第八章:第二次人森戦争・前編-49
因みに戦争の前編でクラウンの出番が少ない理由は、後編の八割九割がクラウンメインだからです。
部下達とクラウンの配分が前編と後編で逆転する形になると思うので、彼の活躍や無双を期待している方はもう少々お待ちください!!
ティールは困惑する。
後数秒もしない内に自らの頭上に鉄塊が落ち、自分はそれを聖芸の指先を使って何とかしなければならない。
──という意志の元、彼はヴァンヤールの切り落とした右手から聖芸の指先を抜き取り手に取ったのだが……。
(え。何待って……え?)
確かに聖芸の指先を手にした直後、彼の意識は唐突に闇へ沈んだ。
まるで意識が丸ごと真っ黒な闇の中に飲み込まれたかのような錯覚を覚え、気が付けば暗闇の中。
混乱しながらも利いているのか判然としない五感で必死に情報を拾おうとしたが視界は四方上下の区別など全くつかず、いくら聞き耳を立てても無音が辺りを支配し、その他の感覚もティールに「反応無し」という虚しい報告ばかりを伝えるだけ。
それどころか自分の身体の感覚すら全く感知出来ず、喋るという行為すら出来ない。
唯一あるのは〝自分〟という意志が考える以外何も出来ずに闇の中を漂っているという認識のみ。
この状況が一体何なのか検討もつかず、脳裏に浮かぶのは否定したくなるような余り考えたくはない可能性……。
(……え。俺死んだ? えっ!?)
降って来る鉄塊から身を守る事が叶わず、何百キロにもなろうそれが自分の頭を圧壊し絶命。今居るのはあの世か、その入り口か……。
(いや、いやいやいやっ!? マジでッ!? だっていや、痛みとか無かった、し……。そ、それに──)
色々と頼りない根拠を列挙していくがそれを確かめる術など今の彼には無く。どれだけ自分を慰める為の言葉を繕おうとも状況は変わらない。
(はぁ……。何なんだよもぉ……。誰か何か説明し──)
『新たな……風……』
それは予兆無く、突然響いた。
(な、なんだ? こ、え……?)
声……と、表現するのが正しいのかティールには解らない。
性別や高低、ノビ方や質が自分達が良く知るものと明らかに違い、まるで様々な〝音〟を何百何千何万と組み合わせ無理矢理に声として作り上げたかのような言語。
決して人やそれに準ずるような存在では表現出来ないような、そんな全く別種の声音がティールの耳に届いたのだ。
『ああなんと……。なんと新鮮な風……。水の香り、土の温度、火の揺らめき……。ああなんと甘美な……』
声の様なものは言葉を続けた。
その内には独特の震えが有り、聞き取ったティールは理由は分からないまま、その独特の震えが〝喜び〟や〝感動〟を意味するのではないか、と理解する。
(あ、あーえっと……。それって俺に対して喋ってる?)
通じるかも怪しいが、ティールは試しにとそう思考の中で問い掛けてみる。すると──
『おお汝……。人族の子よ……。才ある人族の子よ……。そうだ、そうだ……。よくぞ、よくぞ手に取った……』
(っ!?)
それは明確な問いへの返答。
ティールはこの状況の解決の兆しを見出し不安からの些細な解放を覚えたが、「油断するな」という理性の言葉がクラウンの声で脳内再生され、改めて気を引き締める。
(えっと……。付かぬ事お伺いしますがぁ……。貴方は一体?)
取り敢えずは刺激せぬように、と低姿勢で畏まりながら声に問うと、それは鈴の音のような明るく軽い音として返答した。
『吾、〝作神〟也……。欲神の分神にして〝創作〟を司りし一柱也……』
(……ん?)
ティールは思う。実に聞き取りにくい声だ、と……。
何せ声の主が自らを〝神〟と自称しているのだ。今の状況を踏まえそれがつまらぬ嘘という可能性は低いだろう。
ならば恐らく聞き間違えたのだ。
何ぶん声の様に形成された音の集合体……。聞き方や解釈、集中していたかどうかで聞こえ方も変わってしまう事もきっとある筈。
まさか自分のような一般的貧乏貴族の倅風情に本物の神様が語り掛けて来たりなど──
『吾、其方ら知的種族が造形せし〝創作〟を愛す……。故に吾の神力が極一部、其方に僅かながら授けたい……』
(……なるほど?)
とうとう知的種族だの神力だのと何やら上位存在めいた言葉を聞き取り、ティールは理解する事を取り敢えず諦めた。
というより多分自分では理解など到底出来ないし、ましてやいくら考えたところで答えなんて絶対に出ない。
諸々の事は後にクラウンにでも相談し、そこで溜飲を下げよう。
──と、ティールは何もかもを頭の隅へ追いやり、一先ず気になる事を幾つか聞いていく。
(ええと……。神力の極一部、の僅か? って、今から全部使えたりはしないんですかね?)
『非ず。其方の肉体、精神共に余りに未熟なれば、過多なる力は其方の身を蝕むだろう』
(おおう……。じゃ、じゃあ一応聞くんだけど、元々の持ち主だったヴァンヤールから俺が無理矢理に聖芸の指先を奪ったワケだけど……。それは大丈夫な感じですかね?)
『関せず。吾は聖芸の指先に宿し分神なれば、現界に直接の干渉する事能わず。……しかし』
(ん?)
『吾は……そう、吾は飽いていた、倦んでいた……。連綿と紡がれる歴史は確かに貴いが、技術も文化も思想も風化する……。森精人なら、尚の事であろう』
(森精……ああエルフか。つまりエルフの創作に飽きたって事?)
『是。同じ作風は在らざれど、何万何十万もの創作は幾星霜を遂げ凝り固まり、目新しさを損うた……。吾は飽い、倦み、新たな風を求めている……』
(……)
『故に、故に人族の子よ。吾の力を手にし、吾に新たな風を……創作を……造形を見せて──』
(つまんないな、それ)
『……何?』
ティールは作神の言葉を聞き終え、一つだけ思う。
なんでこの神様は、自分の思い通りに事が運ぶ事を前提にものを言っているんだ? と……。
(俺はさ神様。創作って極論自己満足の極地だと思うんだよ)
『自己、満足……』
(だってそうだろ? そりゃ他人の為に何かを作り出す事もあるだろうけど、それでも極端な状況じゃない限りはそれだって自己満足の内だ)
『……』
(自分の作りたい物を表現する……。着地点が何処だろうが、出発点は自分の〝表現したい〟って欲求だ。だから創作物には言葉も感情も心も魂も宿る……。他人に強要されて作るもんじゃないんだよ。創作って)
『…………』
ティールは作神に言うように、ヴァンヤールにも同じ思いを抱いていた。
創作とは謂わば自己表現。自分の歴史、経験、価値観、想いを込めてそれを形造る。それでこそあらゆる芸術品には魔性の魅力が宿り、共鳴する者の心を惹き付けて止まないのだ。
しかし今のヴァンヤールは違う。
彼の創作は使命感と義務感、強迫観念と風習に塗り固められ、本来の〝色〟を失っている。
自由も無く、欲望も無く、情熱も無い作品に魅力や美しさなど無く、生まれる凡作には魂も心も宿らない。
あの冒涜の巨人にも、ティールはヴァンヤールの表現したいという欲望を感じなかった。どうしても作り上げたいという情熱を感じなかった。がむしゃらに使い果たしたいという自由を感じなかった。
アレはティールからしたら〝仕方なく〟で作り上げた悪趣味な凡作以外の何物でもなかった。
だから彼に言ったのだ。
〝本当にアンタの作風〟か? と……。
(だから俺は、神様が何を望もうと知ったこっちゃない。どうでもいいよ、そんなの。俺は俺が描いたり彫ったり表現したりをしたいようにする……。俺の出来る限りを尽くしてさ)
『……其方』
(あ。癇に障ったんならすみません……。でも幾ら気持ちの良い高説をされても、俺の意志は変わりません。それを〝好きだ〟と言ってくれる友人がいますから。俺はそっちを優先します)
クラウンはいつだってティールの作り上げた作品を絶賛した。
作品一つ一つを矯めつ眇めつ堪能し、心胆から嬉しそうにその作品の良さを作者であるティールに余す事なく伝えていた。
だがティールが幾つもの作品を作り上げようと、クラウンからは一度だって作風を指定するような事はしなかった。一度もだ。
テーマくらいは伝えられる事もあるが、表現法や作風、材料や画材を指定された事は全く無い。ティールのやりたいようにやり、彼はそれを絶賛する。
ティールにはそれが堪らなく嬉しかった。
実家であるハッタード家に居る両親はティールの芸術活動には否定的で、将来家督を継ぐ時には何もかもをスッパリ辞めさせ、真面目に仕事をさせるつもりでいる。
今現在ティールが芸術活動をしているのは両親には秘密であり、実家への定期的な報告はクラウンの計らいにより誤魔化している最中なのだが、これをクラウンは──
『いずれ私自らがお前の両親を説得する。お前に芸術を諦めさせたりなど絶対にさせん』
そう、真っ直ぐに言い放った。
ティールにとってその言葉は希望であり、クラウンから贈られたどの絶賛より嬉しい言葉だった。何故ならそれは、この先何年と自分の作品を求めてくれているという事に他ならないからだ。
(他人に認められるのは嬉しいよ、本当にさ、痛いほど分かる……。だけどそれはあくまでも〝俺の〟作品ってのが前に来るからだ。後にしちゃ、意味が無い)
『……つまりそれは、承認される為の創作ではあってはならぬと?』
(ま。そう事が上手く運ぶ事ってそうそう無いだろうけどさ。俺は運が良い方だと思うよ……)
『ふむ……』
(でもだからって俺が俺の作風を曲げたら、それはもう俺の作品じゃないからな。ややこしいけど、それが俺の〝魂〟だ──です)
『……』
(な、なので作神様。俺は貴方の為には創作はしません。貴方が俺の作品を気に入るかどうかは勝手ですが、貴方の望むような作品には絶対──)
『良かろう』
(……え?)
『ならば吾も勝手にしよう。其方が望む創作を、勝手に楽しみにしようぞ』
(そ、それはどういう……)
『問答無用。闇が晴れたらば聖芸の指先を其方の頭上で振るうが良い。其方が望めば、その通りになろうぞ』
(お、おおう……)
『では人族の子よ。存分に創れ。其方の、望む通りに──』
「『お前、なんか、潰れてしまえェェ凡人ンンンッッ!!』」
ヴァンヤールが喉が裂けんばかりに叫び、ティールの頭上に落下中の鉄塊が彼の頭を圧壊する様を目を見開いて見守る。
その頭から脳漿が飛び散り、ひしゃげた顔に血と体液が綯い混ぜになったものが滴る様を拝もうと、鉄塊がティールの頭に降るその瞬間を今か今かと待──
「つまらない作品だな」
瞬間、ティールは手に持った聖芸の指先を目にも止まらぬ速さで頭上で振るい、筆先から〝色〟を出す。
その色は清々しいまでの〝新緑色〟。目が冴え、気持ちまで和んでしまいそうな程に晴れ渡るその新緑色が鉄塊に塗られ、染まり上がる。
途端、鉄塊は薄く小さな欠片へと分解されていき、倉庫内に僅かに巻き起こる微風に煽られ、舞い散る。
それは木の葉──正確には本物の葉ではないが、それに良く似せられた新鮮な一葉達であった。
「『お、お前ぇぇ……』」
「『ヴァンヤール。今から凡才の俺が、天才のお前に教えてやるよ』」
ティールは顔を上げ、ヴァンヤールを見据えてから爽やかに笑って見せながら聖芸の指先を彼へ突き付ける。
「『お前の作品なんて薄っぺらい、ただの落書きだってな』」
「『ふ、ふ……フザケるなよ凡人が──っ!?』」
そしてヴァンヤールが反応する前にティールは聖芸の指先を用いて乳白色の色で中空に円を描き、球体を完成させる。
すると球体は温かな光を湛えながら強烈に発光。ヴァンヤールは思わず目を瞑り目が眩まぬよう身を屈めた。
「『く……。たかが目眩しでっ!!』」
対抗しヴァンヤールも《色彩魔法》を発動。乳白色の発光体を濡羽色で覆い隠し、痛いほどの光を抑えた。
「『──っ!? い、居ない──』」
眩さが晴れ、その先に目を向けると先程まで居た筈のティールが居なくなっており、ヴァンヤールは狼狽えた。すると──
「『ここだオラァっ!!』」
直後懐から声がし、ヴァンヤールが咄嗟にそちらに視線を落とすが、その時には既に自身の顔面にティールの拳が突き上げられる。
「『ぐごぉぁッ!?』」
しかしそれはただのアッパーではない。ヴァンヤールに食い込むティールの拳からはバチバチと鋭く弾ける音が鳴っており、同時に青白い閃光が迸っていた。
「弾けろっ!!」
ティールがそう叫ぶと同時、彼の拳に纏っていた青白い閃光は勢いを増し、強力な電撃となってヴァンヤールに一気に叩き込まれる。
「『ぐががごががごッッ!!?』」
強烈な電撃はヴァンヤールの全身を貫き、ティールが彼を殴り飛ばして拳が顔面から離れ、床に倒れ臥すまでの間に凄まじい激痛が襲う。
「『が、ぐ……。お゛、お゛ま゛え゛ぇぇぇ……』」
ヴァンヤールは痛みに耐えながら上体だけを起こしティールを睨む。
だが睨まれた側のティールは自慢気に彼に先程自身を殴り飛ばした拳を突き出し、笑みを溢す。
「『自分の爪を〝勿忘草色〟に塗って〝電気〟を付与した。〝重ね塗り〟して重厚にしてな』」
「『な゛っ!? じ、自分にっ!?』」
「『その反応……。もしかして試した事無い? マジで?』」
呆れ果て信じられないとばかりの表情を見せるティールに、ヴァンヤールはプライドを苛み顔を歪める。
そして起き上がり切らぬままで《色彩魔法》を再び発動し、裂けた内頬に構わず詠唱を口にしながら左手の人差し指を筆の様にしてティールの立つ床に走らせた。
「『朱色の轟音鳴り響きっ! 燃え尽きる灰色に帰結せよっ!!』」
「むっ」
「『立ち上れっ! 「滲む朱色の豪炎」っ!!』」
描き上げたのは朱色に染まる巨大な火焔。
近寄れぬ程の高温を周囲に放ち、触れてしまえば忽ち消し炭になろうかという勢いで倉庫の天井付近まで立ち上る。
そんな火焔に巻き込まれたティールなど、本来ならば一溜りもない。……筈なのだが──
「『なんだ。想像力まで風化してるのか?』」
火焔に飲まれた筈のティールはその中で焦燥もせずに形を保ったままであり、それどころか余裕綽々とばかりにヴァンヤールに煽り文句を言い放つ。
「『な、んで……』」
「『お前がさっきやったろ? アレの逆だ』」
「『は?』」
燃え盛る火焔の中、平然とティールが聖芸の指先を振るうと火焔の朱色は忽ち冷ややかな〝白藍色〟に塗り替えられていき、揺らめいていた炎はあっという間に柔らかでヒンヤリとした淡雪へと姿を変えていく。
「『ぼ、くの……色が……』」
「『〝魂〟も〝心〟も篭って無い色なんて薄い薄い……。塗り替えるなんてワケないぞ?』」
「『く、そォォォッッ!!』」
ヴァンヤールは慟哭を上げながら痛む身体を無理矢理立たせ、切り落とされてしまった右手に左手を添わせ、そこに色を足していく。
「『桔梗鼠が爪を揃え、藍鉄の釜戸は緋を上げる ──』」
「今度は何だ?」
「『瑠璃の輝きを叩き上げ、其は黒鉄の刃を研ぎ上げるっ』」
「……成る程ね」
「『刮目しろっ! 「消炭を成す刃」』っ!!」
詠唱を終え出来上がったのは消炭色の刃。
《色彩魔法》によって刃を作り上げる工程を一から再現し、まるで本物の直剣のように完成した鋭い刃が切り落とされた右手から傷を補うようにして接着されている。
「『僕をナメるなよ人族のガキ風情がっ!! コレでも僕は軍人で軍団長だぞっ!? 不意を突いて漸くな腕前で、僕に敵うと思うかっ!?』」
「『そうだな……』」
ティールは聖芸の指先を振るい、筆先に色を滲ませる。
「『確かに俺は戦闘はからっきしだ。そこら辺の兵士にすら勝てるか怪しいくらいには頼りない戦闘力しかない』」
「『はんっ!! 今更自己嫌悪か?』」
「『自己嫌悪? 違う違うっ! 本当、視野が狭くて想像力が凝り固まってるなぁ、お前』」
「『あ゛ぁっ?』」
「『俺が言いたいのはつまりな? 俺のこの非力さってのは──』」
そして聖芸の指先の筆を〝自身〟に向け、心底楽しそうに笑って見せる。
「『まるで真っ新なキャンバスみたいじゃないか、って事よ』」
そうして始まるティールの〝自分描き〟。
自身の何の能力もまともに備わっていない戦闘に関するキャンバスに、彼は聖芸の指先を楽し気に走らせる。
ヘリアーテの強靭さ、グラッドの素早さ、ディズレーの適応力、ロセッティの支配力、ユウナの運の良さ、ロリーナの聡明さに、クラウンの容赦無さ……。
仲間達と友人達の、今までの勇姿はティールの脳裏にしっかり焼き付き、鮮明に思い出せる。
それを彼は一つずつ丁寧に向き合い、観察し、イメージし、少しずつ少しずつ己のキャンバスに描き込んでいく。
(ば、バカなっ!? じ、自分を《色彩魔法》で塗り替えるなんて……あり得ないっ!! 出来る筈がないっ!!)
その様子を見ていたヴァンヤールは思わず立ち尽くし、困惑する。
彼の疑念は無理もない。
《色彩魔法》は色を塗った対象に色に応じた性質を一時的に与える魔法。この世のあらゆる物は《色彩魔法》にとってキャンバスに等しいとも言える。
だが生物──とりわけ自分自身になど使おうものならその影響は計り知れない。
色に応じた性質を与える特性上、一度色を塗り込めば対処されていない限りは問答無用でその性質に塗り替わる……。
つまり人体などに色を塗ってしまえば、元々人体に備わっていた基本的な機能──筋肉の運動や骨格の耐久性、内臓の免疫機能に神経の信号、そして脳機能の一部やそれ以上を〝塗り替えてしまう〟危険性が生じてくるのだ。
(さっきの爪までは理解出来る……。爪の性質を塗り替えた所で高が知れてるからね……。でも、今彼がやっているのは……)
それはある種の自滅行為。仮にアレで一時的に超人的能力を身に付けたとしても、本来の性質を発揮出来なくなった肉体はすぐさま自壊し、まともになど戦えない。
それどころか基本的な生命機能すらちゃんと発動してくれるか怪しい限りであるし、一手……僅かなミスが生じれば下手をしたらまともな人形を維持出来るものかも分からない……。
ティールがやっている事は、つまりはそういった危険性を孕んだ蛮行とも取れる所業とも取れるのだ。
……だが。
(……本当に、出来るのか?)
ヴァンヤールは目の前で繰り広げられる創作風景に、図らずも見惚れてしまう。
筆捌きは若い故か所々不恰好であり、色の選択にも少し時間が掛かっている。
線の走らせ方に迷いがあるし、濃淡の判断も少々未熟。
数千年と紡がれ受け継いで来た技術を有するヴァンヤールからすれば、ティールの技術はまだまだ発展途上の半端な熟練度……。間違いなく才能はあるだろうが、それでも彼くらいの芸術家なら五万と居るだろう。
……なのにも関わらず、ヴァンヤールはその光景から目を離せない。無粋に手を下せない。
何故なら彼が余りにも──
「『どうしてそんなに、楽しそうに出来るんだい……』」
そう呟いたタイミング。数分間走らせていた聖芸の指先を止め、浅く短い呼吸をしながらティールは〝自身の〟創作を終える。
その姿に、外見的な変化は無い。
特別筋肉が増えたわけでも、特別皮膚が硬くなったわけでも無い。
ただそう言うなれば、〝厚み〟が増していた。
人間としての、生物としての、男としての、そしてティールという一個人としての〝重厚さ〟が増しているようにヴァンヤールには見えた。
「『……終わりかい?』」
「『ああ、うん……。多分、上手くいったかな?』」
「『それは……羨ましい限りだ』」
「『え?』」
ヴァンヤールは深く深く息を吐き、直剣と化した右手を新生したティールに突き付けながら見据える。
それを受けたティールは再び聖芸の指先を素早く動かすと新たに直剣を描き出し、元々持っていた直剣と合わせて二本の剣を構えた。
「『君の作品、是非堪能させてくれ』」
「『ああ良いぜ? 題して「弱者の限界」。先輩に講評して頂きましょうかねっ!!』」
そうして二人は剣をぶつけ合う。
決して兵士と軍人の力の戦いではない。
先輩芸術家と後輩芸術家の、作品のぶつけ合いである。
「くっ……そろそろ、限界、かも……」
ロセッティの表情に苦悶が浮かぶ中、冒涜の巨人を封じる絶氷は軋みを上げる。
その表面には少しずつ、ヒビが入り始めていた。




