接客スタイルは人それぞれ 2
「それでは第3回、接客練習を始めたいと思います」
放課後、ラインハルトと吉田、お手伝いのユッテちゃんと私は恒例となった空き教室にて顔を合わせていた。
「じゃあ、今日はラインハルトからやってみよう! 私のことは初対面の知らない人だと思ってね」
「うん、努力してみるよ」
ラインハルトはにっこりと頷くと、私を例のボックス席へと案内してくれた。
「うわ、ここに座るの結構恥ずかしいね」
「確かに見られてると思うと、照れるかも」
お客さんとして接客されること自体ソワソワする上、そのやりとりを人に見られるのは緊張してしまう。
改めて毎度全力でやりきってくれるリタ様を尊敬しながら、隣に腰を下ろしたラインハルトへ視線を向けた。
「あの、なんだかやけに近すぎませんか?」
「そんなことないよ」
はっきりと断言され、私が間違っているのかと思ってしまったものの、やはりゼロ距離というのはおかしい。
ぴったり身体は密着し、ラインハルトの手は私の腰に回されているのだ。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
「なるほど……こういうスタイルですか」
ラインハルトもアーノルドさんと同じ、色恋接客スタイルなのかもしれない。それであれば私もお客さん役として、しっかり反応していかなければならない。
「レーネちゃんとこうして2人きりになれて、嬉しい」
「2人きり……うん、2人きりだね」
割と近くにいた吉田が、少しだけ気まずそうな顔をしてそっと窓際へ移動する。
この空間にはユッテちゃんだっているものの、ラインハルトには私しか見えていないらしい。
「あっ、それでは何か飲み物を……」
「レーネちゃんはさ、僕が他の人を接客していても全く嫌じゃないんだろうね」
「……な、なんて?」
あまりにも話題が唐突すぎて、悲しげな視線を向けてくるラインハルトを前に、戸惑うことしかできない。
「僕はもしもレーネちゃんがこうして他の人を接客していたら、耐えられないと思う」
「ええっ……あ!」
何故いきなりこんなことを言い出したのか、不思議だったけれど。もしかするとこれは他の客の接客をさせないくらい高額を使い、独占しろという遠回しな煽りではないだろうか。
なるほどそうきたかと、私は気合を入れ直す。
「レーネちゃんは僕なんてどうでもいいんでしょ?」
「そんなわけないよ! しっかり推してる!」
「僕はレーネちゃんがいないと頑張れないんだ。本当に僕だけを応援してくれる?」
ぎゅっと右手を握られ、縋るような目を向けられる。
そして、気付いてしまう。これは病み営──つまり自分の弱さを見せることで、庇護欲を掻き立てたり母性本能をくすぐる営業方法だと。
こんな態度をとられては、私が支えてあげなければという気持ちになってくる。
ここはやはりお客さんの立場でしっかり反応しなければと思った私は、慌ててメニューを手に取った。
「わ、分かった! 私が応援するから、頑張ろう!」
「本当にずっと僕だけ?」
「もちろん、任せて! だから元気出して!」
「うん、良かった。すごく嬉しいな」
ぱあっと眩しい笑顔を向けられ、ほっとする。
改めてラインハルトの顔は良すぎると思いながら、ちょろい私はうっかり高級なお茶を頼んでしまっていた。
「こんな調子じゃ私、破産しちゃうね」
「破産しても一生僕が養うから大丈夫だよ」
ここにきて結婚営業までセットでついてきたことで、ラインハルトが恐ろしくなる。
まんまと営業にハマってしまった私やリタ様は、リアルホストクラブに行ってはいけない人種だと実感した。
「レーネちゃん、そろそろ交代時間だよ」
そしてユッテちゃんの声をきっかけに、練習を終えることとなった。長時間続いていたら、きっとまた高額な紅茶を頼んでしまっていたに違いない。
練習開始前の不安な表情は何処へやら、ラインハルトは玄人の如く実力を発揮していた。
「ラインハルト、プロみたいだったよ。びっくりした」
「そうなの? 僕、レーネちゃんのために頑張るから」
「ありがとう! 私も裏方頑張るね」
ラインハルトも二年生組に劣らず、かなりの額を稼ぎそうだ。それにしてもみんなそれぞれ営業スタイルが異なり、気が付けば死角のない経営体制になっている。
そしていよいよ最後は、吉田の練習ターンとなった。
いつものように隣に腰を下ろし、メニューを渡される。
「何にするんだ?」
「マ、マクシミリアンくんの好きなもので……私も吉田くんの好きなものを好きになりたいから……」
「いきなりブレているぞ」
お客さん役に慣れてきた私は、せっかくの練習だしということで吉田ガチ恋客として臨むことにした。