第九章:第二次人森戦争・後編-14
ちょっと短いですが、キリがいいのでこのくらいで……。
「何? 傭兵ギルドだと?」
「ええ。それも〝非公認〟の集団です」
先程私に無謀な喧嘩を吹っ掛けて来た頭目とその部下達は、ティリーザラ王国内で活動している傭兵ギルド「道連れの斧」の連中である。
今は私が散々〝ご馳走〟してやった結果、頭目は石やら何やらでズタズタになった口内を庇いながら骨を何本か逝かれた部下達と共に拠点内の隅で小さく固まっている。
どうやら礼儀と行儀をちゃんと弁えたらしい。
因みに骨折り大会の勝者はヘリアーテ。連中の骨をまるで小枝の如く握り折り、短い時間で小気味良く折っていたな。
まあグラッドは──「手首だけで三、四箇所折るのはズルイと思う」──などと悔しさを滲ませていた。
──と、そんなレクリエーションは兎も角だ。父上の疑問はまだ終わってはいない。
「いやしかし、非公認か……。摘発されていないだけの準犯罪者が何故こんな所に?」
ギルドの運営には国からの許可が必要になる。
そもギルドとは──営利目的の社団法人──要するに前世で言うところの〝会社〟に相当する形式を取った団体を指し、法律上の義務と権利の主体として認められて初めて設立を許可される。
例えどれほど小さいギルドを設立しようと、また個人であろうと少数であろうとそれは変わらない。〝ギルド〟という形式を取りたいのであれば、必ず国からの認可されなければならないのだ。
そして当然、未認可でギルドを名乗り営利活動を働くのは違法。また、ギルドと名乗らずとも、その形式や形態が著しくギルド運営に似通ったものであった場合でも、余程特殊な条件下でなければ処罰の対象となる。それがギルドだ。
故に先程父上に教えた様に、この未認可でギルドを運営している「道連れの斧」の連中はただ捕まっていないだけの準犯罪集団という事になる。
では何故、そんな彼等が捕まらず、また戦場になど駆り出されているのか?
答えはそう、難しくはない。
「──先に我々は、我が国に潜入し妨害工作を働いていたエルフ共を一掃し、奴等に唆され哀れにも国賊に成り果てた無能貴族や権力者を一斉検挙しました。覚えていらっしゃいますよね?」
「あ、ああ……。お前が主体で動いたアレだな? 実に素晴らしい働きだったと父親として誇らしく、感動したものだ」
「ありがとうございます。──ですがそれはそれで、少々面倒な事態も発生しまして」
「む。──成る程。権力者の穴埋めか……」
そう。あの一斉検挙で貴族やそれに並ぶ権力者達が国賊として捕まった結果、国の約三分の一のポジションが空席になってしまったのだ。
勿論、その後釜には忠義に篤い者たちに不満が出ないように配分されたが、それでも出来てしまった穴はどうしたって埋まり切らない。
何とか陛下と珠玉七貴族の面々が開戦時に問題が起きないよう巧みに調整を図り、今の今まで何とかなっている。
その調整の一つに「限り無く黒に近いグレーな組織の限定的な配置」があるのだ。
こういった準犯罪組織の緊急登用には様々な問題があるのだが、それを各正式ギルドの指揮下に監視付きで配置し、彼等が不満を漏らさない程度の報酬を支払う事で辛うじて形にしていた。
まあ、それでも実は各所で問題が発生したりそれを鎮圧したりと小さな騒ぎがあったりしたのだが、流石にエルフとの戦いが始まるとそうも言っていられず「敵の敵は味方」ではないが、なんとか成立はしていたらしい。
「彼等もその一つで、最南端の拠点を含む一帯の防衛にあたっていました。他の連中よりは比較的マシだとは聞いていたのですが、程度が知れますね」
他の準犯罪組織のギルドはエルフとの衝突が減って来た現在、暇になったのか知らないが色々と好き勝手やりだしたと耳にした。
だが軍が常駐している中で野蛮なワガママを働けばあっという間に捕まるのは必定。既に幾つかは戦争犯罪という名目で牢屋にぶち込まれている。
まあ、前線がここまで前進している現状、最早付け焼き刃で雇っていた準犯罪組織などお役御免だ。何なら捕まえる大義名分が生まれて丁度良いだろう。
「──で、奴等「道連れの斧」の言い分ではお前の部下であるあの十二人の学生達に邪魔された云々との事だが?」
「ええ。彼等には連中の邪魔をしてもらいました。他の連中のように暴れる予兆があったので、その妨害ですね」
「ふむ……。それで彼等を?」
「私の役に立てない事に不満を抱いていたようでしたので、彼等にも出来る役目を与えたまで。結果は……重畳で何よりです」
「──成る程な」
まあ、全て嘘なんだがな。
彼等十二名には〝とある一団〟をティリーザラからアールヴ国内に誘導する役目を担って貰ったのだ。
しかし戦争の只中、正規兵でない連中が戦場を通り抜けるのは中々に困難。アールヴへ向かうというならば尚更だ。必ず両軍に妨げられるだろう。
だがそれでは私が困る。彼等には必ず、アールヴの霊樹トールキンまで侵入し、彼等の役割を果たして貰わねばならないのだ。
その為、彼等が問題無く戦場である平原を素通り出来るよう、私──正確にはヘリアーテ達の部下十二名に補助と誘導を命じた。勿論、その〝とある一団〟にはバレないよう隠密に。
そして「道連れの斧」の連中は、ある意味での証人。
真の目的である〝とある一団〟の誘導をカムフラージュし、周囲に連中の暴走を食い止める為というカバーストーリーを信じ込ませる……。その為に利用したに過ぎない。
「ただまあ、上司である私に直々にクレームを付けにくるとは思いませんでしたよ。余程邪魔された事が不服だったらしい」
「……因みにだが、奴等は何をしようと?」
「死体漁りですよ。武器や防具は勿論、死体もやり方によっては金に代わりますからね。まともな運営をしていない奴等にとって、この戦場はある意味稼ぎ場だったのでしょう」
「ふむ……。何とも擁護しようがない連中だ」
「擁護なさるおつもりだったのですか? それは流石にお人好しが過ぎますよ」
「奴等とて好きで犯罪に手を染めているわけでは無いかもしれん。望まずして闇に足を踏み入れる辛さは、私も良く身に染みているからな。場合によっては同情心も沸こう」
「……」
父上は本当、何故今まで裏稼業を熟せていたのか不思議な程に人が好い。分別や公私を分けられる人であるからまだ良いが、そうでなかったらと思うと虫唾が走るな。
「──何にせよ、奴等に肩入れはお止め下さいね。私達の野菜が奴等のせいで一部喪失したのですから。微塵も同情する価値はありません」
「いや、まあ肩入れはせんが……。憤る点はそこなのだな。たかが野菜の切れっ端ではないか?」
たかが切れっ端? ふふふ。父上は随分と謙虚な人だ。
「父上」
「ぬぉ!?」
「この野菜や肉、魚介に調味料、調理道具に卓に至るまで、全て私が稼ぎ、購入した物です」
「お、おぉ……」
「汗水流した──は少し大袈裟ではありますが、その一つ一つに私の労力と時間と手間が僅かにでも掛かっている……。つまりは数億数兆分の一であろうと、これらは私が身を削って得た物になるわけです」
「う、うむ……」
「それを……それをですよ? 路端の小石にも満たない宛ら細菌が如き周囲に損害をばら撒く様な族共に落とされ土を付けられた……。しかも折角父上が手ずから切って頂いた野菜をですっ。これが、許される事ですか?」
「い、いや、しかしだな……」
「百歩譲って故意でないなら多少寛容にもなりましょう。一度や二度の失敗程度ならば私とてそう易々とは怒りません。ですが奴等は──」
「もういいっ!! 分かった分かったっ!! お前の逆鱗に奴等が触れたという事だろうっ? 充分に理解した。同情などせんから少し落ち着きなさいっ!」
「しかし……」
「というか周りをよく見ろっ! お前の怒気が周囲に伝播して兵士達の顔色が悪くなっているっ! 自重するんだっ!」
「む……」
父上に諭され周囲を軽く見回してみれば、父上の言ったように兵士の何人かは私を見て顔色を真っ青に染め上げ、ヘリアーテ達ですら何やら冷や汗を流していた。
少し離れた位置で別の料理を作っていたロリーナは困惑と心配の混じった表情で私を見詰め、今正に休息に入ろうとしていた十二名の生徒達は露骨に私を怖がっている。
何をそんなに──と、最初は訝しんだが、どうやらエルダールから得た《英雄覇気》と《恐慌のオーラ》が揃って悪さをしたらしく、私が憤ったタイミングで僅かに制御を外れたようだ。
試運転はしたものの、未だにエルダールから得た大量のスキルや経験が身体や精神に完全には馴染み切っていなかったのだろう。不覚を取ってしまったな……。
──いや。というより何だろうか。違和感がある。
漠然とでしかないが、何だかこう……私の奥底にある物が張り詰めている感じだ。
限界まで風船に空気を入れているような……。そんな少し危うい感覚。これは……。
『警告。《天声の導き》よりクラウン様に緊急で報告する事項が存在します』
と、違和感に眉を顰めていた最中に《天声の導き》から今までに無いようなアナウンスが脳内に響く。
警告とはまた、随分と嫌な予感をさせる文言だな。まあ、聞かんわけにもいくまい。続けてくれ。
『是。──現在、個体名クラウン・チェーシャル・キャッツ様の魂の容量が限界に達しています。早急な解消を提案します』
……魂の容量の限界だと?
『是。現在、クラウン様の総スキル数、及び複数の大容量のスキルにより、現在のクラウン様の魂の容量が圧迫されています。また、複数の「魂の契約」及び《魂誓約》による魂間の繋がり、加えて現在、総数約二万弱の他者の魂を収納により更なる圧迫が認められている状況です』
……成る程。
『また、現在先述した状況により魂に定着し切っていないスキルが幾つか存在しています。これによりクラウン様の保有魔力及び所持スキルの運用に問題が発生。制御が困難な状況に陥っています』
つまりはスキルが多過ぎて私の魂ではこれが限界だと? 加えて「魂の契約」や《魂誓約》の負担も上乗せされ、更にはあぶれてしまったスキルが私の魂に悪影響を与えている、と……。
二万弱の魂はこの戦争──まあ主に数時間前での試運転で刈り取った魂だな。ならばこれを《魂魄昇華》か《魂魄進化》で熟練度に注ぎ込むかスキル化して──
『報告。二万もの魂を《魂魄昇華》《魂魄進化》に使用してもエネルギーの総数の変化は微々たるものです。これによる解決は見込めません』
……はぁ。
……では他の解消を図る術は無いのか?
『──一時的な解消、及び恒久的な解消法以下の通りです。1:現時点で新たなスキルの習得及び魂に付随する関連事項を恒久的に中止する。2:所持スキルの幾つか、または「魂の契約」及び《魂誓約》による権能を破棄する。3:クラウン様の魂を上位の階位に昇格させ容量を増幅させる。以上の三件が挙げられます』
ふむ……。
1と2は論外だな。スキルの収集をこれで止めるのはあり得んし、スキルを捨てるなど以ての外だ。そんなもの、今世の意味を失うに同義。
ならば最後、3の魂の階位を上げる方法しかないが……。
『報告。現在の《天声の導き》の熟練度では報告可能な域に達していません。他の方法での検索を提案致します』
チッ。駄目か……。
……。
…………。
………………正直なところ、懸念していなかったわけではない。
スキルとは魔力を燃料に発動出来るもの。
その正体は全く分からんし、何故こんな都合の良いものが存在して我々に影響を与えるのかも謎だ。
ただ分かっているのは、スキルとは個人の魂に根付き、定着する力……。魂と密接な関係になっている。
私の《蒐集家の万物博物館》などが一番分かり易いだろう。つまりは魂という名の倉庫にスキルは収められている。そんなイメージだ。
そしてそれ故に想像に難く無い。
魂に収められるスキルの量にも限界がある、という事……。
私の魂がどれだけのスキルを受け入れられるのかは今まで分からなかったが、エルダールという大物を受け入れた事により、とうとうその時が来たようだな。
まあ、数百のスキルを持っていられる時点で上出来だ。ただの人間の魂ならばかなり収まっている方だろう。この世に私以上にスキルを保有している存在などそう居るまい。
人によってはこの時点で満足するのかもしれんな。
自身の限界を知れて、ある意味でホッとする者も居るかもしれん。
……。
…………。
………………だが、それは他人の話だ。
魂の限界が来た? 知るかそんなもの。
私は私だ。他人の限界や満足に足並みを揃えるような謙虚な人間でも、ましてや魔王でもない。
私は求め続けるのみだ。強欲に、ただひたすらに強欲に。
『警告。魂にこれ以上のスキルを受け入れた場合、魂の機能不全及び魂の崩壊を招く恐れがあります。これ以上の受け入れは強く推奨致しま──』
黙れ。解決策も導けん権能に今は用などない。
『──了解致しました』
……ふぅ。
とはいえ、現状解決の唯一の糸口とも言うべき「魂の階位の昇格」がある以上、自棄になって自滅する道を選ぶ事は無いだろう。
まずはそちらの道から探り──
『──私よ。嗚呼私よ。水臭いじゃないか私よ……』
……。後で話そう。
スキルの発動が安定しない現状で《思考超速》でいつまで思考時間を引き延ばせていられるか分からない。余裕が出来たらそちらに顔を出す。
『──ふふふ。待っているぞ』
はぁ、まったく……。
「む。どうしたのだクラウン? 怒ったと思ったら黙りよって……」
ぐっ。言っている側からこれか。勝手に発動が切れたらしい。全く以って度し難い。
「ああいえ、ただ少し取り乱してしまい申し訳なかったな、と反省を……」
「ふむ。そうだな。もう少し気を付けなさい」
「はい」
──さて。色々と厄介事が増えてしまったが、今は料理を仕上げてしまわないとな。
その後に解決策──まあ都合良く直ぐには解決せんだろうから比較的安定したスキルの運用を考えなければな。
いざという時、さっきのように勝手に発動が切れてしまってはつまらん死に方をする羽目になる。細心の注意を払わねば。
幸い時間はかなりある。数日はそこに注力しよう。
「ねーボスー?」
作業に戻った私に、族共を相手にしていて汚れてしまった手を洗っていたグラッドが呼び掛けてくる。
「どうした? 言っておくがまだまだ料理を手伝って貰うぞ?」
「ああいや、それは良いんだけどさー? 次はいつ進軍すんのかなーって」
「進軍? 暫くは無いぞ。ここで駐留だ」
「え? そうなの?」
「少し前にエルダールの討伐を報告に行った際、陛下が降伏勧告をする旨を決定された。その書状を明日グレゴリウス副隊長がアールヴに使者として向かう手筈になっている」
「へー」
「往復で少なくとも二週間以上は掛かる。最低でも大体十日前後はこの場で待機だな。それまでは各自休息だ」
「おー。やったー」
「だからってダラケさせたりはせんぞ? 十日以上も休んでは必ず身体が鈍るからな。私が特別に訓練をつけてやる」
「えー……」
丁度良い。訓練がてらスキルの運用テストをしてみるのも良いだろう。うむ。素晴らしいアイデアだ。
「因みに訓練を頑張った者には好きな食事のリクエストを一つ、聞いてやろう」
「やったー」
「ふふふ。──ほら、早く作業に戻りなさい。……おい。そこの族共。何を勝手にコチラに来ている。貴様等にやるメシなど──」
──その日の夜。
私は自身の帷幄に入り、精神を自身の内側へと集中させて闇に意識を投じた。
そして目の前には、何度も対面した私の根幹的存在──《強欲》と《暴食》が仰々しく鎮座している。
『……触りは理解しているんだろう?』
『勿論だともクラウンよ。私達にとってもこれは由々しき事態……。可能な限り助け合おうじゃないか』
『ならば私よ。どうすれば魂の階位を昇格させられる? 何か知っているのだろう?』
『ああ知っている。そしてその条件は半分は既に私達で有していると言え、もう半分も幸いに近々で手中に収められよう』
『何? どういう事だ?』
『ふふふふふふ。なぁに、私ならば理解も難しくは無いさ。何せ数日前に一度、〝それ〟について私達は話し合ったではないか』
『……まさか』
『そう──』
進化だよ。私よ……。




