真実のかけら 3
「ま、待って、どういうこと? 私、爆発事故の後に意識を取り戻したの?」
「うん。それからすぐ飛び降りて半日意識を失ってた」
「……うそ」
もちろん、ユリウスがこんな嘘を吐くはずがない。つまり私が元の身体に戻っていた間、この身体に誰かが入っていたということになる。
そしてその可能性がある人間など、一人しかいない。
「う、嘘でしょ……」
思わず口元を手で覆った私は、ユリウスに抱きしめられていなければ、その場に倒れていたに違いない。
だってそんな可能性、考えたこともなかったのだ。単に私が死に、異世界転生しただけだと思っていた。
──まさか私とレーネが、入れ替わっていたなんて。
元の世界の私の部屋で私として暮らしていたのも、きっとレーネだったのだろう。
貴族令嬢として過ごしていた彼女が現代社会で暮らしていくなんて、死亡フラグのある私よりも大変に違いない。けれど不思議と、普通に暮らしているようだった。
そもそも一体なぜこのタイミングで入れ替わり、そしてまた元に戻ったのかも分からない。不思議なことばかりで、再び頭が痛くなってくる。
「その、目を覚ました後の私、どんな感じだった?」
「…………」
「ユリウス?」
そう尋ねても、ユリウスは長い睫毛を伏せたまま口を閉ざしている。そして、すぐに気付く。
レーネとユリウスは元々、会話すらない関係だったと聞いている。その上、いきなりこちらの世界に戻ってきたことを考えれば、穏やかなものではなかったはず。
「……目が覚めた後、側にいた俺を突き飛ばして泣き出したんだ。で、色々と言われたよ」
やがてユリウスは傷付いたような表情でそう呟いた。その色々が何なのかなんて、聞けるはずもない。
そしてようやく、目覚めた時にユリウスが遠くに座っていたことも、私に私なのかと確認したことも、どこか怖がっているような様子だったことにも納得がいった。
レーネが、思い切りユリウスを拒絶したからだ。
きっとすごく心配してくれていたであろうユリウスの気持ちを思うと、胸がひどく痛んだ。
「それからすぐこんなところには居たくない、私はもう私でいたくない、って泣き喚いてさ。部屋から出て行ったかと思うと、ホールの階段から飛び降りてた」
「そんな……」
「今回も酷い怪我だったけど、ジェニーの治癒魔法で応急処置をして医者を呼んで大事には至らなかったんだ。てっきり記憶が戻ったと思ったけど、違うみたいだね」
ユリウスはそう言って、私の背中に回していた腕に力を込める。私もまたその背中に、そっと手を回した。
「色々と心配をかけたり、嫌な思いをさせてごめんね。でも今は何も覚えてないよ。ユリウスのことも大好き」
「…………」
「ユリウス?」
「……泣きそうになったの、人生で2回目かも」
安心したと冗談めかして笑っているけれど、それくらい不安にさせ、傷付けてしまったのだろう。
私だってある日突然ユリウスに拒絶されたら、立ち直れなくなるかもしれない。
けれど、今の話を聞いてはっきりしたことがあった。レーネはきっと、鈴音としての暮らしを望んでいる。
だからこそ、彼女にとって私と入れ替わるきっかけとなった出来事である、階段からの飛び降りをしたのだ。
一度目は突き落とされたのだから、その時の痛みや恐怖は相当なものだったはず。気弱だったらしいレーネにとっては尚更だろう。
それでもそんな行動をとるくらい、彼女にとってあちらの世界での暮らしは幸せだったのかもしれない。丁寧に整えられたあの部屋からは、それが感じられた。
「……そっか、そうだったんだ」
ずっと、元のレーネの人格はどこに行ってしまったのだろうと気になっていた。
私はこの世界で今、大切な人達に囲まれて幸せに暮らしている。長年ひとりぼっちで辛い想いをしていた彼女もまた、少しでも幸せに暮らせているのなら、それ以上に嬉しいことはなかった。
「頼むから、もう心配かけないで」
「うん、ごめんね」
「全然信用できないんだけど」
「努力します」
わざとではないとは言え、事故に巻き込まれた挙句、自ら飛び降りるなんて心配どころではなかっただろう。両親の反応を想像すると、お腹まで痛くなりそうだ。
「そもそも、爆発事故って何だったの?」
「調理室を使ってた生徒のミスで爆発が起きて、吹き飛んだドアがレーネに当たったって」
「ななんという不運……あ、吉田は大丈夫だった!?」
「うん。怪我人はレーネだけだから」
「よかった……」
ちょうど吹き飛んだドアが私にだけクリティカルヒットしたらしく、それ以外に被害はなかったらしい。
完全に学祭モードで浮かれている時にこんな目に遭うなんて、不運にも程がある。爆発に巻き込まれたことが入れ替わりに影響しているのだろうか。
「全然よくないから。かなり酷い怪我で頭からの出血も止まらなくて、骨もあちこち折れてたって」
「う、うわあ……」
相当酷い怪我だったようで、すぐに意識を失ってよかったと思えてしまう。私はとにかく痛みに弱いのだ。
学園の保健医が国内有数の腕の良い治癒魔法使いだったことにも、心底感謝した。
それにしてもこの身体は、短期間で2度も大怪我を負ったことになる。怪我自体は治っていても身体の負担はあるようで、安静にするようきつく言われた。
「ヨシダくん、かなり気にしてるみたいだったよ」
「えっ?」