第11話「貴方の熱で☆溶け溶けチョコレート」
窓の外を、見慣れた景色が普段よりも早く通り過ぎてゆく。ダンはシートを少し倒し、寝そべるように腰掛けていた。
キャサリンの運転する車の助手席から、一定のタイミングで過ぎ去る街灯を意味も無く数える。
『・・・・なぁ?』
視線を前から動かさずに、キャサリンが軽く顔をダンの方に向けた。
『あんたらの目的は俺なのか?それとも彼女・・ 一体、なんなんだよ?』
「・・・・・間も無く着くでござる。」
暗い森の中をヘッドライトが近付いてくる。ゆらめきランドを南東側から回り込んだ先にある、人気のない裏門のような場所でキャサリンは車を停めた。車から降りて付いてくるよう、顎でダンを促すように傾げた首の動きから色気が漂う。ダンは意を決したようにテンガロンハットをかぶり直し、続いて車を降りた。
フェンスに取り付けられたロック。赤いライトが怪しく光る。キャサリンが暗証番号を押すと、ビーッと無機質な機械音と共にグリーンに切り替わった。土や葉を踏む二人の足音が暗い森を更に進む。行き止まりのような場所に着くと、どこからともなく男の声がする。
「合言葉を言え。」
「"恋をすればヒゲも剃る"」
キャサリンが答えると、5秒ほど間を置いて地面の一部が左右にスライドし、地下へと降りる階段が現れる。
「いきましょう。ダァン。」
ダンはポケットにあった「のど飴」を一つ、口に放り込んだ。「いざ」という時に威力ある弾丸を発射出来るようにだ。コロンと奥歯の横に転がすと、黙って頷きキャサリンの後に続いて階段を降りる。階段はさして長くなかった。すぐに一枚の扉に突き当たった。いよいよか・・とダンはハッカ味の唾を飲んだ。
「ボス、お待たせしました。」
「・・・待っていたよ。ダン君。・・・エアーガンマン。」
『・・・あんたは、誰だ・・・!?』
「そう警戒しなくてもいい。別に危害を加える気はないよ。・・まぁ、かけたまえ。」
キャスター付きの椅子を一脚、ダンに向かって転がす。自分も同じく腰掛けた。
「私の名前など、君には意味のないものだろう。が、しかし・・一つだけ教えよう。」
男は、インテリ風の眼鏡をクイっと上げると、静かにダンを見つめた。
「・・・私は、君と同じエアーガンマンだ。」
部屋の灯りもつけないまま、パン子は一人、自室のベッドに腰かけていた。
窓から差し込む月明りを背にして、なおざりに脱いだカーディガンが青白く横たわっている。
意味もなく、手に持ったヘアブラシの毛を指で何度も撫でながら、視線を床で泳がせた。
今は誰とも話したくない・・・そんな心境だった。
ついさっき、ダンの手を振り解き、タクシーに飛び乗って、今ここに居る。
家に戻ると、両親は居なかった。
きっと夜遅くに家を飛び出した一人娘を、心配で探しに出たのだろう。
帰ってきたら謝らなきゃ・・・と思いながらも、母親に電話をかける事もなんだか億劫で…
両親への申し訳なさも、今は小さな憂鬱だった。今は部屋に一人で居たい・・そんな気分だ。
「もうわたし、ダンくんに嫌われちゃったかな…」
「名前を呼んでくれなくたって…いいじゃない。」
「わたしが好きなら、好かれてなくても、別に…いいよね…。」
「ダンくんが逢いに来てくれて…とっても嬉しかったな…。」
初めて感じた愛しい人の体温。大きな胸の中で聞いた鼓動。
まだ耳の奥に残るダンの鼓動と、自分の胸の高鳴りとが重なって、切ないくらいの愛しさが涙と共に溢れてくる。
堪えるように肩を震わせながら、思わずベッドに倒れ込んだ。
今まで味わった事のない激しい熱を身体の中心で感じている。その事への恥じらいよりも、むしろ不思議な喪失感が身体を包んだ。
それはキャップを閉め忘れたまま放置したペンを気に掛けるような…そんな焦燥感にも似ていた。
「ダンくん………ダンくん……」
何度も、何度も、呼んだ。
『あんたも・・・エアーガンマン・・・!?』
「・・・そうだ。」
『待ってくれ…。流石にちょっと話が見えないぞ…!?』
「すぐに分かる。そして"私達"が君の敵ではないという事もね。」
「…ジョン君。本当に申し訳ない。」
「ダンくんですよ、あなた…」
『・・・!!?』
動揺を隠しきれないまま振り向くと、そこにはパン子の両親が立っていた。
『えっ・・・パン子の・・お父さんお母さん!?』
不意に口にしたパン子の名前で、ダンの右太腿に痛みが走った。
けれど今は、それすら微塵も気にならない。
頭の回転の速いダンですら、さすがに状況が飲み込めずにいた。
「ヨシヒロ…。俺から彼に話すぞ。いいな?」
パン子の父親が、男に向かって言った。
「いや、タカシ。ここは俺に話させてくれ。同じ、エアーガンマンとして。」
インテリ眼鏡の男がそう言うと、パン子の父親は黙って頷いた。
一呼吸置いて、ヨシヒロと呼ばれた男は、ふと遠い目をしながら、青みがかったその口元を開いた。
「・・・そう、これはもう遠い昔の事だ・・・俺達は・・・
・・・俺達は、いつもの様に夕陽沈みゆく河川敷を歩いていた。
「ヨシヒロ、本当に行くのか・・・?」
「ああ、もう決めた。後悔はないよ。」
「でもお前、コロネちゃんの事を本気で好…
「もう言うな!」
「・・・・・。」
「・・・ああ、好きだよ。本気で好きだ。でも、それはタカシ、お前もだろ?」
「・・・・・。」
「お前は俺の親友だ。なんだって分かるよ。」
「ヨシヒロ、お前は俺の親友だ。お前にならコロネちゃんを取られたって、俺は構わんさ!」
「ふふん。お前らしいな。そういうところは。」
「本気で思ってるぞ!お前が彼女の相手なら、俺は潔く身を引ける!むしろ万々歳さぁ!!」
タカシがきっと本心でそう言っている事を、ヨシヒロにはありありと伝わってきた。
大好きな野球にも、苦手な勉強にも、不器用ながら真っ直ぐな奴。誰よりも知っている。
自分と違って、生き様に何の打算も計算もしないタカシの事を、尊敬すらしていた。
「・・・傷つけたくないんだ。あの子を。」
「お前なら、彼女を守れるだろうよ!?」
本気で怪訝な顔をするタカシの胸に、ヨシヒロは黙って人差し指を向ける。
「パァァン!!」
「ぶぐぉふぁっ!!!」
タカシの大きな巨体が2~3メートルほど後ずさり、よろめいた。
「いってぇ!!なぁーにすんだよぉぉぉ!!!」
「だろ?いってぇぇぇぇだろ?」
「死ぬかと思ったわ!!」
「これがもし、コロネちゃんに当たったら・・・どうなる?」
「・・・!!」
「お前だから生きてるんだぞ、まだ。そのバカでかい身体だからな。(笑)」
思わず黙り込んだタカシを横目に、ヨシヒロは夕陽を見つめてしゃがみ込んだ。
「もしも・・・もしも万が一、コロネちゃんを傷つける様な事があったら、、俺は・・」
「だから、俺はこのまま彼女の前から居なくなる。そう決めたんだ。」
「タカシ、コロネちゃんを・・・ちゃんと幸せにしてやるんだぞ。」
タカシに言い返す間を与えないよう、畳みかけるようにヨシヒロは言った。
そして下を向いたままのタカシを元気づけるように、ヨシヒロは「フンッ」と鼻で笑って立ち上がった。
「・・・・いつもの、やるか!タカシ!」
タカシの尻を、軽く蹴り上げる。
「ほれ!やるぞ!」
「・・・おお、やるか!」
おもむろに二人はズボンのチャックを下ろし、夕陽に向かって吠えた。
「おりゃりゃりゃりゃりゃー!!!」
「そりゃそりゃそりゃああ!!!!」
ほとばしる2本の龍が、夕陽に照らされキラキラと輝きながら地面を叩き、今日もまた、虹を描いた。
「おい!タカシ!ちゃんと手でおさえろって!(笑)」
「おりゃおりゃおりゃあ~!!これが漢の手放し運転じゃーい!!!」
「バカヤロー!!こっちに飛ばすんじゃねえ!!(笑)」
「いつもお前がやってる事じゃないか!わっはっはっは!」
「ちゃんと手に持ち安全第一!そんなのは~イッパァン常識ッッ・・・ハァァァァァァァァン!!!!!」
「!?・・・・・・ヨ・・・・ヨシヒロォォォォォォ!!!!」
股間から激しい飛沫が飛び散り、ヨシヒロはその場に崩れ落ちた。
さっきまで勢いよく天に昇らんとしていた水龍は、志半ばに砕けて、大地にその身を横たえた。
「ヨ、、ヨシヒロ!!だ、大丈夫かぁっ!?!?」
崩れ落ちるヨシヒロの身体を咄嗟に支えたタカシが、心配そうに覗き込む。
「・・タカシ・・わ、わしゃあ棒をやられちょるき、も、もういけん・・・」
「だ、大丈夫だ!まだ玉は無事だぞ!諦めるな!!」
「ふっ・・・タマタマってか・・・・・・・ガクリ。」
「ヨ・・・ヨシヒロオオオオオオオオ!!!!!!!」
「・・・タマだけに・・・・つって。ガクリ。」
「ヨ・・・ヨシヒロオオオオオオオオ!!!!!!!」
ダンは無意識に内股気味になりながらも、真剣にヨシヒロの話を聞いていた。
『そ・・そんな事が・・・』
「ああ、そして私は二人の前から姿を消し、アメリカへと渡ったんだ。」
『・・・アメリカへ・・?』
「うむ。私の身体をこんなにした、この忌まわしい能力の研究だよ。
長年の調査と研究の末に、私はいくつかの事実を突き止めた。
この世界には、指先から見えない弾丸を発射する能力を持つものが幾人か居る事をね。
そう、私や、君のように。」
『・・それじゃあ、遊園地で俺を襲って来た奴らも・・同じ・・!?』
「そうだ。だが、彼等は私とは一切関係がない。・・・キャサリン。」
「はいボス・・・。」
それまでヨシヒロの脇で黙っていたキャサリンが、ダンの方を向き直した。
「ダァン。ごめんなさい。彼等は、私の弟の差し金なんでござる・・・。」
『弟・・・?もしや、、あのレインって奴か!?』
無言で首を縦に振るキャサリン。
「アメリカでボスと出会い、共に調査を進めて参った次第でござるが…」
「わたしは、ボスの身体をこんなにした"能力"を、当初、憎んでいたのでござる。」
「私が、彼女に命じて、君とパン子くんを引き離そうとしたのだ。・・・イテテ。」
ヨシヒロが右太腿を撫でながら続ける。
「私がアメリカへと渡ってから、程なくしてパン子くんが生まれた。・・・イデデ。」
「既にエアーガンマンの能力に関して、ある程度の情報を得ていた私は…タカシ…彼女の父親に連絡を取った。」
「万が一、億が一にも、彼等の娘がこの国でエアーガンマンと出会わぬ様に…
仮に出会ったとしても、仲良しにならない様に…と。」
『そ、、そんなっ…』
「ああ、運命とは皮肉なものだ。決して多くは存在しないこの能力の持ち主が、再び我々の前に現れたのだから。
・・・因果としか言いようがない。・・・そう、ダン君。君の事だ。」
「ジョン君…本当に申し訳ない。まさか君が能力の持ち主だとは思っていなかったんだ…。つい、先日までね。」
『おじさん・・・』
「ダンくん・・本当にごめんなさいねぇ…。」
『おばさん・・・』
再びヨシヒロが口を開く。
「パン子くんが生まれてから、私はずっとこの地下で、成長を見守ってきた。」
「君と彼女が出会ってからも、ずっとね。」
『・・・・・。』
「何も知らない君達にとっては、こうして引き離そうとする事は…実に残酷な行為だったと思う。
それは本当に申し訳ないと思っている…。だが、どうか分かって欲しい。私達が、長年大切にしてきた想いを…。」
『そ・・そんな・・・・・・。!?じゃ、じゃあもしかして彼女の名前もっ・・・』
タカシとヨシヒロが揃って頷いた。
「そう、私達が意図的に付けた名前だ。」
「・・・万が一、能力者と出会っても、ダン君、君の様に・・彼女の名を、呼べなくする為に。」
『・・・・・!!』
『そ・・・そんな・・・そんな理由で彼女にキラキラネームを付けるなんてっ!!』
「君も、その能力が如何に危険かを、誰より知っているはずだね…」
『ですけどっ…。そ、そうだけどっ…でも!・・・・でも・・・』
「ダン君。君の気持ちは痛いほど分かる。しかし、どうか聞いてくれ。事態は今…」
『俺は…あんた達とは違うっ!!!』
そう叫ぶと、ダンは地下室から飛び出していった。
「お、おい!待つんだ!話はまだ…!!・・・・キャサリン!」
「Copy that(了解)!」
キャサリンが、すぐさまダンの後を追いかける。
「・・・タカシ、コロネちゃん、本当にすまない…。やはり俺が間違っていたんだろうか…」
「・・・良いんだヨシヒロ。お前のせいなんかじゃぁ~ないさ!」
「そうよヨシヒロくん・・・それにあの子は・・・パン子ちゃんは・・・」
ヨシヒロ、そしてパン子の両親。
3人だけが残された地下室を、沈黙が包んだ。
つづく!!
■次回予告■
遂に明かされたエアーガンマンの秘密。
それはパン子が生まれる前からの因果とも言えるものだった。
結ばれる事を許されぬ運命の元に出会ってしまった二人の恋の行方は…
物語は、いよいよ佳境を迎える…!
次回、エアーガンマン。
【着床した精液の成れの果て!それでも僕らは生きている。(仮)】
お楽しみに!