学園祭は恋の予感 1
その後、みんなと別れた私はユリウスと共に馬車に揺られ、帰路についていた。
当たり前のように隣に座る兄は長い足を組み、頬杖をついており、そんな姿は既に王者の風格がある。
「まあ、俺が一番になるから安心していいよ。あ、ちゃんと手は繋ごうね」
「手……? あっ、そういうジンクスがあるんだっけ」
そう言えば「後夜祭の花火を手を繋ぎ、一緒に見ると結ばれる」なんて話があったことを思い出す。
自分には縁のない話だと思っていたため、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
なぜミレーヌ様がみんなで見るのではなく、異性一人に絞るよう言っていたのか、今更になって納得する。
「ユリウス、そんなの信じるタイプじゃないでしょ。そもそも兄妹で結ばれるも何もないんですけれども」
「たまにはそういうのに縋ってみるのもいいかなって」
「……へんなユリウス」
「お互い様だよ」
最近ほんの少しではあるものの、私達の間の空気感が変わったような気がする。
衝撃の事実を知り私が挙動不審になっていたのもあるけれど、ユリウスの態度も以前とは違う。
なんというか、すごく優しくて甘い。言葉や態度だけじゃなく、私へ向ける眼差しだってそうだった。
そんなことを考えているうちに再び落ち着かなくなった私は、何か話題をと考えた末、ずっと言おうとしていた話があったのを思い出した。
「あ、そうだ。お願いがあるんだけど、ユッテちゃんとジェレミー先輩との仲を応援したいんだ。ユリウスも手伝ってくれないかな」
イケメン先輩とは会話したこともほとんどないし、私一人の力では限界があるだろう。やはりユリウスの協力が必要だ。
ユリウスは他人の恋愛事情に全く興味がないらしく、二人が良い雰囲気だということも知らなかったらしい。
「あいつはいい奴だし、協力してもいいよ」
「ありがとう! ユッテちゃんもすごく良い子で、大切な友達なんだ。どうか上手くいってほしいな」
「レーネって本当お人好しだよね」
それからも二人をくっつける作戦や内装について話をしているうちに、あっという間に屋敷に到着していた。
◇◇◇
そして次の日の昼休み、私は吉田と王子、テレーゼと上位クラスの食堂にて昼食をとっていた。
テレーゼと食堂に向かっていたところ、偶然吉田と王子に出会し、一緒に食べようと誘ったのだ。
「昨日は用事があって、参加できずごめんなさい。でもまさか、そんなことになっていたなんて……楽しみね」
「今回ばかりは絶対に負けられない、って啖呵を切った時の吉田、見せてあげたかったよ。そんなに私と花火が見たかったんだなって、胸を打たれたもん」
「堂々と事実を捻じ曲げるな」
私との後夜祭を過ごす権を賭けた謎の争いについて冗談混じりに話すと、テレーゼも興味津々のようだった。
「セオドア様も参加するのね。少し意外だったわ」
「…………」
「まあ、セオドア様は日頃こいつのことを気にかけているからな。よく話題にも出てくる」
「えっ」
私を気にかけてくれているという件もそうだけれど、王子と吉田の会話についても気になってしまう。幼馴染の吉田とは、いつも普通に会話をしているらしい。
「あの、セオドア様は私のことをなんて……?」
「お前といると楽しいそうだ」
こっそり隣に座る吉田に尋ねると、あっさりとそんな答えが返ってきた。
まさかと思いながら王子へ視線を向けると聞こえていたらしく、こくりと小さく頷いてくれて、私はその場に泣き崩れそうになった。
「セ、セオドア様……!」
挨拶バカと呼ばれていた出会った頃を思い出すと、奇跡のようだ。私は向かいに座る王子の手を取ると、まっすぐにエメラルドの瞳を見つめた。
「すごく嬉しいです! セオドア様が困った時とか絶対に力になりますから、何でも言ってくださいね」
王子はじっと私を見つめ返し、もう一度こくりと頷いてくれる。そして数秒の後、形の良い唇を開いた。
「マクシミリアンの方が、よく言っている」
「よ、吉田まで……!?」
「俺は別に……おい、くっつくな! 暑苦しい」
はっきりと否定しないあたり、事実なのだろう。やはりツンデレな吉田も好きだ。
──いつも周りに助けられてばかりの私がハイスペックな友人達のためにできることなんて、きっとほとんどないだろう。
それでも、こんな私と一緒にいて楽しいと思ってくれているのなら、それ以上に嬉しいことはない。
大好きな友人達と一緒に過ごせる今がとても幸せで、大切にしたいと改めて思った。
やがて昼食を終えた私は、日直として先生に頼まれていた授業道具を取りに行くため、別棟に向かっていた。
先ほど聞いた話が嬉しくて鼻歌を歌いつつ、ショートカットをしようと裏庭を一人歩いていく。
「ふんふふ〜ん♪」
そうして進んでいくうちに、大きな木の下に人影があることに気が付いた。告白スポットで有名な場所で、まさかと思った私は足を止める。
「ごめんなさい、急に呼び出したりして……」
聞こえてきたのは緊張混じりの女子生徒の声で、このセリフは間違いなく告白だろう。邪魔をしてはいけないと思い、そろりと来た道を戻ることにした。
「いいよ。手短に頼むね」
そんな中、聞き覚えのありすぎる声が続き、思わず振り向く。そこにいたのは、なんとユリウスだった。