第八章:第二次人森戦争・前編-48
また遅くなってしまいました……。
今回は持病の偏頭痛とか仕事の疲れですね。
言い訳がましくてすみません……。
『──以上が、第五軍団長ヴァンヤールの詳細だ。何か質問はあるか?』
訓練を始める前の事。
大量の書帙に囲まれる中、そうクラウンが本に視線を落とし、次々にページを捲りながらティールとロセッティに問い掛ける。
彼から戦争に於ける重要な打破対象であるヴァンヤールについて知れる限りの事を教えられたが、どちらかと言うとロセッティはそんな敵の情報よりも大量の書帙に囲まれているボスの方が気になっていた。
クラウンの読書は驚く程速く、スキル《速読法》を用いているにしても一ページを捲るのに一秒も掛かっていない。
故に先程からヴァンヤールの家系であるヴァルダ家についてやヴァンヤール自身の軽い生い立ちを聞く間に既に十数冊が右から左へと流れており、最初右側に積まれていた書物の山は既に半分が読了として左側に新たな山を形成し始めている。
一体何をそんなに急いで読んでいるのだろう、と関係の無い疑問が彼女の頭に浮かび始めた頃。隣で真面目にヴァンヤールについての話を聞いていたティールが少し考え耽りながらクラウンに質問をする。
『何個かいいか?』
『ああ、構わないぞ』
クラウンはそう口にしながら一瞥もくれぬまま新たに読み終えた一冊で左側の山を形作り、右側の山をまた一つ削る様に一冊を手に取って再び視線を活字へ落とす。
相変わらず読むスピードは速い。
『あぁ……なんだっけ……。聖芸の指先、だったか? その筆ってぇ……武器なのか?』
ティールのした質問にロセッティもそういえば、と思い返す。
世の中には様々な武器種の使い手が存在する。
スタンダードな剣や槍、斧の使い手は言うに及ばず、中には鉄製の大きな扇を用いた「鉄扇」や同じく鉄製の輪っかを用いた「鉄環」、はたまた所謂ブーメランと呼ばれる狩猟や儀礼等に用いられる「投具」の使い手も居るくらいだ。
世界に一人くらい筆を武器にする使い手が居てもそこまで不思議ではない。
『いいや、武器ではない。分類としてはスキルアイテムだな』
『スキルアイテム? ただの?』
ただの、とティールは訝しんでいるが、スキルアイテムと言っても千差万別だ。
履くと足が速くなる《俊足強化》を宿した靴や、握る力を強く出来る《握力強化》を宿したグローブ等は値は多少張るが一般民にも手が出せる値段で手に入り。
羽織ればある程度の毒物から身を守ってくれる《病毒耐性・小》を宿した外套や、身に付ければ他者から注目され易くなる《卓抜強化》を宿したネックレスは専門職や特定顧客向けであり中々に高価。
《解析鑑定》を宿した鑑定書や設置するだけで周囲の音を遮断する《遮音》の装置の様に何十枚と金貨が飛ぶ物、と多種多様である。
ロセッティの実家であるドロマウス家にも斡旋業の役に立つ様なスキルアイテムは幾つがあり、両親がそれを用いて怪しい人物を弾いていたのを彼女もよく覚えている。
そして件の聖芸の指先に至っては──
『……魔導書だ』
『あ?』
『区分で言えばスキルアイテムとしては魔導書級に該当するだろう。あ、勿論新約ではなく旧約の方だぞ?』
ロセッティとティールは二人共に目を丸くする。
魔法先進国であるティリーザラ王国の国民──延いては、魔法魔術学院の生徒であれば旧約魔導書がどれほどの存在かは知識として身に付けている。
曰く世界的遺物。曰く魔術士の憧れ。曰く魔法の神髄に至る書……。と、様々書物や口伝で語られる伝説的なスキルアイテム。
そんな代物と同格だと言われ二人は内心で緊張を高鳴らせ、心臓の鼓動が僅かにだが速くなる。何せそんな物を扱う敵と、二人は対峙するのだから。
『聖芸の指先はいつから存在していたか判明していない幻の逸品だ。それこそ数千年単位でな』
『ま、マジか……』
『ヴァンヤールの家系であるヴァルダ家が興った当初から彼等が管理している事までは判っているが、それ以前は今の私の情報収集能力ではどうにもな』
クラウンは少し忌々しそうに北叟笑みながら眉を顰めるのと同時、ティールは唾を飲み込み喉を鳴らした。
何せ今回のヴァンヤールを相手にした奇襲迎撃作戦。他の仲間達とは違い自分にだけ別の任務が課されている。それは勿論──
『……そ、それを、俺が? 俺が手に入れる、のか?』
『ああそうだ。お前が手に入れるんだティール。アレはお前が手にしてこそ相応しい』
旧約魔導書級の遺物をティールが手に入れる。
俄には信じ難い任務ではあるが、既に旧約魔導書そのものである賢者の極みをユウナに預けている事を踏まえると、自分のボスの言葉を疑う余地は無いだろう。
彼は──クラウンは本気で一介の学生でしかない新米芸術家に聖芸の指先を与えようとしている……。
確かにティールの芸術に対するセンスは目を見張るものがある。
素人目で見ても漠然とではあるが、作り上げた人物からは想像も出来ない程の〝凄味〟を感じさせる作品ばかりを手掛け、ボスだけでなく仲間内でもその高い技術力と表現力には心を揺らされた。
ロセッティはそんな彼の作品は勿論好きだし、ヘリアーテと二人でワガママで風景画を描いて貰った事もある。
だが……しかしだ。
それでもやはり、聖芸の指先程の品を軽々に一学生が持っていて良いものかは首を捻りざるを得ない。
本来ならそういった品は国へ寄贈し大切に保管されるか、または王国宮廷画家が国王の為に使うべき物だろう。それが妥当で常識的な思考だ。
なのにも関わらず、クラウンは聖芸の指先の存在とその途方も無い価値を知って尚、微塵も揺るがずティールに与える事を当然のように思い、実行しようとしている。
恐らく聖芸の指先の権利云々も、彼ならば賢者の極み同様に色々と手を回してティールが所持していても問題無いように計らうだろう。それを平然と、やって退けるだろう。
ロセッティはそんな自分の畏怖すべきボスの言動と思考、独善的思想に、内心で戦慄した。
『やってくれるなティール?』
クラウンはそこで初めて本の活字から視線を外し、ティールの目を真っ直ぐに見据える。
慈愛も期待も信頼も欲望も……。清濁が合わさり混沌とした黄金色に輝く彼の瞳を間近に向けられ、ティールは苦笑いを浮かべながら頷いた。
『おう。やってやろうじゃん』
そう言い放った彼の横顔を見上げ、ロセッティは素直に想う。
ああ、カッコイイなぁ……。
目の前では今まさに、悍ましき肉の塊が形を成して完成しようとしている。
それは脳が混乱するような極彩色の光の中で頭部、胴体、四肢と蠢きながら形成していき、遂にはまるっきり人型の──冒涜の巨人が巨大倉庫の天井すれすれで頭を擡げた。
だがそんな怪物を目の前にして、ロセッティは一切焦る事無く魔力を練り続ける。
ティールの決意、クラウンの信頼……。
その二つを今一度思い起こしながら繊細に、精緻に、まるで糸を編むようにして丁寧に練られていくその魔力は、これまで発動して来たどの魔術よりも完璧に近く、故に絶大な効果を発揮する。
ロセッティの持つ杖の先に淡く、けれども芯の強い光が宿り始め、未だ完成していないにも関わらず、彼女の周囲の温度は急速に低下していった。
「……躍動せし汝の生を、我は止めん──」
そして駄目押しとばかりに詠唱を開始し、紡ぎ上げる魔術の性能を言葉により更に強固なものに昇華させていく。
それはロセッティがクラウンと《魂誓約》によって〝魂の誓約〟が結ばれた結果、辿り着く事が出来た現時点での最高到達点。
眼前に広がる景色の一部を〝海水と仮定〟。最早《氷雪魔法》の水の分子を停めるという特性から逸脱し、海水と仮定された全ての活動を停止させる。
本来全く別の存在として捉えている景色を無理矢理別のものに仮定し、自身の頭の中で新たな常識と法則を組み立て直し、それを矛盾無く魔力を用いて魔術に落とし込む事を可能としたこの〝マスタースキル〟は、魔法先進国のティリーザラ王国でも極一部の人間しか到達していない領域。
魔導士が目指す、最高位への登竜門である。
かつてこの手法を見出した最古の魔女テニエルは言った──
『宛ら世界の秩序を思うがままに作り替える……。まさに《新秩序》と呼ぶに相応しいスキルだな』
(──ぐっ……)
しかし当然、この《新秩序》は術者に莫大な負担を強いる。
演算処理は普段の何十倍もの難度と量を熟さなければならず、且つ新たな常識と法則を自力で見出し、それを組み込んでいかなければならない。
知識と知恵、演算能力と並列思考、そして技術力と集中力、才能と他のスキルが全て高水準で身に付いていて初めて成立する……。発動自体に制約が存在するスキルである。
(頭が、痛い……。バチバチする……。
でもッ!!)
まるで頭の中で火花が絶え間なく散り、脳を焼き焦がすような痛みに耐えながらもロセッティは己が魔力が枯れんばかりに魔力を一つの魔術に注ぎ込み、唱え続ける。
「数多の営みに静止の終焉を、強大なる力に非常なる現実を、世界の一部を今、この一時だけ終わらせん──」
シン、と冷える静謐な空気が支配する。
醜悪な巨人が蠕動し今にも産声を上げようとしている最中にも関わらず、彼女と彼女の認識する範囲は別世界のような冷気が漂い、変わっていく。
そこに、新たな秩序が成立しようとしていた。
「絶命の一指……「死の氷柱」……」
ロセッティはゆっくりと、毒沼に杖を突いた。
すると杖を突いた毒沼に純白の氷筍が隆起し、空気を破る様な軽い破裂音が先程までの静謐を砕かんばかりに鳴り響く。
純白の氷筍は大小連なりながら道を辿る様に真っ直ぐ、氷同士がぶつかり合い軋む足音を鳴らし冒涜の巨人へと走り、数秒とせず氷筍の森羅を築きながら巨人に辿り着き、触れる。
瞬間──
「ぐぁぁ……ぐおおぁぁぁぁぁぁぁぁっっ……」
得体の知れない半透明の体液滴る巨人の身体は触れた氷筍により瞬時に凍結。
その醜い巨躯を純白の氷にて覆っていき出来上がったばかりの声帯でぐもった慟哭を上げ、巨大倉庫を音圧で揺らす。
「『っ!? しまったっ!! まだこんな魔術を使える魔力をっ!?』」
ヴァンヤールは失念し、そして見縊っていた。
ティールという見るからに足を引っ張りそうな人族を半戦闘不能にし、ロセッティは厄介で凶悪極まりない魔術を連続発動した反動が来ると踏んでいたからだ。
人族はエルフ族と違い、見た目が若々しければ若々しい程に年齢が低い。
彼等の様な見るからに幼さが垣間見える容姿ならば、およそ十代半程度である事は予め知っていたし、《解析鑑定》でも確認していた。
彼等の実力はある程度理解しているつもりでいたのだが……。
(くっ……。あのスキル構成、年齢でなんでこんな大技を連発出来るんだっ!?)
ヴァンヤールは知らない。
〝魂の誓約〟を経て強化されたロセッティのスキル構成は、同じく誓約を交わしたグラッドと比べ目に見えるレベルで脅威度が窺えるものとなっていた。
従ってクラウンはこれを《隠匿》と《極秘》のスキルをロセッティに習得させ情報を隠匿。例え《解析鑑定》であろうと彼の熟練度ではロセッティのスキル構成は詳らかにはならないよう対策しているのだ。
故にヴァンヤールはロセッティをある程度は評価しながらも侮り、悠長に作品作りに没頭してしまった……。不純な動機で軍人となり、まともに経験を積んで来なかった彼の浅慮が招いた愚行と言えるだろう。
(い、いや、今はそんな事よりも氷を何とかしなければっ!! 《色彩魔法》で融かし──)
焦りを滲ませながらヴァンヤールは聖芸の指先を振るい、冒涜の巨人を覆い尽くそうとしていた氷を《色彩魔法》で橙色に色付け、氷を融かす。しかし──
「『──っ!? 解けた側から凍ってっ!?』」
いくら聖芸の指先を振るい氷を橙色に塗り替え融かそうと、融けた側から新たに氷が這い上がりそれを無意味としてしまう。
それどころか性質を変えようと氷を橙色に塗り替えても次第に氷は解けなくなり、全く効果が無くなってしまう。
「『な、んだコレはっ!? 僕の《色彩魔法》での性質変化が間に合わないっ!?』」
それもその筈。
ロセッティが発動しているマスタースキル《新秩序》は、目の前の特定の場所の秩序を一時的に別の秩序へ仮定する権能を持つ。
つまりは自分が生成した「死の氷柱」を「融けない氷」という新たな秩序としてロセッティが仮定したのだ。
「『ふ、ふざけるなっ!!』」
ヴァンヤールはヤケクソに聖芸の指先を振るい、様々な色に無茶苦茶に塗り替えていく。
赤に、青に、黄色に、緑に、紫に、黒に、白に……。
しかしどれだけ塗り替えても性質が変化した直後に《新秩序》によって「死の氷柱」の氷筍に新たな秩序が仮定され、変化しなくなってしまう。
そして「死の氷柱」はそんな《新秩序》の元、次第に冒涜の巨人をその氷で覆い尽くしていき、遂には完全に密閉する。
ヴァンヤールの傑作は今、どんな常識も通用しない新たな秩序に守られた氷によって封印されてしまった。
「『な、な、な……』」
後数分──いや後数秒さえあれば、彼の作品は完成し、歩き出していた。
そうすれば人肉が焼けるような臭いを放ち、得体の知れない体液を撒き散らしながらこの巨大倉庫をブチ破り、人族の王都を狂気と混沌と殺戮の色に染め上げる事が出来たかもしれない。
自分の素晴らしい作品が、憎き人族を蹂躙し歴史に名を残し、ヴァルダ家は数百年前の威光を真に取り戻す事が出来たかもしれない。
なのに……なのに──
「『僕の作品をぉぉ……。よくもぉッッ!!』」
自らの最高傑作を台無しにされたヴァンヤールは鬼の形相になる程に顔を歪め、聖芸の指先に魔力を込める。
「『ナメるなよ羽虫共ッ!! 僕はまだッ!! 聖芸の指先の本領を発揮してな──』」
「へー。なら今の内だな」
声と同時。ヴァンヤールの聖芸の指先を握る右腕に衝撃が走り、それと共に何か冷たい物が通り過ぎる感覚を覚える。
「『……は?』」
何か壮絶に嫌な予感を覚えながらヴァンヤールが少しだけ〝軽くなった〟右腕へ視線を向けると、そこにはとても馴染み深い自慢の手が消え、代わりに冴えるような真っ赤な血を噴き出す己が右腕の変わり果てた姿が映った。
「『あぁ……あぁぁぁ……』」
「……」
「『あ゛あ゛あ゛ァァァァァァァァァッッッ!! ぼおぉ、僕の……僕の腕がァァァァァァァァァッッッ!!』」
現実を正しく認識してしまったヴァンヤールは血が噴き出す右腕を左手で強く握り締めながら庇い、ゆっくりと襲い来る激痛に顔を顰め冷や汗を流しながら両膝を着いて叫ぶ。
そんな彼の右手を残酷な現実に文字通り叩き落としたのは、余り似合っていない血濡れの剣を握りヴァンヤールの後ろに立つティールであった。
「……悪いな。俺にお前の事を慮る余裕、ないんだ」
ロセッティによる「死の氷柱」は冒涜の巨人の誕生を阻害するのと同時に、囮の役目も担っていた。
ヴァンヤールは確かに今は軍人で第五軍団長を任されているエルフであるが、その本質──根幹は今でも宮廷画家で芸術家だ。
軍人としての思考よりも彼の中ではどうしたって芸術家としての矜持が優先される……。ならば目の前で作り上げようとしている作品が何らかの形で妨害されれば、そちらに意識を向けてしまう。
加えてロセッティの「死の氷柱」は敵からしてみれば注意を払わざるを得ない程に凶悪で常識外れな魔術である。
今更重傷を負い、まともに動ける筈も無かったひ弱なティールにまで気を配るのは、ヴァンヤールでは厳しいだろう。
「気持ちは分かるよ。誰だって自分の作品台無しにされたら怒り狂うってもんだ。誰かが背後から近付くのに気付かないくらい、な」
ティールは複雑な表情を浮かべながら剣を鞘に仕舞い、切り落としたヴァンヤールの右手を拾い上げる。
「『こ、このぉぉ……。凡人がぁぁ……』」
「え?」
「『僕の作品にぃぃ……。僕の才能に嫉妬でもしたかぁぁッ!?』」
「……」
ヴァンヤールは右腕を庇いながら徐に立ち上がり、様々な負の感情を綯い混ぜに宿した目でティールを睨み付ける。
「『知ってるぞ愚か者がぁ……。お前、が、芸術家気取り、だとなぁぁ……』」
「『……うん、まあ、そうだな』」
覚え立ててで未だ聞き取れ切れないエルフ語に必死に耳を傾け、なんとか意味を理解してから拙いエルフ語で返事をするティールに、ヴァンヤールは容赦無く捲し立てる。
「『お前みたいな、凡人の、凡作しか作れ、ない馬鹿が……。そんなに、妬ましいかッ!? 僕のあの〝作品〟がッ!! 羨ましいかァァッ!?』」
「『作品? ……アレがか?』」
ティールは氷結し、氷の中で微動だにしない冒涜の巨人を直近で見上げ、眉を顰めた。
遠くからではそこまで詳細にその姿を観察出来なかったが、ここまで近くで見てみるとその醜悪さがより際立ち、余りの悍ましさに吐き気が込み上げて来る。
爆発により中途半端に焦げたエルフ族の肉片や骨片、内臓が無秩序に入り混じり、所々にはそのままの手足や背骨、そして見るに堪えない悲痛な表情を浮かべる顔が張り付いている。
名状し難く、度し難い……。そんな巨人の作品に、ティールは小さな溜め息を吐く。
「はぁ……。凝り固まってんなぁ、ったく」
「『あ゛?』」
「ええと……『別に。アンタの芸術性を否定はしないよ、俺は。こういう形の表現とかアリだし、好きな奴も居ると思う』」
「『……』」
「『だけどさ。コレ、本当にアンタの作風か?』」
「『……なに?』」
ヴァンヤールの表情が僅かに変わる。
それを見てティールは「やっぱり」と小さく呟き、会話を続ける。
「『アレを見た時、最初は確かに驚いた。だけどその後、すぐ気付いた。アレに、アンタの〝魂〟が籠ってない』」
「『は、はん。知った風な口を……。僕の腕を切り落としておいてよくもまぁいけしゃあしゃあと言えたもんだなッ!!』」
怒鳴るヴァンヤールに、ティールは図星を突かれたように「た、確かに……」と漏らし、少し気まずそうにしながら頬を掻いた。
「『そ、それは追々……。兎に角。俺が言いたいのは、アンタならアレみたいなグロテスクなシュール目指すより、もっとやれる事があるんじゃないかって』」
ティールの目は真剣だった。
今彼はティリーザラ王国の兵士とアールヴ森精皇国の軍人としての会話ではなく、一芸術家同士としての会話を試みていた。
ヴァンヤールもそんな彼の目に微かに心が震えたが──
「『……うるさい』」
「『え?』」
それでも右腕から来る激痛と聖芸の指先を握ったままの切り離され他人に拾われた右手を見遣り、心胆から込み上げる怒りで奥歯を強く噛み締める。
「『うるさい黙れ凡人がァァァァッッ!! お前に僕の中が分かるッッ!? ど素人に毛が生えた程度の芸術家気取りが僕に意見するなァァァァッッ!!』」
「……まあ、そうなるか」
仕方がない、とティールは聖芸の指先を握るヴァンヤールの右手に視線を落とし、指を一つずつ外していく。
「『──ッ!! 止めろッ!! 触るなッ!! それはお前如きが触れて良いもんじゃないッ!!』」
「『ああ、そうかもな』」
「『はぁッ!?』」
「『でも多分、今のアンタよりはマシだ』」
「『ぐぅぅ、あ゛あ゛ぁぁッ!!』」
ヴァンヤールは激痛に悩まされながらも魔力を練り、《色彩魔法》を発動。
聖芸の指先の補助無しでの《色彩魔法》の使用は今の彼では困難を極めるが、それでも大雑把に魔術を構築し、ティールの真上に黒鉄色の歪な塊を作り出す。
「『お前、なんか、潰れてしまえェェ凡人ンンンッッ!!』」
そう叫びながらヴァンヤールは黒鉄色の塊の制御を手放し、容易に人一人を肉塊に出来るであろう重量の鉄塊を落下させた。
「頼む。俺の友達を、ガッカリさせないでくれよ」
ティールは鉄塊に目もくれず、解放された聖芸の指先を手に取り、握った。
刹那──
『──新しき、風……』
ティールの意識は闇に落ち、声だけが聞こえる。
喜悦を孕んだ、期待の声が……。




