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鯉心

作者: 赤林明

 和風な建物、和風な風景。

 それらはすべて人間の目に映るまやかし

 私たちにはすべて同じにしか見えない。

 それでもたまに思う。

 ここじゃないどこかに行けたら……。



 水辺ではがやがやと騒がしい声がなぜかこの寺とあっている。数十、いや、数十年もの昔ならばこれほどにたくさんの人がいなかったはずだ。それにこれほどにがやがやとしていれば、あの怖い和尚がやってきて片っ端から木の板で叩いていた。

 しかし不思議だ。

 ここに来る人間にはなぜか心に邪気がない。

 そう、和尚に叩かれていた人間のように。

 和尚、あなたはもう死んでしまいましたね。

 でも時々おもいだすのですよ、

 あなたがここの池のふちに立ち、私たちに餌を与えてくれたこと。その時のあなたの顔というとなんとも幸せそうな優しいほほえみをしていましたね。できるなら彼らにもそのやさしさを与えればいいのに。


 いつだっただろうか。

 あなたは私たち以外にもやさしさを分け与えるようになっていましたね。 

 あなたはしらないとおもうけれど、池のふちにたった人間はこれで二人目でしたし、普段から鯉には近づくなと周りに言っていたので、気が付いていましたよ。この人があなたにとってどれほど大事だったか。

 きれいな着物とまでは言えませんか、美しい黒髪がとても印象的で、それはもう同じように池で泳いでほしいほどでした。


 とはいえ、私たちの仲間もこの生に飽きてくるとぷくっとみなもに腹を見せて浮くものですからそれを見て和尚は大層悲しそうな顔を見せました。

 だから私は決めていたのです。

 大好きな和尚が悲しまないように。

 あなたのやさしいほほえみが消えないように、私だけはいつまでもこの池にいるんだと……。

 でもそれももう必要なくなったのかと思い、私も腹をみなもに向けてみることにしました。

 すると腹にあたたかなあなたの涙が落ちてきました。

 私がそれにおどろきぴくっと動くとあなたは嬉しそうにしゃがみ込みました。

 あなたにとってのほほえみはこの世界があるからだと、鯉ながらに思いました。

 とはいえ、私がどれほどに口をパクパクとみなもに向けたところであなたがくれるのは餌とほほえみ、でもそれでも私は幸せでした。



 ああ、私は日本庭園でおよく一匹の鯉。

 あなたの前では小さな一匹でも、私にとってはあなたこそが世界で、どうしようもないくらい好きでした。

 



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