしまう。
「楽しみですね、どんな感じなんだろう」
「…………」
「セオドア様は幽霊とか信じないタイプですか?」
「…………」
「なるほど、生きている人間の方が恐ろしいですよね」
王子も王族である以上、私には想像もつかないような苦労をされているのかもしれない。そして私もまた、過去の理不尽な体験からそれを学んでいた。
やがて私達の順番が来て案内され、幽霊屋敷の中へと入ったのだけれど。
「よ、吉田! どこ! 吉田! 吉田ああああ!」
「うるさい、お前が今掴んでいるのが俺のネクタイだ」
真っ暗でほとんど何も見えない上に、おどろおどろしい大きな音楽や悲鳴が常に聞こえてくる。
「3秒に一回なんか喋って、怖い待ってほんと怖い」
「…………」
「吉田、聞いてる? 吉田ってば」
「…………」
「あれ、私の声聞こえてる? 私もしかして死んだ?」
「お前が俺の首を、ゲホッ、絞めているんだが」
「あっごめん、すごいごめん」
そう、そして私は中に入るまでは余裕だという顔をしていたというのに、今やしっかりびびっていた。
やはりこちらも内装は業者に頼んだようで、本物の古い洋館の中みたいなのだ。リアルどころではない。
私が得意なのはジャパニーズホラーだったらしく、西洋系のホラーは苦手だと今初めて知った。
その上、魔法を使って幽霊の人形を操っているため、まるで本物のように動くのだ。明るい場所でも驚くレベルで脅かされるため、もう限界が近かった。
「ぎゃああああ! ああああ! ああああああ!」
「わはは、可愛さの欠片もない悲鳴でいいな」
「レーネちゃん、大丈夫? 目を瞑っていていいよ、僕が手を引いて出口まで歩くから」
「うう……ラインハルト、ありが──うぎゃああ! 今足に何か当たった! ああああああ!」
私は目を瞑り、よたよたとラインハルトに手を引かれたままなんとか歩いていく。もう二度とこの世界で幽霊絡みのものには近付かないと、固く決意した。
「ラインハルト、ありがとうね……」
「ううん、レーネちゃんに頼られるのは嬉しいから。僕は助けられてばかりだし」
「そんなことないよ! 私こそいつもラインハルトに助けられてるし、本当にありが──ぎゃああ!」
良い感じの友情シーンも、ぬるりとしたこんにゃくみたいな何かが首筋に当たったことで、ぶち壊しになる。
「まあ、とてもよくできているわね。この死体」
「…………」
「うお! やべ、びっくりしてちょっと壊しちまった」
前方からはいつもと変わらない様子のテレーゼ達の声が聞こえてきて、少しずつ落ち着くことができた。
ラインハルトに介助されつつ、なんとか無事に脱出した後は、みんなで昼食をとりに向かった。
びびりきってHPがゼロになった私と、実はグロ耐性がないらしい吉田は、全く食べられなかったけれど。
午後からはユリウス達とも合流し、謎解き風のイベントに参加したり、演劇を見たりと楽しく過ごし、あっという間に空は茜色に染まっていた。
「演劇、素敵でしたね! 泣きそうになっちゃった」
「来年は演劇もいいかもしれないわね」
「確かに楽しそうだね、俺もやってみたいな」
「いやお前、教科書の音読すら棒読みじゃん無理だよ」
このメンバーで来年も一緒にやろうと当たり前のようにみんなが話していて、嬉しくて胸がいっぱいになる。
そうしてあと少しで自由時間も終わる頃、私はぴたりと足を止めて全員に向き直り、口を開いた。
「あの、皆さんにひとつお願いがあるんですが──…」