学祭準備 3
読む前にあとがきのイラストを見ると1000000倍楽しめると思います。やばいです。
その瞬間、私はやってしまったと内心頭を抱えた。
完全に浮かれていて、あたかも記憶があるような口振りで話をしてしまっていたのだ。レーネになってから五ヶ月ほどが経ち、完全に油断していたと反省した。
とは言え、この先ずっと記憶喪失のフリをし続けるというのもなかなか厳しいものがある。それでも私はレーネではなく全くの別人で、ここはゲームの中の世界なんですなんて言えるはずもない。
何より私に死亡バッドエンドが存在することは、誰にも言いたくなかった。ユリウスや友人達は絶対に心配してくれるだろうし、巻き込みたくはない。
いつか話すとしても、無事にエンディングを迎えた後にしたいと思った私はひとまず誤魔化そうと、へらりと笑みを浮かべた。
「え、ええと、なんかそんな感じがするんだ。ほら、私って友達もいなかったみたいだし」
「……ふうん。そっか」
何を考えているのか分からない表情のまま、ユリウスは再びノートへと視線を落とす。これ以上、深く突っ込まれることはないようでホッとしたのだけれど。
「お前ってさ、嘘つくの下手だよね」
長い睫毛を伏せ、ページを捲りながらユリウスがそう呟いたことで、口から心臓を吐き出しそうになった。
全くもって誤魔化せていなかったらしい。どうしようと冷や汗が背中を流れていく。
「ま、いいよ。記憶が戻ったわけじゃないなら」
「…………?」
「でも困ったことがあったら、何でも俺に言って」
「あ、ありがとう」
私が嘘をついていることには気付いていながらも、頭を撫でそんな風に言ってくれたユリウスに、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「ユリウスって、優しいよね」
「そう? そんなこと言うの、レーネだけだよ。お前にしか優しくしないけど」
「…………っ」
なんというか、この兄は本当ずるいと思う。心臓がばくばくとうるさくなり始めたけれど、私は悪くない。
一方、いつもと変わらない様子のユリウスは長い人差し指で、計画書のとあるページを指差した。
「ここ、空白だけど何か悩んでる?」
「あ、そこは店内の内装についてどうしようかなって考えてたんだ。高級感を出したいけど教室だし、どうしたらいいのか分からなくて」
「そんなの外注して思いっきり工事すればいいよ」
あっさりとそう言われ、驚いてしまう。私の中の学園祭イメージは、みんなでダンボールや木の板を切り貼り塗りし、全て手作りするイメージだったのだ。
どうやら貴族ばかりのハートフル学園では、そういった下準備は全てお金で解決しているという。
「金さえかければ高級感はいくらでも出るし、その分はしっかり稼ぐから安心して。あ、俺の知り合いがそういうの早いし得意だから連絡しとく」
「おおお……!」
出店をやる際には学園からある程度の資金が出るらしく、足りない分はユリウスがひとまず先払いしてくれることになった。
「それと単価、もっと高くてもいいと思うよ。あと、一番高いものはこの倍でいい」
「本当に? これでもかなり上げたつもりなんだけど」
「アーノルドなんてすごいやる気だからね、相当稼ぐんじゃないかな」
ただでさえ距離間バグで女性達を落としているアーノルドさんが本気でホストをした場合、恐ろしい無自覚色恋ホストが爆誕しそうだ。
その一方で、王子の接客が全く想像つかない。本人は普通に賛成してくれていたけれど、大丈夫だろうか。
その他の悩んでいた部分もあっという間にユリウスは解決策を出してくれて、無事に計画書は完成した。これを明日コピーして、みんなに配ろうと思う。
「本当にありがとう! ユリウスって、本当に17歳とは思えないよね。大人みたい」
「レーネはそういう男の方が好き?」
「えっ? それはそう、かもしれないけど」
前世の私の方が少しだけお姉さんのはずなのに、精神年齢は間違いなくユリウスの方がずっと上だ。
彼こそ人生二回目かと突っ込みたくなるほどいつも落ち着き払っていて、何でもできてしまうのだから。
「それはよかった。学園祭は二日間だけど、その間店の中でも競い合うわけでしょ?」
「うん、お客さん側も自分の指名した男性を一番にするために頑張るわけで、それが利益に繋がるから」
「なるほどね。ま、俺が一番だろうけど」
実際のホストクラブでは従業員同士はもちろん、同じホストを指名している女性客同士の争いまである。自分が一番のお客さんになりたいと、大金を使うんだとか。
今回の学祭では流石にそこまでの争いにはならないだろ……とは思ったものの、やはりアーノルドさん周りでは大修羅場が起こりそうな気がしてならない。
そもそも売上も大事だけれど、やはり学園祭なのだ。
何よりも楽しむのが大事だし、みんなが笑顔になれるよう平和にやっていきたいと考えていたのに。
「──じゃあ、ナンバーワンを取った人がレーネちゃんと後夜祭の花火を見る権利を得られる、ってことでいいんですね?」
「うんうん、僕も燃えてきちゃったな」
「…………」
「お前らが俺に勝てるとでも思ってんの?」
何故か翌日、訳が分からなすぎる戦いの火蓋が切られることになる。