第九章:第二次人森戦争・後編-3
かなーり、遅くなりました。すみません。
完全に休みボケです。驚くほど筆が進みませんでした……。
「えっ…… 遭難っ?」
翌日。私は早朝の軍議を終えヴァイス達が待つ前線近くの拠点へと帰還。軍議での詳らかに出来る内容とその決定を全員に伝えていた。
上官であり二番隊隊長のファーストワンや副隊長でファーストワンの旧知であるエイティ・グレゴリウス。
私の部下の中からは重傷を負ったティール以外のメンバー全員が参加し、便宜上は私の部下であるヴァイスと取り巻き三人は除外している。
戦わん奴等に説明しても無意味だからな。必要な時に必要な情報を適宜渡してやれば良いだろう。
戦況としては現在戦線はかなり前進し、今日の進軍でティリーザラとアールヴとの明確な国境──草原と深い森の境──に侵入する事になるだろう。
我が軍──延いては我が隊の士気や体調、コンディションの面では問題無い。今まで通りの動きは可能ではある。
だがそれも、あくまで〝状況〟が昨日と同じであれば、だがな。
「今日からの進軍は今までのものとは違う。無闇にあの深い森に身を投じてまず先に襲い来る危機はエルフの兵士ではない。方向感覚の狂いによる遭難だ」
アールヴの森──グイヴィエーネン大森林は鬱蒼と生い茂る草木によって埋め尽くされている。
光は高い木々の葉によって遮られ暗く、視界は似たような景色ばかりを写し見渡しが悪く、一つ一つの行動は周囲の草木に阻まれてしまいかなり制限されてしまう。
結果、現状のままでアールヴへ進軍すれば程なくして方向感覚を失い、あっという間に現在地が分からなくなり遭難。こうなってしまったら最早戦争どころではない。
エルフ族のような特性を持たない私達人族は、明確な方向を示してくれる手段が無い限り進軍する事は自殺行為に等しいと言え、兵士を率いた行軍どころか少数での行動すら難しい──というか不可能だ。
「そっか……。だから僕達人族は前の戦争でアールヴに攻め切れなかったのか……」
小さく唸りながら一人納得するファーストワンに「そうだ」と言って肯首し、補足を付け加えながら続きを話す。
「まあ他にも理由はあるがな。だが当時のティリーザラもそこまで無能ではない。都市部までは無理だったが、西側広域砦目前までは進軍したようだ」
私は事前に渡されていた地図を机にその場に居る全員に見せるように広げる。
この地図は今から約五十年前の戦争に際し描かれたものであり、主に国境一帯から先述した西側広域砦までを描き記したもの。
地図には地形図の他に上から様々な単語や矢印が直接描き加えられており、当時のティリーザラ軍がどれだけアールヴ侵攻に四苦八苦していたのかが窺える。
「ち、地図ってこんな色々描いていいものだったっけ?」
不安気に問うてくるファーストワン。まあ、コイツが不安がるのも無理はない。常識としてこういった軍事用の広域地図というのは往々にして極秘扱いだ。
本来なら描き込むどころかこうして一部隊に配られる事すらあり得ない事なのだが……。
「心配するな。この地図はあくまで五十年前のもの。地形も変わっているし、加えて言えば当時の現物ではなく劣化複製品だ。価値はそこまで高くはない」
「そ、そっか……」
「まあ、念の為に説明が済み次第破棄はするがな。と、そんな事より……見てみろ」
私は地図の中に記された中でも、取り分け大きく目立つ字で「焼却」と書かれた国境沿いの森を指差す。
「焼却って……」
「え。燃やしたってことっ!? 森をっ!? こんな……こんな範囲っ!?」
エイティとファーストワンが目を見開き驚愕する。
ただ燃やす、というだけだったならばここまでのリアクションにはならなかったろうが、範囲が範囲だからな。無理もない。
なんせ──
「南北に約、十キロ……。とてつもない広さですね」
ロリーナが珍しく目を見開く。そう、国境沿いの森林約十キロの範囲を当時のティリーザラ軍は焼却し、進軍の足掛かりとしたのだ。
「で、でも、そうですよね。燃やすくらいしか、解決策、ないですものね……」
「うん。ロセッティの言う通りだね。手っ取り早くて人員も確保しやすいし。何よりエルフにもダメージが期待出来るしねー」
そう語るグラッドが私に同意の目線を送ってくる。一応間違ってはいないのは良いのだが、もう少しマシなリアクションは出来ないものか? 不安だからとこちらに同意を求めてくるんじやない。ロセッティを見習え。
はぁ、まったく。まあ取り敢えず頷いておくとして……。
「二人の言う通り。森林内を侵攻するに於いて森を燃やしてしまうのが一番効率的だ。国内でないなら尚更やらない手はない」
木々を伐採しこちら側の資材に使い回す手もあるが、如何せん人員や労力、時間の浪費が激しい。
運搬や加工にも手間暇が掛かる上、伐採しても乾燥させなければ資材としても使えない、と面倒事を上げればキリがないのだ。
その点、燃やすのはそれらの手間がかなり省く事が出来、エルフ達に適度にダメージを与えられる。
燃やす為の炎など《炎魔法》を扱える魔導士を掻き集めれば事足り、術者の練度次第では炎の燃え広がり方をある程度コントロールさえ出来るだろう。
定石で言えば燃やしてしまうのだが──
「なら今回も森燃やす感じでいくの? 後方から魔導士達呼んで?」
「いや、でもよぉ。いくら燃やすのが楽ったってこんな深ぇ森を一々燃やして進むのか? それに燃やすったって一筋縄じゃいかねぇだろ? 炎が収まんなきゃ進めねぇワケだし……」
ヘリアーテの言葉にディズレーが問題点を挙げていく。
彼の言う通り、他の方法に比べて燃やすのは比較的楽ではあるが、全く問題が無いわけではない。
それこそ軍を進めるのに問題無いだけの範囲を侵攻する度に燃やさなければならず、火を点けたからと完全に焼失するまでの時間を待たなければならないのだ。
そもそも──
「ディズレーの言もあるが、忘れてはならないのは〝妨害〟だ。以前の我々の作戦は当然エルフ達とて承知している。ならば向こうは必ず森の焼却への対策を講じ、備えていると考えるのが妥当。以前のこの作戦は使えないと考えるべきだろう」
と、最もらしく可能性の話をしているが、この森焼却作戦に対するアールヴの対策云々は既に大臣達から聞き出した内容の一つにあり、森焼却作戦は実質実行不能というわけだ。
「加えて言うならば、今回の戦争の我々のゴールは侵略や殲滅ではなくあくまで〝和平〟の締結だ。森を燃やせば向こうのコチラに対する心情は更に悪化し、和平締結の障害の一助になってしまうかもしれん」
彼等エルフ族にとって森は最も住み易い環境であり、生活に欠かせないものだ。それを無闇矢鱈に破壊する行為は当然推奨されず、後々に国家間での交渉ごとで槍玉に上げられるのは好ましくない……。
以上の事から、別の作戦を思案する必要があるのだが、実は既に用意してある。
「ならばどのようにするんですか? 燃やせないとするとそのままでの侵攻……遭難やエルフからの襲撃を前提にした侵攻になるのですか?」
「いや。……もっと楽で、安全で、侵攻速度も圧倒的な策が存在する」
そう私が言った瞬間、空気が固まる。
驚愕による硬直……というよりは困惑と混乱からくる一時的な思考の停止、といった具合だろう。
まあ、我ながら言っていて最高にマヌケな文言だとは自覚している。
そんな都合の良い話があるか、と。私を知らない者ならば鼻で笑い、嘲るだろう。実際軍議で作戦概要の出だしで同じ事を口にした際、貴族の数名はそういった反応を見せたしな。
だがこれは何も都合の良い馬鹿馬鹿しいものでは決して無い。強いて言うならば私の地道な努力の成果……その一つだ。
「そう惚けるような事ではない。至極単純……だが私が居るからこそ可能な作戦だ」
「ど、どういう事だい?」
「お前も知っている手段だぞ? 我々だけでなく我が国の全軍で散々利用している道具だ。分からんか?」
「…………っ!!」
何かに気付いたファーストワンは慌てたように懐に手を突っ込み、数秒ほど中を漁った後に漸く目的の物を取り出す。
それは何回かに折られた一枚の羊皮紙。彼はそれを丁寧に広げると、自信満々に私に突き付けてくる。
「コレだろ君っ!? 君が丹精込めて開発したテレポーテーションの魔法陣っ!! コイツがあれば森の中だろうがなんだろうが必ず目的地に行けるよねっ!?」
ファーストワンの発言にエイティやヘリアーテ達が唸りを上げる。全員が納得するように頷き、それならば確かに、と漏らした。
にしても何とも無邪気に笑うもんだなコイツは。既に二十歳を過ぎる成人男性の笑顔ではないぞまったく……。
まあ、しかし……。
「概ね正解だ。お前にしては珍しい」
「おおっ! やったねっ!」
気付ければアッサリ。そう難しい話ではない。
全軍に配ってあるこのテレポーテーションの魔法陣が描かれた羊皮紙は、当然の話場所の制約など無い。
私がその場所へ行き、座標を記憶さえしていれば何か特殊な条件でも無い限り転移は可能であり、それは〝アールヴ国内でも変わらない〟のだ。
「……ん? でも待てよ?──」
と、ちょっとした空気の盛り上がりがある中、冷や水でも浴びせるような疑問をエイティが口にする。
「それってアールヴの中のぉ、座標? が必要なんだよな? それ描き込まなきゃなんないんだから」
「ん? それがなんだい?」
「いやだからよっ! 敵国の座標だろ? アールヴの要所の座標なんざ分かるのかって話だよっ!」
「……あ」
と、エイティの疑問に共感したファーストワンが私の顔を見遣り「どうなんだ?」とでも言いたげな気に障る表情を向ける。
そこら辺、もう少し自分で思考を巡らせても罰は当たらんと思うがな……。早々に答えを求めおってからに軟弱者が。
「……はぁ。調査済みに決まっているだろう。この空け者が」
「う、うつけっ!?」
「繰り返しになるが、アールヴ国内の要所の座標は既にある程度調べてある。場所の都合で多少の移動は強いられる所もあるが、襲撃や遭難の心配をする程ではない距離だ」
とは言っても向こうだって無抵抗ではないからな。手回しは済んではいるが、敵軍にそういった違和感は与えたくない。
不自然でない程度には、敵も逆襲に来るだろう。
「ど、どうやって調べたんだっ!? 敵国の情報なんてそんな簡単には……」
「アールヴには珠玉七貴族が一員〝琥珀〟傘下の工作員が多数潜伏している。彼等の手に掛かれば座標程度の情報ならば手に入れるのはそう難しくはないだろう」
「な、成る程……」
まあ、半分は嘘なんだがな。座標は殆ど私が手ずから集めたものになっている。
一応彼等には協力要請を申請し、座標をある程度は調べて貰っていた。
だが《空間魔法》で汎用的に用いる空間の座標は、基本的に《空間魔法》を習得している術者にしか理解は難しい。
アンブロイド伯の部下に《空間魔法》の所有者が居るかは流石に知らないが、居たとしても私並みに使い熟せているかは怪しい所……。効率は決して宜しくない。
実際提供された数は少なく、質も不安定で決して納得いくものではなかった。分かっていた事とはいえ、貰った際は少々落胆してしまったな。
では何故要請したのかと言えば、軍議やファーストワン達のように私が既にアールヴ国内を自由自在に移動可能だと悟られないようにするカモフラージュとして利用する為。
必要以上に能力をひけらかして面倒な事態を招くのはなるべく避けたいからな。必要な時に必要なだけ……。仮に私の全貌を明らかにする時が来るならば、それはこの国にとって私が欠かせない存在となった、その時だろう。
ロリーナ達は勿論この事は承知済み。グラッド達のあのわざとらしいリアクションは全て演技であり、事実を知らんのはファーストワンとエイティ、それと軍議で作戦を提案した際の貴族達だけだ。
「と、まあそういうわけで、基本的には今までとはやり方は変わらん。作戦上必要な要所に都度転移し、制圧する。そうして戦線を上げていく形だな」
「う、うん。理解したよ」
「ただやはりアールヴは九割が森だ。要所に転移出来るからと環境は平原とは大きく違う。危険性は今までとは段違いになるのは忘れるなよ?」
「わ、わかっているさっ!!」
「そうか? なら仔細を詰めていくぞ。まずは──」
「……ふぅ」
今後の動きをある程度ファーストワン達と詰め、約一時間半が経過した。
軍議後はその場で各々解散。各自で準備を終え朝食を摂り次第早速、アールヴ国内に侵攻を開始する。
とは言っても私は既にそれらは済んでいる。故にこれから私は朝食の準備を進めるわけだが……。
「あ。終わったのかい?」
「……ヴァイス」
軍議が終わる少し前から気配で察知はしていた。
落ち着かない様子で帷幄の周りをウロチョロと……。軍議が終わるまで待っていたのだろうが、まったくもって面倒な事だ。
「先に言っておくが必要事項以外の内容は教えんぞ」
「む。良いじゃないか作戦の概要くらい」
「知った所で私の負担が増える可能性が高くなるだけだ。いざという時でも冷静に物事に当れん奴に余計な情報は教えん」
下手に正義感を刺激されて独断専行などされてはたまったものではない。少なくとも戦時中は大人しくしていて貰わねば割に合わん。
「……僕はいつだって冷静だよ」
「む?」
「確かに僕は未熟者だ。君の言っている事は正しいと感じるし、君の掲げる〝目標〟にも大いに賛成出来る……」
「……」
「けれど僕だって何もしていないわけじゃないっ! 戦争に向けて魔法剣技は磨いたし、悲惨な光景に動揺しない冷静さだって身に付けたつもりだっ!」
……。
……如何にも正義感の塊のような奴が嫌いそうな戦争という殺し合いにコイツが文句を言わないのは、私の掲げているものに共感しているからに他ならない。
当初、市井にアールヴとの戦争が公表された際、それを耳にしたヴァイスは当然色めき立ち、必死になってその原因を探ったらしい。
そしてそれが自力ではどうしようもないものだと悟ると、コイツは真っ先に戦争の渦中に居た私を訪ねて来た。
やれいつから何がどうなって戦争にまで至ったのか、やれどちらに非があるのか、やれどうにか出来ないのか……。散々喚き散らしていたのを覚えている。
適当にはぐらかしてやり過ごそうかとも考えたが、何度も訪ねられて来られては余りにも鬱陶しいと結論を出し、私の戦争に関する目標をコイツが気に入りそうな言葉を選んで聞かせてやった。
私の戦争の目標はアールヴとの和平締結であり、可能な限り戦死者を出さぬよう入念な準備期間を経て最短で決着させる……。
これをそれらしく、尤もらしく、公明正大に聞こえるように聞かせてやった。
するとコイツはアッサリとそれを鵜呑みにし、素晴らしいだの何だのとまた違う言葉と感情で喚き散らし、暫く私の目標を絶賛した後に訪ねて来た時より数段明るい笑顔で漸く去って行った。
綺麗に並べ立てられた目標の裏に不道徳的な思惑があるとも知らないで呑気な事だが、まあ、変に楯突かれて妨害されるよりはマシだと高を括っていた。
そうしたら……どうだ?
「君の言う事は聞くよ。自らは戦闘しないし、戦えない分の仕事はちゃんと熟すよ。でもいくら何でも僕を侮りす──」
《蒐集家の万物博物館》から燈狼を取り出し薙ぎ放つ。
「──っ!!」
「……」
刃を淀みなくヴァイスの首元目掛け走らせ、そして皮一枚触れる程度の距離で止める。
刃が触れた皮膚からは一雫の血がゆっくりと流れ落ち、そんな血を流すヴァイスは冷や汗を大量に浮かべ、表情を真っ青に染めながら一切身じろぎせずに私を強かに見遣っている。
「……成る程。強ち誇張や虚勢ではないらしい」
今抜き去った燈狼に、私は一切の殺気を含ませていない。
ただ抜き、放ち、走らせ、彼の首元で止めるという動作をしたに過ぎず、微塵も殺すつもりは無かった。
そしてヴァイスはそれを、正しく読み取ってみせ、微動だにしなかったのだ。
「し、心臓に悪いな……」
「仮に防ぐなり避けるなりしていたら約束を反故にしてでもキャザレル候に突き返してやろうかと思っていたのだがな。蓋し頭や目は冷静らしい」
ヴァイスの首元から燈狼を退かしそのまま収納。《回復魔法》で彼の首の傷を片手間に治療してやる。
「今のはつまり……アレだろ? 君の殺気の有無を僕が見誤るかどうかって……」
「ああ。威力や剣速をお前が反応出来るだろうものに合わせてな。防衛本能が疼いたろう?」
「それはまた、意地の悪い……」
以前コイツと一戦交えた際、コイツは私の《闇魔法》を反射的に防いでいたからな。
故にコイツが反応出来得る程度の加減をし何も考えず本能的に動く愚か者か、はたまた物事を正しく判断し冷静な行動を取れるのか……。
それを雑にだが確認した。正直もう言葉で諭すのも疲れて来たからな。
これで反応してくれれば追い返す口実にもなりキャザレル侯と交渉も出来たんだが……。ふむ……。
「触りだけ教えてやる」
「えっ!?」
「ただし聞いたからには緊急時は自己判断で対処をして貰うぞ? 特にお前の取り巻きの三人。万が一の時、覚悟を試されるのはお前なんだからな」
「──っ!!」
私の手によって殆ど八百長に近い状態になっているこの戦争だが、だからと言って何もかも思惑通りに行くなどと考えてはいない。
偶然蹴飛ばした小石が回り回って人の命を脅かすように、些細な偶然が奇跡的に重なり、私の想定を上回る事態が発生する可能性が無いわけではないのだ。
私は決して万能でも全能でも無い。ただそれに近付く努力をしているだけの魔王でしかない。
全てを監視し、守るなど夢物語に過ぎん。私に出来る事など、責任を取ってやる事くらいだ。
「……覚悟」
「何が大切か、ちゃんと見極めるんだな。正義の優先順位など、それに比べれば踏み台程の価値しかないのだからな」
「……」
「ほら、ボーっとするな。さっさと装備を整えて朝食を済ませるぞ。時間は掛けたくない」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
「なんだ喧しい」
「漠然としたもので構わないから、一応今日の作戦を聞かせてくれないか? 気合いを入れたいんだっ!」
「……はぁ」
聞いてビビらなければ良いがな……。
「……英雄を殺す」
「……え?」
「今日中にアールヴの英雄……「森精の弓英雄エルダール・トゥイードル」を殺す。アールヴの戦力の半分をぶっ壊すぞ」
「……え?」