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第10話「悲しい夜のカニーラ星人」

真っ暗なダンの部屋に置かれた携帯が静かに光った。

メールの着信を示すLEDがテレビの上に置かれた写真立てに反射する度、二人の笑顔を束の間に浮かび上がらせていたが、バイブの振動で勝手にテーブルから落ちてからは、床で不気味に身悶えするだけになった。


「ダンくん、連絡をください。夜中とかでもいいからね。待ってます。」






ダンは一人で海を見ていた。

ゆらめき市と、その隣のそよかぜ市との間を流れる大きな運河。

その河が海へと行き着くところを一望出来る小高い丘の上に、カップル達の聖地とも言える大きな公園がある。「そよかぜ市が見える丘公園」、通称「そよ公園」。対岸には、同じく「ゆら公園」もある。互いに丘陵の多い都市だけに、上り下りの多い街だが、煉瓦造りの古風な道、明るい赤や緑の屋根が散りばめられた街並みは、青空によく映える。

この「そよ公園」の周囲には、その昔ここいらに住んでいたという英国の貴族の家がそのまま残されていて、今は観光地として(有料ではあるが)開放されている。その一角に建てられた「ゆらめき美術館」も、これまた異国情緒溢れる外観をしている。


ダンはこの美術館が好きだった。・・と言っても、実際に中を観覧した事はまだなく、いつも目の前の通りから外観を眺めているだけだったが・・ダンは、いつの頃からか思っていた。


「いつか恋人が出来たら、一緒にここに来よう。」


その時は既に知っている口振りで中を案内するのではなく、出来れば二人で一緒に「初めて」の感動を味わったりしてみたい。そんな妄想じみた小さな夢があった。その時までは頑なに彼の中で「絶対に行かないぞ」と決められていたものだ。しかし長らく恋人も居なかったせいか、パン子と出会ってからはすっかり頭からその計画が抜けていた。海側に向かって立ち並ぶベンチに腰掛けながら、ふとその事を思い出して、しばらく幸せな妄想にふけっていたが・・隣のベンチでいちゃつくカップルの声がやけに大きくて、すっかり複雑な気持ちに戻されてしまったところだ。


普段なら、多少自分が不幸な心理の時であっても決して他人を睨みつけるダンではないのだが・・今日ばかりは正直イラついてしまう。それもそのはず、ダンの神経を逆なでする内容だったからだ。カップルに罪はないが、間が悪いとはまさにこの事。


「はい、ヒロくんの好きなアンパンよ〜♪ はいあ〜ん♪ もっとお口あけて〜〜ん♪」


「あーん・・・パン♪ もぐもぐ、ぺろりごくり。」


「おいちい?」


「うん、おいちい〜♪」


「じゃあ次はヒロくんの大好きなぁ・・・」


「ええっ〜 本当〜 !?」


イラ


「うぐいすパ〜〜〜ン♪」


「ひゃっほう〜♪」


イララ


「はい、あ〜ん♪」


「うきゃん〜おいちいぃぃぃぃうぐいすパァン〜〜♪」


「まぁ可愛い〜〜♪うっふふー」


「もっともっと♪ばぶばぶー あぶうー」


「あら?まだ足りないの?仕方ない子ねぇ〜♪」


「きゃっきゃ」


「じゃあ次は何がいいかしら〜♪ チョコパン?クリームパン?それとも・・・」


「ご、ごくり。そ、それとも・・・?」


「わ、た、し?」


「うぐぅぅぅぅ!!それはベッドの中でのパンパンパンじゃないか〜〜!」


「きゃ〜〜〜〜♪」


「3・3・7拍子〜!はい、パンパンパン、パンパンパン、パンパンパンパンパンパンパン!」


「よっ♪」


「パンパンパン(はっ)パンパンパン(あ、そーれ)パンパンパンパンパンパンパン!(もいっちょ)」


そんなバカップルの前に、ダンはゆらりと立ちはだかった。

一瞬「なんだろう?」と不思議な顔をしたカップルだったが、それでも尚、さして気にするでもなくダンを横目に二人の世界を続行している。何故か笑顔のダンに気を許したのか、彼氏の方が調子を上げた。


「さあ、お兄さんもご一緒に!はい、パンパンパン♪パンパンパン♪パンパンパンパンパンパンパン♪」


ダンは目だけで笑いながら、両手でカップルの方を指差すと、促されるまま、それに続いた。


『あ、そ〜れ!パンパンパン!パンパンパン!パンパンパンパンパンパンうるせー!!!!!!』


やけくそに叫んだダンの声と激しい「銃声」が夜の公園にこだました。

ダンが走り去った後に残されたのは、二人の座った場所だけを綺麗に残して砕け散ったベンチに泡を吹いて腰掛ける女と、前も後ろもダブルで漏らし、まさに前後不覚なヒロくんであった。





『くっそ・・・・なんなんだよ。。。。くそぅ。。。。』


やるせなさに、思わず涙がこみ上げた。久々に味わう鼻水の味。

フラフラと歩いて、気がつけば三日月台まで来ていた。どんな顔して会えばいいのかも分からなかったが、心が彼女の元へと歩かせたのだろう。あの角を曲がれば、パン子の家が見える。そんな場所まで来て、思い留まった。


『・・・まるっきりストーカーみたいだな。。。かっこわる。。』


もしも仮にパン子が今、そんなダンの姿を見たとしても、決してそんな風には思わなかっただろう。むしろ会いに来てくれた喜びに思わず抱き付き、愛しい人の胸の中で彼女の心の「なにもかも」が解決を見せたかもしれない。パン子自身、その人生において未だ知る事のない肌を合わせる温もり。実はたったそれだけの事が、こんな時だからこそ一番大きな意味を持つことをパン子はまだ知る由もないが、もしも奇跡が起こるなら、突然にダンが訪れるという事実と、喜びの衝動に身を任せて飛び込んだ彼の胸の中で、彼女は自分を取り戻せたはずだった。

・・・・運命は、もう少しだけイタズラを繰り返す。


「あら?ダンくんじゃない?」


その角を曲がれないまましばらく立ち尽くしていたダンに背後から不意打ちを食らわせたのは、パン子の母親だ。


「どうしたの〜?こんな所で〜♪もしかして道に迷っちゃったのかしら〜♪きゃっきゃ♪」


『あ、いえ・・』


「パン子なら家にいるわよ〜♪ 会いに来てくれたんでしょう?」


『はぁ・・ええ、まぁ。。』


「ねね!見て見てこれ!大きなカボチャでしょう♪ お店のおじさんがサービスしてくれたんだけど・・重いったらないのよー♪」


『・・・俺、持ちます。』


「あら?良いの?助かるわぁ♪優しいのねぇ〜♪ じゃ、お言葉に甘えて♪ありがとダンくん♪」


パン子の母親の勢いに呑まれる形で、二人で角を曲がった。

見覚えのある豪邸がゆっくりと近付くにつれ、不意に緊張感が高まってゆく。灯りの点いた2階の窓の辺りを見つめ、見る限りは動きのない室内にほっとしたのも束の間、今度はすぐに焦りを覚えた。


門から直線で30メートルほどはある中庭を抜けると、ようやく玄関に辿り着く。

二人がドアに着く前に、玄関脇の犬小屋からなんちゃらレトリバーが威勢良く吠え始めた。


「こ〜ら、ベリーちゃん♪ 彼は大丈夫だから吠えないのよ〜♪」


名前からして多分メス犬であろうベリーちゃんが、母親の声を無視して、見慣れないテンガロンの男に向かって吠えるのをやめない。今にも鎖を引き千切らんばかりの勢いで激しく飛び掛っては、鎖の限界距離で何度も身体を宙に浮かせている。

ダンはとっさに、玄関脇から見える2階の窓を気にした。想像だが、きっとよく躾けられているベリーちゃんがこんなにも吠えるという事は、泥棒の侵入か、または来客かを意味する事が分かるからだ。治安のいい三日月台で泥棒はまずないだろう事から、きっと家人は既に来客を察知したことになる。未だ心の準備もままならないダンにとって、その「早送り」は非常に困る。思わずダンはベリーちゃんのつぶらな瞳を見つめながら優しく「大丈夫。」と呟く。するとベリーちゃんはクゥ〜ンと可愛い声を出して小屋に戻った。いいぞ、大好きだベリーちゃん。今度改めて遊ぼう。ダンは思った。


「ただいま〜♪」


ニコニコと玄関を開け、手に持ったスーパーの袋を置きながらすぐさま母親が呼びかけた。


「パン子ちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん♪」


玄関にうつ伏せの状態で大の字に寝そべっている「皮だけになったトラ」と目が合っている事も相俟って、ダンの中で複雑な緊張が一気に高まった。


「パン子ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん♪」


「(はぁ〜〜〜〜〜〜〜い)」遠くで耳慣れた声がする。


母親がフフフっと、イタズラな感じに含み笑いをダンに送った。

ダンの手から渡されたカボチャを受け取ると、「ありがと♪」と会釈して靴を脱いでいる。


「パン子ちゃ〜〜〜〜ん、早く来ないと知らないわよぉぉぉぉ〜〜〜〜♪」


「・・・・・待って〜〜 今着替え中ぅ〜〜〜〜 すぐいくからぁ〜〜〜〜〜〜」


「まっ♪」 


イタズラな笑みに意味深な感じを加えて再びダンの顔を見ると、小さく舌をペロっと出した。

ああ、この仕草は母親譲りか・・などと思っているところに、今度は1階の奥の部屋から父親の声が旋律に乗って聞こえてきた。


「闇を切り裂く鋭いスイング~ 明日を引き寄せ勝利を掴め~ 自慢の足で駆け抜けろ~ かじやまかじやまレッツゴー か じ や ま!!」


パン子のお父さんは俺と同じ「ゆらめきベイシップス」のファンか・・・と、そこで知った。

いつかベイシップスの話をする事があったら、ファンの間では有名な、基本ビハインド進行が常のベイシップスが試合終盤に必ず見せる「追いつかない程度の反撃」について熱く語り合いたい・・などと思った。しかし今年は調子がいい。普段だったら春先の時点でリーグで唯一「今シーズンを終了」するのが恒例なのだが、もう間もなく前半戦を終えようという今現在までは、なんとか大した借金も作らず上位に食い付いている・・・とか考えていたら、カチャ、バタン、トントントントンと足音が軽快に階段を降りてきた。

靴を脱ぎ終えた母親が、階段を見上げるように覗き込みながら言った。


「あら?パン子ちゃん、パジャマで本当にいいのかしらー?うふふ♪」


「・・・えっ!?もしかしてお客様??」 階段の途中で足音が止まる。


「ふふふ♪ さぁ、どうかしらね?」


「あっ、それでベリーが吠えてたのね・・待って、着替えてくる!」


「あはは♪ いいからとりあえずお顔だけでもお見せしなさいよぅ♪」


「ええっ?いらっしゃってるのは・・どちらさま??」


「どちらさまでしょう♪ ねぇ??って、あら・・・?????」






気がつけばとっさに駆け出していた。逃げるようにその場から走り去ってしまった。もしもこの時に50メートルを計測していたら、確実に5秒フラットを切る勢いで三日月台を駆け抜けていた。奥歯をカチリと噛み締めて、心の中で「加速装ぉ〜置!!」と叫びながらダンは一目散に夜の街を抜け、自分の住む街まであっという間に戻ってきていた。両手を膝に置いて息を切らしながら、ふと気付けばさすがに失礼だったと思い、せめて電話で一言謝ろうとポケットを探った時に初めて、この日1日電話を持たずにいた事に気がついた。今から戻るのも時間的に失礼だろう。何か連絡が来ているかも知れない。そんな想いで、家路を急いだ。


こじんまりとしたアパートともマンションとも形容出来る住まいに、ダンは一人で暮らしている。

一応はオートロック風の自動ドアが設けてあるエントランスはあるが、実は誰でも入れる。チラシの溢れる郵便受けをスルーして、玄関にたどり着いたその時だった。


ダンの部屋の前に、見覚えのある女が立っていた。

そう、あのバブリシャスな金髪美女である。


『あ、あんたは・・あの時の・・』


「待っていたでござるよ。ダァン。」


勘の良いダンは、この謎の女がこうして自分の家を突き止め再び現れた時点で、ここ最近の一連の出来事と無関係ではない事を察した。思えばあのバブリシャスな一件から、何かがおかしくなったという事も。


「ダァン。」


『・・・なんだ。』


「改めまして、わたしはキャサリン。どぞ、よろしう。」


『俺はダンです。よろしく。』


「パン子ちゃんの事で、お話があります。ついて来て欲しい。Okay?」


『ああ、いいとも。こっちも色々聞きたい事がある。』


「じゃあ、すぐいきましょう。イソガバマワレです。」


『使い方違うけどな。まぁいいだろう。どこへ?』


「私たちのアジト。」


『アジトだと・・ 響きからして、悪そうな匂いがプンプンするな。』


「まぁまぁ、いいから。」


『・・・・いいだろう。その罠にのってやるさ。』


「ヒトギキノワルイ〜」


『が、その前に・・・部屋から電話だけとってきたいんだ。』


「Okay、それじゃあわたしは車をまわしてくるでござるよ。」


『ああ、すぐに行く。』




改めて、なんてバブリシャスな女だとダンは思った。まともな男なら、凝視する事もままならないほどの「いい女オーラ」が全身からほとばしった上に壁にぶつかって跳ね返ってきてはまたぶつかる。フェロモンとでも言うのだろうか。香水とは違う、形容が難しいが、何かすごく甘い匂いに、頭がクラクラする。それでいてあのメロメロキッスだ。ひとたまりもない。


そんな事を考えながら、一度深呼吸をし、心を落ち着けた。

これから乗り込むアジトとやらがどんなものなのか分からないが、覚悟は決めないといけない。

部屋の灯りをつけるまでもなく、床の上で点滅する小さな光を頼りに携帯を拾い上げるとすぐに部屋を出る。エントランスを抜けながら、パン子から着信があった事を確認して、少し安堵した。15分ほど前に最後の着信があったようだ。


アパートの前に出ると、まだ女は来ていないようなのでダンはすぐさま折り返しパン子に電話をかける。1コール、2コール、3コール・・・・電話から離れているのだろうか・・・?繋がるまでのこのたかが数秒が、妙に長く感じる。


ダンの目の前に、一台の車が停まった。

後部座席のドアが開く。予想もしていなかった「光景」に、ダンは言葉を失った。


「・・・・ダンくん。。」


今にも泣き出しそうな表情で、無理して微笑みを浮かべている。


『パ・・・・・』


「さっきはごめんなさい。。 せっかく会いに来てくれたのに・・・。」


『・・・・・・・。』


「お母さんから聞いたの。カボチャ、重かったでしょう・・・?」


『い、いや・・・。』


「・・・・・あはは。」


『・・・あの、


「ダンくん。ごめんなさい。でも、誤解だけはしないで下さい。昨日レインさんと居たのは・・


『うん。いいんだ。変なヤキモチを焼いてごめん。誰と居ようが君の自由だし・・


「違う!・・・違うの。。そうじゃないの。」


『あ、いや。そういう意味じゃなくって・・ うん。なんていうか・・』


「・・・・・・。」


『タクシーってことは・・おうち、飛び出してきたんじゃないの? ちゃんと伝えてきた?』


少しの沈黙のあと、パン子は小さく首を横に振った。


『じゃあ、せめて電話とか入れとこうか。送るよ。』


「・・・・・・・。」


『・・・・俺のほうこそ、ごめん。たくさん電話くれてたのに。実は電話を家に置き忘れてたんだ。』


もう一度、今度はさっきよりも強く首を横に振った。


『・・・・・・。』


「・・・・・・。」


『・・とりあえず、送っ


ダンの言葉を遮るように、パン子が胸に飛び込んできた。柔らかい黒髪からとても心地のいい香りがした。思わず抱き締めた彼女の身体は、想像していた以上にか弱く、そして柔らかかった。少しだけ冷えた洋服越しに、パン子の体温が伝わって来る。しっかりと支えなければむしろ今にも倒れてしまいそうな、力ない重み。それら全ての愛しさを胸で感じながら・・・・確かに、この子は今ここに生きている。大袈裟なくらいに、そう思った。


どんなに言葉を交わしても、どんなに心が想っていても、この「実感」ほど存在を感じられるものはない。

心と心が繋がること。心と心が、結ばれているという実感はこれまでももちろん持っていた。ダンにとっては図らずも得てしまった能力を受け入れたその日から、もしも仮に生涯抱き締めることが叶わなかったとしても、それでも構わないと思えるほどの純愛を注いできたけれど・・・ダンが「覚悟」と思っていたものは、実は限りなく荒唐無稽で、独りよがりなものだったと思い知らされた。手すら握ることもなく過ごしてきたこの3ヶ月間、ダンの中でパン子は「居たけど、居なかった。」も同然だったのだ。


この、今胸の中で息衝く彼女の鼓動。温もり。呼吸。匂い。

「言葉」など全てが無意味なほどのリアルな実在感が、ダンの中の幻想的な愛情を打ち消し、今改めてその愛の深さを知る。どうしようもないほど、愛しく思った。一人を好きになる事が、こんなにも苦しいなんて。


「・・・泊まっていっても・・・いいですか。。。」


『・・・・・・・え?』


「・・・・・・・・・。」


それはダンの意表を突いて実に衝撃的な一言だったが、我に返ったパン子自身がすぐに訂正してくるものだとダンは思っていた。けれど、パン子はあえて無言を貫いた。


その沈黙から、その発言が決して流れとか、ノリだとか、勢いに任せてなどではない。そこには彼女なりの強い「覚悟」がある事を否応なしに理解すると同時に、その覚悟がパン子にとってはどれほど大きなものなのか、ダンには推し量りかねた。まだ付き合って3ヶ月程度の今、いわば貞操観念の塊とも言えるパン子にその覚悟をさせる。仮に障害という名の後押しがそこに加わっていたとしても、それは余りにも早すぎる「決心」だ。率直に言って「らしくない」。

ダンは、まだ穢れを知らない少女の純真をそこまで追い詰めてしまった自分を恥じた。


「ダァン、いきま・・・Wao・・」


「・・・!」


直感的にパン子はすぐさま声のする方へと振り返った。そのほんの一瞬の間に様々な感情が入り乱れながらも、その声と、予想した「姿」とが一致する頃には既に一つの「答え」に辿り着いていた。


・・・それでも、それが誰なのかをパン子は「あえて」聞く。


「・・・この人は・・?」


『知らない人!・・っていうか、まだちゃんと知らないというか・・・名前だけは知ってるんだけど。』


「そうなんだ。」


『うん。なんて説明したらいいかな・・ う〜ん。。っていうかキャサリン!」


「ハイ。」


『悪いけど、今日はやっぱり行けなくなった。また今度でいいか?』


「・・・う〜ん・・・・」


『頼む、明日にしてくれ!』


「ダンくん。」


『明日また連絡・・・ うん?』


「気にせず行ったら?その人と。何か大事な用があるんでしょ・・」


初めて嫉妬をするパン子を見た驚きと新鮮さも相俟って、あからさまにトゲを含んだ言い回しにダンは目を丸くした。


「わたし、一人で帰れるから。心配しないで。」


今までは当たり前だが、こんなパン子の表情を見たことがない。

俗に言う「目が笑っていない」というのはまさにコレだな!などと、ダンは割と冷静にパン子の顔を見つめていた。それもまた可愛い・・などと感じつつ。


『・・・勘違いしないでくれよー(笑)』


「・・勘違い・・・って?」


『この人とは本当に会ったばっかりだし、正直よく知らないんだ。ただ、話があるから・・ってウチを訪ねてきたところで・・』


「会ったばかりなのに、もうお家を知ってるんだ・・」


『・・・そうだな。なんで知ってるんだ。』


「・・・・ダンくん。」


『うん?』


「もういいよ。変に誤魔化さなくって。もう、わかったから。」


『ちょ!!何も誤魔化してないって!!』


勝手に込み上げてくる涙を必死に堪えて、パン子は一度大きく息を吸った。


「・・"会ったばかりの人"なのに、キスするんだ・・・。」


『え・・・・』


パン子が何故その事を知っているのか、瞬時には理解が出来なかった。

正真正銘、ダンの中には「やましさ」がない。

隠し事をしているつもりなど一切なかったダンにとって、あの日起こった事を既にパン子が知っていて、そしてどういった経緯でそれが「誤解」に変わっているのか。頭の良いダンは、不可解な事が頻繁に起き始めた一連の出来事を、このほんの一瞬の時間でも分析を繰り返した。が、


「嫌いなら・・・そう言ってくれれば良かったのに。。。」


パン子は視線をダンから逸らし、小さな声で呟いた。


『・・・・・・・・え?なんて・・?』


「わたしの事は、遊びだったんだよね。」


『違うよ!!』 


思いも寄らなかった痛烈な「誤解」が、更に加速してゆくのが分かって、思わず叫んだ。パン子の感情が段を飛ばして階段を一気に駆け上がってゆく。


「言ってた。遊び相手だから、名前も呼ばないんだ・・って。」


『誰がそんなこと・・  !! アイツか!アイツがそう言ったんだな!?』


「やめて・・」


一瞬、嫉妬の波に心を持っていかれそうになったダンだったが、こんな状況に置かれても尚、冷静に努めるよう心掛けた。

心の奥底では言い表せない悲しみを抱えていても、その感情を必死に抑え込みながら可能な限りパン子の心を察しようと努力する。

もしも感情的に言い争えば、この誤解が更に深く絡まってしまう。今はなんとかこの誤解を解かなくてはならない。


「・・・・帰るね。」憔悴した瞳で、ダンを見ずに言った。


歩き出そうとする後ろ姿を背後から引き止める様に、とっさに強く抱き締めた。


『待って』


片方の手が図らずもパン子の胸を上から覆ってしまった。いわば単なるアクシデントだったのだけれど、ダンは想定外に「まだ嫌われていない」事を瞬時に感じ取った。何故なら突然に胸を触られ、一瞬ピクっと身体を震わせたパン子だったが、特に抵抗もせず、それ以上の動揺を見せなかったからだ。むしろ動揺したのはダンの方だった。パジャマに薄い上着を羽織っただけの格好で家を飛び出してきたパン子の、下着を纏わぬ胸の先端を、ほんの一瞬ではあったがダンの指がかすめてしまった。とっさに手をどけようとしたダンの手を引き止める様に、パン子の小さな両手が上から重なった。押し付けられた手の平で感じる、やわらかな膨らみの奥の、鼓動。



「名前・・・呼んでくれないのは、どうしてなの・・?」


パン子の指に、更に力が入った。


もしも今ここで普通に呼ぶことが出来たなら。


彼女の鼓動を感じる、我が手と指先。

ダンの心は悲しみで張り裂けそうになった。


「わたしのこと・・遊びだったとしてもいいから・・・呼んで欲しい。。。」


それは実に悲痛な声だった。



















つづく!



◼︎次回予告◼︎


まさに絶体絶命!

どうなるダン!どうなるパン子!二人の恋の行方!

運命は容赦なく二人を引き裂こうと、リキ入れて襲いかかる。

次回エアーガンマン!


【愉快?痛快?俺の考えた豪傑ゲーム(仮)】


お楽しみに!




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