学祭準備 2
「ホストクラブ? 初めて聞く言葉だな」
ユリウスは首を傾げながら、私を見上げた。みんなも同じような反応をしている。
何故か「合コン」という言葉などは存在するクソゲー世界のため、もしかしてと思ったのだけれど、流石に「ホストクラブ」はなかったらしい。
「ええと、いつだったかなんかの本で読んだんだけど、異国の文化というかお店でして」
適当すぎる嘘で誤魔化しながら、説明をしていく。
「女性客は好みの男性を指名してお喋りしながらお酒を一緒に飲んで、楽しむの。それでその人を売上ナンバーワンにするために大金を使って、競い合ったりとか」
「へえ? レーネってそういうのに興味あるんだ」
「そ、そういうわけではないんですけれども……とにかくそのシステムで喫茶店をすれば、儲かりそうだなと」
乙女ゲームでもホストクラブものというのは数多くあり、私もいくつかプレイしたことがある。漫画などでもホストクラブを題材にしたものを読んだことはあった。
そして実は一度だけ、ホストクラブの初回というものに行ったことがある。
会社の飲み会帰りに繁華街を歩いていたところキャッチに声をかけられ、たまたま一緒にいた全く仲は良くない女性の上司が乗り気になってしまい、着いてきてという誘いを断り切れなかったのだ。
『へえ〜、鈴音ちゃんって言うんだ! 珍しくてかわいい名前だね、そのまま源氏名に使えそうなくらい』
『あっハイ、さようで……』
『とりあえず乾杯しよっか! よかったら俺のこと場内指名してよ、無料だし。そしたら隣に座れるしさ』
『すみません、初対面の男性と隣合って座ってはならないという祖母の教えがあったかもしれなくて……』
『あはは、何それウケる。やまとなでしこ? じゃん』
薄暗くて騒がしい店内にて、代わる代わる華やかでハイテンションすぎる男性達から名刺をもらい、乾杯し連絡先を聞かれ、楽しむどころかただひたすらに圧倒されて終わった。私にはまだ早すぎたようだ。
けれど上司はお気に入りの男性を見つけ、その後も通っていると聞いた。恐ろしい。
とにかくにわかと言えどそれなりに知識はあるし、最低限のプロデュースはできる気がしている。
「いいんじゃない? 俺は賛成で」
「うん、面白そうだね。ユリウスには負けたくないな」
「アーノルドは向いてそうね。私もいいと思うわ」
やけに乗り気のアーノルドさんを見て、ミレーヌ様がくすりと笑っている。イケメン先輩を含めた上級生組はみんな、賛成してくれたようだ。
「一年生の皆さんはどうですか?」
「俺もいいと思うぜ! 斬新でおもしろそーだし」
「僕はレーネちゃんがやりたいものがやりたいな」
「…………」
ヴィリーやラインハルトも賛成らしく、王子もこくりと小さく頷いてくれている。
「私達も賛成で。裏方を頑張るわ」
「うんうん、テレーゼちゃんは男装もいけそうだけど」
「た、確かに……!」
ユッテちゃんの言葉に、思わず何度も頷いてしまう。長く美しい銀髪をひとつに束ね、スーツを身に纏ったテレーゼの姿を想像するだけで胸が高鳴る。間違いなく男性陣に負けないほど、大人気になるに違いない。
最後に私は後ろに立つ相棒に視線を向けると、彼は大きな溜め息をついてみせた。
「……正直なところあまり乗り気にはなれないが、俺以外全員賛成となると仕方あるまい」
「ありがとう、吉田! 私、吉田を立派なナンバーワンホストに育ててみせるから!」
「嫌な予感しかしないな」
そうして私達の出店は、ホストクラブカフェという謎のカフェに決まったのだった。
◇◇◇
帰宅して夕食を終えた私は自室にて、早速システムや細かい説明などをまとめた計画書を作っていた。
学校側に提出したメンバーと出店内容を書いたプリントには代表者を書く欄があり、みんなの勧めで私になったのだ。責任感もあり、私は現在燃えまくっている。
「ええとテーブルチャージ、延長料金も決めて……それと指名料と、タックスでしょ……あとはメニューを考えて、内装とか服装についても決めないと」
ちなみに私とユッテちゃんの熱い希望でテレーゼは男装をすることとなり、それ以外の女性陣は調理や裏方に回ることとなった。
私はお小遣いでテレーゼに貢ぎたいと思っている。
『茶葉には詳しいし、淹れるのも得意よ』
『私は料理、得意なんだ! 任せて』
みんなそれぞれ特技があって、心強い。私も簡単なお菓子くらいなら作れるし、精一杯頑張らなければ。
その後、メニューを考えているうちにノック音が室内に響き、どうぞと返事をするとお風呂上がりらしいユリウスが中へ入ってきた。
「えらいね。早速準備頑張ってるんだ」
「ま、まあね!」
「何その反応。ほんと最近のレーネ、変じゃない?」
まだ髪は濡れ恐ろしくいい香りがする兄は、後ろからぴったりと私にくっついた状態で、ノートを眺めているのだ。変にならない方が変なくらいだ。
私は心の中でお経を唱え、必死に心臓を落ちつける。
「へえ、すごいね。本気で金をもぎ取るシステムだ」
感心した声色で、ユリウスは「面白いな、将来こういう店をやってもいいかも」なんて言っている。
冷静になると学生の健全な学祭らしからぬ料金設定ではあるものの、勝ちを取りに行くためには仕方ない。
何より貴族令嬢ならば、これくらいではお財布も痛まないはず。先日、ジェニーの普通の買い物だという金額をメイドから聞いて、目玉が飛び出たくらいだ。
お小遣いの金額はジェニーと変わらないものの、私はあまり買い物をしないため、お金は貯まる一方だった。
「服装なんだけど、どうしたらいいと思う?」
「普通に正装でいいんじゃないかな。全員貴族だし、それぞれいくつも持ってるはずだから」
「なるほど、それでいいね。色も各自好きなもので」
それなら服装のことも心配はいらないだろう。テレーゼに関しては、一緒に買い物に行ってプレゼントしたいくらいの気持ちでいる。
「レーネ、すごく楽しそうだね」
「うん! 昔からずっと、こういうのに憧れてたんだ」
学生時代も学園祭はただ参加するだけ、という感じで心から楽しめたことなどなかった。
だからこそ、こうして友人達と一生懸命取り組めるのが嬉しくて仕方ない。すると、ユリウスがじっと私を見下ろしていることに気が付いた。
「……昔から、ずっと?」