第一章:四天王の華麗なる艱難-15
銀色の残光を輝かせ、宛ら一筋の流星のように奔り、頑強であった筈の岩石を轟音を立てて貫いた。
砕かれた岩石は散乱し、幾つかはグラッドにも降り注いでしまう。
だが彼にとってそんなものは些事だ。
グラッドは間近に見た。キャサリンが放った一矢が空けた穴から覗く、明らかにゴーレムにとっての重要器官と見られる部位が大きく欠損しているのを。
「……やった」
トランセンド・ゴーレムから力が抜けていく。
関節部や接続部から覗く細菌の分泌物が徐々に色褪せていき、一部では既に砂壁のようにボロボロと崩れ始めている。
次第に形を保てなくなり接続部から岩が落石。細かな石も先程まで生物のように稼働していたとは思えない程に、ただただ無機質に溢れ落ちていた。
「よっっし……っ!! キャサリーーンっ!! おつかれ──」
「ちょぉっと気が早いじゃねぇか? ガキンチョ」
聞き覚えのある声が、嘲笑うように背中を叩く。
それに対しグラッドは、宛らねずみ取りの罠の如く弾かれるようにして手にしていたナイフを背後に一閃。
早とちり勘違い云々の可能性を度外視した奇襲に対する本能的な反射攻撃は、しかし、軽やかな羽毛でも撫でるように刃を身体で往なし、声の主は得意気に生還して見せた。
それどころか──
「ん? うをわっ!?」
避け様に伸ばされた手がグラッドの襟首を掴むと、どういう原理でか凄まじい勢いで振り回され、そのままキャサリンの居る方まで投げ飛ばされてしまう。
「グラッドさんっ!?」
「うーー、をっっとっと……」
心配の声を上げるキャサリンの横に着地したグラッドは、彼女に応えないままで自身をぶん投げた者の方を見る。
「だぁから。気が早ぇっての」
「……今更なんの用? ボク等もうオッサンのこと用済みなんだけど?」
グラッドは背後に忍び寄った者──彼等にギルド調査員だと名乗っていたウィリアムを睥睨し、訝しんだ。
自分の知る彼と今の動きが、一致しないと。
「不思議だろぉ? 筋トレ失敗してるただの中年と思いきや、今度はまるで体術の熟練者みてぇな動きをする……。混乱するよなぁ? えぇ?」
得意気だ。本当に得意気で憎たらしく、下卑た笑いを顔に浮かべている。
勝ち誇っているのだろう。
スッカリ騙され、信じたものが虚構の産物であった事実を知って彼等がショックを受ける様が、彼にとってのある種のトロフィーなのだろう。
だが、そんな期待に応えてやるほど、グラッド達はお人好しじゃあない。
「不可解なことってさー? 大体はスキル由来だったりするんだよねー」
「……短絡的だな」
「でも陳腐な真理だよ。実際オッサンのもそうだったんでしょー? 自分の筋肉量を偽装する──みたいなさーあ?」
「……チッ」
実際ウィリアムはスキル《筋肉量偽装》の権能により、自分に搭載されている筋肉の量を消費魔力量に応じて偽装させていた。
これにより自身の外見や感触、鑑定等のスキルによる情報に対して他者を欺く事を可能とし、強者は勿論、油断を誘うために弱者として振る舞うことを可能とする。
「……で、本物のギルド調査員って、殺した?」
「おぉ? なんだ? 他人の心配か?」
「ボクも仕事だからさーあ? 職場の状況を把握して上司に事細かに報告しなきゃなんないわけよ。本来協力するハズだった相手がどーなったのかは知らなきゃじゃん?」
「へー。なら言わなきゃお前への嫌がらせになるな?」
「いーよ別に。言わせるから」
「はん。俺の芝居にまんまと騙されたクセに──」
「ふーん。よくもまー、あんなチンケな猿芝居で騙せてるーなんて、勘違い出来るねー? 恥ずかしくないのー?」
「ああ?」
「アンタのことなんかハナっから疑ってたよ。雑なんだよ演技も、やり口も、何もかもさー?」
「はんっ! 負け惜しみをよくもペラペラと」
「そう思うんなら勝手にすればー? でも気付いてなきゃいきなり背後に現れたアンタにナイフ振り抜いてないと思うんだけどなー?」
「……そうかよ」
ウィリアムは心底不満そうに顔を歪め拗ねるようにして顔を逸らす。
するとその目線の先には、今にも崩れ切りそうなトランセンド・ゴーレムが何とか抗おうと蠢いており、彼はそれにゆっくり歩み寄ろうとした。
「……それ、ボク等のエモノなんだけど?」
「エモノ? エモノだと?」
突如、ウィリアムは表情を一変させた。
不機嫌な眉は吊り上がり、目には怒気を、口角は地面に突き刺さんばかりに下降する。
「我らが魔物様に対し何たる不敬かッ!! 口を慎めゴミどもがッ!!」
「……あー、そういう、ね?」
これ以上ない自己紹介。
故に魔物に対しての知見が豊富で、吐いていた嘘にも説得力がしっかりあった。
グラッドが今ひとつウィリアムを疑い切れなかった要因の一つだ。
それに今、彼は内心で合点がいく。
(まっさか本当に、「魔天の瞳」が現れるなんてねー。ヘリアーテもなかなかやんじゃんっ)
──それは会議室でのこと。
『多分だけど、「魔天の瞳」が出てくるかもしれないわね』
『え? あのボク等にまんまと乗せられて国中に魔物を増やしたって嬉々として汚名を無自覚に被ってる連中?』
『……アンタ、奴等の話になるとホントそればっかね』
『だって事実でしょ? ──んで、奴等と出会すって?』
『多分よ多分。アンタもさっき言ったけど、奴等にとって魔物が増えたのは自分達の手柄だと思ってる。そんな中で特殊個体の魔物まで出て来たってなったら、奴等放っておくと思う?』
『あーなるほど? 確かに気にはなるかもね。でも今や奴等全国指名手配中よー? そーんなアクティブに国中動き回れるもん?』
『知らないわよ。でも今までまともに捕まった事のないような連中よ? ある程度はそれが出来る手段とかあるハズじゃない。なら全国の魔物んとこは無理にしても、特殊個体の出現場所くらいなら出て来そうじゃない』
『まー、確かにね』
『とはいえ流石に私達が行くタイミングと被るとも限らないし、そもそも全部に現れるワケじゃないだろうしね。可能性の話よ、用心しなさいってね』
『うん。そだねー。頭の隅には置いとくよ』
『……アンタそんなんじゃ当たるわよ』
『えー、でもあんなボスの作戦にまんまとハマってるクセに得意気に手柄だって思い込んでる哀れな連中──』
『いい加減しっこいわよいつまで擦ってんのよっ!!』
(あーあー、でも癪だなー。ヘリアーテの言った通りになっちゃったよ。報告の時にめんどくさいよなー。きっと全力で煽られるんだろうなー。ボクならやる)
そんな想像に難くないイメージをする中、ウィリアムはしっかり怒りを露わにしながらも尚もトランセンド・ゴーレムに歩み寄る。
「まったくふざけた話だ。ゴーレム様をこの様な姿にしやがって……。話と違ぇじゃねぇかクソが」
(話と違う、ねー……。多分拷問かなんかで成り代わった本物のギルド調査員から討伐隊がどんなんか聞いてたんだろうけど、ボク等外部の人間だからなー。知らなかったんだろうなー)
「はぁ……。まぁいい。ゴーレム様はこの程度ではないからな」
「は? いったい何を……」
遂に今にも塵になりそうなトランセンド・ゴーレムの直ぐ傍にまで辿り着いたウィリアムは、徐に腰に下げていた袋を弄る。
そして取り出した物に、グラッドは見覚えがあった。
「ア、ンタ、それ……」
「間近でご覧になったんだから分かるよな? そうっ!! ゴーレムの菌根だっ!!」
ウィリアムが、菌根をゴーレムの上から落とす。
そのまま菌根はキャサリンが穿った胸部の穴──抉れてその機能の殆どを停止させた元々の菌根のもとに落ち、直後、まるで救いでも求めるようにして元々の菌根が分泌物の触手を伸ばし、自身に巻き込んだ。
「なっ!?」
「説明したろぉ? ゴーレム様の本体はあくまでも〝細菌〟だっ! エネルギー源である菌根さえ崩壊する前に与えてやりゃあ何度だって蘇るっ!! それこそがゴーレム様の真骨頂だァッ!!」
色褪せていた細菌達は新たな栄養源を得て凄まじい速度で鮮やかさを取り戻していき、散らばった元々の岩の身体を拾い上げ、組み上げ、みるみる内に元に戻っていく。
次々と、グラッドとキャサリンが重ねて来たモノがゴーレムと反して崩れていった。
「……えー……。ズッルー……」
「因みにだが、このゴーレム様に体術を教え込んだのは俺だ」
「あー、やっぱり?」
「そうだっ!! つまりもう疲弊し切ってボロボロで有効手段を失ったお前達が今から相手にするのは、体術の熟練者二人掛かりだと思えっ!! さぁっ!! まずはあの生意気なガキに仕返しをしてやりましょうゴーレム様っ!!」
トランセンド・ゴーレムがウィリアムの命令を聞いたかは定かではない。
しかしゴーレムは指示した直後に全身を駆動させ駆け出し、真っ直ぐにグラッドに──ではなくキャサリンに向かった。
本能などない細菌は、しかしそれでも悟ったのだろう。
自身に大なり小なり傷を与え、最終的には唯一の弱点である菌根をすら取り返しのつかない傷をすら負わせた者を、生かしてはおけない。
仕留めるならばアイツだと。先に潰すならアイツだと。
そう、細菌による集合知が満場一致したのである。
「──ッ!?」
「……まあ、どうせ殺すんだ。どっちが先でもおんなじだな」
「キャサリンッ!!」
トランセンド・ゴーレムの走る速度は、決して速くはない。
二人が万全の状態であったなら問題なく避けられる程度の速さだろう。
だが、二人はウィリアムが言うように疲労困憊。
大して空いていなかった両者間の距離を走ってくるゴーレムから逃げることが叶わない程にまで消耗している。
岩で構成された拳が、数百キロの体重を乗せて、駆ける推進力を重ね、体術により的確な角度で脆弱な弱点を突いてくる……。
そんなものを食らえば即死は免れない。絶体絶命の中で取れる手段など──
「キャサリンッッ!!」
「──ッ!?」
グラッドが、キャサリンを守るように覆い被さる。
──彼に、防御系のスキルは備わっていない。
スキル構成の殆どは敏捷性と器用さ、隠密や暗殺に振られており、防御方面に関しては最低限にしか習得していなかった。
故に、庇うなんてしようものならばそれは最早〝犠牲〟に等しい。
自身の肉と骨と命を文字通りの盾とした、誰にも望まれない犠牲である。
キャサリンも、ヘリアーテも、勿論クラウンも、誰も望まない。
それはグラッド自身も理解している。理解しているが、それでも──
(ボク、もう母さんの言葉、破りたくないよ……)
──かつてグラッドが母の死に目に立ち会った際、彼女は最期に無自覚の遺言として息子に呟いた。
『……グラッド、お願い……妹を……ヘルミナを……守って、ね……』
『あの子……お父さんばっかり、だけど……お兄ちゃん、なら、大丈夫……』
『あなただけが、たより、だから……』
『お願い、ね……』
(──結局、ボクは守るどころかヘルミナも殺して……無様に生き縋ってボスに拾われた、けど……)
グラッドがキャサリンの顔を見る。
不安と絶望と焦燥の色に染まり、必死で自身を覆う彼の事を引き剥がそうとしている。
そんな姿がグラッドにはなんだか可愛らしく見えてしまって、ほんの少しだけ笑って、想像した。
自分の死体に縋るキャサリンを。
一生もののトラウマを背負って、そのせいでその後の人生の幾つが台無しになって、本来手にしていたものをいくつも逃して、経験しなくてよかった不幸を沢山浴びて……。
そんな未来を、キャサリンに歩ませていいのか?
それが本当に、キャサリンを守るという事なのか?
守るというのは、その未来の幸せすら守るという事なんじゃないのか?
(キャサリンはヘルミナじゃない。母さんと約束した相手じゃない──)
分かっている。百も承知だ。
でも──
(せめて……せめて今一番近い子を、ボクの全霊を賭して守るっ! 今も、未来もっ!!)
グラッドが覆う形から振り返り、ナイフを構える。
手にする二対のナイフは今までどれだけトランセンド・ゴーレムに切り付けようと刃こぼれの一切しない、霊樹トールキン地下の魔物研究所で狩った魔物の素材がふんだんに使われたモーガン自信作の二振り。
名を「フローベール」と「ギュスターヴ」。
広幅の刃のフローベールで傷口を作り広げ、細い刃幅のギュスターヴで的確に急所を突き抉る、暗殺特化の防御には向かないナイフ。
「やれるもんならやってみろよ岩人形ッ!! ボクは最期の最期まで生き汚いぞッッ!!」
やれるだけやる。今出来る事を最大限にやる。
例えそれが無謀だとしても、無意味な足掻きだとしても、生き汚いと言われたのだとしても。
それでも彼は諦めない。
「──ッッ!!」
トランセンド・ゴーレムの剛腕が、振るわれる。
それは宛ら重機が振るう鉄球のような威容を纏い、無感情な殺意が物質的な威圧感を持ってグラッドに迫る。
死が、間近に迫る。
だが、諦めない。
(あるはずだ)
探す。探す。探す。
(岩だろうが細菌だろうが変わらない。あるはずだ)
針の穴より小さい、突破口を。
(あるはずだッ!! ボクもキャサリンも生きて、コイツに勝てるような可能性がッ!! 諦めない──)
全部が上手くいく、何もかもが都合が良くような、そんな強欲な可能性を──
(今はボクが諦めて悲しむ人が居るんだッッ!!)
──唐突に、グラッドの思考がブラックアウトする。
最後に見たのは眼前に迫る岩石の拳。
という事はつまり、彼はその拳によって──
『アラ? 繋がったのねぇ、素晴らしいわ』
気が付けば、どこまでも続いていた暗闇の中空に、〝それ〟は声と共に現れた。
老若男女の声が合わさったような声音に、極彩色の虹彩と瞳孔の中に宛ら昆虫の複眼のように無数の眼球が並ぶ、巨大な滅紫の右目。
『嫉妬を呼べるほどのその〝強欲〟、確かに届いたわ。やれるだけ、やってみなさい』
細めた右目が、妖しく光る。
光は暗闇を塗り潰し、グラッドを包み、目が熱くなり、意識が急激に浮上する。
『精進しなさい。アナタは、クラウンの下僕でしょう?──』
──闇が明け、その目に映るは岩石の拳。
意識が暗転してから、恐らく一秒も経っていないのだろう。でなければ、今この景色を見ているのは不可解だ。
しかし、また別の不可解な事実がグラッドに直面していた。
いつまでも、目の前の拳が迫って来ないのだ。
(なんだ……これ……)
それと同時に自分の身体も動かない事に気付く。ただ意識と、何故か眼球だけは普通に機能していた。
(こーれ、どういう──ん?)
次に気付く。眼前を埋め尽くす岩肌に、何やら見た事もない〝亀裂〟のようなものが走っていた。
普通の亀裂──先程の攻防によって生じたモノでも、細菌の分泌物で接合された接合部でもない。
滅紫色に淡く光る、異様な亀裂だ。
それが無数に岩肌を走り、数本は交わって重なり、重なる本数が多ければ多い程、交差点の輝きは禍々しく、妖しく輝いている。
この線や点が何かは分からない。
自分が何を見ているのかを知らない。
だが、これは間違いなく突破口だ。
(……これを──)
そう意識すると、先程まで微動だにしなかった腕が自然と動く。
フローベールとギュスターヴの刃が、岩の拳に走る滅紫の亀裂をなぞる。
すると、刃こぼれはせずとも今まで弾かれていた筈の刃は、まるで柔らかな砂にでも刺し込んだようにすんなりと岩肌に滑り、するり、と亀裂に沿って刃が進む。
それは何とも心地の良い斬り心地で、とても岩を斬っているような感触ではない。
一歩間違えば良くない方向に虜になりそうなその心地良さに寧ろ戸惑いを見せるグラッドだったが、しかしそんな事よりもと、更にナイフを走らせた。
目に映る全ての亀裂に刃を走らせ、滑らせ、斬り刻む。
腕が届く範囲、指が届く範囲、刃が届く範囲の全てを……悉く。
すると──
「ゔっっ!?」
突如、両目に激痛が溢れる。
まるで燃えるような──破裂でもしそうな鈍く圧迫感のある痛みが熱を伴ってグラッドの両目を襲い、彼は思わずナイフを落として両目を閉じ、塞いだ。
次の瞬間──
「──ッ!?」
「えっ?」
「はぁっ!?」
グラッドの両目に映っていた景色は目を塞いだのと同時に動き出し、二人と一体は有り得ない光景を目にする。
確かに着弾したトランセンド・ゴーレムの剛腕から放たれた拳。
グラッドの頭部をアッサリ破砕し、脳漿をぶち撒ける光景を当たり前のように想像していた一同が実際に目にしたのは、寧ろゴーレムの拳が砕ける、そんな有り得ないものだった。
いや、砕けるなんて生優しいものではない。
崩れ落ちる岩の断面は宛ら鏡のようにすら感じられるほどに滑らかなものになっており、明らかにただ砕けただけの崩壊の仕方ではなく、明確に〝斬った〟と表現出来るような美しい断面となっている。
それはつまるところ、グラッドが岩を斬ったという事実を証明していた。
「……」
これにトランセンド・ゴーレムは警戒心を露わにし、攻撃を一旦中止し数歩ほど後退。
切り刻まれた自身の腕を見遣り、不可解そうに首を傾げる動作をした。
次に──
「テメェ……何をしたッ!? まさか実は剣術やらナイフ術の達人でしたなんて言うつもりじゃねぇだろうなぁッ!?」
ウィリアムが激昂し、吠える。
確定していた筈の結末を無理矢理に捻じ曲げられた。しかも理不尽で理解出来ない手段と方法で、だ。
そんなもの、仕向けた側としては到底許容出来ないだろう。
「……あ゛ぁ?」
しかし、問い質した相手は両目を必死に覆い、苦悶の表情を浮かべながら呻き声を漏らしていた。
「あ゛、あ゛ぁぁっ……」
「グラッドさんっ!? 大丈夫ですかっ!?」
「い゛や……ちょっと、ヤバい……かも」
「グラッドさん、取り敢えずサングラス……サングラス外して下さいっ!! 今治せるかやってみせますからっ!!」
「い゛や、これは……外したく──じゃなくて、まだアイツらが……」
「ああもうっ!!」
キャサリンが寄り添い、まだ習得したばかりの《回復魔法》で痛がっているグラッドの両目をサングラスの上から治そうとした。
グラッドとしては未だにウィリアムとゴーレムに対面している状況を気にして拒否しようとそるが、激痛で最早それどころではなくそんな彼女を振り切れずされるがままになってしまう。
「……こけ脅しか、それとも重い代償でもあんのか? ……まあ、いいか」
ウィリアムは徐に歩き出すとトランセンド・ゴーレムの隣に立ち、痛みで目を開けられないグラッドと《回復魔法》を使うキャサリンを見下げる。
「まったく。土壇場で奇跡の力が覚醒……ってか? 英雄譚みてぇな反吐が出る展開に寒気がすらぁ」
「ゔ、くっ、そ……」
「だけどその様子じゃあそれも終わりみてぇだし。無駄な足掻きだったなぁ?」
「くっ……」
「さて……いい加減終わりにしようか。ゴーレム様」
ゴーレムが再びウィリアムの指示に従い、グラッド達に歩み寄る。
そして未だ残っているもう片方の腕を天高く振り上げた。
「まずはお前だグラッド。苦しいんだろ? 救ってやるよ。あの世で俺とゴーレム様に感謝しな」
振り上げた腕が力み、軋みを上げて小刻みに震える。
「や、止め──」
「ウルセェんだよッ!!」
「アァッ!?」
回復を中断しキャサリンが身を挺してグラッドを庇おうとするが、そんな彼女をウィリアムは思い切り蹴り抜き、小さな叫声を上げて数メートル地面を跳ねる。
「きゃ、キャサリンっ……」
「チッ……。じゃあなグラッド。寂しくないよう、すぐにキャサリンも送ってやるからなぁッ!!」
「く……そガァァアアァァァァッッ!!」
「──ふすっ」
小さな、空気を吹き付けるような音が鳴る。
そして次の瞬間──その場の空気が全て乾いた。
〝旱魃の幻獣〟が、蹄を鳴らして暗闇より出る。




