「本当の幸せ」
恋を忘れた女と彼らの1日の恋愛ごっこ
「好きな女が出来た。だから離婚してくれ。」
と夫は家を出て行った。
永遠の愛を誓ったはずなのに...
あれは嘘だったの?
私はバツイチになった。
そして、息子は8歳になった。
〔本当の幸せって何だろう?〕
いつも疑問に思う...。
誰かに愛されること?
誰かを愛すること?
はたまたお互いを想い合うこと?
愛する息子がいるだけできっと幸せ。
——でも
何かが足りない...。
その何かは...分からない。
恋愛ドラマを見ると起きる
胸キュンか?
そんな事を思う森下智子、39歳、
パート、バツイチ、子持ち。
もう恋なんて...忘れてしまった。
遠い遠い昔に何処かへ置き忘れたはず。
あの時のトキメキはどんなの?
「森下さん、一緒に休憩入りませんか?」
パート先のスーパーの1つ上の加藤さんだ。
私と同じバツイチ。
私は自作弁当だけど、加藤さんはいつも残り弁当だった。
いつもかわいそうだと思い、こっそり卵焼きを作ってきていた。
「あぁ今日も卵焼き美味しい!」
喜んでくれる笑顔を見るのが嬉しかった。
「良かった。」
「あ、そういえば...」
加藤さんが不透明の袋から何かを出す。
金色の卵6個。
「金色?凄い!初めて見ました。これは?」
「卵整理してたら不思議な卵を見つけて。」
彼は顔を赤らめながら...
「この卵で今度オムライスを作って来て欲しい...。」
...オ、オムライス?
「迷惑じゃなかったらでいいんだけど...。」
...ちょっと待って...
なんか胸がキュン...てする。
何これっ?
「いいですよ。」
と言って金色の卵を受け取った。
...好きとかって言われた訳じゃない。
でもなんか凄く嬉しいんだけど。
「母ちゃん、いってきます!」
「いってらっしゃい。」
今日はパートはお休みだ。
さぁ、今日は洗濯日和。
その後に掃除も済まさなきゃ。
早く、早く!
家事がひと段落し、これからが私の至福の時間。カフェラテを飲みながら...。
...『お前の事、やっぱ嫌い。』
あぁ...彼女可愛そうだな。
『やっぱ、好き!』
...キュン。
そのセリフの後でこれはだめでしょ?
強引に後ろからのギュッ。
それからの強引なキッス。
あぁ...おばさん死にました。
胸を押さえながら、ソファに雪崩れ込む...。
いつも恋愛ドラマ見てるとこんな感じ。
何回死んだことか!
世の中のおばさん達はみんなこんな感じなのだろうか?私だけがこんなにも恋に飢えているのだろうか?
こういう恋愛を...したいの?
もう...私には無理かな...。
「さぁ、夜ご飯の下ごしらえでもするか。」
と冷蔵庫を開ける。
あ、加藤さんに貰った卵。
6個あるから、明日オムライスに3個使って...今日は何個使おう?
金色の卵を1個持って、机でコンコンしてから...ボウルに割り入れた時。
「!?」
卵からいつものドロッとした液体は出ない...。
その代わりに小さなミニチュアの人?みたいなのが...ボウルに居る。
「痛たっ!」
...何これっ?
「助けて!」
目を擦ってまた見てみる...。
まだ、居る...。
「何してるの?助けてよ!」
ボウルからそのミニチュア人を救い出す。
すると...ボムッ!
若い男がその場に現れる。
...20歳ぐらいだろうか?
顔立ちが美しい美少年だ。
「今日一日キミの彼氏だよ。よろしく!」
———「えーーっ?!」
鳥は初めて見たモノをお母さんだと思うらしい。それと同じで初めて見たモノを彼女と思うらしい...。
恋に飢えてる私に神様がくれた彼氏なのか?
「俺はケイ。20歳。キミは?」
「智子。39歳。」
「ふぅ〜ん。」
とケイはまじまじと私を見る。
美しい顔が近付き...そっとメガネを外し...
「外した方が可愛いよ。」
とケイは笑う。
...ドキドキドキドキ...
そんな事...そんな素敵な顔で言われたら...
やばい!
「...おばさんをからかわないで!」
「全然おばさんじゃない。キレイ。」
ケイのたくましい手が頬に触れる...。
胸がキュンキュンいってうるさい!
心が悲鳴を上げて...逃げ出す。
「待って、待って!智子!」
いやぁ!追いかけて来ないで...。
腕を掴まれ...後ろからぎゅっと抱き締められる。
「逃げないでよ。嫌いになっちゃうよ。」
あれっ?このセリフ...という事は
次の展開は...
「やっぱり好き...。」
ケイに強引に頬を掴まれ...唇を奪われる。
これっ!さっき恋愛ドラマで見た展開だっ!
全身が熱くなり...脈拍がやばいぐらい上がっていく...。
何年振りかのキス...。
しかも若い美しい男の唇...。
...これが本当の幸せ?
「ダメだなぁ...もっと力抜かなきゃ。」
「はい?!」
...まさかのダメだし?
「こんなんじゃ好きな奴逃げてくよ?」
「何それっ?」
「智子がちゃんと恋出来る様に俺が来たんだから。」
「??」
私が恋愛したいだなんて思ってたから、彼が現れたの?
「はいっ、俺を抱き締めて。」
とケイはソファに座って言う。
「そんな事急に言われても...」
何これは?恋愛の練習をしろって事?
「あの...これが何の練習に?」
「いきなり女に抱き締められたら嬉しいの!
胸キュンだよ。だから...」
ぎゅっするのはされた方が胸キュンするものなの?男でも?
でも...構えられてたらどうなんだろう?
ふいにされるからいいのではないのか?
「...とりあえず休憩させて下さい。
ご飯の下ごしらえしなくちゃ。」
「この卵全部、人が入ってるの?」
「たぶんあと1つだけ。」
怖いな...とりあえず今日はケイだけで精一杯。
また別の日にしよう。
ケイが後ろからジーって見てる。
料理に集中出来ない...。
「まだ?早く練習したいんだけど...。」
「向こうで待ってて下さい。」
まだやるの?もう心臓が追いつかないんですけど。
ふん、とケイが背中を見せ向こうに歩いて行く。よしっ!
震えた腕を伸ばし...
たくましい体を後ろから抱き締める。
やった!出来た!
後ろから見てもケイの耳が赤くなっているのが分かる。
「胸キュンした?」
「うん...可愛い...合格。」
「やったー!」
って何これっ?何の試験?
ケイが頭をなでなでしてくれた。
そんなカッコいい顔でなでなではやばいでしょ?また胸がうるさい...。
「智子はもっと自信を持たなきゃ。メガネ外したら可愛いんだから。」
「自信か...。」
「料理も上手だし、優しいし。」
ケイの顔が至近距離に近付き...私の目蓋にそっとキスをする。
きゃあ!そんなの元夫にもされた事ないっ。
ケイだったら私を大事にしてくれるかもしれない...そう思う。これが本当の幸せ?
「はい、これが最後の練習。キス。」
「キス?!」
2人で見つめ合う...時が止まっているかの様。
優しく、甘い空気が流れる...。
私と元夫にもこんなドキドキする瞬間があったのかな?
だいぶ前の事だけど...きっと大切な記憶。
でも...そう思っていたのは私だけ。
今さら涙が溢れ出す...。
「男は女の涙にも弱いんだ...。」
...泣いたら戻ってきてくれたのかな?
目をつぶると涙が頬を伝う。
そのままケイの唇に優しく触れる。
「凄く胸キュンした!健気で可愛い...よしっ、合格だ。」
強く抱き締められる...ケイの脈拍が伝わってくる。こんな私でもドキドキさせる事が出来たの?
「今度は好きな奴を逃がしたらダメだよ。」
3回目のキスで...
ケイは私の前から姿を消した。
私は涙が止まらない...。
「ただいまー。」
「あっ...おかえり。」
「どうしたの?」
「別に...大丈夫だよ。」
ケイの最後の言葉を思い出しながら...眠りにつく。
ドキドキが収まらないまま...目が覚める。
さぁ、オムライス作らなきゃ!
卵は3個全部本物だった。
良かった。
パートの日はいつも卵と睨めっこ。
そう、加藤さんの為に作る。
美味しいって言ってくれる。あの笑顔が見れるから頑張る。
「はい、オムライスどうぞ!」
「あ、ありがとう。」
...ドキドキドキ...
「美味しい!!」
やった!今までにない最高の笑顔だ。
「あの...また迷惑じゃなければ作ってくれるかな?」
「はい...。」
一緒に居ると安心する...ケイとは違う。
心がホワホワする...温かい。
この気持ちは何だろう?
...金色の卵はあと2個。
今日はパートだからミニチュア人は出来るだけなら、出て欲しくない。
...コンコン!パカッ
不安は的中...今日はメガネ男子の様だ。
たぶん30代。
「俺はリョウ。よろしく。」
素っ気ない雰囲気だ。
「智子です。あの、今日パートなんですけど...。」
「はぁ?そんなの風邪引いたとかで休め。」
「えっ?!」
どうしよう?パート終わるまで大人しくしててくれないかな?
「あの、ちょっと用意して来ますね!」
急いで支度をする。
もし着いてくるなんて言ったら、どうする?
加藤さんも変に思うよね?
「あの、パート行ってくるので...」
「さっき風邪引いたって電話しといた。」
「えぇ?!ちょっと勝手に...」
「今日は俺と恋人なんだから、俺と居ろっ!」
...何この俺様的な感じ。
ケイとはタイプが違う...。
「あの、パート先誰が電話に出ました?」
「加藤っていう男だ。」
え?うそ...男が居るって思われた。
どうしよう?
胸がズキズキする...。
「智子、こっちに来い。」
「はぁ...」
リョウは素っ気なくて口が悪いけど、甘えん坊の様だ。
私の肩に寄り掛かってきたり、膝枕してきたり...これもやばいんですけど?
よく言うギャップ萌えってヤツ?
...私は何をやってるの?
パートも休んで...男の人とイチャつきたかったの?加藤さんにも誤解されて...。
はぁ〜
「私...夜ご飯の下ごしらえしますね。」
パッと離れると、リョウが腕をパッと掴む。
「他の男の事考えただろ?俺の事好きか?」
...こういう展開も良くある。
さぁどうする?智子?
元夫に女が居る事は、薄々感じていたのかもしれない。どうして「他の女の事考えてるでしょ?私の事愛してないの?」って言えなかったのだろう?
ここで「愛してる」ってキスでもされてたら...まだ望みがあるかもって思えたのに。
...リョウは愛されたいタイプなんだね。
私と似てるのかもしれない。
「好き。」
とリョウに近付き、キスをしようとすると...
ガチッ...あっメガネがぶつかる。
リョウはパッとメガネを取り、強引にキスをした。うわっ...かっこいい...キュンキュンが止まらない。
「智子だめ。ちゃんと好きなヤツに好きって言わないと。」
「その加藤ってヤツが好きなんだろ?」
...加藤さんが...好き?
「たぶん俺を彼氏だと思ってる。どうする?」
「どうするって...説明して、誤解をとかないと...。」
「どうして誤解を解くんだ?」
...どうして?
それは...好き...だから?
そっか
「私、加藤さんが好きみたい...。」
あの笑顔を思い出すと、胸がギュッウってなる。
「最後の試練だ。俺をそいつだと思って告白するんだ。」
加藤さんは初めて会った時から優しくて...
一緒に居ると安心して...心が温かくなるんだ。
太陽みたいな人。
知らない間に目で追っていた。
彼と居ると楽しくて、幸せを感じる。
私が幸せだと思う事...それが、
〔本当の幸せ〕?
加藤さんに今すぐ会いたい。
好きって伝えたい。
リョウを見つめ...
「加藤さん好き。」
「はいっそこでキス。」
「えぇ?!ちょっと、加藤さんとキスは...恥ずかしい...。」
「練習だから。後2回で俺消えるし。」
「ありがとう...リョウ。」
2回キスを交わし、リョウは消えていった。
ケイとリョウありがとう。
自分の気持ちにやっと気付いたよ。
どうやって誤解を解こう?
卵から男が出てきたなんて信じてもらえないだろうし...。
よし、とりあえず明日はオムライスだ!
ケイが可愛いって言ってくれたコンタクトにして、パートへ向かう。
加藤さんがいつもより素っ気ない気がする...でも頑張らなきゃ!
「加藤さん、一緒に休憩入りませんか?」
「は...はい...。」
「...」
いつもみたいに喋ってくれない。でも...
「今日もオムライス作ったんです。食べてくれますか?」
「...気を使わなくていいですよ。」
「えっ?!」
「彼が居るんでしょ?こんな事すると彼が悲しみます。」
「あの、あれは彼では無くて...」
「もう作って来なくて大丈夫です。それじゃあ...失礼します...。」
あぁ...加藤さんが行ってしまう。
「今度は好きな奴を逃がしたらダメだよ。」
「ちゃんと好きなヤツに好きって言わないと。」
2人の言葉を思い出す。
39歳の私でも...まだ間に合う?
「待って!」
私は後ろから彼を抱き締めた。
「森...下さん?」
きっと言える。練習したから。
「加藤さん好きです。」
「信じてもらえなくてもいいです。好きって言う気持ちだけ伝えたかった...。」
加藤さんの脈拍がたくさん伝わってくる...。
抱き締めた方もやっぱりキュンキュンする。
もう離れたくないっ!
彼は抱き締めた私の手をぎゅっと握り...
「僕も森下さんが好きです。」
と呟いた。
彼は振り向き、私をぎゅっと包み込む。
うわぁ...温かい。大好き。幸せ。
智子の心は幸福感でいっぱいになる...。
自然と涙がポロポロと溢れ出す。
「ちょっと...森下さん?」
「すみません。幸せ過ぎて...涙が...。」
40歳の加藤の胸がキュンとなる。
彼は思わず...智子にキスをする...。
男はやっぱり、女の涙には弱いみたいだ。
お互いが想い合い、お互いが幸せに感じる事が〔本当の幸せ〕だと智子は思った。
終