真実のかけら 2
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頭を打って気絶し、夢でも見ているに違いないと頬をつねってみる。すると普通に痛みを感じ、もしかしなくても現実ではと冷や汗が流れた。
「いやいやいや……えっ、嘘でしょ?」
間違いなく私が暮らしていた部屋ではあるものの、きょろきょろと辺りを見回してみると、見覚えのない物があったり家具の位置が動いていたりと変化がある。
綺麗な花があちこちに飾られ、レースの可愛らしい小物が増え、可愛らしさが増しているのだ。
自分の部屋なのに自分の部屋ではないような、まるで異世界やパラレルワールドに来たような感覚がする。
「な、なんで……あ!」
テーブルの上にスマホがあるのを見つけ、慌てて手に取る。けれど自身の誕生日に設定していたパスワードを入力しても、解除されることはない。
傷のつき方を見ても、間違いなくこれは私が使っていたものだ。誰かがパスワードを変更したのだろうか。奇妙なことばかりで、心臓が嫌な音を立てていく。
ロック画面で日付を確認すれば、私が死んだと思っていた日から、半年近くが経っていた。
「やっぱり私、死んでなかった……?」
半年経っても部屋や携帯は解約されておらず私の身体は無事、そして様々な変化があるというのはつまり──私として誰かが暮らしていたと考えるのが妥当だろう。
自分以外の誰かが自分として暮らしていたなんて、普通に怖すぎる。それでも私だってレーネとして生きていたのだから、人のことは言えないのかもしれない。
「……とりあえず、落ち着かなきゃ」
ひとまず深呼吸をし、なんとか冷静になろうとする。
身体は完全に自由に動くようで、少しでも情報を得ようと部屋の中を見て回った。本当に今の今まで誰かが暮らしていた形跡があって、落ち着かない気持ちになる。
やがてソファに腰を下ろすと、私はこれからどうなるのだろうと頭を抱えた。
──このままこの半年間の出来事全てがなかったことになり、改めて鈴音として生きていくのだろうか。
そんなのは絶対に嫌で、何かのきっかけにならないかと思いゲームソフトを探そうとした時だった。
「鈴音、いるのか?」
「……へ?」
ガチャリと鍵が開けられた音がしたかと思うとリビングのドアが開き、背の高い男性が入ってくる。
その顔には見覚えがあって、私は言葉を失う。どうしてこの人が、こんなところにいるのだろう。本気で訳が分からず、呆然と見つめ返すことしかできない。
「1日連絡がないから、心配で来たんだ」
「……え、ええと」
本気で心配したような、親しげな様子で優しく声を掛けられる。鍵を開けていたことからも、合鍵を持っているほど親しいことが分かり、さらに混乱してしまう。
「いった……う、っ……」
そんな中、不意に思い切り鈍器で殴られたみたいにひどく頭が痛み始め、耐えきれずぐらりと視界が傾く。
そしてソファに倒れ込んだ私は再び、意識を失った。
◇◇◇
ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。ここ半年毎日見ていたもので、心底ほっとしてしまう自分がいた。
「……あー、あいうえお、わをん」
やはり声もレーネのもので、こちらに戻ってくることができたのだと確信し、安堵の溜め息をつく。
「よ、よかったあ……」
──本当に、本当に怖かった。元の自分に異変が起きていることよりも、この世界でみんなと過ごす日々を失うことが、どうしようもなく怖くて仕方なかった。
今の私にとっての帰るべき場所、帰りたいと思える場所はここなのだと、改めて実感する。
それにしても、今のは何だったんだろう。夢にしてはあまりにもリアルで、奇妙なことばかりだった。
もう頭の痛みもなく、身体が軽い。クマのぬいぐるみが並ぶベッドからゆっくり身体を起こすと、少し離れた場所にある椅子にユリウスが座っていることに気付く。
「…………」
「…………」
その顔色はひどく悪く、目が合った瞬間、ユリウスらしくない明らかに動揺した様子を見せた。
その上、こちらをじっと窺うように見つめるだけで、声ひとつ発さない。そもそもいつもの兄なら、もっと近くにいそうなものなのに。
まずは今までレーネの身に何が起きていたのか知りたくて、ユリウスに声を掛けた。
「ねえ、ユリウス。今まで何があったの?」
「……レーネ?」
「うん?」
「本当に、レーネなの?」
質問の意図が分からず、首を傾げる。やはりユリウスらしくない言動に、戸惑ってしまう。
「うん。私だよ、私」
なんだか詐欺のようだと思いながらもそう答えると、ユリウスは一瞬、泣きそうな顔をする。
そして、私の元へとまっすぐやってきたユリウスはベッドに静かに腰を下ろすと、私の頬にそっと触れた。
まるで触れることすら躊躇うような手つきに、やはりいつもの兄らしくないと思ってしまう。
「……俺に触れられるの、嫌じゃない?」
「うん。いつものことだし」
多少はドキドキするものの、状況が状況なだけにいつもよりは落ち着いている自分がいる。
すると次の瞬間、きつく抱きしめられていた。その優しい体温に、ほんの少しだけ泣きそうになる。
「……本当に、生きた心地がしなかった」
「その、心配かけてごめんね」
背中に腕を回し、私の肩に顔を埋めたユリウスは「心配どころじゃない」と責めるような声で呟く。
今は痛みひとつなくピンピンしているけれど、よほど危険な状態だったのだろうか。
「もしかして、何も覚えてない?」
「うん、調理室の前を歩いてた辺りからさっぱり」
顔を上げたユリウスは信じられないという表情を浮かべると、やがて口を開いた。
「……お前、爆発事故に巻き込まれた挙句、意識を取り戻した後は階段から飛び降りたんだよ」