第八章:第二次人森戦争・前編-47
(まったくっ!! 冗談じゃないっ!!)
ヴァンヤールは自身が作り出した灰色の階段を駆け上がり、また駆け下がり、右往左往と無秩序に逃げ回りながら内心で悪態を吐く。
彼は今、ある種の地獄の中に居た。
一切抑え込む事無く発露し続けるロセッティの這い寄るような憎悪により展開された深紫色の泥。
それは彼女による《病毒魔法》の魔術「汚染蔓延る大沼」による猛毒のヘドロであり、一度身体の一部が数秒間触れていようものなら人体に様々な悪影響を及ぼす毒沼である。
(ただの毒沼ならまだマシだ……。だがアレがコチラに襲い来るのは頂けないっ!!)
本来自在に足場を作り出せるヴァンヤールならば、床が毒に塗れようとも大したハンデにはならない。
だがそんな毒沼がまるで大蛇の如き塊となり、それがうねりながら幾体も一斉に彼に襲い掛かっているのが現状である。
(くっ……。対処しようにも……〝色選び〟に手間取るっ!!)
そう言いながらヴァンヤールは筆を振るい、迫り来る毒の大蛇の〝色〟を次々塗り替え、その毒性を無効化して行く。
ヴァンヤールの得意とする魔法──それは《水魔法》《地魔法》《光魔法》の三種による複合魔法……名を《色彩魔法》。
その特性は「表す」。対象に魔力を変化させた〝色〟を塗る事で一時的に塗った対象の性質の変換を可能とする魔法である。
《色彩魔法》によって塗り出された色にはそれぞれ種類によって固有の性質が存在し、どの色をどんな形で描くかでその色に準じた性質を塗った対象に与える……。
例えば最初にヴァンヤールが使った橙色。コレの性質は〝温暖〟であり、それを自身の周囲に浮遊する極微量の埃や空気中の水分に塗る事で〝温暖〟の性質を付与し、自身に迫るロセッティの氷柱を融かして見せた。
その後も同様。強力になった吹雪から身を守る為の鋼鉄の板を作り出した黒鉄色は〝堅牢〟を、吹雪を消し飛ばした小さな太陽を作り出した白色は〝高熱〟を、毒を避ける為に作り出した足場と階段の灰色は〝固定〟を空気中の水分等に付与していたのだ。
そして今回、自身に迫り来る毒の大蛇に対して行なっているのはその応用。
襲い来る毒に《色彩魔法》で着色する事で毒そのものの性質を変化させ、無毒化や毒そのものを全く別の物に変えている。
そうやってヴァンヤールはロセッティの毒の大蛇を無効化しているのだが……。
(くっ、あの小娘……。アレだけ怒り狂っていたクセに冷静を失っていないのかっ!? 僕が毒を無効化していると見るや否や、毒の性質を少しずつ変えて来るなんてっ!!)
最初、ロセッティがヴァンヤールに向け放った毒の大蛇は麻痺毒に由来する猛毒。触れれば皮膚からじわじわと浸透し、対象を死なぬ程度に麻痺させる毒だった。
しかしそれが彼の《色彩魔法》によって対策されていると知った途端、ロセッティはその毒の大蛇の毒性を大雑把な麻痺毒から様々な種類に一つ一つ変質させ、また細分化たのだ。
トリカブトに含まれるアコニチンやフグ毒として有名なテトロドトキシン、有毒渦鞭毛藻が精製するサキシトキシン等、生物由来の有機化合物を複数事細かに魔力で再現し、それをヴァンヤールへと襲わせている。
魔法とは、魔力を用いた現象、概念の再現。
そしてその再現に際し、最も重要な要素が〝知識〟である。
火や水等の現象、概念を再現する際はある程度の知識さえあれば最低限の威力や効果は発揮され、問題無く攻撃や防御に利用可能だろう。
だがそれ以上……。細かい効果や性質を再現しようとすれば当然それについての知識が必要になる。
一応想像力と卓越した魔力操作能力でそれを補い、実在以上の現象──水に強い炎や決して融けない氷──を発現させる方法もある。
が、それを為せるのは一部の才ある者達くらい。魔法の細かな再現度を高めるには、知識を着ける事が最も効率的な事に変わりはない。
ロセッティの毒の細分化はその最たる例。
彼女は元々魔力操作能力に関してはクラウンに次ぐ実力を持ち、且つ記憶力に至っては目覚ましい才能を有していた。
それを利用しクラウンは、彼女に魔法の訓練よりも優先して知識を与えた。化学や科学が発達し、知識という面では現世よりも圧倒的なアドバンテージを有する彼の前世での知識を、ロセッティへと叩き込んだのだ。
元々裏社会で名を馳せていた当時の新道集一はあらゆる毒物や薬物に対する知識を有しており、それを用いて様々な裏工作を働いた実績を持っている。
加えて転生してからのクラウンはこの世界独自の毒物や薬物の研究に積極的に取り組み、元々持っていた知識を更に高めていた。
そんな彼が知る毒物の知識を、ロセッティはその身に、脳に、確かに刻み込んだ。その結果が今ヴァンヤールを襲う千差万別の毒の大蛇である。
(ある程度なら《解析鑑定》で鑑定すれば判明出来、色によって対処出来る……。だが──)
ヴァンヤールは《解析鑑定》により毒の大蛇一つ一つを解析し、それを《色覚強化》と《色彩感知》、《四色型色覚》と《五色型色覚》、更に《共感覚・色字》を用いてその成分に合わせた色を選別し、配合した色を用いて毒の大蛇を無効化していた。
しかし……。
(──こう成分が細かいと色の選別と配合にどうしても手間取るっ!! このままではいずれ追い付かなくなってしまうっ!!)
ヴァンヤールのやる事は多い。
毒の大蛇に追い付かれぬよう《色彩魔法》で足場と階段を作り四方上下に逃げ回り、それでも追い付いて来た毒の大蛇に《解析鑑定》を使い成分を調べ、それに合わせた色を選び塗り替える……。
その作業量、神経の消耗具合は急速であり、更には保有魔力も容赦無く減っている。
今のままではそう遠くない内に魔力が底を尽き、ヴァンヤールの全身を夥しい量と種類の毒に侵され、再起不能ないし絶命する事になるだろう。
(こ、こうなっては温存なんてしてはいられない……っ!! 消費は今より激しくなるが、この状況のままの方がマズいっ!!)
何かを決断し、ヴァンヤールは今までの逃げ一辺倒から方向性を変更。毒の大蛇への対処を身体能力のみで回避し、とある地点に向かい真っ直ぐに降りて行く。
「……何?」
突然のヴァンヤールの方向転換に訝しんだロセッティは彼が目指す地点に視線を向ける。
そこは最初にヴァンヤールが居た場所──転移によってこの巨大倉庫に現れ、部下共々に大爆発に巻き込まれた場所であった。
「ま、さか……っ!?」
ロセッティとティールも他の仲間達同様、予めクラウンからヴァンヤールについて明らかになっている事を全て教えられ、ある程度の対策も用意している。
故に頭の回転がヴァンヤールへの憎悪で冴え渡っているロセッティは、彼のその行動だけで思い当たった。
〝あの筆〟の本領を発揮するつもりだと。
「早く、アイツをぉぉ……、くっ!?」
大蛇をヴァンヤールへ一斉に攻め込ませようとしたロセッティだったが、そのタイミングで頭に強い痛みが一瞬だけ駆け抜け、大蛇の制御が乱れる。
ロセッティが展開している《病毒魔法》による広範囲占領魔術「汚染蔓延る大沼」は、自身の周囲に自由自在に干渉出来る猛毒の沼を広げる魔術。
その場の支配力はまさに圧倒的だが、それと同時に展開し続ける限り持続的に魔力を消費し続けてしまう。
これは先程発動していた「普遍支配せし氷霧」や「絶命の暴風雪」も同様ではあるが、「汚染蔓延る大沼」は以上の二つの魔術よりも消費魔力量が頭一つ抜けていた。
理由は単純。展開している毒沼に含まれる〝再現した有毒物質〟の種類が多いのだ。
《色彩魔法》により様々な色を用い毒を相殺してしまうヴァンヤールに対抗する為、その処理能力を上回る種類の有毒な有機化合物を再現する必要があり、この沼には実に数十種類──合成物を含むと数千種類もの毒が溶け込んでいる事になる。
そしてロセッティはそれら全てを制御し、まだヴァンヤールに分析されていない種類の毒で構成された大蛇を作り出して操る為には、それ相応の集中力と魔力消費を要求される……。
今し方彼女を襲った頭痛は、そんな無茶にも等しい難業を熟していたロセッティの処理能力の限界から来る痛みであった。
(ダメ……集中力が……。間に合わな──)
崩れ掛ける毒の大蛇をなんとか保たせヴァンヤールに改めて差し向けたロセッティ。
だがそんな大蛇達はヴァンヤールが目指していた地点に彼が到達した瞬間、極彩色の光が辺りを包み込み、大蛇達を消し飛ばす。
更には展開されていた「汚染蔓延る大沼」による毒沼すらも吹き飛ばし、ついさっきまで安全地帯など無かった倉庫の床の一箇所が元の綺麗な状態へと戻ってしまった。
「ま、間に合わなかった……」
そう呟くロセッティの目の前で、極彩色の光の中から何かが蠢く。
それは小さな物体の集合体であり、気色悪く不気味に這い回りながら一塊りに集まり始め、徐々に大きく膨れ上がっていた。
「──っ!? 醜悪な……。させないっ!!」
ロセッティは神経を研ぎ澄ませながら杖を振るう。
すると彼女の頭上に《氷雪魔法》による鋭利な巨大氷柱と、《病毒魔法》による数十種類の有毒物質を含んだ猛毒の針を複数精製し、作り出されようとしている何かに向けて解き放つ。
巨大氷柱と猛毒の針は何の抵抗も無くそのままその何かに真っ直ぐ向かうが、着弾する直前になって再び極彩色の光によって無効化されてしまい、全てが魔力として霧散してしまう。
「ダメ、なの……?」
それから幾度も氷柱と針を放つが、その目が痛くなるような鮮やか過ぎる光を受け霧散してしまい、無駄に魔力を消費するだけになってしまっている。
「く……なんで? なんでっ!? ──っ!?」
未だ憎悪を消化し切れず徐々に冷静さを失い始めたロセッティの肩に、ポン、と手が置かれる。
すぐさまその正体を察したロセッティは慌てて振り向き、荒い息を吐き額に滝のような冷や汗をかき自身の肩に手を置いているティールの姿を視界に収める。
「てぃ、ティール君っ!?」
「お、おう。心配、掛けたな……。悪い悪い……」
「当たり前だよっ!! そんな怪我で……。無理に立ったら痛むんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫……。お前が奴を自分に釘付けにしてくれてる間に、鎮痛ポーションがぶ飲みしたからな。へへ……」
クラウンからプレゼントされたハットをわざと目深に被り顔色を誤魔化そうとするティールだったが、それ以前に辛そうにしている様を隠し切れておらず、変わらずロセッティは心配そうに彼を支えようと背に手を回そうとした。
が、ティールはその手を優しく拒否すると今現在ヴァンヤールが居るであろう何かが出来上がりつつある極彩色の光を睨み、舌打ちをする。
「チッ……。聞いてた通り、良い趣味してねぇな。あのボンクラ芸術家野郎……」
「あ、アレってやっぱり……」
「ああ……。爆発で吹き飛んだ部下達の死骸を、《色彩魔法》と〝あの筆〟で無理矢理繋ぎ合わせてんだ。そういう趣の作品は確かに無くはないが、それにしたって趣味が悪いったらないな」
《色彩魔法》は言い換えれば「意味を与える」魔法。どんな物だろうと塗り替えた色の性質を付与し、一時的にとはいえ変えてしまう。
そしてその対象は死体とて例外ではなく、配色や色使いによっては命の宿らない動く死体すら完成させられる……。
今彼等の目の前で起こっているのは、それよりも更に冒涜的で非倫理的な許されざる芸術作品の制作過程である。
「あんま偉そうな事言いたくねぇけど、ちょっと説教してやらねぇとな。芸術家の風上にも置けないってよ」
「え、待ってっ!? その怪我で戦うつもりなのっ!? あんなの相手にっ!?」
ロセッティが焦るのも無理はない。
彼女の手で傷を冷やされ自ら鎮痛ポーションを飲みはしたものの決して治癒したわけではない。最低限にすら届いていない処置のみ。
そんな処置しかせず、現在進行形で辛そうにしているティールが戦う姿勢を見せているのだ。焦らない方がおかしいというものである。
「お願い無理しないでっ!! わたしのせいでそんな怪我したのにこれ以上戦わせられないよっ!!」
ロセッティとしても勿論、負い目がある。
訓練に従事していたティールではあったが、現在の彼の実力は決して高くはない。ヘリアーテ達の部下である十二名のに比べても幾分か見劣りしてしまう程度でしかないのが現実だ。
そんな彼に身を挺して守られ、大怪我をさせてしまった……。彼女としてはこれ以上ティールに無理をさせ、怪我を負わせるわけにはいかないと考えるのは自然な事だろう。
「……それじゃ、ダメなんだよ」
「え?」
「お前だって解ってるだろ? 俺の実力じゃ、本来こんな場所に居る事……軍団長を相手にするなんて事、見合わないってよ」
「そ、れは……」
「それでも俺がここに居るのは、クラウンが〝必要〟だって確信してるからだ。あのボンクラ芸術家の相手は、俺じゃないとダメなんだよ」
「で、でもティール君……」
ロセッティとて理解はしている。何から何まで周到に計画しているクラウンが敢えてティールをヴァンヤールに当てがっている理由も、そんな彼を全力で守り〝本来の目的〟を達成させるのが自分の役割である事も。
だがそんな自分の役目を守るどころか寧ろティールに守られている現状、その〝本来の目的〟の達成は難しいと判断せざるを得ない。ロセッティは彼への負い目も含めてそう考えてしまっているのだ。
しかし、そんな心配や自責の念を他所に、ティールの目は彼女とは裏腹にヤル気に満ちた目でヴァンヤールの居る方向を睥睨し続け、鎮痛され切っていない背筋を気合いを入れて伸ばす。
「ぐっ……。あ゛ぁ……ハァ……、アイツだってよ。実力不足の俺が無傷のままってのは、流石に思ってねぇよ。いくらロセッティが頑張ってくれても、多少の怪我はしちまうってアイツも……俺も覚悟してんたんだ。その上で、俺はクラウンの提案を飲んだんだよ」
「ティール君……」
ロセッティのティールを見詰める瞳が、僅かに好色に濡れ、そして内心で己を恥じる。
彼より数段実力がある自分は、果たしてこの作戦をやり遂げる覚悟が果たして本当にあったのだろうか? 作戦概要を聞きながら、果たしてその本質を本当に理解していたのだろうか?
このヴァンヤール戦に於いて自分はあくまでもティールのサポート……。奴を打ち破るのは自分ではなく、ティールなのだ。
それなのに実力不足だからと勝手に彼に代わりに奴を仕留め、ティールをまるで壊れ物かのように扱おうとしてしまった……。彼はとうの昔に覚悟を決めていたのに、自分は一体何なのか?
ロセッティは彼が抱く覚悟とボスであるクラウンの判断……。その二つを改めてティールの言葉から感じ取り、彼女もまた決心する。
必ずや彼をヴァンヤールの元まで導き、〝あの筆〟をティールの手に収める、その決心を……。
「……分かった。わたしもちゃんとする。ちゃんと作戦通り、アナタの手にあの筆──「聖芸の指先」を必ず握らせるっ!!」
「──っ!! ああっ!! 頼んだぞっ!!」
「『……』」
ヴァンヤールは極彩色の光の中、まるで新たな生命の誕生でも見守るかのような神妙な面持ちと、ほんの僅かに垣間見える猜疑心にも似た感情で〝それ〟が完全する様を眺める。
彼が持つ筆──聖芸の指先の内包スキルで迫り来る毒を全て払い除け、飛び散った部下達の肉片や骨片を掻き集め、それに同じく聖芸の指先で色を塗り、別の存在として成立させる……。それが彼が行った奥の手……芸術であった。
「『……これで良い。これが僕の……ヴァルダ家に受け継がれる〝芸術〟だ』」
ヴァンヤールの家、ヴァルダ家はアールヴ帝国建国から続く由緒正しき〝宮廷画家〟を数多排出する名門貴族のエルフである。
気位が高いエルフ族の皇族にとって芸術とは品格を視覚的に表す明確なバロメーターの一つであり、他貴族よりもより優れた芸術家を抱えているという事実は、皇族をより確かな上位者であり支配者である事を示す指標でもあった。
ヴァルダ家はそんな皇族を芸術という面で何千年単位で支え続け、常に皇族を絶対君主たらしめる偉業に貢献し続けたのだ。
だが近年──と言っても数百年単位だが──、彼等ヴァルダ家は未曾有の〝ネタ切れ〟に見舞われてしまっていた。
数千年という年月は余りに途方も無く、エルフ族の寿命を考慮すると芸術に対する流行は人族等の比ではない速度で移り変わる。
それを常に追い続け、探求を続け、開拓を続け……。足掻きに足掻いて何とか皇族を満足させるだけの芸術を提供し続けて来た。
しかし、最早それすら間に合わない程に、皇族の芸術に対する舌は肥えてしまった。
何を描いても、何を彫っても、何を表現しても満足されず。アールヴの皇族はヴァルダ家の作り出す芸術にある種の〝既視感〟を覚え続け、皇族は日に日にヴァルダ家から興味を無くしてしまう有り様……。
ヴァルダ家はここに来て存亡の危機を迎えていたのだ。
だがヴァンヤールの実父の晩年。彼はまるで残りの寿命と引き換えるかのように一つの作品を生み出した。
それは宛ら生命の冒涜。
エルフ族の肉や骨、内臓や脳が入り乱れる猟奇的で狂気的なシュールレアリズム……。到底正常な精神では描けず、見る者を不快に落とし込む事必至な、誰にも受け入れられない地獄の様な一枚絵だった。
息子であったヴァンヤールはその絵を見て幼いながらに察した。ヴァルダ家はとうとう、宮廷画家として終わったのだと。
ヴァルダ家は代々、親の遺作を受け継ぐのが習わしだった。
人生を捧げ、命すら捧げ。それを筆に込めて描いた作風を受け継ぎ更に昇華させた作品を生み出す……。それが何千年と皇族を満足させ続けた彼等の真髄だったのだ。
故にヴァンヤールは膝を折り、ヴァルダ家に受け継がれる聖芸の指先を握る父の遺体を憐れみと憎しみの目で見ながら嘆いた。
『僕に、何てものを背負わせてくれたんだッ!?』
それからヴァンヤールは日夜吐き気を催しながら作品を作り続ける。
無理矢理自分に父の遺作の芸術性を見出し、美しさを語り、表現の広大さを公明正大に皇族と他貴族達に説く日々。
いっそ無能で虚飾的な戯言しか口にしない弟──今は別の家に養子入りし軍の輜重部隊長を務めるマンウェ・ジュエトービルに丸投げしてしまう事も考えたが、芸術家として無能にこの責務と聖芸の指先を預ける方が我慢出来ず、結局はヴァンヤールが当主となり描き続けると決めた。
それから数十年と経ち、新たな皇帝として女皇帝ユーリが即位してからは、何故か状況は好転し始めた。
ユーリはヴァンヤールが描く猟奇的で狂気的な絵を奇跡的に気に入り、周りの他貴族はそんな女皇帝の無茶な改革のせいで感性が麻痺し、そしてヴァンヤール本人もまた、自分の描くものに徐々に魅入られていったのだ。
「『ヴァルダ家はまたかつての栄華を取り戻す……。この冒涜的で、されど美しい僕の芸術で、また……。その為に僕は軍に入り、軍団長にまでなったんだ』」
軍団長になれば戦争に従軍出来る。戦争に従軍出来れば間近で死体を目に出来、更にはエルフ族以外の種族の〝教材〟も拝めるかもしれない……。
ヴァンヤールはその為だけに入軍し、軍団長になったのだ。
「『嗚呼……。人族の内臓、どんな色なんだろうな……』」
その目は濁り、狂気を孕む。
最早その目と漏れ出た言葉が本心なのか、彼自身も分からなくなっていた。