学園祭は恋の予感 4
そのままユリウスにお願いしようと思っていると、リタ様は「待って」と私の腕を掴んだ。
「私ユリウス様がいるなんて聞いていなかったの、待って心の準備が……本当に無理、隣に座るとか無理よ」
「ど、どうしたんですか突然」
いきなり限界オタクみたいになってしまったリタ様はどうやら、ユリウスのファンらしい。
「ユリウス様と言えば眉目秀麗を体現したようなお方で、何よりあの寸分の狂いもない完璧な美しさはまるで芸術品、そして誰にでも友好的かと思えば、好意を見せた途端に冷たくなるんだもの……そう、絶対に掴めない雲のようで……それがまたいいのだけれど……ああ」
ユリウスについて熱く語っていたリタ様は結局、ミレーヌ様に促され、ぷるぷると震えながら生まれたての小鹿状態でユリウスの待つボックス席へと向かう。
そんなこんなで接客練習がスタートしたものの、リタ様はガッチガチだった。その隣に腰を下ろしているユリウスはいつもと変わらず、足を組み頬杖をついている。
「な、何を頼めばいいでしょうか……」
「好きなの選びなよ。ただ俺が隣にいること考えてね」
なんという強気ムーブ。ユリウスが言うと、下手に高いものを飲みたいと強請るよりも効果がありそうだ。
「で、では、この紅茶セットをいただけますか……?」
「もちろん」
「よかったらユリウス様も、こちらを……」
「うん、ありがと」
案の定、リタ様は迷わずかなりお高い紅茶とお菓子のセットを頼んだ。これはまさにオラ営だろう。どっちがお客さんなのか分からないくらいだ。
けれど昔、ドキュメンタリー番組で見たことがある。自分を指名するなら高いものを頼むのが当然、お金を使わなければいけないと思わせるのが売れっ子なのだと。
「ということがあったんです」
「へえ、すごいじゃん。俺もこの間、街中で──」
「ふふっ、そうなんですね」
それでいて、しっかり会話でも楽しませていた。さすが女教師までたらし込むだけある。リタ様もとても嬉しそうで、満足度も高そうだ。
「リタちゃん、俺のために頑張ってくれるよね?」
「い、いくらでも頑張ります!」
最終的には、そんな言葉まで引き出していた。
まさにユリウスは天性の貢がせ体質だと、心底感心してしまう。こんな男性を本気で好きになってしまえば身が持たないだろうなと、恐ろしくなる。
やがてリタ様が本気でお金を家から持ってこようとしたところで、練習は終わりとなった。
「こんな感じでいい?」
「バッチリすぎたので、ほどほどにお願いします」
「あはは、本番は上手くやるよ」
にっこりと微笑むユリウスとは裏腹に、リタ様は魂が抜けたような様子でふらふらと戻ってきた。
「あんなの、誰だって好きになってしまうし破産してしまうわ……ごめんなさい……私、もう……無理……」
そのまま倒れるように机に突っ伏したリタ様はもう、限界のようだった。完全に屍となっている。
「あれ、俺の番どうしよ」
まだイケメン先輩が残っているのにどうしようかと思っていると、ユリウスが「あのさ」と口を開いた。
「お前、裏方やれば? 女子だけだと困ることも色々あるだろうし、男も一人くらい必要でしょ」
「そうしよっかな。俺、お前らに勝てる気しないし。レーネちゃん、それでも大丈夫?」
「はい、大丈夫です! ぜひお願いします」
さすが兄、ナイスアシストすぎる。元々ユッテちゃんとのこともあり、イケメン先輩のホストとしての参加は避けた方が良いのではと思っていたのだ。
かと言って、私から上手く言う方法も思いつかなかったため、とても助かった。それに裏方ならユッテちゃんとの作業時間も増えるだろうし、一石二鳥だ。
「でも二人とも、もう練習は必要なさそうね」
「はい。二人共もっとお手柔らかにしてもらえれば」
「ごめんね。今後はああいうこと、レーネちゃんにしかしないから許してほしいな」
「本当に何を言っているんですか」
その後はアーノルドさんがこれ以上ユリウスを怒らせないよう早々に解散し、私達は帰宅したのだった。
◇◇◇
「どう? ミレーヌ様とユッテちゃんが考えてくれたメニューなんだけど、すごくいい感じじゃない?」
「すげー! 本物の店みたいだな!」
「フフ、そうでしょうそうでしょう」
翌週、カフェテリアにて完成したメニュー表を見せたところ、ヴィリーは一番欲しい反応をくれ嬉しくなる。
私の隣に座っている吉田も「いいんじゃないか」と頷きながら、目を通してくれていた。
「あとは一年メンバーの接客練習と、私達がこのメニューを作る練習さえすれば良さそう……って、なんか吉田元気なくない? お腹痛い? 何か拾って食べた?」
「他に選択肢はないのか」
「そういや数秒ならセーフってあれ、全然意味ないらしいよな。落ちた場所とか落ちた物が問題なんだってよ」
「へー! そうなんだ、知らなかった」
「話を聞け」
やがて吉田は大きな溜め息を吐くと、長い指でくいと眼鏡を押し上げ、口を開いた。
「……学園祭に、姉達が来ると言っているんだ」