第九章:第二次人森戦争・後編-19
また遅くなり、申し訳ない……。
それと今回は取り分け短いんです。まあ、序盤の頃に比べれば長くはありますが、最近の平均よりは大分短いですね。
「『……コチラが送った使者はどうしたのです?』」
「『……我々は、ただ……返信をお持ちしただけです』」
何度めかの問いも、アールヴの使者は要領を得ない回答ばかりではぐらかそうとする。ただ無表情を貫いているわけでもなく、何処か心苦しそうに目を伏せ、書状の代わりと言う〝木箱〟から目を逸らした。
──降伏勧告の書状をアールヴへ送ってから丁度二週間後。
アールヴから数名の護衛を伴い、書状の返信を預かっているという使者が前線拠点へとやって来た。
数名の兵士が漸く進展がある、と胸を撫で下ろし、口々に互いの健闘を称賛し合っている。
まあこの戦況だ。きっと兵士達は降伏勧告が受け入れられ、このまま終戦すると思っているのだろう。
しかし、私や私の部下達。それと姉さん達剣術団の隊長各位は心中穏やかではない。
特にファーストワン。コイツなんかは誰よりも動揺し、信じ難い現実に瞠目している。
「な、なぁクラウン……。クラウンッ!」
耐え切れずファーストワンが私の両肩に掴み掛かり、縋る様な涙目で私に訴える。
そこを姉さんが諌めてくれようとしたが、私がそれを視線を送って制止し、ファーストワンの好きなようにさせた。
「ウソ……だよなっ? 一国の皇帝が……そんなバカな事する筈ないよなぁっ!?」
コイツがここまで取り乱している──取り乱しても致し方ない理由。
それはファーストワンが隊長を務める二番隊にて副隊長を任されている彼の幼馴染──グレゴリウス・エイティの姿が見えないからである。
降伏勧告の書状を届ける使者としてアールヴへ向かった、彼の姿が……。
「……教えたろう? こうなるかもしれんと。そしてその上で、グレゴリウス副隊長は使者を買って出た。私達のするべき事はなんだ?」
「でも……でもさぁッ!!」
──私はこの二週間の間に、私が知る限りの女皇帝ユーリ・トールキン・アールヴの過去とそれによって出来た人間性……。そしてどれほど人族に憎悪を抱いているのかを姉さんと隊長各位に語って聞かせた。
と言っても、私とて全てを知っているわけではない。
キャッツ家の支部の秘匿記録室で資料を漁った際に見付けた、既に鬼籍に入っている祖父と、その弟──私から見て伯叔祖父にあたる人がユーリに働いた所業。
およそ五十年前──当時引き篭もっていた皇帝を誘き出す為に、皇族の血を引いているユーリを使った非道とも取れる作戦と、その作戦によって壊れてしまったユーリの人族との人間関係。
そこから推察出来るであろうユーリの抱く人族に対する憎悪と悋気。それと私が直接彼女と対面した際に感じた限りの性格と人間性、その全てを。
まぁ流石に私の情報源に関しては可能な限り暈して伝えてはいる。どれだけ訝しまれようが眉を顰められようが無視したが……。そこはどうでもいい。
その際、私は一緒に伝えた。
恐らくユーリは降伏勧告を蹴り、下手をすれば使者を殺すかもしれん、と……。
故に使者の立候補者が中々挙がらず、渋々と副隊長であるグレゴリウスが手を挙げ、使者となったのだが……。
『ぐ、グレッグ……。何もお前が行かなくても……』
『何言ってんすか隊長っ。やっとちゃんとした御役目ってヤツに与れるんすよ? ここでやんなきゃいつやるんすか』
『いやでもっ! ……殺されるかもしれないって聞いて、放っておけるわけないだろっ!』
『大丈夫っすよ。護衛も付けますし、そもそも敗戦必至の国の主がここでコレ受け取んなきゃイカれてるって話です。帰ってきますよ、俺は』
『そう、か……。な、なら約束しろっ! 何事も無く帰って来て……。そんで無事戦争が終わったら二人でメシっ! 行こう……』
『メシっすか? んなもんわざわざ約束せんでも前からちょくちょく──』
『いいからッ! ……約束しろ』
『はは。分かりましたよ。約束です。絶対帰って来ますから、店、今から何処行くか考えといて下さいね?』
『あ、ああ……。考えとく』
『じゃあ決まりで! んじゃ、ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと帰って来ますわ! メシ、楽しみにしてるんでっ!』
──そして……グレゴリウスは向こうからの書状を持って帰って来る事なく、代わりにエルフ族の使者が前線拠点へと訪れたのだ。
「……グレッグはさぁ。サン家の長男のクセに魔法が無才の僕を……ば、バカにしないで十年以上、連れ添ってくれててさぁ……」
「……」
「剣術団の入団とか、昇格試験とか、特に文句も言わないで当たり前みたいに一緒にやってくれて……。だから、これからもずっと……ずっとぉ……」
私の襟足を握り締め、下を向きながら嗚咽混じりに涙ぐむファーストワン。唯一の取り柄と言ってもいい面の良さが台無しだな。
──正直な話、私はファーストワンとグレゴリウスとの間にどれほど素晴らしく美しい友情があろうが知らんし、興味も無い。
ファーストワンは今回の戦争で久々に顔を見た程度であるし、グレゴリウスに関しては私が二番隊の補佐を命じられた後に挨拶した際、その存在を思い出すのに数分は掛かったくらいだ。
私にとってはその程度の人間……。ましてやファーストワンは隊長にも関わらず指揮が特段出来るような奴でもなく、グレゴリウスもコイツほどではないが、それでも平凡な能力しか持ち合わせていない凡人だ。わざわざ気に掛ける必要性など感じはしない。
故にグレゴリウスが死のうがファーストワンが泣こうが、私の知った事では無いという事だ。
そう。知った事ではない。
……。
…………。
………………。
──私は改めてアールヴの使者達の方を見遣る。
その手には書状に対する返信は無く、代わりに護衛を含めたコチラの使者の人数と同じ数の、両手で抱えられる程度の大きさをした謎の〝木箱〟のみ。不穏な気配しかない。
本来なら罠等を考慮しこの場で精査しなければならないのだが、ファーストワンは勿論、他隊長達まで誰も受け取る気配が無い。
このままというワケにもいかず、多少越権行為気味ではあるが代表して私がファーストワンからの拘束を解いてから中身を精査する為に木箱の一つを受け取る。
手に伝わるのは嫌な重量感と機密具合、更に漂って来る濃厚な血の臭いに思わず眉間にシワが寄り、半ば中身を確信しながら徐に蓋を開ける。その中身は、やはり……。
「……まったく。他人から憎まれる天才だな、奴は……」
箱の中に収められたグレゴリウスの空虚な眼窩を見遣り、思わず嘆息が漏れる。
分かり易い。何とも分かり易い挑発だ。
思慮深さの欠片もなく。実に野蛮で過激で感情的な返信……。およそ一国の皇帝が赦される蛮行ではないな。
つまりは、そう。ユーリは皇帝でいる事を辞めたわけだ。権力をそのままに……。
「な、なぁ……クラウン」
ファーストワンが箱から目を背けながらコチラを見て来る。
コイツも内心では中身が何か分かっているだろうに、その現実を否定したくて堪らないのだろう。間違っていてくれ、と。だが──
「中を見るかどうかはお前が決めろ。ただ私個人としては、余りおすすめしない」
半ば無理矢理、グレゴリウスが入った箱をファーストワンに持たせる。
「──ッ!?」
「私はこの件を報告し、陛下の判断を仰ぐ。だがコチラの使者がこうなってしまった以上、十中八九アールヴへ侵攻する事になる」
「……」
「お前はその間、グレゴリウスと護衛達を弔ってやれ。お前のやり方、お前がやりたいように、な」
「……」
「それと、お前はもう従軍しないでいい。後方に退がれ」
「え……」
「今の冷静でないお前にまともな戦闘が出来るとは思えん。気落ちして隙を突かれるにしろ憎しみで視野狭窄になるにしろ、次にお前まで死なれては部隊の士気に関わる。だから退がりなさい」
「う、うん……」
「それと二番隊は一時的に私に委任して貰うぞ? 指揮官不在の場合は私に移る手筈だったはずだ。分かったか?」
「……わか、った……」
「……ロリーナ。一緒に」
「は、はい……」
はぁ、まったく憂鬱だ。
使者が戻って来ない事は想定していたが、こんな形で戻されるとはな。
こういうやり方をされては、陛下や貴族達のエルフ族の印象が悪くなり和平に消極的になられてしまう。
これからそれを説得しなければならないとなると至極面倒な──
「……な、んで……」
……。
「なんでグレッグが……こんな……。エルフなんかに……エルフなんかにぃ……」
…………はぁ。
「言っておくがなファーストワン」
「……え?」
「いくら親友を殺されたからと、エルフ族を恨むのは赦さんからな」
「なッ!? ……僕に、エルフを許せって? 無二の親友を殺された僕にッ!?」
「許せではない。恨む先を間違えるなと言っているんだ」
「恨む、先……?」
「グレゴリウスを殺した──もしくは殺すよう命じたのはまず間違いなくユーリだろう。こんな形での書状の返信、正気ではない」
「……」
「ならばお前の恨む先というのは誰だ? ユーリ個人だろう? 違うか?」
「……でも、他のエルフだって承知して……。わかってやってるでしょ」
「では仮にお前がアールヴの大臣なり重役だったとして、皇帝であるユーリの暴虐を一人で止められるのか? 躊躇無く他国の使者を辱めるような最高権力者の決定を」
「それ、は……」
「──いいかファーストワン」
私はファーストワンに一歩踏み込み、この短時間で妙に窶れた彼の顔を見据えながら告げる。
「……お前の中で渦巻く感情を、私は否定しない。その発散の仕方もな」
「な、なら──」
「だが矛先だけは絶対に間違えるな。憎悪も怨恨も、向けるならば真っ直ぐ向けろ。でなければ必ず……お前自身が破滅する」
「……君に何が分かるんだ。喪った事もない、小童の君なんかに……」
「それはそのままお前に返そう。……お前程度に、私の何が分かる?」
「な……。それは、どういう……」
「……いつかお前にも、分かる日が来るかもな」
それだけ言い、私はファーストワンに背を向けロリーナを伴って自身の天幕へと向かう。一応陛下の御前に出るからな。最低限の準備はしなくては……。
「……クラウンさん」
「む? なんだロリーナ」
「いえその……。珍しく彼に優しいな、と……」
「ふむ。そう見えたか?」
「ええ……。いつもなら放っておくと思っていましたから」
「……そうだな」
──ファーストワンのサン家は、代々ティリーザラ王国に於いて珠玉七貴族の一角モンドベルク家の傘下ギルドの一つ「水防の鳩」のギルドマスターを担う伯爵家だ。
津波や洪水等の対策を講じ、万一の際の指揮監督を任される家柄で、貿易都市であり港湾が存在する我がカーネリアとは切っても切れない関係性を築いていたりする。
故に以前、姉さんを射止めようと我が屋敷で開かれた私を倒して姉さんに認められようとした連続試合も、あながち全く脈絡が無いわけではなかったワケだ。
要は何が言いたいのかというと、今後、私がキャッツ家の裏稼業を引き継ぐにあたり──そして将来ミルトニアがキャッツの正式な当主となった際、サン家との付き合いは決して無視出来るものではない、という事だ。
ファーストワンはサン家では魔法の才に恵まれなかった無能という話だが、それでも一応は長男。サン家の次期当主になる可能性が無いわけではないし、優秀だという弟が当主に選ばれたとしても、ファーストワンの口添えの有無は大なり小なり我が家に効果的に働く。
少し関係性を強めるのも悪くはないだろう。
「クラウンさん?」
「……話は変わるが」
「はい」
「ユーリには少しキツめの制裁を加えるぞ。自分が何をしでかしているのか、キッチリ解らせる」
「彼の為、ですか?」
「いいや」
「?」
「私の為だ」
──数時間後。
竣驪に跨る私とロリーナの前には、剣術団二番隊の剣士達と、私の部下達であるヘリアーテ、グラッド、ロセッティ、ディズレー、ユウナ、そして治療の終わったティールまでもが整列している。
私の横に並ぶのは一番隊隊長であり剣術団団長の姉さんと、同団の隊長各位。加えて後方にて駐留していた各部隊、それらがこの前線拠点へと集結していた。
そんな私達隊長各位の真ん中。珠玉七貴族の面々に挟まれる形でまるで宝石のように美しい毛並みを持つ葦毛の馬に跨る国王陛下が、その全隊を見回せる高台にて座している。
そう。いよいよ始まるのだ。
全隊を投じた、大侵攻が……。