学園祭は恋の予感 5
「わあ、そうなんだ! 楽しみだね」
吉田にはお姉さんが二人おり、次女のアレクシアさんとは熱い戦いを繰り広げた末、認められた過去がある。
長女のお姉さんとは未だ面識がなく、一度親友として挨拶をしたいと思っていた。
「俺は気が重くて仕方ないがな」
「どうして?」
「あの姉二人が来たら、間違いなく面倒なことになるのが目に見えている」
確かに私と吉田が交際していると思い込み、戦いを挑んでくるアレクシアさんなら、吉田がホストをやっていると知れば「不純だわ!」と大騒ぎしそうではある。
「上のお姉さんって、どんな人なの?」
「アレクシアとは真逆のタイプで、まともに会話ができるような相手ではない。セオドア様を溺愛していて、お前が親しいと知られれば間違いなくトラブルになる」
「なんてこった」
吉田シスターズ、キャラが濃すぎる。騎士団長である吉田父も吉田もかなりしっかりしているタイプのため、正直不思議だった。吉田母が個性的な方なのだろうか。
とにかく吉田家長女がいる間は王子に絶対に近づくなときつく言われ、頷いておく。
「吉田も色々と大変だな。俺達の練習は来週だっけ?」
「うん。食材の発注なんかも早めにしておかないといけないから、今週はメニューの試作練習をするつもり」
「そっか。りょーかい」
「みんなの接客、楽しみにしてるね」
どうか一年生組は、初々しくてハートフルな接客であることを祈るばかりだ。全員がユリウスやアーノルドさんのようでは、風営法に引っ掛かってしまう。
ちなみに今週末は、テレーゼとラインハルトと一緒に買い物に行く約束をしている。学園祭用の二人の服を見にいく予定で、とても楽しみだった。
◇◇◇
放課後、調理室には私とミレーヌ様、ユッテちゃん、イケメン先輩、そしてユリウスが集合していた。
今日は早速、簡単なお菓子やケーキのメニューをいくつか作ってみる予定だ。
ユッテちゃんとイケメン先輩、私達三人に分かれて作業を進めていく。ユリウスは私を待つついでに見学、という形で参加している。
「レーネ、手際がいいわね」
「ありがとうございます、メイドにたまに料理を教えてもらっているので」
「そうなの、私もやってみようかしら」
お値段だけは超高級になる予定の平凡カップケーキの材料を混ぜながら、ミレーヌ様とお喋りをする。
ミレーヌ様は料理やお菓子作りの経験はないらしいものの、全てにおいて要領も手際もいい。そんな私達をユリウスは近くの椅子に座り、じっと眺めている。
「それにしてもあの二人、かなりいい感じじゃない」
「はい。明日には付き合っていそうなくらい」
楽しそうにクッキーを作るユッテちゃんとイケメン先輩を遠巻きに眺めながら、コソコソと話をする。
完全に二人の世界ができていて、幸せそうな姿を見ているだけで口角が緩んでしまう。
ミレーヌ様もイケメン先輩から相談話を聞いているらしく、完全に二人は両思いだという。付き合うまでは本当にもう時間の問題だろう。
「レーネもいつか誰かを好きになったら教えてね」
「はい、もちろんです!」
「どんな男性なのか楽しみだわ」
「俺だけど?」
「恥ずかしくないのかしらね、この男は」
その後、無事にカップケーキは焼き上がり味見をしてみたところ、ばっちり美味しかった。ユッテちゃん達が作ったクッキーもいい感じで、ほっとする。
ユッテちゃんとイケメン先輩は作りすぎたクッキーを共通の知人に渡してくると言い、調理室を出て行った。
「私は用事があるから、そろそろ帰るわ」
「はい、お疲れ様でした!」
ミレーヌ様は「お父様へのご機嫌取りに使う」と笑いながら、カップケーキをふたつ鞄に入れていた。ミレーヌ様も調理室を出て行き、二人きりになる。
「どうしよう、もう一品くらい作ってみようかな」
「俺はいくらでも待つから、好きにしていいよ」
「ありがとう。その前にちょっとだけ涼んでもいい?」
「もちろん」
そうして私達は窓際へと移動し、ユリウスは近くにあった椅子に腰を下ろす。私はその隣に立ち、窓から顔を出した。心地よい風が頬を撫で、熱が引いていく。
「あ、ミレーヌ様だ。後ろ姿も絵になるなあ」
調理室の窓からは玄関から校門までが一望でき、下校する生徒達の姿がちらほらとある。
その中にはミレーヌ様の姿があり、遠目からでも分かるスタイルの良さに見惚れていた時だった。
「あれ? レーネちゃん達、帰っちゃったのかな」
背中越しにユッテちゃんの声が聞こえてきて、すぐに振り返る。どうやら私達の姿はカーテンに隠れており、ここにいるとは気付いていないらしい。
ユッテちゃんの名前を呼ぼうとした瞬間、耳に届いたのはひどく真剣なイケメン先輩の声だった。
「なあ、ユッテ」
「なんですか?」
「大事な話があるんだ」
この空気感には、覚えがある。数日前、ユリウスが女子生徒に呼び出されていた時のものと同じだ。
「レーネ? 何し──」
「しっ!」
これは間違いなく告白だと察した私は、慌ててユリウスの口を右手で塞ぐ。ここで私達が出て行っては、間違いなく空気がぶち壊しになるだろう。
ユリウスは一瞬だけ美しい碧眼を見開いたものの、すぐにこれから何が起きるのか気付いたらしい。
このまま黙っていてくれるだろうと思い、整いすぎた顔から手を離そうとした時だった。
「……っ!?」
手のひらにぬるりとした温くて柔らかいものが触れ、それが何か理解した瞬間、その場に倒れそうになった。