第九章:第二次人森戦争・後編-4
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「……来るか」
一陣の風がエルダールのシワだらけの頬を撫で、中央拠点の巨木の枝から彼は徐に立ち上がる。
《効果遠大化》のスキルにより強化された《気配感知》により、数キロ先の一塊だった人族の気配が一斉に消え、自分達が守護する西側広域砦の目と鼻の先に出現したのを感じ取ったのだ。
(一塊に約百から二百……部隊か。それが西側広域市に沿う形で北から南に五部隊。大した数では無いが……)
ここ数日、アールヴは人族によって国境沿いにまで戦線を押し込まれてしまっていた。
エルフ族の兵士が弱いのではない。兵士一人一人の練度を人族の兵士と比べた場合、エルフ族の兵士の方が間違いなく優秀で強力ではある。
同じ兵数で戦えば必勝。そこに偽りはなかった。
だがそんな兵力差を彼等は重々承知していたのだろう。そして対策を講じた。開いていた兵力差を更なる練度の人材で叩き潰すという荒技で、だ。
(ガーベラ、クラウンは当然として、その他にもチラホラ一般兵では到底敵わん練度の兵が居るな……。対してコチラは……)
自身を除き、アールヴの実力者は重要な作戦に従事する為に各地に散り散りになっている。
本来ならばそんな散り散りの実力者達を徐々に集中させていき追い込む、というのが当初の作戦概要だったのだが、その約三分の一を担っていた軍団長四人が失敗した事によって実質崩壊。
その他の戦力も着実に各個撃破されていき、現状はアールヴ国内にて駐留している戦力のみになってしまっていた。
幸い兵数としては予定していた四軍団長による奇襲が早々に失敗した事によってまだまだ残ってはいる。
だがアールヴの強者達を倒し得る練度の強敵達を前に、それで果たして対抗出来るかどうか……。
「にしても……これは、うむ。陛下の仰っていた通り、という事になるか」
エルダールは眉を顰めながら白金の髭が蓄えられた顎を撫でる。
女皇帝ユーリが立案、実行したティリーザラに対する工作作戦が看破され、捕縛されたであろう工作員からある程度の情報が流出した可能性はある。
そしてその情報を元にコチラの作戦をある程度推察し、対処しているならば現在の戦況にもまだ納得出来た。
しかしそれにしては、ティリーザラ軍の動きは余りにコチラの動きを的確に捉え、理解し過ぎている……。そう、ユーリとエルダールは訝しんでいた。
(コチラの作戦が全て看破されていたのならば、もっと早くに気が付けた……。だが──)
アールヴ軍もやられっぱなしではない。勿論戦況をひっくり返す為に様々な作戦、計略、策略を用いて果敢にも攻勢に出ていた。
幾つかの作戦は通用し、何度か敵拠点を壊滅や制圧にも成功。中にはそれを奪り返されたりと一進一退したものの、表面上は決して悪くはない結果だったのは間違いない。
しかし形勢は緩やかに不利な方向へと傾いていき、現状の国境にまで戦線を押し上げられる形となってしまったのだ。
これがどういう事なのかというと……。
(奴等……ティリーザラ軍は器用にも致命傷になるような策のみを中心に潰し、その他の軽傷や重傷程度で済むものは違和感を感じ難い範囲で対処するに止めた。その為、我々は気付くのが遅れてしまった……)
ティリーザラ軍はアールヴ軍の作戦に対し、ほぼ完璧と評せる程に戦場をコントロールし、対処していたのだ。
重要度の低い拠点をわざと奪わせ、兵に撤退戦を演じさせ、策略は見逃し、小さな敗北を敢えて重ねた。
時には中程度の拠点すら一時的に明け渡し、それを手間を掛けて奪い返しを数度実行してすらしていた……。
通常ならば、不可能だ。
戦場の全てを把握し、正しく状況を読み取れる天才軍師が居たのだとしても実行はかなり厳しいだろう。何故ならそこに必ず敵軍の策略、練度、質、兵数、思惑が介入するからである。
しかしそれを現実として実行し、近々まで悟らせなかった……。ここまで来ればもう、誰にだって理解出来るだろう。
(もう、疑う他あるまい。我が国に裏切り者が居る、という事実を……)
二日前にこれを察したユーリは煮え滾る怒りを秘めながらも直ぐに行動に出た。
まず裏切る事によって〝得が最も薄い〟者を想定し、既に隠居済みであり国の敗北がそのまま可愛い孫達を危険に晒す事になるであろうエルダールにこれを相談。
現状どこまで国が蝕まれているか分からない関係上、多少時間を要してでも炙り出す必要があると結論を出し、ユーリは内部、エルダールは外部を探る事となった。
だがこの時点でエルダールとしては七対三の割合程度の疑念しか抱いておらず、ただ単に今は巡り合わせが悪いだけだという可能性を捨て切れずにいたのだが、今彼はそれを完全に捨てたのだ。
(怪しいのは……やはり大臣達か。どんな手段で彼奴等を裏切らせているかは兎も角、ここまで熟す為に必要な確度の情報となると彼奴等が最も適任となろう)
アールヴの大臣達は現在、アールヴ国内を守護する各砦と拠点にて駐留し、そこから各所へと指示を飛ばしていた。
つまり彼等が最もアールヴ軍に於ける機密情報を握っており、仮にそうなのだとすれば情報の漏洩どころか寧ろティリーザラ軍にとって都合の良い作戦を強いる事だって可能になるという事である。
裏切らせるならこれ以上の適任は居ない人選だろう。
(ならばこそ、アレが奴等には刺さるだろう。不謹慎ではあるが、ヤヴァンナの奴が変死したのは寧ろ好都合とも言えるか)
開戦から二日目の朝。西側広域砦の守護を任されていた軍務大臣の一人、ヤヴァンナ・ローレンス・エイフェッツが不審死を遂げた。
死に様は悲惨で、腹部を中心に何かが爆発したように風穴が空き、辛うじて上半身と下半身が皮一枚繋がっている状態だったという。
混乱を避ける為、現在は上位貴族と一部関係者のみに彼の死が伝わっているが、これが裏切り者と何かしら関連性があるのかは未だ判然としていない。
だが不幸中の幸いか、戦場に於ける最重要拠点の責任者が不在となった事でそこに仮の守護者としてエルダールが収まり、本来持ち得なかった権限を一時的に獲得する事が出来た。
これによりエルダールは独自の判断、作戦を行使出来るようになり、仮にヤヴァンナや彼の関係者が裏切り者であった場合、彼からの情報しか持っていないティリーザラ軍の意表を突く事が可能だろう。
(土壇場に用意した故に出来は荒いが、向こうが思い通りと油断している隙を突くには充分──)
『お爺ちゃんっ!!』
「む?」
思案を巡らせる中、唐突にエルダールの頭に聞き慣れた声が響く。
彼は少しだけ緊張していた顔を緩めると、それに応えるべく《遠話》のスキルを発動した。
『どうしたディーネル?』
『敵がもうすぐコッチに来るから一応連絡っ!』
『そうか、ご苦労。そっちに誰が行くか分からんが、例え弱くとも油断するんじゃないぞ?』
『うんっ! 分かってるよっ! あぁ、でも……』
『ん? なんだ?』
『ワタシ、どうせならやっぱりクラウンって奴と戦いたいなっ! もし倒せたらワタシ達大手柄だしっ!』
『ハッハッハッ。そうだな。その時は、私も全力でサポートしようか』
『うん、お願いっ! じゃあまたねっ!』
快活な別れの言葉を最後に可愛い孫娘の《遠話》が切れ、エルダールは大樹の上で静かに溜め息を吐く。
それは大切な孫に吐いた〝嘘〟に対する罪悪感から来るものであった。
「すまんなディーネル、ダムス……。お前達じゃあクラウンは倒せん……」
これからティリーザラ軍に仕掛ける策は敵を混乱に陥れ各個撃破を可能とし、更には裏切り者からの情報漏洩を確かめる為のもの。
だがそれ以外にも、エルダールの至極個人的で私情まみれの思惑が絡んだ策でもあった。
「クラウンとガーベラは私が殺す……。だから孫達よ、どうか我慢してくれ」
孫の望みを叶えてやれない不甲斐なさを痛感しながらエルダールはティリーザラ軍を睨み、そして確かに目撃する。
西側広域砦の手前のある一線を彼等が越えたその瞬間、ティリーザラ軍が一斉にその姿を掻き消したのを……。
「さぁ、どう出る?」
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「……成る程」
私の視界は今、暗闇に覆われている。
と言っても《暗視》や《夜目》等の権能により何ら暗さは感じないが、辺りに灯りらしきものや窓が無い以上は暗闇なのだろう。
スキルを一時的に解除して確認しても良いのだが、その隙を突かれてはたまったものではないからな。ここは推察で充分だ。
で。ざっと辺りを見回してみているが……ふむ。見事なまでの閉鎖空間だな。
広さは中々のもので最低でも四方十メートルはあるか。高さも同じく約十メートル程。
特にこの場所を特定出来るようなものもなく。あるのは隅に申し訳程度に置かれた長机とモップとバケツが点在しているくらい。扉どころか脱出口になり得そうな隙間すら見当たらない。
壁や床に触れてみると……これは少し荒いがモルタルか? 随分とまたエルフ族には似つかわしくない──いやどちらかの種族が関与しているならば納得出来る所もあるな。
……。
……さて。では果たしてここは一体何処なのだろうな?
私達前線部隊はつい数分前アールヴの国境を越えた。作戦通りテレポーテーションの魔法陣を用いて西側広域砦の眼前まで転移し、進行の足掛かりを作る為に砦を破壊するのが目的であった。
ところが西側広域砦に近付いた瞬間、突如として地面に生い茂っていた一部の雑草達が怪しく光り始め、気が付けばこの場に転移していた、というわけだ。
いやはや正直な話、全く油断が無かったと言われれば嘘になるだろう。現にこうして知らぬ場所に送られてしまっているのだ、言い訳は出来ない。
……ただまあ、それだけの事だ。それ以外は何一つ問題は無い。
何せ私がこうして罠にハメられているという事は、私の想定通りに事が運んでいるという事に他ならないのだからな。
しかし、だからと言ってこのままここに居るわけにもいかん。早々にテレポーテーションで脱出し、差し当たりロリーナを探して──
「『出来ませんよ?』」
……声が聞こえる数瞬前から気配はしていた。
振り返って見れば、そこには齢八百年はいっていそうな小柄で美しい銀髪のエルフ族の老紳士が立っている。
《空間魔法》で転移して来たのだろうが、はてさて。
「『《魔力障壁》を宿したスキルアイテムによりエルフ族以外の波長の魔力は遮断されます。いくら魔力を練ろうと、テレポーテーションは使えません』」
「『……そのようだな』」
試しに少し練ってみたが、外界の座標とここの座標を入れ替えるタイミングで魔力が霧散してしまう。何とも用意周到な事だ。
「『おや? 余り驚かれていない様子ですな? 常人であれば突然このような場に閉じ込められれば狼狽えるのが普通だと思うのですが?』」
エルフ族の老紳士はそう言って顎髭を撫でながら訝しむが、なに、難しい事など殆ど無い。
「『転移する直前、足元の草が光を発した。アレは魔法陣が魔術を発動した際の反応と一緒だ』」
「『ほう。では貴方は足元に魔法陣があった事に気付かず足を踏み入れたと? それは少々滑稽ですな?』」
「『勿論、普通の魔法陣ならば気が付いた。だがアレは一般的な魔法陣ではなく、かなり変則的で限定的なものだった』」
「『ふむ。それは?』」
「『まず光ったのが地面でなく草であった事……。つまり魔法陣は直接描かれたのではなく、草を折り込む事で文字にしていた可能性は高い』」
「『なるほど』」
「『それも公用エルフ語ではないな。公用語ならばエルフ語を履修している私は見逃さない。恐らく古代エルフ語か、もしくは訛りの強く混じった方言で折り込まれていたと推測出来る。然しもの私もそこまでは手が回っていないからな』」
「『……』」
「『加えて言うならば、私の《罠感知》等のスキルが発動しないよう罠として認識していない者達に作らせたのだろう。《罠感知》等の罠を見破るスキルは多くの場合、作者に罠としての意識の有無が主軸になるからな。それと知らぬものが意味も分からぬまま作ってしまえば《罠感知》には引っ掛からず、且つ折り込むだけなら素人にも出来る』」
「『…………』」
「『魔術の発動方法は私達が使うテレポーテーションの魔法陣を参考にしたな? 虫食いになった草の魔法陣を私達が踏む事で完成させ、更に私達の魔力の波長に応じてある程度転移する場所をそっちで指定出来る……。まあ、それでも即興故に場所の指定は多くて二箇所……後はランダムか?』」
「『…………はぁ』」
途中から黙っていたエルフ族の老紳士は私が話し終えると溜め息を吐き、顔を俯かせ眉間を指で挟む。
「『転移は一瞬……本来ならそこまで見抜けぬハズなのですがな……』」
「『私を侮り過ぎだ。一瞬だろうとヒントさえ拾えれば造作も無い。……とはいえ流石は英雄エルダール。突貫でここまでの罠を仕掛けるとはな』」
「『っ!? な、何故この罠を指示したのがエルダール様だと断定出来るっ!?』」
当然だろう。エルダールを西側広域砦に来るよう誘導したのは私なのだから。
──奴等も馬鹿ではない。この短い期間で開いてしまった不可解な程の戦況差に必ずユーリやエルダールは気が付くだろう。そして疑う……自国に情報を流す裏切り者が居る事を。
そこでタイミング良く西側広域砦の守護者のヤヴァンナが死に、その座が空席になれば奴等は思い付く。そこにエルダールが収まれば確認が出来る、と。
裏切り者が本当に存在するのか、本当に情報が裏切り者から漏れているのか……。私達の動きを見るなり罠を仕掛けるなりして確かめる事が出来る。それが、今ユーリ達が取るべき最善手になるだろう。
そして私達に罠を仕掛け、私達がそれに引っ掛かった時点というこの事実が誘導成功の証明……。ヤヴァンナを殺した甲斐があったというものだ。
ただまあ、それを教えてやる義理はない。
「『さあ、何でだろうな? 聞いてばかりいないで少しは自分で考えてみたらどうだ?』」
「『くっ……』」
ハメたと思って得意気だった表情が一気に曇る。これがエルダール本人ならまだ分かるが第三者が吹いたとなると……本当、滑稽なのはどちらなのだろうな?
『……オイ』
む?
脳内──いや、コレは魂からか?
また随分と頑張るものだなノルドール。《蒐集家の万物博物館》から声を届けるのは大変だろう?
『ウルセェよ。それより旦那。アンタはあのクズ野郎──ヤヴァンナを俺に殺させてくれたのは俺の為だけじゃなかったってのか?』
──西側広域砦の責任者にして、私に協力していた大臣達の一人である軍務大臣ヤヴァンナは、ノルドールの姉であるアウレを人身売買盗賊団に売った因縁あるエルフ族だ。
五十年前から件の盗賊団とは結託しており、彼等に何百というエルフ族を売り付け、逆に他種族の少女を買い付けては裏でこっそりと楽しんでいたらしい。
アウレの時は狙ったものではなく、偶然彼女が満身創痍の状態でヤヴァンナを救う為に現れ、その場で彼女を商品として売る事を思い付き、実行したようだ。
売り先である盗賊団は戦争に巻き込まれないよう、すぐさまアウレを商品として死なぬ処置を施してから脱出。その行方はヤヴァンナにも不明だという。
この事を大臣達の前で半殺しにしながら聞き出し、アウレの生存が無事濃厚になった事実はノルドールにとってはある意味で吉報であったろう。
ただその反面、アウレは私の推測通りヤヴァンナにより売り飛ばされた事実も判明したワケで。
全てを聴き終えた後のノルドールの怒りたるや、《蒐集家の万物博物館》内に収納されていた彼の魂の宿ったアイゼンガルドから湧き出す怒りは私にまで僅かながら波及した程である。
その後、奴をそのまま爆散して殺害し、ノルドールとの約束の一つを果たしたわけだが……。
お前……そんな事をわざわざ確認する為に声を上げているのか? 私が他に思惑を潜ませていた所で別段お前に支障があるわけでもあるまいに。ご苦労な事だな。
『いや……。俺はただ約束が心配になっただけでよ……』
ふふ。安心しなさい。私の企てとお前との約束は全くの別物だ。果たしてやるから心配するな。
『お、おう……。わかっ、た……』
……静まったか。まったく、死んで魂として武器に宿って尚、喧しい奴だ。
と。少しちゃちゃが入ったが、今はコチラだな──
「『お前、そもそも何をしに来たんだ?』」
「『はい?』」
「『魔生物研究部門と魔導書研究部門を統括する魔力開発局……お前はそこの局長「エル・シンゴル・ロコッチーク」だろう?』」
エルウェ、オルウェと違ってコイツは戦闘力皆無の純粋な研究者だった筈だ。私相手は無論、そこいらの一般兵だって相手にならんぞ。
「『……そこまで、お見通しか』」
「『他人を侮る癖でもあるのか? さぞや部下から慕われているのだろうなぁ?』」
「『……そう言っていられるのも今のうちです。私が単身こんな場所でアナタに対峙するとお思いか?』」
そう言ってエルは片腕を上げて指を鳴らす。
するとこの部屋が一度だけ音を立てて大きく揺れ、エルの背後にある壁の一部が徐々に上方へとスライドを始める。
そうして開いた壁の向こう。そこには《魔力障壁》の影響で《暗視》が通じなくなった暗闇が広がり、怪しく小さな光が幾つも浮かび上がる。
加えて獣を思わせる唸り声が多数、物が殆ど置かれていない部屋に反響し、それと同時に獣臭が漂い始めた。
「『ペットの世話くらいちゃんとしろ。臭くて敵わん』」
「『……コレ等はただの魔物でも人造魔物でもありません。我々魔力開発局による共同開発……その最先端です』」
暗闇からぬるりと、姿が露出する。
それ等はまるで、子供のラクガキを大人が忠実に再現したと言わんばかりのツギハギの怪人。
様々な生物の四肢が混ざった四本の腕をデフォルトとして、下半身にも無理矢理縫い付けたように別種の生物の身体が生えている。
身体のあちこちには明らかに無機物と見て取れる物体が幾つも取り付けられており、一様にして全員の目には狂気の衝動が爛々と見開かれていた。
そんな到底道徳性を感じさせない怪人が約十体……。エルを取り囲むようにして現れた。
「『趣味の悪いペットだ。感性を疑う』」
「『ふん。……コイツ等はかつて、事故や病気、犯罪被害を被って身体を大きく損壊したエルフ……彼等が素体となって生まれた生物兵器。我々の技術を注ぎ込んだ研究成果です。侮辱は許しませんよ』」
「『ほぉう。コレがか。エルウェとオルウェから聞いていたが……。私を相手に実戦で研究か?』」
「『左様。すまないがアナタにはコイツ等と遊んで貰います。泣いて助けを叫ぼうと一切部屋からは漏れぬ故、覚悟めされよ』」
……ほう。一切漏れない、か。
「『それはアレか? この部屋の様子は外部から完全に遮断されている、という事か?』」
「『残念ながらそうなりますね。コイツ等の見て呉れは少々ショッキングではありますし道徳的にも宜しくない……。故に存在自体も秘匿されており一部関係者しか知り得ません』」
「『……』」
「『どうされました? 助けを乞うた所で逃してはあげられませんよ?』」
「『……いや。中々にお誂え向きの状況だと思ってな。今が丁度良かろう』」
目の前の怪人達同様、実戦で試すには少々憚られる故に使い渋っていたんだが、誰もこの場を認知していないのならば都合が良い。
散々我慢させたからな。ここいらで一層の事発散させてやるとしよう。
「『戯言を……。お前達っ! その愚かな人族を一捻りしてしまいなさいっ!!』」
エルの号令で怪人達が一斉に私に迫り来る。
さて。慣らし運転だ。さあ《暴食》よ。存分に食い散らかそうっ!!
瞬間、私の頭部を暗黄色の影が覆い始め、とある形に成形されていく。
大きく大きく口が裂け四つの歪んだ瞳孔を血に濡らす、古の怪物の姿へと……。
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「『姉さん、アレ……』」
「『ん? ……って、チェっ。なーんだクラウンじゃないんだ。ハズレちゃったなぁ』」
「『仕方ないよ、ランダムなんだもん。兎に角今はさ、あの人族倒して次を待とうよ』」
「『ハァ……。それもそうね。さっさとあんなチンケなの片付けて余計に消費した体力回復しなきゃ』」
エルダールの孫二人──ディーネル・トゥイードルとダムス・トゥイードルはそれぞれに武器を構え、自分達の前に転移して来た人族達を敵意で見据えた。
青髪短髪の好青年と彼が率いる三人の少女──ヴァイス達一行を……。
「ゔ、ヴァイス君……」
「くっ……」
クラウンがヴァイス達を一切気にしていないのは、現在は「死んだらそれまで」と考えているからです。
ヴァイスはヴァイスなりに成長していると認識した彼は、基本的によっぽど運が悪くない限りは死なないと確信しています。クラウンとしても別に死んで欲しくはありませんが、まあ、ちょっとは認め始めた兆候という事です。
まあ、あくまでも〝ヴァイスだけ〟の話ですが。