接客スタイルは人それぞれ
すみません徹夜のサイン本作業で2日間お休みをいただいてしまいました……!!無事に1000冊書き終えました、ご予約本当にありがとうございました(大感謝)
「うーん……これをこうして、こうか?」
「そうそう、こんな風により丁寧に置いた方がいいわ」
「なるほど! 分かりやすいな、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
ヴィリーとリタ様のやりとりは、面倒見のいいお姉さんと手のかかる弟のような感じで微笑ましい。
落ち着きが無くがさつなヴィリーにも、リタ様は色々と教えてあげていた。R15の2年生組とは違い子供にも堂々と見せられる健全さで、ほっとしながら見守る。
やがて二人の飲み物がなくなったところで、リタ様がメニュー表を自ら手に取った。
「おかわり、どれがいいかしら? お姉さん、お金持ちだから高いものでも……」
「あ、なんでもいいぜ。つーかすげえ楽しいから、すっかりそういうの忘れてたな」
「うっ……!」
ヴィリーの無邪気な笑みを向けられたリタ様は、心臓の辺りをぎゅっと押さえた。今のは側から見守っていた私でも、グッとくる無邪気なかわいさだった。
損得抜きで楽しんでくれていると知れば、誰だって嬉しいに決まっている。
「だめよ、そんな気持ちじゃ上にはいけないのに……やっぱりこの子には、私がいないとだめかも……」
ソファの背に体重を預けていたリタ様はよろよろと身体を起こし、両頬に手を添えてそう呟いた。
「この紅茶を2杯お願い」
「えっ? こんな高いのいいのか?」
「もちろん」
そしてお高い紅茶を、あっさりと頼んでみせる。
無自覚のうちに「私が色々教えてあげないと」「私が応援してあげないと」と思わせてしまう、新人ならではの営業スタイルになっていた。まさに弟営業だ。
「うわ、すげー美味いな、これ!」
「そう? 良かったわ」
「色々ありがとな、リタ先輩」
「ううっ……い、いいのよ……」
ヴィリーの持ち前の素直さとピュアさゆえの反応は可愛らしく、リタ様は完全に落ちている様子だった。
とは言え、こんな対応をされれば嬉しく、気持ちよく楽しくお金を払えるに違いない。
やがてほっこりとした空気感で練習は終わり、リタ様は「何か困ったことがあったら、すぐに私に言ってちょうだいね」とヴィリーに告げていた。
「なあ、なんか接客したって感じしなかったけど、こんなんでいいのか?」
「うん、ヴィリーすごく良かったよ! 100点!」
「そっか。それなら良かったわ」
戻ってきたヴィリーの両肩をがしっと掴み、私は何度も頷く。ヴィリーはしっかり美形なのだ。間違いなく先輩女子のハートを掴む、わんこ系ホストになるだろう。
リタ様はこの後用事があるようで、あと一人だけ練習相手をしてくれるらしい。そして悩んだ結果、王子にお願いすることにしたのだけれど。
「えっ……セオドア様も参加されるの? ま、待ってレーネちゃん、王子様は反則じゃない? 王子様よ?」
「た、確かに……うっぷ」
両肩を掴まれ、思い切り前後に揺さぶられる。
冷静になると一国の王子が接客だなんて、聞いたことがない。こんな機会、きっと二度とないだろう。
王子もよくこんな常軌を逸した出店への参加をOKしてくれたと、感謝してもしきれない。後々、国の偉い人に罰されたりしないだろうかと不安になってきた。
「あのお美しさは国の宝よ……我が国の王子殿下は皆様揃って美形だけれど、こんな近くで見るともう……」
セオドア王子は第三王子のため、二人お兄さんがいることになる。お会いしたことはないものの、あの王子と同じ血が流れているのだから、超絶美形に違いない。
「…………」
ユリウスやラインハルトも桁外れのとんでもないイケメンだけれど、王子は纏うオーラが普通の人とは違う。
王族特有のものなのか、圧倒的な凛とした空気感がある。喋らないことで余計にそのオーラは増していた。
「よ、よろしくお願いいたします」
「…………」
二人は並んで席に座り、王子が無言でこくりと頷くだけで、リタ様の口からは声にならない悲鳴が漏れる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
それからは予想通り沈黙が続き、とても接客をしているとは言えないものの、リタ様は王子の隣に座っているだけでドキドキし、嬉しそうな様子だった。
そして、気付いてしまう。
「ハッ……これはアイドル営業というものなのでは?」
アイドル営業というのは、会えることだけで価値がある、知名度のある人に当てはまる営業方法だったはず。
テレビの向こう側にいる人、コンサートでしか会えないような人が隣に座ってくれるのだから、それだけで満足し幸せを感じるというものだ。
一国の王子と席を共にするなんて、それ以上どころか比べられないほど価値があるものに違いない。
「…………」
「…………」
「あの、お飲み物は何がよろしいですか?」
「…………」
そう尋ねられた王子は、こてんと首を傾げる。特に希望はないのだろう。
「で、では、こちらをセオドア様に……!」
やがてリタ様が震える指で示したのは、ユリウスに言われ用意していたものの、こんなもの絶対に出ないだろうと思っていたぼったくりの最高額の紅茶だった。
「ええっ! あ、あの詐欺まがいの紅茶を……!?」
「セオドア、すげーな」
ヴィリーと驚いてしまったけれど、王子相手ならこれくらいはと思ってしまうのかもしれない。王子、もはや座っているだけで超売れっ子ホストになっている。
「…………」
お茶が運ばれてきたところで、王子は美しいエメラルドの瞳でじっとリタ様を見つめる。
そしてリタ様が「ど、どうかされましたか?」と戸惑ったように口を開いた時だった。
「────」
王子が何かを呟いたかと思うと次の瞬間、リタ様はぱったりと床に倒れていた。