学園祭 2
「あっ、アレクシアさん! こんにちは!」
夏休みのお宅訪問ぶりの吉田姉は相変わらず色気溢れる美しさで、周りの視線をかっさらっている。
私はというと吉田姉が来るということも、すっかり頭から抜け落ちていた。どうやら吉田姉もこのカフェで食事をし、帰るところだったらしい。
「こんにちは、アレクシア先輩」
「ひっ、ユリウス・ウェインライト……! な、なんだか今日はやけにギラギラしているわね」
ユリウスの姿を見るなり吉田姉は眉を顰めたものの、やがて私へと視線を向けた。
「とりあえず休憩しようと適当に入ったんだけれど、なんだかはしたないお店ね。それで、マックスの出店はどのあたりにあるのかしら?」
この流れでお宅の弟さんにはホストをやってもらっています、なんて言えるはずがない。
「ええと……ど、どこだったかな……?」
「まあ、普段から記憶喪失になることがあるのね。日常生活も大変でしょうに」
「いえ、そういうわけでは……」
超解釈をしてくれた吉田姉は、本気で心配したように私を見つめている。けれどすぐにハッとした表情を浮かべると、何故か私を睨みつけた。
「そう言えば、秋休みにマックスと外泊して、ど、同衾したらしいじゃない! どういうことなの!?」
「ええっ」
「交際もしていないのに……いえ、たとえ交際していても許されることではありませんよ!」
確かにベッドは三つ並びだったし、私とヴィリーの寝相が悪すぎて、吉田を押し潰して眠ってしまっていた。
とは言え、とてつもない誤解が生じてしまっている気がしてならない。違うんですと否定しても、アレクシアさんは聞く耳を持ってはくれない。
「ご、誤解です! それにもう一人いて、吉田くんはサンドイッチ的な感じになっていただけでして」
「なっ……ふ、二人がかりでマックスをハムのように骨抜きにしたって言うの……!?」
「何を言っているんですか?」
今日もしっかり癖が強く、後ろではユリウスが笑いを堪えている。今回は吉田姉のペースに呑まれまいと必死に抵抗していたところ、可愛らしい声が耳に届いた。
「あれえ? アレクシア、おともだち?」
吉田姉の後ろからひょっこりと顔を出したのは、小柄で妖精みたいに可愛らしい女性だった。
吉田姉や吉田と同じ色のふわふわとした髪を靡かせ、大きな金色の猫目でじっと私を見ている。もしかしなくてもこの人は、まさか。
「あなたは会うのは初めてだったわね、こちらはマックスの友人のレーネよ。私を倒したので認めました」
「そうなんだあ。わたし、マクシミリアンのおねえちゃんでローズマリー・スタイナーです。よろしくね」
吉田家長女だというローズマリーさんは、ふわりと微笑み私の手をぎゅっと握りしめた。
あまりの愛らしさに胸がときめく。容姿も雰囲気も、全く二人には似ていない。
「マクシミリアンにこんなかわいい女の子のおともだちがいたなんて、知らなかったなあ。ふふっ」
妖艶美女のアレクシアさんとは真逆の、ゆるふわ美少女という感じで、長女というよりは愛され末っ子という雰囲気だった。
『アレクシアとは真逆のタイプで、まともに会話ができるような相手ではない。セオドア様を溺愛していて、お前が親しいと知られれば間違いなくトラブルになる』
吉田の言葉を思い出したけれど、会話ができないなんてことはないし、優しそうだ。そしてとにかく可愛い。
「今度はわたしとも一緒にあそびましょ?」
「はい、ぜひ! ちなみにこの廊下をまっすぐ行けば、出店があるような気がします」
「ありがとお」
その後、ローズマリーさんのお蔭でなんとかアレクシアさんの誤解を解くことができ、事なきを得た。
ここ連日トラブルまみれだった私は一応、それとなく道順を伝えるだけで直接案内はせず、教室には近づかないでおく。そうして二人は出店へと向かっていった。
「いやー、ヨシダくんの家族って本当に濃いよね」
「そうだね」
ユリウスと二人の背中を眺めながら、息を吐く。
──また長期休みにでも吉田邸にお邪魔したいなんて呑気に考えていた私は、いずれローズマリーさんと大修羅場を迎えることになるなんて、まだ知る由もない。
◇◇◇
それからもユリウスと二人で色々な出店を周り、スイーツを食べたりみんなへの差し入れを買ったりした。
そして今は、謎の雑貨が並ぶ店へとやってきている。
「このお店、面白いね。見て! 吉田のメガネを五倍くらい大きくしたようなメガネとかあるよ」
「あはは、何に使うんだろうね」
何に使うのか全く分からない玩具や、可愛らしいぬいぐるみ、いくらするんだと突っ込みたくなる大きな宝石のついたアクセサリーまで、様々なものがある。
眺めているだけで楽しくて、ユリウスとお喋りしながらゆっくりと見ていく。
「何か欲しいものはあった? 俺が買うよ」
「いいの?」
「もちろん。こういうのも思い出だしね」
「ありがとう! うーん、何がいいだろう」
せっかくだし値が張らないものを買ってもらおうと考えていた私はやがて、とある一点で目を止めた。
「わあ、かわいい! これがいいな」
そこにあったのは、可愛らしい付け耳カチューシャだった。ピンク色のうさ耳と、水色の猫耳がある。
実は昔から、こういうアイテムに憧れていた。テーマパークでの被り物や、お祭りの光るカチューシャなど、一人では買う機会もつける勇気もなかったのだ。
どちらにするか悩み2つとも手に取れば、ユリウスは少し困惑した顔をした。
「もしかしてそれ、俺の分?」
「うん! お揃いにしたら楽しいかも、なーんて」
もちろんそんなつもりはなく、ユリウスが着けるとも思っていないし、だからこそ冗談めかして言ったのに。
「……いいよ、わかった」
「えっ?」
「これ、両方ちょうだい」
「ありがとうございます!」
「ちょっ……ええっ?」
なんとユリウスはうさ耳と猫耳を両方購入すると、ピンク色のうさ耳の方を私に手渡してくれた。
まさか本気でユリウスも身に付けてくれるつもりなのだろうかと、変な汗が出てくる。