終章:忌じき欲望の末-23
長めです。時間がある時にでもお読み下さい。
「はぁ〜〜〜〜っっ……あぁぁっっ……。やっと帰って来れたわねぇ。もうすっかり夜じゃない……」
「うん。とは言っても、まだ暫くは後方拠点に詰める事になるだろうけどー」
ヘリアーテ達は今、クラウンの送迎によって後方拠点に帰還していた。
とはいえクラウンとロリーナの二人は「少し気になる事がある」と言ってまた直ぐに転移してしまい彼の部下達のみが帰って来た形になっている。
「あぁー……早く寮に戻りたい……」
「え? こっちの砦も寮の部屋もあんま変わんなくない?」
「おう。ボスには寝具やらなんやら色々と用意して貰ってっから、そう変わりねぇんじゃねぇの?」
グラッドとディズレーが純粋な疑問をぶつけると、それを聴いたヘリアーテとロセッティが全力で眉を顰める。
「はぁ? なぁに言ってんのよっ!! 確かにボスには色々と用意してもらって他の人達よりか快適に過ごせてるけど……」
「砦の中って埃っぽいですし、こう……落ち着かないよね……」
「そうよねっ!? せめて個室にお風呂とか欲しいわよねっ!?」
後方拠点に築かれている砦は元々あったものではなく、数ヶ月で急造された低コストと機能性だけを追究したもの。
後々に用済みになった際に解体──または改築し別の用途として利用する前提の構造をしており、居住の快適さは二の次三の次に考えられていた。
故に通気性や防寒性、防音性など、人が快適に過ごす為の性能には著しく乏しかったのだ。
「いやいやっ! それはちょっと贅沢が過ぎるってもんだぜっ!? 俺達言ったらしがない一学生兵士なわけだろ? そんな俺達があんま調子乗った事言ったら他の人らぁに失礼だろっ!!」
ディズレーの言う通り、兵士達にとってはそんな砦であろうと充分に贅沢な寝床。
野営をしなくてはならない者達が殆どが中で堅牢で雨風を一切気にせず過ごせる居住空間は、戦時中の彼等からしたら充分に快適といえよう。
それに不満を漏らすなど贅沢な話である。
「はぁ……。分かったよ。私達がワガママ言ってボスの印象悪くしたら何言われるか分かったもんじゃないしね」
「それは……うん、そうかもね」
貴族思考のヘリアーテとロセッティは彼の至極真っ当な意見に思わず目を細め、腑に落ちないながらも納得して話を切り上げた。
だがそんな真面目な意見を聞き、彼女は前々から気になっていたある事をこの際だからとばかりに切り出す。
「……話は変わるけどアンタ、最初の頃に比べて随分と態度と性格丸くなったわね」
「あぁ? なんだ唐突に……」
「あーっ!! それ僕も思ってたっ!! 前はよく居るチンピラみたいな感じだったけど、今じゃ好青年みたいな事言うよねー?」
グラッドが茶化すようにディズレーを煽ると、少しイラ付いたように眉を顰めた後、言い辛そうに目を逸らす。
「あ、アレは田舎モンだからってナメらんねぇようにしてただけだ……」
「でも帝国出身でしょ? 私達からしたら中々に都会って印象だけど?」
ヴィルヘルム帝国は近年、急激な経済成長の真っ只中にいる。
数千年を掛けて周辺の小国郡を吸収し続けていた影響で多種多様な文化が渾然一体となっており、様々な技術的発展が加速。
加えて獣人族の国であるシュターデル複獣合衆国との和平により彼等の錬金術のノウハウも一部徐々にではあるが吸収しており、普及しつつある。
魔法を軽んじ、武器術による精強さを重んじる帝国にとって、錬金術──科学の知識や技術は理に適っているようで受け入れやすいのだろう。
その影響か、ティリーザラ王国よりも帝国は数段、文明的水準が高い傾向にある。
「だーかーらーっ!! 帝国にだって田舎はあんだよっ!! 俺んとこの村は獣人の国との国境に近ぇから、人もあんま寄り付かねぇしな」
「ふーん。帝国にも色々あんだねー」
「……まあ、ウチは特にヒデェけどな。帝国の中央にしちゃあウチの村なんて体のいいゴミ捨て場くらいなもんだよ」
急激に冷え切った自虐を口にしたディズレーに、一同が困惑する。
──ディズレーの生まれ故郷は現在、村の中央を流れる生活の生命線である川の公害により窮地に陥っている。
原因は国境を横断するように存在する河川上流に作られた獣人族による生産工場であり、その工場から垂れ流される形で有害物質が川に溶け込み、下流を汚染しているのだ。
村はこの事を帝国に訴えはしたが、近年ようやく良好な関係を結べた獣人族の国──シュターデル複獣合衆国との仲を再び悪化させる事を、帝国は嫌った。
故に帝国は──「河川上流はシュターデル複獣合衆国の領地であり我々はあらゆる面で不可侵」として村の意見を一蹴。村は国交を良好に保つ為の人柱にされたわけである。
「あ、悪ぃっ!! こんな時に暗い話しちまったな」
「いや、それは別にいいけど……。大丈夫なの? アンタの村……」
「い、一応はなっ! ボスが俺の村救う手伝いしてくれるって話になってんだっ! 希望がねぇわけじゃねぇっ!!」
「う、うんっ! ボスが言うなら大丈夫だよっ!」
「そーそーっ!! ボスが約束したんなら問題無いよっ!! うんっ!!」
「……アンタら二人、相変わらず妄信してるわね……」
呆れ気味に苦笑いするヘリアーテだが、決して他人事ではない。
二人ともクラウンによって過去の呪縛から解放され、暗澹とした道で手を差し伸べてくれた。
それが二人にとってどれほど救いだったのか……彼女とて想像出来る。
もし自身の問題──テニエルの血縁か否かが彼の手によって判明し、剰えそれが証明されたならば、果たして自分はどうだろうか?
きっと彼のただでさえ大きな背中は更に偉大なものになり、下手をすれば後光すら差して見えてしまうかもしれない。
そうなればもう、二人を客観視出来ないだろう。似たようにクラウンを妄信し、その背を追い、支え、守る事に疑問も抱かなくなる。
それも悪くはない。悪くはないのだろうが……。
(なぁんか、違うのよねぇ。私がアイツにヘコヘコすんのは……)
なんとなくだが、クラウン自身もそれを望まない気がする。
今のように適当な悪態混じりの気さくな──上司と部下以前に友人のような関係……。彼もその方がいいのではないかと、手前勝手に思ったりしていた。
(ま。なるようになるでしょ。そんな面倒なことは後で考え──ん?)
ふと、彼女の目端に何かが映る。
戦勝で半ばお祭り騒ぎの拠点内。そんな浮かれる兵士達に混ざり、あまりにも異質な人影がそこにはあった。
「え……なにあの子」
泥や砂、血や汗に汚れている兵士達の中……〝彼女〟は辺りを見回し困惑している。
ピンクで柔らかそうな材質の服と黒いスカート──の上から不釣り合いなチェストプレート等の鎧を身に付け。
煌びやかで細やかで可愛らしい装飾──を台無しにするように背中に背負われた歪な形をした鋸刃の大鉈と、腰には六十センチ程の長さの革袋に包まれた何かが備わり。
明るい栗色のボブヘア、愛らしい童顔と一際大きく青い目、小さくも存在を主張するアヒル口──にも関わらず足取りや体幹は歴戦の戦士を彷彿させる。
恐らく人族ではあるが、まさに異様、異質。
可憐と闘争。愛嬌と狂乱。弛緩と不穏。
本来相入れる事の無い筈の二極が隣り合い、混ざり合い、唯ならぬ雰囲気を帯びていた。
「んー? ねーどうし──」
ヘリアーテの異変に気が付いたグラッドが彼女の視線を追い、察する。
他の仲間たちも追従するように異様な彼女に目線を向け一様に困惑。口々に「いや、え?」と思わず漏らしてしまう。
すると──
「……? あっ!!」
少女が漂わせていた目をヘリアーテ達に向けると、ただでさえ大きな目をカッと見開きながら皆んなの元へ走り寄ってくる。
それを見て一同は警戒心を強めるが、少女は彼等の前でアッサリ止まると、何処か安心したように胸を撫で下ろす。
「よかったぁ……。話わかりそうな人が居てっ!」
笑顔を見せる少女は、とても可愛らしい。
男性陣も思わずその笑顔に心を掴まれ掛けるが、直後にした彼女の全力で見開かれた狂気を感じさせる眼力に、一瞬で正気に戻る。
「ねぇねぇ貴女っ!」
「え。わ、私?」
「そう! 貴女! ワタシちょっと聞きたい事があるんだけど、教えてくれる?」
「えっと……。他の人には聴いたの?」
「うん。聴いたんだけど、みんなちゃんとは分からないみたいで……。でも貴女達なら詳しそうだなって! なんとなく!」
どうやら敵意は無い。
寧ろ非常に友好的で、跳ねるような可愛らしい声音はとても好感が持てる。
持てるのだが、何故だろう。
クラウンによって鍛えられた〝危機感〟が、油断するなと静かに警告を発している……。
「そう。で? 聞きたい事ってなに?」
「うん! ええっとねぇ。戦争って、もう終わっちゃった?」
「……え?」
意外なような、しっくりくるような……。
そんな違和感だらけの質問に、ヘリアーテは眉を顰める。
「な、なんでそんな事を?」
「えっ! だって戦争始まったばっかりでしょ? なのにみんなすんごく喜んでるから! もう終わっちゃったのかな、って……」
少女は寂しそうに、そう語る。戦争の終局を、惜しんでいる見える。
(え……。この人、戦争終わって欲しくないの?)
クラウンなら、もしかしたら同じ事を言うかもしれない。
戦争に対する前向きな姿勢には──到底常人の発想ではないが──確かな理由と意味があり、一応は納得出来るようなものがあった。
ヘリアーテ達だってそれを承知し、彼に力を貸していたのだ。
だが、彼女はどうだろう?
勿論のこと理由も意味も、初対面のヘリアーテ達には理解が及ばない。
仮に彼女が普通の少女の様相であったならば、そこに同情を禁じ得ないものを勝手に想像し、勝手に腑に落ちただろう。
だが、その背に担がれた鋸刃の大鉈の凶悪な見た目と雰囲気が、そんな気楽な妄想を許してはくれない。
絶対に、そこには碌でもない理由がある。一同は彼女の反応だけでそう感じた。
「え、えぇっと……」
ヘリアーテは後ろを振り返り、仲間達に助力を乞う視線を送る。
すると同じく彼女を危険視している仲間達は無言のまま目だけで「取り敢えず穏便に済ませよう」と語り、若干うんざりしたようにそれを理解すると改めて少女へ向き直り、努めて笑顔で応える。
「せ、戦争は厳密に言えばまだ終わってはないわ」
「やっぱりっ!?」
「あ、でも厳密にはよっ!? う、ウチのボスがエルフの女皇帝を倒したから、実質的には終戦?」
「え、えぇぇ……」
「ざ、残念だったわね。あはは……」
「あ。でも敵の兵士とか敵討に来たりするんじゃないかな!? エルフ族ってプライドが高いって聞くし、残存兵とかなら!!」
「い、いやぁ……。アールヴ軍ってもう殆どウチで倒して捕まえるなりしちゃってるから居ないんじゃないかしらねぇ……」
「……」
「ボスが色々やって相手方の士気やら戦意やらバッキバキに折っちゃったし、どんだけプライド高くても今の状況で敵討ちなんて、流石に考えないんじゃないかなぁ……あはは……」
「……」
少女は沈黙する。
しかし目は相変わらずまんまると見開かれ、瞳孔は安定せず、落ち着かない様子で泳がせる。
「あ、あのぅ……」
彼女が一体何を求めているのか。何が目的なのか。
そもそも彼女は誰なのか。一切が分からない。
確かにティリーザラ軍の全貌を把握しているわけではないが、それでもこんな少女が居たならば見逃しも忘れもしないだろう。
何よりクラウンが皆んなに報せる。彼女の雰囲気は間違いなく、敵味方関係無しに警戒すべき何かを孕んでいるのだから。
「ところでお名前とか、伺ってもぉ……」
取り敢えず、聴いてみる。
今までの接し方からして名前くらいならば普通に答えてくれそうではあるが、何やら先程から様子がおかしい。
慎重に慎重を重ねながら何者か探ろうとしたヘリアーテだったが……。
「……」
「……」
「……」
「……」
──重い風切り音が、頭上で嘶く。
「──ッッ!!!?」
反射的に構えた大剣に今まで感じた事の無いような重圧がのしかかり、ヘリアーテの全身を駆け巡りって僅かに踏み締めていた地面が沈む。
一瞬遅れ野太い金属音が辺りに響き渡り、同時に凄まじい衝撃波が周囲を駆け巡る。
「なぁ……に、をぉぉッ……」
様々な疑問がヘリアーテに浮かぶ。が、今の彼女にそれを解決する余裕はない。
「てか力、強ッッ……」
ヘリアーテは怪力だ。
仲間内でも群を抜いて膂力に優れており、進化前の話ではあるがクラウンですら凌ぐ程の筋力を発揮する事が出来る。
勿論それは攻撃に依らず防御でも発揮され、あの霊樹トールキンの大樹のような太さと鋼鉄のような頑強さを誇る根による一撃すら、ヘリアーテは耐える事が可能であった。
しかし、そんなヘリアーテを、少女は圧している。
頭上から、真っ直ぐ、背中に背負っていた鋸刃の大鉈で。
ヘリアーテを圧しているのだ。そして──
「……あはっ!」
「──ッ!?」
「やっぱりぃっ!! 貴女強いっ!!」
少女の目は、爛々と輝いていた。
頬は興奮と高揚で紅潮し、心底嬉しそうに口角を吊り上げ、笑っているのだ。
「ちょ、ちょっとっ!! 一体なんのつもりよっ!?」
当然の質問。つい数秒前まで不気味さはあったが普通に接せていた。ヘリアーテも機嫌を損なわせる言動はしていない。
では何故?
「ワタシ、強い人と戦いたいのっ!!」
「は、はぁっ!?」
「戦争してるって聴いたから居ても立っても居られなくてワタシ王国に来たのっ!! でも終わっちゃったなら仕方ないかぁ……って。でもッ!!」
少女は自身の初撃に耐えたヘリアーテに笑い掛けると大剣を弾くようにして大鉈を振り抜き、一度後退。すかさず再び走り出す。
「貴女強いよねっ!? ワタシ貴女と戦いたいのっ!! 戦ろうっ!! ワタシとッ!!」
「チッ!!」
大剣を弾かれた事で隙が生じてしまったヘリアーテに、改めて大剣を構え直す事は難しい。
が、その程度で窮地に陥るほど、クラウンに生温い扱きはされていない。
「舐めんじゃ──」
「え?」
「ないわよッ!!」
瞬間、少女の前からヘリアーテが消える。
後に残るのは細かく弾ける火花と燐光のみであり、少女は困惑。直後──
「──ッ!!」
背後に光速で回ったヘリアーテは一切の躊躇を見せず大剣を少女へと振るった。
最早少女に気を遣う必要などない。命を狙われたからには相応の対応をする。ヘリアーテの振るった大剣に、一切の容赦は無い。
しかし少女は尋常ではない速度で振り返ると、まるで自身の身体の可動域などお構いなしとばかりに腰と上体を無理矢理に捻り、ヘリアーテの大剣を受け止める。
「あはっ!!」
「アンタ……っ!!」
受け止めはしたが、彼女の体勢は非常に不安定だ。
ヘリアーテの一撃も力加減無しの重撃。ただでさえ強力な斬撃をそんな体勢で受けてしまうのはそれはそれで充分に危険だ。本来ならば一秒も経たずバランスを崩し、大剣によって圧し斬られる事は避けられない。
……の筈であった。
「なっ……ハァッ!?」
「あははっ!! すっごい重たいっ!!」
少女は、何とは無しに耐えていた。
笑顔を見せ、至極愉しげに、ヘリアーテの大木を容易く断ち切る斬撃の振り下ろしを耐えて見せたのだ。
「アンタ……何を笑って……」
これにはヘリアーテもドン引きである。
何せ彼女から見た少女の姿は例えるならば起き上がる途中のゾンビ。
上体と腰が殆ど真後ろを向き、視線をヘリアーテへ確保する為に首を逸らして頭を逆さにし、目は相変わらず全開で開かれ瞳孔が開いたまま……。
これが寧ろアンデッドならば納得も出来ただろうが、今対しているのは血色の良い、生き生きとした生気に満ち溢れた眼をする可愛らしい少女だ。
かえって不気味が加速するというものである。
「ヘリアーテっ!!」
「ヘリアーテちゃんっ!!」
仲間から心配の声が上がる。
彼女達の周囲に居た兵士達もこの事態を漸く異常だと飲み込み、二人を取り囲むように陣形を取る。
それぞれが自分達の武器を構え、いつでも参戦可能な状態だ。
だが当のヘリアーテは──
「アンタ等は手ぇ出すんじゃないわよっ!!」
「えっ!?」
ヘリアーテはそれを、拒否する。
「な、なんでだっ!?」
「わっかんないのっ!? こんな拠点のど真ん中でアンタ等まで加わったら味方に無駄な被害が出るじゃないのよっ!!」
「で、でも……」
「私達の配慮不足でボスに迷惑掛けるわけにはいかないでしょっ!! だからここは私に任せ──」
「スキありっ!!」
ヘリアーテの腹部に、冷たい感覚が走る。
目線を下げればそこには黒光する長細い金属の塊が腹部にピッタリと突き付けられており、見れば少女もいつの間にか体勢が変わっていた。
「──ッ!?」
ヘリアーテは決してよそ見をしていない。
仲間からの声に応えながらも、しっかりとアンデッド宛らの彼女へ大剣を押し込んでいた。
だから彼女の「スキあり」の声も、正しく認識していなかった。何故ならスキなど晒した覚えはないからだ。
だが、気が付けば彼女は大剣をしっかりと真正面から受け止め、気が付けば腰に佩ていた細長い革袋──ホルダーから現在ヘリアーテを脅かしている凶器を取り出し、気が付けばそれを突き付けられていた。
この異常事態に、疲労回復し切らぬヘリアーテは速度に対応出来ない。
「これ痛いよぉっ!! 頑張って耐えてねっ!!」
少女は迷い無く指を動かし、引き金を押し込む。
鉄の凶器──所謂「ショットガン」が、その猛火を噴く。
「クッ──」
次の瞬間、凶器から強烈な破裂音が響く。
凶器の先端からは白い煙があがり、辺りに煙たい匂いが立ち込め始めた。
そして──
「……貴方だれぇ?」
「私の部下に止めて貰おうか? お嬢さん」
少女が突き付けていたショットガンは、いつの間にか上空へと向けられていた。
銃口から硝煙が立ち昇る様は夜空に妙に映え、趣きすら感じさせる。
「ぼ、ボス……」
「大丈夫かヘリアーテ? 見たところ傷らしい傷は見当たらないが」
ヘリアーテの窮地を救ったのは、彼女の上司でもあるクラウンだった。仲間からの《遠話》による連絡で駆け付けたのである。
「え、ええ……。怪我はしてないわ」
「それは良かった。……さて」
クラウンは上空へと逸らしたショットガンを握ったまま少女へ目線を移し、怪訝な表情を露わにする。
「状況は部下から大体聴いたが、一体どういう了見だ?」
「ボス……。あっ! この子が言ってたエルフの女皇帝倒したって人って貴方っ? いつの間に来たのっ!? スゴイっ!!」
「聴いているのはコチラだ。お前は一体何処のどいつだ? 答えなさい」
「ねぇねぇっ! ワタシと戦おうっ!! ワタシ強い人と戦い──」
少女が言い終わる前に、彼女が突如吹き飛ぶ。
少し遅れて鈍い音が鳴ると少女は地面を数回バウンドした後に囲っていた兵士達に激突し、そこでやっと減速した。
「ちょ、ボスっ!?」
「……今の私は機嫌が悪いんだ。まともにコミュニケーションを取ろうとせん輩になんぞ気を遣ってられるか」
クラウンはただ、少女の胸上を殴っただけ。
ただそれだけでヘリアーテの一撃すら受け止めた彼女の反射神経と体幹を上回り、吹き飛ばしてみせたのである。
これが今の──進化を果たしたクラウンの〝ジャブ〟であった。
「やっぱ、アンタ凄いわ……」
「褒めても晩飯の量が少し増えるだけだぞ」
「あら。なら充分じゃない。……それより──」
ヘリアーテは吹き飛んだ少女の方を見遣る。
巻き込まれてしまった兵士達に埋もれ、今はそんな彼等に囲まれ始めた彼女だが、ピクリとも動く気配が無い。
「……ちょっと、やり過ぎじゃない? 死んじゃったりして……」
「ふん。知った事か。誰か知らんがこんな場所で同族に戦いを仕掛けるような奴なぞ──」
「スッゴイッッ!!」
可愛らしい声に、二人は眼を見張る。
そこには先程まで確かに死体然として動く気配の無かった少女が蹌踉めきながらだが立ち上がり、今までにないような笑顔と眼力でクラウンを見詰めていたのだ。
「スゴイスゴイっ!! 貴方スゴク強いのねっ!!」
恐怖の面持ちの兵士達を掻き分け、少女はゆっくり歩み寄ってくる。
冷や汗が流れ、チェストプレートはクラウンの拳の形に凹んでいる。だが彼女は最高潮に興奮を露わにし、満面の笑みを讃える。
「……」
「ねぇもう一回っ!! もう一回最初からやろうっ!! 次はワタシ本気だすからっ!! ワタシ次は負けないよっ!」
彼女の骨は折れている筈だ。内臓だってただでは済んでいない。
にも関わらず、少女はまるで快楽に溺れる獣のように艶かしく顔色を紅潮させ、息を荒げていた。
「…………」
「だからホラっ!! 早く戦ろうっ!! 早く早く早く早く早く早く早く早く早──」
「何やってんだオマエはっ!!」
「ひゃんっ!?」
少女の頭が突如ガクンっと前方に傾くと、彼女は後頭部を摩りながら不思議そうな顔で斜め後ろへ振り返った。
そしてそこにいつの間にやら立っていた長身の無精髭を蓄えた細身の中年男を見て、ギョッとする。
「あ」
「あ。じゃねぇよ。嫌な予感がするってアイツ等に言われて嫌々様子見してみたら案の定こんな所に来てやがってっ!」
「でもだって……」
どうやら二人は知り合いで、それも浅からぬ関係であるようだった。
「だってじゃねぇっ! お前のせいでどんだけややこしい事になるか分かってんのかっ!? 少しは考えてくれよぉ……」
「むぅ……」
それも短い関係ではない。何処となく距離も近めだという印象を受ける。
「おい」
見かねたクラウンが二人に声を掛けた。
すると長身の男は所在ない様子で頭を掻き、そのまま頭を下げる。
「たいっっへんお騒がせしたっ。コイツはウチんとこの奴で、この国が戦争だからって知って何も考えず飛び出したらしい」
「監督不行も甚だしい」
「おっしゃる通りで……。でも一応、コイツとオレは同僚って枠組みでしかないから……」
「言い訳はいい。どう落とし前つける?」
「あぁぁ……」
長身の男の目が泳ぐ。どうにして無かった事にならないもんかという一抹の希望を抱いているようだが……。
「名前と所属を言え。追って沙汰を報せる」
クラウンにそんな希望など、叶えてやる義理はない。
「え、えぇと……」
「早 く し ろ。国王陛下に死体を見せるのは忍びない」
クラウンは二人に向かい全力で《威圧》《覇気》《魔人覇気》を使い二人にぶつける。
それだけで彼等のそこはかとなく漂わせていた緩い空気感を一気に引き締めさせ、有無を言わせない。
だが相手も手練れなのだろう。それでも尚、長身の男は質問をする為に挙手をする。
「……なんだ」
「名前と所属を明かすから、その後は一旦帰らせてくれ。コチラでも諸々処理をしたいんでな……」
「……」
「……い、一応は……必要なやつだから……な?」
「…………はぁ。早く言え」
「わ、分かった。……ほらお前からっ!」
「あ。うん」
長身の男が少女に促し、不満気ながらも武器を仕舞い、名乗る。
「ヴィルヘルム帝国軍所属、「戦争隊」総長ルナメルラ=シュヴェールト=ウォーロードっ! よろしくねっ!」
「同じくヴィルヘルム帝国軍所属、「飢饉隊」総長ケレス=ヴォーゲ=スターベイション。改めて大変なご迷惑をお掛けしたっ!! ではっ!!」
名乗り終えた二人はその後、《空間魔法》による転移でアッサリその場から消失。
後には戸惑いを隠せない兵士達とヘリアーテ達のみが残った。
「……」
「……ねぇ、ボス」
「はぁ……。面倒事が増えたな」
「た、大変ねぇ……」
「今から〝外交〟のオパル女史に報せに行く。君も来なさい」
「……はい」
ルナメルラはずっと前から書きたかったキャラで、お察しの通りケレス同様「黙示録の四騎士」要素です。
因みにこのルナメルラはとある人をリスペクトしたキャラクターになっているのですが、分かる人居ますかね? 表現出来てれば良いのですが……。
私の中で煮え切らない思いを乗せたキャラクターなので、好きになって頂けたら幸いです。




