接客スタイルは人それぞれ 3
「飲み物、好きな高いもの頼んでいいんだよ? 私、大好きな吉田くんの1番のお客さんになりたいから……」
「いや、無理はしなくていい」
「本当? 安客な私のこと、嫌いにならない……?」
「それくらいで嫌いにはならないから、安心しろ」
「えっ、じゃあ好きってこと!?」
「なぜ好きか嫌いかの2択しかないんだ」
面倒な客を演じても吉田はしっかり相手をしてくれ、健全な友営──友達営業のノリで接してくれる。
「吉田くんの好きなタイプってどんな子ですか?」
「特にないな」
「えっ、つまり私ってこと!?」
「ポジティブ過ぎるだろう」
楽しく会話をしていると、たまに吉田も笑ってくれて嬉しくなる。吉田の笑顔、プライスレス。
「吉田くんが浮気しないように、お金を使うね!」
「どの立ち位置なんだ、お前は」
安心して楽しめる吉田は、リピーターが続出するに違いない。私もうっかり毎日通ってしまい、本数エースになっていたかもしれない。2日限りで本当によかった。
気が付けば途中からは聞き上手の吉田によるお悩み相談室になっており、私は早速ユリウスへのドキドキの件についてもこっそり相談してみたのだけれど。
「でね、最近ドキドキするって言ったらユッテちゃんが恋かもしれないって言うから、びっくりしちゃった」
「お前こそ浮気じゃないか」
吉田の口からそんな言葉がこぼれた瞬間、思わず手に持っていたティーカップを放り投げそうになった。
「え……? よ、吉田、酔ってる……?」
「なぜ俺が言うと冗談にならないんだ。本気で恥ずかしくなるからやめろ」
「吉田って冗談とか言うんだね、萌え」
「うるさい。そもそも俺を何だと思っているんだ、セオドア様だって冗談くらいたまに言っているぞ」
「ええっ」
吉田と王子が冗談を言い合っている微笑ましい光景、お金を払ってでもぜひとも見たい。
冗談に対し私がマジレスしたことで照れている吉田が可愛くて、思わず私も自宅に溜め込んでいるお小遣いを取りに行きそうになった。好きだ。
「吉田ごめん! 今後は私ばかりボケていないで、吉田にも譲ってくから。ツッコミもできるようになるね!」
「いらん気を回さんでいい。おい、離せバカ」
吉田ジョークを他にも聞かせてほしいと縋り付いていると、不意に身体に腕を回され後ろに引き寄せられた。
慣れ親しんだ香りにより、振り返らずとも一体誰のものなのか分かってしまう。
「はい、そろそろおしまいね。お疲れ様」
「助かりました、ありがとうございます」
「いいよ。俺、ヨシダくんのことは好きだから」
いつの間にか迎えにきてくれていたユリウスによって止められ、練習は終了した。時間もちょうど良かったようで、今日はここまでということになった。
「吉田の接客、すごくよかったよ。当日もよろしくね」
「まあ、やれるだけのことはやるつもりだ」
こうして全員の練習が終わり、これは恐ろしい出店になると改めて確信する。ここまでやるからには必ず優勝したいと、私は更に意欲を高めた。
◇◇◇
学園祭二日前の今日から、普通の授業は休みとなる。
生徒会役員や出店をやる生徒のみが登校することになっており、私はもちろんユリウスと共に朝から学園へとやってきていた。
昨日一昨日と休日で、その間に内装業者に入ってもらっていたため、ドキドキしながらドアを開ける。
「わあ……! すごい! 本物のお店みたい!」
「うん、いい出来だね」
昨日までただの教室だった場所が、華やかで高級感のあるホストクラブ風のカフェになっており、一歩足を踏み入れた私は思わず感嘆の声を漏らす。
金と黒を基調とした店内にはいくつもボックス席があり、大きなシャンデリアまで輝いていて驚いてしまう。
美しい花や絵もあちこちに飾られていて、胸が弾む。間違いなく学生の学園祭のクオリティではない。
「これはもう、勝ちが見えましたわ……」
「あはは、それならよかった」
このクオリティとあのキャスト陣を考えると、確実に優勝とランク試験での加点はもらっただろう。メンバーみんなに感謝しながら、私はぐっと右手を握りしめる。
「ソファもすごくふかふかだよ! ほら!」
「小さい子供みたいだね」
実際に席に座ってみると、座り心地も抜群だ。隣に腰を下ろしたユリウスも「うんうん」と頷いている。
「これ、いくらかかったの? 怖いんだけど」
「内緒。ちゃんと上手くやっておくから大丈夫だよ」
お金に関してはユリウスに管理を任せているけれど、私の目玉が落ちてしまう金額な気がしてならない。
「ねえ、あそこの絵とか──っ」
「うん?」
飾られていた絵を眺めた後に何気なく振り返ると、なぜかすぐ目の前にユリウスの顔があって、ソファの背に壁ドン状態になっていた。
「ど、どど、どうされたのでしょう?」
「接客練習しようと思って」
「ユ、ユリウスはもう練習とかいらない気が……」
やはりドキドキしてしまい、視線を逸らし、必死に背もたれに身体を押しつける。少しでも距離を取ろうとしていると、やがてユリウスは小さく溜め息を吐いた。
「やっぱりレーネ、最近なんかおかしいよね? 前より距離感じてすごく嫌なんだけど」
「……え」
「俺さ、レーネにだけはそういうのされたくないみたいなんだ。だから、理由があるなら言ってほしい」
悲しげな視線を向けられ、胸が締め付けられる。
確かに今まではユリウスにこうして近づかれても「はいはい、距離感バグってますよ」で済んでいたのだ。
まさか私が異性としてユリウスのことを意識し、照れているとは思わないはず。その結果、避けていると捉えられているのだろう。
自身の耐性のなさのせいでユリウスが傷付いていると思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
「こないだは大好きって言ってくれたけど、やっぱり俺のこと嫌になった? それなら近付くのもやめるよ」
「ま、まさか! むしろその逆で──…」
身体を引いたユリウスの腕を、無意識に慌てて掴む。
「え?」
そして思わずそう言ってしまった瞬間、私はやってしまったと自身の口元を押さえた。