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第3話「ゆらめきに、ゆらめいて。」

ゆらめき公園の周りをぐるりと囲む深い森。通称、ゆらめきの森。

高台には閑静な住宅街が広がり、そこから眺める森の向こうには

ジェットコースターのレールや観覧車、メルヘンチックな配色の屋根などが見える。

「ゆらめきランド」という、ここらへんの人達には御用達の遊園地で、

春休みの高校生なんかはこぞって「ゆランドいがねが?」と意中の女の子を誘うものだ。

ちなみにすぐ隣には動物園も併設されていて、同じ入場券で両方ともを行き来出来るから実にお得である。


「観覧車に乗り、ゴンドラがてっぺんに着いたときに告白すると、結ばれる。」


という、ここらへんの若者達の間で、まことしやかに信じられている、いわば「伝説」があって

だからこそ春休みの若者達は、こぞって女の子を「ゆランド」に誘いたがる。

そこで伝説を作るか作らないかで、新学期からの一年が大きく変わるからだ。

ゴンドラがてっぺんに差し掛かり、告白をする。二人きりという密室で告げられる想いは

時として若い二人を急速に惹きつけ合い、そのまま唇を重ねることも少なくはない。


一番最初のキスまでは、きっととてつもない緊張感と興奮の中、互いに「その空気」を感じてしまうもので、

女の子もほうもさすがに鼻息荒い男子を目の前に、そんな空気を察しちゃうものだから

あからさまにソワソワしだして意味もなく髪の毛をいじったり、やたらと無意味に景色の解説なんかをしたりする。

ちょっと気の利いた女の子だと、キスしやすいよう「そっち座ってもいい?」なんて言うものだが、

それはそれで「こいつ慣れてるな」と思われてしまうものだったりするので、

まぁ、まず殆どの女子は、下手な誤解を生まない為にも、率先して気の利いた事などは、えてして言わないものである。


そんなやり取りの中、「いざ伝説を」と意気込んだ男子が、まさに意を決してキスをする。歯とかぶつけちゃう。

「伝説は確かにあった・・」と心の中で誰かに感謝しつつ、唇を交わしたからもう大変。


キスとは不思議なもので「一番最初」と「2回目」とでは大きく違うのだ。

一度唇の感触を知ると、何故だか2度目はたやすく奪える。そういうものなのである。

不思議とさっきまでのような恥ずかしさも消えて、案外容易に顔を寄せられるようになる。

けれどこんな時の女の子は、嬉しさと恥ずかしさでもってうつむきがちになるもんだから、

いざ二度目・・と思ってもその唇は案外に遠く、それでも奪おうものなら、かなり回り込まなければならない。

自動販売機の下に転がった100円玉を探すかのように、はたから見ると実に間抜けなポーズである。

それでも、そっと耳元や頬に唇を寄せれば、おのずと唇は向こうからやってくるものだ。

そうして「観覧車の中」で伝説を交わしあった二人は、まさに幸せの絶頂の最中に観覧車を降りるわけだが、

何故だか前かがみで係員に「もう一周」と告げ、即座に「だめです」と断られ、

観覧車を降りるに降りられない男子の行動の意味を、その頃の女の子には解らない。(実話)


それもまた、青春と呼ぶものであろう。



ちなみに女の子は観覧車を降りた後、決まって

「良い眺めだったね〜♪」とか

「素敵な景色だったね♪」などと、えてして当たり前の感想を言うものだ。

そんな時に男は、なんと返すかが大切で、まだ女の子の手すら握ったことのないどっかの男子校生徒などは

素直に「そうだね」なんて返してしまって、なんとも勿体ない事をしてしまうものだが

彼らには、まだその「もったいなさ」が解らないものである。

しかし、それはまだまだ恋愛経験の乏しい男子諸君には無理もないことで、

その後いくつかの経験を経て、適切な応答というものが出来るようになるのだ。


「良い眺めだったね♪今日は港に大きな船が泊まってたよ♪見た見た?」

そんな時、男ならば、こう返すのが好ましい。


「君の顔ばっかり見てたから。」


じゅん。これで彼女の心が250%落ちることは、言うまでもない。

何故か突然お手洗いに行かざるを得なくなった女の子の意味を、少年達には、まだ理解が出来なくとも・・・。








そんな伝説の観覧車のある、ゆらめきランドの片隅に、ほとんど人が通らないような道がある。

一応は小さな池を一周する遊歩道のコースになっているのだが、やけに樹木が気味悪くうっそうとしていて、

やたらとやぶ蚊が多いし、昼夜問わず変質者が出るだとかで滅多に人が寄りつかない。



その道を行く、一人の男がいる。

見るからにホモっぽい顔立ちで、きっと自分で「俺はホモだ」という事を売りにしていそうな、

実はホモじゃないけれど、見るからにホモっぽい男。

その男のカジュアルっぽいメガネがいやらしく煌めいた。男はふと立ち止まり、辺りを窺っている。

しばらく辺りを見渡し、誰もいない事を確認すると、一本の木に手を伸ばした。

すると突如地面が盛り上がり、何やら地下への入口らしき扉が出現した。

中に居た男が、低い声で言う。



「合言葉を言え。」


「・・・・"全部僕だ"。」


「おかえりなさい、ボス。」


「うむ。」


ギギギ・・と音をたてて扉が開くと、男は素早く中に入り、入口はすぐに地面に沈んだ。

コツコツコツ・・地下へと進む階段を、男が降りてゆく。

「いかにも」なドクロの描かれた鉄の扉を開けると、そこは壁一面、無数のモニターが並ぶ部屋になっていて、

遊園地内の至る場所の映像が流されている。そのモニターからの明かりのみに照らされる薄暗い部屋に

3人の男女がキャスター付きのイスに座って、部屋中をぐるぐると回っている。

長いブロンドの髪をポニーテールに結わいた女が、帰ってきた男を迎えた。


「おかえりなさい。ボス。」


「うむ。ただいま。」


男は「ボス用」と書かれたキャスター付きのイスに腰掛けながら、女の顔を見た。


「・・・どうでしたか?」


「ついに手がかりを掴んだよ。キャサリン。」


「おめでとうございます!ボス!」

「おめでとうございまぁーす!」

「おめでとうございますーー!!」


一斉に部屋中の男達が声を揃えた。


「では・・さっそく動きますか?」


「うむ。」


「では私が行ってまいるでござる!」


たどたどしい日本語のキャサリンと呼ばれる女が意気揚揚と答える。


「まてまて。動きたいのはやまやまなんだが・・・」


「・・・?」


「どうやら・・・彼氏がいるみたいでな。」


「・・・彼氏・・・ですか?」


「うむ。彼氏だ。」


「それが・・何か不都合なのでござるか?」


「単なる彼氏なら、ここまで困ったりはしない。」


「ですよねぇ。。」


「実はな・・その彼氏。単なる彼氏ではないんだ。」


「単なる彼氏ではないと!じゃあ、どんな彼氏なのでござるか?」


「まさか・・とは思ったんだが、その男。どうやらアレのようだ。」


「・・・アレ?」


「そうだ。アレだ。」


しばらく考え込んだキャサリン達は、しばらくしてハッと気がついたように声を揃えた。


「・・・アレですか!!??」


「うむ。アレだ。」


「ま・・まさか・・。」


「うむ。そのまさかだ。」


「・・・・だとすると、少々やっかいかも知れないでござるね。」


「だろう?」


「はい。」


「・・しかし。まさかここでアレとは。。なんとも数奇な運命よ。」


「・・はい。ボスにとっては・・まさにそうでしょう。」


「キャサリン。」


「はっ!」


「君には・・その男に接近してもらいたい。」


「・・・・わかりました。」


「女の武器を使ってでも、とにかく二人を引き離してもらいたい。」


「はっ!命にかえましても!」


「よろしく頼む。」


「承知つかまつったわ!」


キャサリンはそう答えるやいなや、真っ赤でセクシーなドレスに着替えると

颯爽と部屋から飛び出していった。


「ジャクソン。マッケンジー。」


「はっ!」

「はっ!」


「呼んだだけ。」


「・・・!!」

「・・・!!」


「・・・・・エアーガンマン・・・か。」


ボスはくるりとイスを回転させると、遠い目をしながら呟いた。
















「愛野さん♪」


ベンチで昼寝をしていたダンの目の前に、突如天使のようなパン子の笑顔が現れた。

少し上からダンの顔を覗き込むようにして、柔らかな長い髪が左側の肩越しから垂れ、揺れている。

長い髪を片手で、いたって自然に耳にかきあげる仕草が、否がおうにも女性を感じさせる。

その肩越しから太陽光が織りなす菱形の筋が、ダンの眼を突いた。


『あっ・・』


ダンはよだれを拭きながら飛び起きた。

パン子はイタズラっぽい表情を浮かべながら、飛び起きたダンの上半身を軽くよけて微笑んだ。


『パ・・・・・・』


ダンはパン子を呼び掛けて、とっさに口をつぐんだ。

寝ボケているとはいえ、不用意にその名を呼ぶことの「危険」を、ダンは動物的反射神経で察知していた。


「ん?(笑)」


パン子は、一瞬自分の名前を呼び掛けたダンがまだ寝ボケていることを知り、

切れ長の二重瞼の大きな瞳を、キョトンとさせて、また微笑んだ。


『もしかして・・俺、変な顔して寝てた?』


「・・・・ううん。大丈夫。(笑)」


クスクスと両手で口を隠しながら、またイタズラっぽく笑う。


『そっか、良かった。(笑)』


「おっきなお口を開けてね?アリさんが、その中をお散歩してた程度(笑)。」


『そっかぁ・・・アリさんがー。引っ越しだもんね。アリさんマーク。おいっ。』


「あはは」


『そんなのアリ?つって。』


真顔で面倒くさそうにボケるダンに、パン子はまたクスクスと笑っている。


「ね?ねぇねぇ?」


『ん?』


「愛野さん♪」


『はいはい?』


「今日は・・これから何か用事、ある?」


『ん〜。後は帰って寝るくらいかなぁ。。』


「え〜。今起きたところでしょう〜?(笑)」


『そうだった・・・。』


「あのね?」


ダンの横に腰掛ける。すっきりと伸びた背すじをさらに伸ばして、

揃えた両膝の上に置かれた手をもじもじとさせている。


「動物園、いかない?」


『動物園?』


「実はね、チケットもらったの♪だから・・・ね?だめ?」


困ったような表情でダンを覗き込む。


『・・・・いこう。』


「やった♪」


弾ける笑顔は反則だ・・・と、ダンは思った。






「ゆらめきZOO」と書かれたアーチ。

チケット売り場には、平日の割に何人かの人が並んでいる。

その列を通り越して、パン子が先にゲートへと進んでゆく。

ゲートの前でチケットをダンに手渡すと、二人は中へと入った。


パンパラパンパン♪

パンパラパンパン♪


遠くでいかにもメルヘンな旋律が聞こえる。

メリーゴーラウンドのBGMか、はたまたピエロのポップコーン屋さんか。

隣にある「ゆらめきランド」から漏れる雰囲気は、こちらの動物園をもメランコリックに包む。

女の子と、こうして動物園に来るなんて・・とダンは、なんだか感慨深いことを思っていた。

ダンにとっては動物園なんてものは幼い頃に家族で来た以来で、

ましてや女の子とのデートとしては、まさに初めての経験である。

それも先日交際を始めたばかりの、飛びきり美人の彼女とであるから、否がおうにもテンションは上がる。


「わぁ♪愛野さん!見て見て!イルカショーやってるよ♪」


『ほんとだー!イルカがイルカー!』


「・・・・う、うん。」


『イルカが、居るから。つって。』


「・・・・う、うん。わ、わかった。(笑)」


どんなに滑っても顔色一つ変えずに、笑いを取るまでごり押しするのはダンの一つの特徴だった。

およそ殆どの人間ならば自分に照れてしまい、その滑った空気に負けてしまうものだ。

しかしそれがお世辞にも面白いとは言えない、いわば「オヤジギャグ」であっても、ダンは一切、照れることがない。

照れてしまえばおしまいなのだ。男が自分の生き様に照れることがないように、

ダンもまた、それがたとえ、しょーもないダジャレであったとしても貫き通す男であった。


「愛野さんの好きな動物って、なぁに?」


『う〜ん。。猫。』


「そうなんだぁ♪可愛いよね、猫ちゃん♪」


『うん。可愛いね。』


ほぼ無意識に、とっさに「君の方が可愛いよ。」と言いかけたが、さすがにやめてしまった。

しかし次の瞬間、もしそれを言っていたらパン子はどんな風にリアクションしたかな?と、ダンは思った。

きっとパン子の事だから、ダン好みの「恥じらいかた」をしたに違いない。やっぱり言うべきだったと後悔した。


『パ・・・  君は?』


「え〜っとね〜・・ ボンボン♪・・知ってる?」


『ボンボン?・・・あ〜!!パンダの??』


「そそ♪」


ダンの足元で小石が音を立てて跳ねた。


『・・あ、ああ、可愛いよね!ボンボン!』


「でしょでしょ♪」


『うんうん!』


「ねね?見に行っても、い?」


『うん、いこういこう!』



うかつにパンダすら呼べない。その事実に、ダンは改めて自分の能力の危険さを実感した。

パン子と逢うようになってからは、無意識に、常に拳を握りしめる癖がついた。

時折、うかつに「パン」という単語が口をかすめる時には、なんとも言えない激痛が掌を貫いた。

その度に「ばおう!」と、思わず奇声をあげても、パン子にはさほど不自然に見られなかったのは

会話中に常にボケを絶え間なく織り込む、ダンのユニークさのせいだろう。


「あれ・・?道に迷っちゃった。。」


『ん?ボンボン、こっちじゃないの?』


「う・・ん。。確かこっちだったと思うんだけど・・」


『ちょっとここで待ってて。案内看板見てくるよ。』


「うん、ごめんね。」


ダンは辺りをキョロキョロと見渡すと、少し離れた場所にある案内板を見つけた。

すぐさま駆け寄って、ボンボンの位置を確認していると、傍で泣いてる小さな男の子に気づいた。


「えーん。えーん。」


『お?どした?ぼく。』


「えーん。えーん。」


身体をかがめて膝に手を置き、右手で男の子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


『どした?迷子になっちゃったか?』


「ひっく。ひっく。」


『よしよし、泣くなって。大丈夫だから。』


「パンダの所に行きたいの。。ひっく。ひっく。」


『パ・・ボンボンか?』


「・・・うん。」


べそをかきながら、小さく頷いた。


『お母さんは?』


「きっと、パンダの所にいる。。僕、一人でトイレに行ってくるって言ったんだ。」


『そっか。それで迷子になっちゃったのか。よし!』


ダンは笑って背筋を伸ばすと、男の子の手を握り、歩き出した。


『ボンボンの所にいこう。』


男の子は、黙って小さく頷いた。


「あれ?その子は・・・?」


『うん。なんかね、ボンボンの所でお母さんが待ってるみたいなんだけど、案内板の所で迷子になって泣いてたんだ。』


「そっかぁ・・。ぼく、泣かないで♪お姉ちゃん達と一緒にママの所へいこうね♪」


「うん!」


ピンポンパンポーーン♪


場内放送が入った。


「そよかぜ市からお越しのマサルくん。そよかぜ市からお越しのマサルくん。お母さんがマサルくんを探しています♪この放送を聞いたら、動物園ゲートの横にある、総合案内センターまで来てね♪ママが待ってます♪道、わかるかな?解らなかったら、近くにいるピエロさんや、カバさんに話しかけてみてね♪繰り返します・・・」


「ぼくのことだー!!」


『お♪』


「よかったね、マサルくん♪」


『よし、いこう!』


「うん!ママのところにいくー!」


男の子の右手をダンが握り、左手をパン子が握り、3人は総合案内センターに向かった。

ゲートに近づくと、不安そうな顔をした女性と、まるい帽子をかぶった若い係員のお姉さんが立っていた。

ダンとパン子にも、それがこの子のママだという事がすぐに分かって、二人はほぼ同時に少年の手を離した。

そして少年が走り出すと、すぐに母親も気がついて駆け寄り、少年を抱きしめる。

係員のお姉さんも、ほっとした表情でニコニコしていた。



「ママー!」


「マサルー!」


「このお兄ちゃん達が、一緒に来てくれたんだよ!」


「そうだったの・・ 本当に、ありがとうございました。。」


「いえいえ♪」


ダンとパン子は、互いに見つめ合って笑った。

ひとしきりの挨拶が済むと、母親が少年の手を引きながら言う。


「じゃあ、そろそろ帰りましょう。」


「え・・やだよー!まだパンダ見てないもん!」


「でも、パパがもう外に探しにでちゃったのよ・・きっとパパが心配してるから、また今度にしましょ?」


「やだやだやだやだ!パンダ見るんだ!パンダ見るんだ!」


「弱ったわねぇ。。ほんとにこの子ったらパンダが大好きなんだから。。」


「パンダ見る!パンダ見る!パンダ!パンダ!」


少年は、また泣きそうになって、その場でぴょんぴょん飛び跳ねたり、転がったり、ゴミ箱にぶつかったりしている。


『あの・・・』


「はい?」


『良かったら連れて行ってきましょうか?ちょうど僕等も、行くとこだったんです。』


「え・・でも、ご迷惑じゃないですか?」


『全然!どうぞ、パパさん心配してるでしょうから、まずは報告だけでも・・』


「じゃ、じゃあ・・お願いしても、宜しいでしょうか・・」


『はい。また、ここにお連れしますから、どうぞ。』


「ありがとうございます・・じゃあ、お言葉に甘えて。。マサルちゃん、じゃあちょっとママ、いってくるわね。」


「わーい!パンダ!パンダ!」


「それじゃあちょっと行ってきます。。この子をお願い致します。。」


『はい、お預かりします。いってらっしゃい!』



母親は小走りにゲートを出て行った。


『よし。じゃあ行くか!マサルくん!』


「うん♪」


『よっし・・・じゃあ競争だ!』


ダンが急に駆け出すと、少年も一緒になって駆け出した。

置いてけぼりになったパン子にダンは一瞬振り向くと、目でメッセージを送る。

パン子もそれににっこりと応えて、二人の後を追うように歩いた。





少年を見失わない程度に距離をあけて、前を走る少年に、時折方向を指示しながら走った。

ダンが檻の前に着く頃には、少年は食い入るように柵にしがみつき、中を覗き込んでいる。

この動物園は、動物を本来の環境で過ごさせることを売りにしているだけあって

一つ一つの動物スペースが、やたらと大きな造りになっている。

それだけに、時に動物が気まぐれに物陰に隠れてしまい、いくら眺めていても姿が見えないこともしばしばあった。


「パンダさーん!パーーンーーーダーーさーーーん!」


ユーカリが鬱蒼と茂った檻の中は、中国の山奥さながらに視界が悪く、ボンボンの姿は見えなかった。


「パッンッダさっん!!パッンッダっさん!!」


『・・・いない?』


「うん。。全然見えないよ。。。」


気がついたら到着していたパン子も一緒になって探したが、一向にボンボンの姿は見えない。

3人でキョロキョロと檻の中を探し始めて5分が経ったが、それでも姿を現さないので

少年がまたべそをかきはじめた。


「・・・う・・・・う・・・うえ・・・うえ・・・・」


その時だった。ダンの視界にボンボンのつぶらな瞳が見えた。

かなり鬱蒼とした葉っぱの隙間から、ボンボンがこっちを見ている。

ダンは思わずボンボンを指差し、叫んだ。


『い、いたーっ!!パンダ!パンダ!パンダいたぞ!パンダァァァ!!!!』




ギャピーーーン!!



ボンボンの大きな身体が、まるで活きの良いシャケの様に宙に舞ったかと思うと、

檻の手前の方にもんどりうって倒れこみ、うんこを漏らして死んでしまった。


『・・パボンボーーーーーン!!!!!』


「きゃあーーー!」


「わーーーん!!わーーーん!!」


パン子が両手で口をおさえて驚く横で、少年はわけもわからぬまま、その光景に泣き叫んだ。

すぐに係員も飛んできて、大勢の野次馬と共にその場は騒然となったが、ボンボンの謎の死に、誰しもが首をかしげた。

ダンは思わず、さっきボンボンに向けてしまった右手を抱えるようにして、その場に突っ伏し、涙した。


(す・・すまない。。ボンボン・・!!)


そんなダンの涙をパン子はハンカチで優しく拭き取ると、ダンの横にしゃがみ、そっと寄り添った。

ダンの肩に軽く頭をもたげて、一緒になって泣いた。


















「ダンくん・・って、呼んでも、いい?」


パン子との交際が始まって3ヶ月ほどが過ぎた頃だった。

年齢的には二人ともが大人な割に、その交際はとても清らかなもので

ほぼ毎日会っているにも関わらず、二人はキスどころか、実はまだ、手すら繋いでいなかった。


ダンが手を握らないのには、「理由」があるからだ。

繋ぎたくても繋げないその理由を、パン子に告げる事も出来ないままダンは過ごしていた。

けれどパン子からしたら、「その理由」が何であるのか分かるわけもなく、

未だに手すら繋ごうとしないダンに対して、寂しい想いを抱える事もあったのだろう・・

「恋人同士」という実感が欲しかった。二人して過ごしていても、何故だか感じてしまう寂しさ。

パン子の中でそれはまだ「不安」とまではならなかったが、恋人同士であるという感触が欲しい事には変わりなかった。


『え・・?』


「だから・・ダンくん・・って。呼んでも、い?」


『・・・あ、ああ。いいよ。』


「・・・・うん。ありがと。」


そう言ってパン子はにっこりと笑ったが、どことなく笑顔が曇っていることは、ダンにも分かった。

彼女はいつでもニコニコしている。その顔立ちからして、もしも黙っていたならば一見お高そうな印象も受ける。

どんな時でもすっきりと伸びた背すじは、2歳の頃から現在まで続けているバレエで培ったものだ。

透き通るような色白の肌に、切れ長の二重瞼がくっきりとした大きな瞳で真剣な表情をする時は

なかなか容易に声をかけづらいような、そんなオーラさえ漂う。

けれど、そんな容貌とは裏腹に、彼女はいつもニコニコしている。

ただでさえ容易に人を寄せ付けることのない高貴な容姿と、むしろいつも傍に居たくなるような笑顔とのミスマッチが

彼女の魅力を、絶大的、且つ爆発的に増幅させていることは確かだった。

「だからこそ」、今の彼女の笑顔の中に潜む「一点の曇り」は、実に分かり易かった。


「・・・ダンくん♪」


『・・・ん?(笑)』


「・・・えへへ。なんかやっぱり、ちょっと恥ずかしいね。。(笑)」


『あはは。無理してそう呼ばなくってもいいよ?(笑)』


ダンの言葉に、パン子の表情が、また一瞬曇った。


「ううん、そう呼ぶの。そう呼びたい。」


『・・・そ、そう。』


「うん。」


少しだけ語気を強めて、頷いた。


「・・・好き。」


『・・・うん。』


「・・・・・・。」


『・・俺も、大好きだ。』


「うん・・・。」


















つづく。









■次回予告■

こんにちは、パン子です♪

ダンくんとお付き合いして、3ヶ月が経ちました♪

彼は相変わらずしょーもないダジャレばっかり言うけれど・・

そんな愛野弾丸が、大好きです(笑)。

ずっと一緒にいたいなぁ・・今はそればっかり思ってます。

でも・・やっぱり危機は訪れてしまうもの・・


次回、エアーガンマン。


【恐怖!ゆらめき沼の大怪獣(仮)】


お楽しみに♪

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