学園祭 1
誕生日の際に正装姿は見たことがあったものの、不思議と前回よりもずっと胸が高鳴るのを感じていた。
「どうしたの? 顔赤いけど」
「トマトジュースを飲み過ぎただけです」
「へえ? その髪型、すごくかわいいね」
ユリウスはそう言って微笑むと、私の片方の髪の毛の束を掬い取り、なんと毛先に唇を押し当てた。
一瞬にして顔に熱が集まっていくのを感じながら、私は慌てて後ろに飛び退く。
「が、学園でそういうのはよくないと思います!」
「ああ、ごめんね。二人きりの時の方がよかった?」
「どこでも駄目です」
「あはは、それは無理かな」
やけに楽しそうなユリウスの様子に、やはり内心ほっとしてしまう。大切な人達にはずっとずっと笑顔でいてほしい。もちろん、この距離感バグは問題だけれど。
他のみんなもしっかりと正装を着こなしており、それぞれ自身にどんなものが一番似合うのか、よく分かっているようだった。
「セ、セオドア様の王族感、すさまじいんだけど……」
「わかる。平伏したくなるよね」
特に王子の神々しさは別格で、私とユッテちゃんは遠目から眺めるだけで慄いてしまう。
身支度を終えた6人が並ぶと、あまりの輝きにもはや直視することすら困難だった。眼福というのは、この瞬間のためにある言葉だったのかもしれない。
「あら、いいじゃない。優勝はもらったわね」
「そうですね! 私達も頑張りましょう」
「ええ。一体誰が一位になるのか楽しみだわ」
ミレーヌ様は口元に美しい指先を添え、薄く微笑む。
正直、誰が一位になってもおかしくない戦いで、かなりの激戦になりそうだ。
「それじゃ、そろそろ開店──えっ!?」
やがて全ての準備が終わり、店の外を覗いた私は息を呑んだ。女子生徒による長蛇の列ができていたからだ。
皆きゃあきゃあと楽しそうにはしゃいでいて、相当楽しみにしてくれていることが窺えた。学園屈指のイケメン達が集っているだけある。
「ジェレミー先輩、よろしくお願いします!」
「うん、任せて」
私は入り口で待機していたイケメン先輩に声をかけ、裏へと戻った。やはり接客は男性スタッフがいいだろうと思い、裏方ではなく案内役や給仕をお願いしている。
学園祭前に無事カップルになったことで、ユッテちゃんと別の仕事でいいと言ってくれたのだ。
そして店は無事オープンし、私は椅子に座ったままドリンク類をひたすら用意し続けていたのだけれど。
「えっ、こんなに……!? 経済回りすぎてない?」
「なんか私、怖くなってきたよ……」
驚きのペースで高額注文が飛び出す上に、回転率が恐ろしく早い。それほど満足度が高いのだろう。
もしかすると、みんなアイドルの握手会くらいのノリで来ているのかもしれない。
私も推しと隣り合ってお茶を飲めと言われても緊張するだろうし、長時間拘束は申し訳なくなるに違いない。
「今のところ、アーノルドとユリウスが優勢ね。ラインハルトくんもかなり強いわ」
売上の管理をしていたミレーヌ様が、定期的に色々と教えてくれる。客単価が並外れて高いのは王子らしく、ヴィリーと吉田も安定感があるため、今後ひっくり返る可能性もかなりあるという。
やがて座りっぱなしも不健康だろうと、途中こっそり様子を見に行ってみることにした。
「ユリウス様、素敵すぎて死ぬかと思った……」
「私、セオドア様を前にしたら何も喋れなくなってしまったわ。お互いに無言のまま十分が過ぎたけれど、お近くで見られただけで大満足だった!」
どの女子生徒も幸せそうに退店していくものだから、こちらまで嬉しくなってしまう。なんというwin-win。
「レーネちゃん、少し休憩してきたら? 今ちょうどユリウス先輩のお客さん、奇跡的に途切れたんだ」
「ありがとう! そうしようかな」
時計を見れば、あっという間に私のシフトは休憩時間を迎えていた。大繁盛していると言えど、練習の甲斐あって店はしっかり回っている。
そして約束通り、私は保護者としてユリウスの同伴が義務付けられていた。誰よりも忙しかった兄も奇跡的に手が空いたようで、二人で休憩に行くことにする。
「お疲れ様! その格好のままいくの?」
「うん。着替えるの面倒だし、宣伝になるんじゃない」
「なるほど、確かに」
時間も限られてるし行こっか、とユリウスは当たり前のように私の手を取り、店の外へ出ていく。
「ちょっ、流石に手は──」
今日は人前で手を繋ぐのはよくないだろうと慌てて止めようとしたものの、すぐに予想外の声が耳に届いた。
「美男美女の兄妹よね。仲が良くて可愛らしいこと」
「私もあんなお兄様が欲しかったわ」
なんと私達は兄妹としてセットで受け入れられているようで、微笑ましげな視線を向けられている。
元々全く関わりがなかったせいで、ユリウスの妹だと認識されていなかったのだ。けれど最近は学園内でもよく一緒にいるため、広まっているようだった。
「仲良し兄妹って感じで、大丈夫みたい。よかった」
「……そうだね」
何故か少しだけ不機嫌な様子のユリウスは、そのまま早足で廊下を歩いていく。
「どこに行きたい? まずは何か食べようか」
「うん、実はお腹空いてたんだ。あ、そういえば吉田達の隣のクラスのカフェが気になるかも」
噂で聞いたところ、まさにメイドカフェや執事喫茶といったコンセプトのお店らしかった。
普段からメイドや執事に囲まれている貴族が楽しめるのかと思ったものの、美形が多いクラスのようで店員目当てのお客さんを狙ってのものだろう。
言うなれば、うちとライバル的存在の店だ。メニューもしっかりカフェで、パンケーキなどもあるらしい。偵察と昼食を兼ねて、早速行ってみることにした。
「かわいい! やっぱりメイドカフェもアリだったな」
「レーネは絶対やらせないけどね」
少し並んだ末に入店し、お茶や食べ物を注文した。店員の女子生徒達が着ているのは実際のメイドのものよりもドレス寄りの可愛らしい服装で、胸が弾む。
男子生徒の執事姿や店内の内装もかなり本格的、その上メニューも豊富で食事もしっかり美味しい。そのせいか常に満席で、かなり手強そうだ。
「くっ……負けていられないね」
「絶対に大丈夫だよ。ねえ、あーんして」
「なんて?」
ユリウスが突然軽く口を開け、そう言ったことで近くを通りがかったメイドがお茶をひっくり返す。
これまでも女性店員の視線は常にユリウスへと向けられていて、明らかに仕事の効率を下げている。
このままでは意図せず営業妨害になると思い、ユリウスは無視して食べ終え、退店しようとした時だった。
「あら、レーネじゃない」
不意に背中越しに声を掛けられ、振り返る。するとそこにいたのはなんと、吉田姉だった。