第4話「あなたはプリン。」
「最近、元気ないね。」
パン子が、ふと呟いた。
『・・・そう?』
「うん。なんとなぁ〜く・・そう思う。何かあった?」
『いや、別に何もないよ。』
「そう・・ならいいけど。」
と、男は「嘘」をつく。これが女の勘っていうやつか・・・と、ダンは思った。
こうして、いつものようにファミレスで他愛のない話をしている最中にも、ふと気遣ってくるパン子。
つい5秒前まで、ダンのバカな会話にくすくすと笑っていたと思えば、何の前触れもなく核心を突いてくる。それはいわゆる、男にはない洞察力みたいなもので、女という存在が、およそ本能的に持っているものだろう。
常日頃から愛する男の一挙一動を見つめ、その中で無意識にインプットされた動作の一部始終を、言うなれば難度の高い「間違い探し」を瞬時に見つけるかの如く、その違いに敏感に反応する。それはあくまでも自分の知る得る限りの「彼」でしかないのだが、「彼は、普段なら、こう。」というように、本来なら甚だ曖昧なものでしかないものに、女は何故だか確信を持っているのだ。
けれども、男からしたら甚だ曖昧で、根拠の薄いものでしかない女のソレが、何故だか的を射ている事も少なくない。
女からしたら、ただ単純に「好きな人のことをよく見てる」っていうだけの事なのかも知れないが・・・。
女は、男が数多の苦難を乗り越えて初めて知ることが出来るような「答え」を、
そもそも本能的に知っていたりする生き物である。「いい女」とは、そういった答えを男に諭すのではなく、ただ頷くことの出来る女だ。
道に迷うのも男なら・・迷いなく駆け抜ける力を持つのも、また男というやつで、
何故なら男は、基本「理屈」や、物事への「筋道」を重んじる傾向があるくせに、
いざ駆け出すとなると、そこへの根拠などは意外と少ない。だからこそ道にも迷えるし、転ぶことも出来る。
仮に「男というものの強さ」の定義があるとするなら、それは当たり前に「転ばない男」よりも、「立ち上がる男」である。
現代では、なかなか「人生に狙いを定められる男」は少なくなってしまったが、
一度狙いを定めたら、とりあえずぶつかるまでは一直線。行きつく先が地獄なら、それもまたそれ・・という風に、「いい女」が惚れるのは、何故だか決まって「根拠のない自信」に充ち溢れる男・・と相場が決まっているものだ。
此処に、「男」と「女」がいる。
ダンとパン子にとっても、また然りだった。
曲がりなりにも「男」であるダンは、基本、こうして自分を支えてくれる存在であるパン子に「弱音」であるとか、「愚痴」みたいなものを言いたくないプライドがある。単なる「見栄」と言ってしまえばそれまでだが、しかし、その「プライド」こそが、男の最大の長所だ。
けれども「女」は、そういった男の弱音や愚痴を、むしろ聞きたがる。
自ら進んで弱音や愚痴をこぼす男は嫌いなくせに、自分の愛する男には、むしろその逆を求めるのだ。そんな「ワガママ」こそが、女の最高の魅力であり、愛すべきところなのは、言うまでもない。
そもそも男と女は全く別の生き物であるから、すれ違いを繰り返す。
男と女とでは、そもそもの考え方が違うのだ。
男が弱音を吐かないのは、単純にプライドだけではなくて、その裏には「守るべき存在」である女に、余計な心配をかけたくない気持ちが隠されているからだ。全ての困難を一身に受け止めてでも、女には、何一つ心配のない暮らしをさせたい。
その為には命すらいとわない、「覚悟」がある。言いかえれば、それが「プライド」である。
けれど、そんな男の庇護のもとで甘んじることのない女は、強い。共に背負おうとするのだ。
そもそも「男の悲しみ」とは、女には到底背負うことのできないものだと自覚した上で尚、少しでもその悲しみを共に背負おうとする、言うなれば、そこに女の悲しみがある。
なんでもかんでも独りで背負い込む男に、その悲しみをぶつけるのが、女という生き物のワガママさで、「共に悲しみを分かち合えないのなら、二人になった意味などない」と、別れをも突き付けかねない強情さがある。
思わず「筋が通ってやがる」と、筋道を重んじる男は、納得せざるを得ない。
単なるワガママに見えて・・それが時に揺るぎなき信念とも言えるほどの重みを帯びるのは、愛しい男へと注がれる、無償の愛情に裏打ちされてこそ・・だろう。
かくして、男と女はすれ違いを繰り返す。
時に傷つけ合い、憎み合うこともある。
けれども、解り合おうとする。解り合えない生き物同士だからこそ、愛し合う。
「愛」という不確かな接着剤で互いを繋ぎ合い、答えの出ない求愛の輪廻の中に、いつかは溶け合い、混ざり合う。どちらがどちらの身体なのか・・それすら解らなくなるほど混ざり合った時、「新たな生命」が女の中に宿る。
繰り返し・・繰り返し・・いつか、解りあえるその日まで。
「何か、悩んでるなら・・話してね?」
曇りのない笑顔でそう言うと、カップの縁を眺めるように視線を落とした。
ほんの少しの寂しさを微笑の中に閉じ込めて、飲み口を指で何度もなぞる・・
そんなパン子の仕草は、ダンの中に息苦しい愛しさを溢れさせる。
思わず、
『・・・実は、、さ』
と、後先も考えずに切り出した。
「うん?」
なんて嬉しそうな顔をするんだ・・と、ダンは思った。
『・・・実は・・』
「なぁに?」
『驚かないで、聞いて欲しい。』
「・・・?」
『・・・実は、俺ね、』
「うん。」
『・・・・・・・。』
「・・・・・・・。」
『・・赤ちゃんが出来たみたい(笑)』
「・・・・・・・・・・・・へ?」
『いや、だから、赤ちゃんが・・(笑)』
「・・・・・・・。」
『だから、認知してもらおうと思って!』
「・・・私の子なんだ。」
『うん。間違いなく。』
「そっかぁ・・・。」
『う、うん。(笑)』
「ダンくん。」
『はい?(笑)』
「・・・・ごめんなさい。今日は、もう帰るね。」
『えっ・・!? あ、うん。わかった。』
「・・・・・・・・。」
『じゃあ送るよ。もう暗いし。』
「・・・・ううん。タクシーで帰るから、いい。」
『・・・わかった。気をつけ・・・』
手際よく帰り支度を済ますパン子の動きが、何故だか一瞬スローモーションに見えた。この席を彼女が立つ前に、立ち上がる前に、何か言わなくちゃいけない。
ダンは直感的にそう思ったけれど、今度はむしろ早送りされてるみたいに時が進んで、リモコンを操作する間もなく、パン子は席を立ち上がり、出口へと向かっていった。
気がつくと一人座ったままの自分が、まだ、ここに居た。男の照れ隠しは、時に女を傷つける。彼女が残したままの形で置き去りにされたカップを、なんとなく見つめるしかなかった。
「あの〜・・ ここ、いいデスカ?」
『・・・・はい?』
ふと見上げると、ブロンドの髪を優雅におろした美女が一人立っていた。
真っ赤な、胸元あらわなセクシャルドレスに身を包み、ほのかに良い香りを振りまいている。ダンの応答を待つまでもなく、さっきまでパン子が居た席にフワリと座った。
「ハジメマシテ。私は、キャサリンいいます。どぞよろしう。」
『はぁ・・どうも。ダンです。』
「OH〜 ダンいいますか、スバラシネームね!」
『さ、さんきゅう。』
「タントウチョクニューに言いますよ、あなた、私に恋します。okay?」
『・・・は?』
「返事はYES or YESという奴でござんしょ。」
『ぶ。』
よく解らない口調で迫ったかと思えば、女は素早い動作でテーブルの上を優雅に一回転した。
そしてダンの首に両手を回しながら膝の上にストンと乗り、気がつけば顔と顔とがものすごく近い体勢になっている。
「秘技、メロメロKISS。」
ダンは抵抗する間もなく唇を奪われた。
ドリュリュリュリュリュ
次の瞬間、いわゆる女の舌がダンの脳髄を一瞬にして溶かすように動く。
まるで噛み始めたばかりのバブリシャスのように、噛むのを止めたくても止められない、そんな激しい甘美が口の中に広がる。
ドリュ・・ドリュ・・ドリュリュリュリュリュ
(う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ)
メロメロKISSが更に加速する。上に逃げればその下を、横に逃げればその付け根を。
(ダーン!一緒に日本へ帰ろう〜・・・!)
ダンは口の中で「四面楚歌」を聴いた。ああ、ふるさとの歌が聴こえる。もうだめだ帰ろう。故郷へ還ろう。
糸の切れたマリオネットのように、ダンはぐったりとその場に崩れ落ちた。
「クス。完了でう。」
女がニヤリと笑った。
「ごめん、お金置いてくの忘れちゃっ・・・」
グッタリとしたダンの背後で、パン子の手からハンドバッグが滑り落ちた。
「ワタシも、大好きでーす。ダァン。うっぷす。」
青ざめるパン子の顔を勝ち誇ったように見ながら、女がわざと大きな声で言う。
その場から逃げるように駆け出したパン子の存在に、朦朧としたダンは全く気が付いていなかった。
女も再びニヤリと笑うとその場を去った。その後、深夜になるまで屍と化した男が一人、席に残されたまま。
「お客さん、どちらまで?」
「・・三日月台、一丁目までお願いします。。」
「はいよ。」
そう言うのが精一杯だった。
とめどもなく溢れる涙が、窓の外を流れる景色を濡らした。
(ワタシも、大好きでーす。ダァン。ダァン。ダァン・・・)
「ワタシも・・・って、、どういうことよ。。」
(ワタシも、大好きでーす。ダァン。ダァン。ダァン・・・)
(ダァン・・・ダァン・・・ダァン・・・)
「馴れ馴れしく呼ばないで!!!!」
「うわっ!驚かせないで下さいよお客さんっ!なんすかいきなり!」
「はわわ、ごめんなさい!」
(ダァン・・・ダァン・・・ダァン・・・)
「もぉ・・うるさい!!」
「何も喋ってませんって!」
「あわわわ・・違うんです。ごめんなさい!」
「・・・彼氏とケンカですかい?」
「・・・・・・・・。」
「いいねぇ、若いって。青春の煮詰まりですやね。」
「・・・・・・・・。」
「でもね、あんまり煮詰まっちゃいけませんよ。お嬢さん。」
「・・・・でも、、」
「いいや、煮詰めすぎちゃいけねぇんです。砂糖だってそうでしょう?」
「・・・お砂糖?」
「ええ。砂糖です。あいつぁ・・火にかけるとね、しばらくして甘ったるい匂いと共に茶色くなりますがね、そこで止めなきゃ、ダメなんですよ。」
「・・・・・?」
「その琥珀色になった瞬間がね、カラメルってやつなんですわ。」
「・・・・ええ。」
「それ以上〜煮詰めちまったら、焦げちまいますやね。だから、いかんのですわ。」
「・・・・・・・。」
「私ね、こう見えても昔、コックやってましてね。その筋じゃ、ちょっとだけ名を馳せてました。」
「・・・有名な方だったんですか?」
「いやいや、めっそうもねぇ。決してそんな大それたもんじゃありませんけどね。」
「・・・・・・・。」
「カラメルタイガー。・・・一時は、そんな風に呼ばれてる時もありやした。」
「カラメルタイガー・・・さん?」
「いや、忘れてくだせぇ。へっへ。恥ずかしいこと言っちまったな。」
「カラメル・・・」
「ええ、何より大事なカラメルですわ。煮詰め過ぎると、焦げになる。そしてぇ一度焦げちまったら、もうその鍋は使えねぇ・・」
「・・・・・・・。」
「カラメルがなきゃあね、プリンだって茶碗蒸しにしか、見えねぇんです。」
「・・・それって・・?」
「おっと、着きましたよお嬢さん。ここらでいいですかい?」
「あ・・はい。おいくらですか?」
「お代なんかいらねぇや。今日はなんだか気分がいい。」
「えっ・・でも、そんなわけにはいかないですよ。。」
「いいんですよ。ほら、降りた降りた。」
「・・・でも」
「いいからいいから〜!」
自動扉が開き、半ば運転手の気迫に押されてパン子はタクシーを降りた。
住宅地の三叉路でタクシーがUターンをすると、運転席の窓がスーっと下がり・・
「プリンにカラメルは欠かせねぇ。そうでしょ?お嬢さん。」
ニヤリと笑ってそう言うと、タクシーは夜の住宅街を猛スピードで走り去っていった。
「ありがとう・・・・カラメルタイガーさん。。。」
パン子の住む三日月台は、小高い丘の上にある、いわゆる閑静な高級住宅地で、
真上から見ると、まるで三日月のような地形になっていることからその名が付いた。
中心には、ほぼ「ゆらめき市」全体を望める展望台の設置された小さな公園があり、住宅街の中に、いくつかの施設や会社、大きなショッピングモールなども建っている。いわば三日月台そのものが、小さいながらも一つの都市のとしての構造を持っていた。
パン子の家は、その三日月の中心部にだけいくつか並ぶ、豪邸の中の一つだ。
「ただいまぁ・・・」
「おかえりなさぁい、パン子ちゃん♪」
やけに機嫌良く出迎えたのは、彼女の母親だ。
パン子の母親は、間もなく50を迎える・・今で言う「アラヒフ」なのだが、
その年齢に見合わず、見た目がとにもかくにも若い。
パン子の常に笑顔を絶やさない性格は、この母親譲りであろう。
いつでも明るく、どんなことでも全てを軽く受け入れてしまう、天然とも言える許容力。それでいて「年甲斐もないブリっ子」というワケでもなく、しっかりと年相応の気品に満ちた、いわゆる才女である。
「ウフフ♪今日は早かったのね〜♪ダンくんとケンカでもしちゃった?」
イタズラな笑顔でニコニコとパン子の様子を探っている。
「・・・・うん。お母さん、ほんと鋭いよね。。」
「えーーー???当たっちゃったの!?やだやだ!」
「お母さん・・・・・」
「ええ〜〜〜〜!!」
「まだ何も言ってないでしょ。」
「ああ・・そうね。思わずフライングしちゃったわ♪」
「わたしね・・・振られちゃった。」
「ええ〜〜〜〜!!」
「お母さんって・・ほんと面白いよね・・・。」
「ええっ?なになに?それ、どういうことよ〜!」
「ううん。大好きよ。お母さん。」
「きゃ〜♪ママもあなたが大好き♪」
「・・・・・うん。」
「って、振られちゃったって?冗談でしょ?」
「・・・うん。冗談。ごめんね。」
「あ〜ドキドキしたぁ。。もぉ、そういう冗談は、めっ♪」
「お父さんは?」
「リビングでベイシップスナイター見てるわよ〜♪」
「・・じゃあ、話しかけるの後にしよ。。」
「そ、そうね。。お父さんベイシップスナイターの時だけ凶暴化するものね。」
ガラス戸の向こう側でメガホンをフルスイングしている父親が何やら叫んでいる。
「ゆ~ら~め~きの空高く~ホームランかっとばっせ!チュチュドウーー!!!!」
「・・・・先にお風呂入っちゃう?」
「うん。そうする。」
「今日はミルクバスだから、お肌すべすべよ、きっと♪」
「わぁ。。楽しみ♪いってきまぁす♪」
「お着換え、出しておくわね♪」
「はぁい、ありがとう♪」
ライオンの口からドボドボと勢いよく乳白色のお湯が溢れる。
ミルクの甘い香りがバスルーム全体に充満して、服を脱ぎながら、なんだか心が落ち着いてゆく。
手慣れた手つきで髪を簡単にまとめ上げ、ヘアクリップでとめて浴室に入る。
そして温められた牛乳の膜が張る「ラムズデン現象」の起きた湯船にゆっくりと身体を沈めると、パン子はふと、窓の外の月を見上げた。
(ダァン・・ダァン・・ダァン・・OH YEAH・・・)
とっさに耳を塞いだ。けれども耳の奥から聞こえてくる声に、また涙が溢れた。
思わず顔を湯船に沈めたら、巨大なカゼインのかたまりで窒息して危うく死にかけた。
「・・ダンくん。。私のどこが悪かったの。。」
潤んだ月に、なんだか責められているような気がした。
「お、帰ってたのか、パン子。」
「うん。ただいまお父さん。先にお風呂入っちゃった。」
「おお、そうだったのか。おかえり。」
「ベイシップス、勝ったのね。」
「・・チュチュドウだ。チュッチュがやってくれた。」
「すごいね。チュッチュ。」
「うむ。チュッチュはすごい。パン子にも分かるか、チュッチュの凄さが。」
「レフト方向にバットを投げる意識で打つんでしょ。」
「そう!!その通りなんだ!すごいなパン子!」
「お父さんがいつも力説してるから、覚えちゃった。」
「む。お父さんの力説だったか。さすがお父さんだな。」
「もう何十回も聞いたよ〜(笑)」
「左バッターがレフト方向に大きな放物線を描く…。それはまさに芸術的バッティングセンスというやつでな・・」
「もう、何…百万回も聞いたってば。。。」
「さっきより増えてるじゃないか。」
「それより・・はい、お父さん、ビール♪」
「おっとっとっとっとっと・・ストップ!はい、ありがとう。」
「いただきまーす。」
「娘も年頃になると・・父親の流し方というものを覚えるな!母さん!」
「パン子ちゃん、お飲物は?リンゴジュース?」
「うん♪」
「か、母さんまで!!」
「冗談ですよー♪もう、大好きよ♪あ・な・た♪」
「私も愛しているよ。ハ・ニ・イ。」
「きゃ♪」
「わっはっはっはっはっは!」
「娘の前でキスしないでよぅ。。。」
「いいじゃないか。わっはっ・・・あ、そういや。彼氏とはどうなんだ?上手くやっとるか?わっはっは。」
「・・・・うん。」
「ジョンくんって言ったか。」
「ダンくん。適当でしょ、お父さんの記憶。」
「そうそう、ダンくんだ。ダンくん。で、どこまでいったんだ?」
「ど、どこって・・」
「二人ともいい歳なんだ。そろそろパン子も結婚を意識するだろう。」
「そうだけど・・そーゆーこと、聞かないでよ。。」
「・・・・・もうキスしたか。その先か。ま、ま、まさか・・その先・・」
「ちょっとぉ〜!してません、なぁ〜んにも!まだしてません!」
「キス以上は許さんぞぉーー!!!」
「だから、してないってば。。。」
「うむ。ならよし。曲がりなりにも女なのだからな、そういう事はちゃんと籍を入れてからだな・・・」
「言われなくてもわかってますから。。」
「う、うむ。さすが我が娘だ。お母さんの若い時を見るようだな。な?な?母さん。」
「うふ♪」
「まだ、手も繋いだこと・・ないもん。」
「ええっ・・!?」
父と母が声を揃えて驚いた。
「と〜〜〜っても、清い交際ですから、ご安心く・だ・さ・い。」
パン子は、少しふてくされたようにサラダを口に運びながら言い捨てた。
「手も、繋いでないの?パン子ちゃん。」
「うん。」
「ダンくんって・・奥手なのねぇ。。」
「う・・・ん。。シャイな人ではあるけど・・でも、なんか違うかも。」
「違うって・・?」
「手を繋ぎたくないんじゃないかな。」
「ああ、いるいる。そういう男いるな。うむ。面倒くさいんだ。縛られてるみたいで。」
「・・じゃあ、いつも嫌々なんですか?あなた。」
「む。私はそういう男じゃないよ。怒るなよ母さん。」
「良かった♪」
「愛しているよ。は・に・い。」
「やーん♪」
「・・・なんかね、いつも手をぎゅって握ってて・・まるで手を繋ぐ事を避けてるみたい。」
その瞬間、両親の動きが揃って止まった。夫婦が顔を見合わせている。
そしてしばらくの沈黙のあと、父がゆっくりと口を開いた。
「パン子。」
「はい。」
「ジョンくんは・・もしかして、まだ一度もお前の名前を呼んだことがなかったりするか・・?」
「・・・ダンくんね。って、その通りだけど・・どうして?」
「・・・・そうか。いや、なんとなくだ。」
「・・・ダンくん、私の事、本当は好きじゃないのかも・・・。」
「そんなことはないわよ〜♪」
普段以上に明るく、母親があっけらかんと笑って言った。
「・・・ごちそうさま。」
「はーい♪おそまつさまでした♪食器そのままでいいわよー♪」
「じゃあ、このお皿だけ持っていっとくね。」
「はーい♪」
キッチンに食器を持って行ったあと、冷蔵庫から出したお茶を一杯グラスに注いで
パン子は自分の部屋に上がっていった。
「・・・・・・・あなた。」
「・・・・・・・うむ。」
いつも明るい母が、涙ぐんだ。
そんな妻の肩を優しく抱きよせながら、とても険しい顔をする父。
リビングに飾られてある、いくつかの写真立てを睨むように見つめた。
その中に一枚だけ、やけに古ぼけたセピア色の写真がある。
仲良く肩を組んだ二人の男。その二人に守られるようにして、中央で笑う一人の女性の姿。
それは遠い昔の出来事だった。
甘く、そして苦い過去の・・・・・・。
つづく。
■次回予告■
一枚の古ぼけた写真に隠された、意外な過去。
それは、ダンとパン子とを結ぶ、運命のひとかけら。
次回、エアーガンマン。
【運命?宿命?君は僕のエッセンシャル。決戦!涙の三日月台!(仮)】
お楽しみに!