恋のお話 1
「リ、リタ様!? 大丈夫ですか!?」
ミレーヌ様と共に慌ててリタ様の元へ駆け寄り、細身の小さな身体を起こす。どうやら王子が発した言葉がきっかけで、色々と限界を迎えたようだ。
王子はぱちぱちと長い睫毛に縁取られた瞳を瞬き、倒れ込んだリタ様を見つめている。王子と言えど、一言喋っただけで人が倒れれば驚くのは当然だろう。
顔が真っ赤のまま戯言を呟いていたリタ様はやがて、迎えによって運ばれて行った。大丈夫だろうか。
「美形に弱いとは言え、まさか倒れてしまうなんて……まあ、大丈夫だとは思うけれど」
「でもリタ様がこんなにも身体を張って協力してくださったお蔭で、かなり方向性を掴めたような気がします」
ここまで私達の出店のために頑張ってくださったリタ様には、後日しっかりとお礼をしたい。
「ひとまず今日の練習はここまでにしよっか、吉田とラインハルトはまた後日で」
練習相手がいなくなってしまったため、二人の練習は数日後にすることにしたのだけれど。
「分かったよ。僕、練習相手はレーネちゃんがいいな。最初は緊張しちゃうかもしれないし」
「あっ、そうだよね。分かった! むしろ接客自体は大丈夫? 辛かったり不安だったら裏方でもいいよ」
「ううん、大丈夫。頑張るから」
ラインハルトは元々、酷いいじめを受けていて人見知りなところがある。いきなり見知らぬ人が相手では、緊張してしまうのも当然だろう。
無理はしてほしくないけれど、やる気はとてもあるようで精一杯応援しようと思った。
「じゃあ、吉田も私が練習相手でいい?」
「ああ」
「吉田に接客されると思うと、ちょっと緊張する」
「やりづらいな」
そうして明後日は、私がお客さんとして二人の練習相手をすることになった。なんだか友人達に接客されるというのは、気恥ずかしいものがある。
その後、気掛かりだったことがあった私は、ボックス席で静かにお茶を飲んでいた王子の元へと向かった。
リタ様用に淹れたお代わり用のぼったくり紅茶も手付かずだったため、いただくことにする。
「あ、このお茶すごい美味しいですね。値段には全く釣り合っていないですけど」
「…………」
「さっき、リタ様に何て言ったんですか?」
そう、気絶するほどの一言が気になっていたのだ。
王子はそれはもう美しい所作でティーカップをソーサーに置くと、私へと視線を向け、薄い唇を開いた。
「あり」
そしてまたすぐに、閉口してしまう。
「…………」
「…………」
「あ、あり……? 蟻?」
「…………」
「えっ、本当に『あり』だけですか?」
「…………」
私の問いに、王子はこくりと頷く。なんと本当に「あり」しか言っていないらしい。
きっと無口すぎる王子も最高額のお茶に対してお礼を言おうとしたものの、たったふた文字を発した時点でリタ様は倒れてしまったようだった。
確かに王子は滅多に喋らない分、そして声がとても美しい分、破壊力は抜群だ。
私の場合は王子を巻き込み崖から落ちた際に「何故、マクシミリアンをヨシダと呼んでいる」というのが初会話だったため、ときめきのとの字もなかったものの、時と場合によっては失神レベルだったかもしれない。
たった二文字で女性を卒倒させる王子の恐ろしさに震えつつ、こちらも健全な接客ではあるため本番も安心して臨めそうだ。担架だけは用意しておこうと思う。
「当日もよろしくお願いしますね」
「…………」
「あ、そのカップケーキ、美味しかったですか? 良かったです! 私が作ったんです」
「…………」
「また作ってきますね。チョコチップとか紅茶味とか、今いろいろ改良を重ねていまして」
「…………」
やはり最近は王子の気持ちが伝わってきて、楽しく会話ができるようになって嬉しい。
王子自身にも学園祭を楽しんでもらえるよう、しっかりサポートしていこうと思った。
◇◇◇
翌日の放課後、全ての授業を終えた私はカフェテリアでユッテちゃんと二人でお茶をしていた。
「レーネちゃん、本当にありがとう。レーネちゃん達のお蔭でジェレミー先輩と上手くいったんだもの」
「ううん、私は何もしてないよ。ユッテちゃんが頑張ったからだよ! おめでとう!」
二人は順調に交際を続けているらしく、とても幸せそうで何よりだ。告白の翌日、報告はすぐにしてもらったものの、詳しい話を聞くのはこれが初めてだった。
告白シーンもユリウスのとんでも行動のせいで何ひとつ聞こえていなかったけれど、思わず涙してしまうくらい誠実で感動的なものだったらしい。
「好きな人が自分のことを好いてくれているって、すごく幸せなことだなって感じてるんだ」
「うんうん」
思わず口角が緩んでしまいながら素敵な話を聞いていたところ、不意に両手を掴まれたかと思うと、真剣なまなざしを向けられた。
「次はレーネちゃんの番だよ。レーネちゃんには絶対に絶対に幸せになってもらいたいし、全力で応援する!」
「えっ、私?」
「うん! ずっと恋したいって言ってたでしょ?」
そもそも転生してからの一番の目標は、恋愛をしたいというものだった。けれど死亡BADなんかがあると知ってからは、今はそれどころではない気がしていた。
それでもユッテちゃんの幸せそうな姿を見ていると、やはり愛し愛されるという関係に憧れを抱いてしまう。
内心葛藤していると、そんな私の心の中を見透かしたように、ユッテちゃんは私の名前を呼んだ。
「勉強のこと気にしてるんだよね? レーネちゃんは恋愛をしたからって、やるべきことを疎かにするような子じゃないよ。レーネちゃんが好きになる人だって、レーネちゃんを支えてくれるような素敵な人だと思うし」
「ユ、ユッテちゃん……!」
まっすぐな言葉と、そんな風に私のことを思ってくれていたと知り、じーんと胸を打たれる。
「無理にするものではないと思うけど、好きな人がもしもできたら、その気持ちを大事にしてほしいなって」
「うん、ありがとう! 絶対にそうする!」
ユッテちゃんの言葉はすとんと胸の中に落ち、私は彼女の手を握り返すと何度も頷いた。
前世と今世を合わせても私にとっては初恋になるのだし、自分の気持ちは大切にしたい。
にっこりと微笑んだユッテちゃんは「そう言えば、ずっと気になってたんだけど」と続ける。
「レーネちゃんってどんな人が好みなの? 性格とか」
見た目についてはアーノルドさんがどストライクではあるものの、それ以外の好みについてあまり考えたことがなかった私は「うーん」と首を傾げた。