真実のかけら 4
「だって、吉田は何も悪くないのに……」
「そうだとしても気にするものじゃないかな。きっとレーネが逆の立場でも、同じ気持ちになると思うし」
確かにそうだ。へっぽこ魔法使いの私ができることなんて何ひとつないにしても、きっと目の前で友人が血塗れ大事故に遭えば、気にするに決まっている。
何より優しい吉田ならば余計に、庇えなかったことを悔やんでしまうのだろう。私も被害者ではあるものの、申し訳なくなる。
登校したら一番に吉田に会いに行き、もう元気いっぱいだよと伝えようと決めて、はたと気付く。
「ねえ、そういえば今って何日の何時!?」
慌てて日付を尋ねれば、学園祭前日の夕方だった。学園祭を気絶して参加し損ねたということは避けられたようで、ほっとする。
「私の事故のせいで学園祭、中止とかないよね?」
「レーネがこんな状態だから学校側もどうしようかって話になったらしいけど、お前はそういうの望まないだろうし予定通り開催してほしい、って伝えてあるよ」
「ユ、ユリウス様……!」
なんて私のことを深く理解してくれている、素晴らしい兄なのだろうか。感謝で涙が出そうだった。
「明日、行ってもいいでしょうか……? この通り、お蔭様でもう元気いっぱいなので……」
「本当はダメだって言いたいんだけどね。レーネがどれだけ学園祭を楽しみにしてるかも知ってるから」
ユリウスは溜め息を吐き、続ける。
「とにかく裏で座ってできる仕事のみにすること、基本的に俺の側にいること。いい?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
「約束だからね」
私の頭を優しく撫でるとユリウスはようやくふっと口元を緩ませ、素の笑顔を見せてくれた。
しっかりと大人しくすること、みんなにもう絶対に心配をかけないことを心の中で固く誓う。
「それにしても一瞬だけ記憶が戻って性格が変わるなんてこと、あるんだね。驚いたよ」
「そ、そうみたいですね」
「……また同じことが起きるかもしれないと思うと、怖くなるな」
ユリウスからすれば、多重人格みたいに思えているのかもしれない。私としても、いつまたこの入れ替わりが起きるかと思うと怖かった。
とは言え、今ある情報から考えると命の危険があった場合に入れ替わる、というのが正解な気がする。それがどちらの身に起きた場合なのかなど、やはり分からないことは多いものの、多少対策はできるだろう。
「私もよく分からないんだけど、とにかく危ない目に遭わなければ大丈夫な気がする」
「それなら絶対に俺がレーネを守るよ」
「お、おう!」
「あはは、何その反応」
こんな近距離で、こんなにも綺麗な顔で漫画やゲームでしか聞いたことのないセリフを言われて、ときめかないなんてやはり不可能だった。
ドキドキしてしまうのを必死に隠す私の隣で、ユリウスはどこか遠くへと視線を向けながら、口を開く。
「でも、今回の件で自分の中で結論が出たよ」
「結論?」
「うん。……失ってから気付くなんて言葉、愚かでしかないと思ってたけど、本当みたいだ」
こちらもよく分からないけれど、私のことを大切に思ってくれているということなのかもしれない。
「とにかく、レーネはまだ休んでた方がいいよ。夕食も部屋に運ばせるから、二人で食べよう」
「うん、ありがとう!」
またもや飛び降りをしたなんて知った両親は、私のことをウェインライト家の恥だとでも思っていそうだ。顔を合わせなくて済むのなら、ありがたい。
夕食まであと2時間くらいあるようで、また後で来るとユリウスは言い、部屋を出て行く。
「……うーん、眠れない」
それから30分くらい身体を休めようと目を瞑り、羊を数えてみたものの、一向に眠れる気がしない。
そんな中ふと、飛び降りた私をジェニーが治療してくれたという話を思い出していた。一度目はジェニーが私を突き落としたはずなのに、今回は治療してくれるなんてどんな心境の変化があったのだろうか。
何にせよ、ジェニーに助けられたのは事実なのだ。リハビリ程度にお礼を言いに行こうと決め、立ち上がる。
「あら、お姉様。飛び降りが趣味なんですか? 見事な転げ落ち方でしたけど」
そうしてジェニーの部屋を訪れ、私の顔を見た瞬間、彼女の第一声はそれだった。
清々しいほどの嫌味で、なんだか安心すらする。
「今回はさておき、一度目は事故だからね」
「……ふうん、元に戻ったのね。つまらないこと」
どうやらレーネは意識を取り戻し、部屋を出て飛び降りるまでにジェニーに遭遇したらしい。レーネはジェニーに対しても怯えた様子を見せていたのかもしれない。
ジェニーはレーネが階段から飛び降りる様も、しっかり見ていたようだった。
「その、ちょっと取り乱しちゃって……ジェニーが治癒魔法で治療してくれたんでしょ? どうもありがとう」
とにかく感謝すべきだとお礼を伝えると、ジェニーは形の良い眉を寄せ、しっしっと追い払う手つきをする。
「気持ち悪いわね、お姉様のためじゃありませんよ。お兄様に頭を下げられて、断れるはずがないじゃない」