第八章:第二次人森戦争・前編-46
本当、お待たせするのは何度目になるか分かりません。
申し訳ありません……。
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それは数時間前の事。
グラッド、ヘリアーテ、ディズレー達が待ち受けている巨大倉庫にそれぞれアールヴ軍軍団長達が奇襲を仕掛けに来たのと同時刻。
ロセッティとティールの二名が守る倉庫にもまた、奴等と同じく軍団長が転移をして来た。
そして転移直後は予め仕掛けられた「埋め火の大地」をしっかり踏み抜き、ロセッティとティールの目の前で大爆発が起こる。
眼前で爆炎と黒煙が立ち昇る中、ロセッティとティールの二人は内心で全く同じ事を希っていた。
お願いだから奇跡的にこの爆発でやられてくれっ!! と……。
だがクラウンから散々言われているようにこの程度の爆撃では軍団長クラスの将校は倒せず、そもそも倒さないよう敢えて威力を調整さえしている。
この爆撃はあくまでも同時に転移して来る兵隊を爆殺する為のものであり、軍団長相手に与えるダメージはオマケ程度のものでしかない。
故に当然、徐々に晴れていく黒煙には炎に照らされた人影が浮かび上がり始め、二人の儚い切望はアッサリと瓦解した。
「『まったく何なんだっ!! こんな品の無い罠があるなぞ聞いていないぞっ!!』」
煙を掻き分けながら、どこかくぐもった声音で文句を言う一人のエルフ族の男。
全身を目が痛くなる程に煌びやかで色鮮やかな蒼色を基調とした軽装鎧と右肩から棚引かせる目が覚めるような真っ赤なマントを装備。
美しく輝くセミロングのブロンドは緩やかにウェーブが掛かっており、面長な顔には黄金比率とも評せる程に目鼻立ちは整っている。
足取りは優雅で無駄に華々しく、立ち居振る舞いが妙に仰々しいこの男こそ、アールヴ森精皇国軍第五軍団長・ヴァンヤール・モルフォ・ヴァルダである。
「『んん? よくよく見てみればコレはビックリっ! この僕をハメた愚物で下劣な輩は一体全体どんな塵芥かと思えばまだまだ矮小なおチビさん達ではないかねっ!?』」
くぐもったままの声でそう宣うヴァンヤールは、身構えるロセッティとティールを指差しながら快活に笑う。
「『いやはや傑作だ傑作っ!! 薄汚い人族の国なぞ何するものぞ高を括っていたがいやいやどうして存外に鬼畜じゃあないかね? ええっ?』」
そのままベラベラと壊れたスピーカーのようにひたすらロセッティとティールを見て笑い語り続けるヴァンヤール。
「……ろ、ロセッティ、アレってやっぱり」
「う、うん……。多分、そうだと思う……」
だが二人にとってそんな彼の戯言など一々気にしている余裕はない。
何故なら仰々しい身振り手振りで喋り続ける彼の口元。そこには半透明な虹色のマスクの様な物が覆っており、先程からヴァンヤールの口舌がくぐもっている原因がこの虹色のマスクにあるのは容易に理解出来た。
恐らくそれは爆炎と共に舞い上がる黒煙を吸い込まない、または吸い込んでも問題無いものに変換する為のものであるというのも想像に難くない。
ではそのマスク、一体いつ何処からどうやって出現させたか、そこが問題なのである。
(アレがボスが言ってたヴァンヤールの〝専売特許〟によって生み出されたものなんだとしたら、思ってたよりずっと手が早い……)
ヴァンヤールがどんな手段を使ったにせよ、彼の状況判断能力はずば抜けている、とロセッティは内心で評価する。
先程の口振りから察するに彼は「埋め火の大地」が罠として仕掛けられている事を知らなかった。ヴァンヤールが希代の名俳優でも無い限りそこに嘘は無かっただろう。
にも関わらずだ。ヴァンヤールはなんらかの手段を用いて「埋め火の大地」の爆撃から免れた挙句、あろう事か煙を吸い込むのを嫌ってマスクまで用意して退けたのである。
爆発は一瞬。敵方のテレポーテーションによる転移から爆撃が巻き起こるまでのタイムラグは無くはないが長く見積もっても二、三秒がいい所。大抵の場合は魔法陣が起動した事にすら気付かないまま爆撃に呑まれ、大なり小なりダメージを受ける筈だった。
しかし、その想定が外れロセッティの額に冷や汗が筋を描く。
(これがアールヴの軍団長……。舐めてたわけじゃないけどここまでなんて……。他の皆んなも、こんなレベルの奴を?)
ロセッティの心配は的中している。この時、実際に他の巨大倉庫で起動した爆撃によりまともなダメージを負った軍団長は居らず、ノルドール以外の二人は転移から起動までの僅か数秒の間に状況を察知し、最大限の対処をして爆撃を回避していた。
これがアールヴ軍の軍団長の練度……。事前に情報を入手し、それを用いて可能な限りの対策を行って挑んでいなければ決して同じ土俵には立てない、紛う事なき強者である。
(のんびりやってる暇は、無いかな……)
「ティール君っ!! 一気に攻めるよッ!!」
「お、おうっ!!」
ティールの返事が耳に届くのとほぼ同時にロセッティは両手で握る杖に魔力を集中させ、深く息を吐くと詠唱を開始する。
「白霧、間を埋め尽くせし零下の園と化し、遍く命を凍え跪かせん……」
精密な調整を数秒で済ませ杖の頭に濃密な細雪を精製し凝縮。そして精製したそれを頭上へと掲げ、締めの詠唱を高らかに告げた。
「凍え咽べッ!! 「普遍支配せし氷霧」ッ!!」
圧縮、凝縮された細雪の爆弾はロセッティの制御から外れた瞬間それを一気に解放させ、巨大倉庫内を埋め尽くす程の氷霧を瞬く間に拡散させ始める。
「『これだから人族とは醜──むっ?』」
ロセッティを中心に視界一杯に広がり始めた氷霧は、異変に気が付いたヴァンヤールの延々喋り続けていた口を間接的に塞がせ、彼とロセッティ達との決して遠くはない距離での視界はあっという間に白色に遮られた。
「よし……。後は容赦無く畳み掛けるっ!!」
今回ロセッティが発動した魔術「普遍支配せし氷霧」は、クラウン戦や盗賊根倉占領戦の折に使用して来た「フロストカーテン」の上位互換的な《氷雪魔法》による魔術。
単純な氷霧の展開範囲の拡大は勿論。氷霧内に存在するあらゆる物体をより緻密に感知する事が出来、更には局所的な温度の調整や他者による魔力の変動の感知と妨害が可能。
加えて氷霧内で発動させた《氷雪魔法》の魔術をより堅牢で強力なものに強化する事も出来、より隙がなくなっている。
そして──
「刺し貫けっ!! 「アイスレインニードル」っ!!」
ロセッティがそう口にすると、ヴァンヤールの数メートル頭上に幾本もの鋭利で頑強な氷柱が形成され、その切っ先が彼目掛け落下し始める。
氷霧内は完全なロセッティのテリトリー。例え目を瞑っていようと氷霧内のあらゆる出来事は全て氷霧を通じて彼女へと伝達され、氷霧内であれば何処へでも《氷雪魔法》の魔術を放つ事が出来る。
氷霧に巻き込まれ視界不良に陥っている敵に逃げ場など無く。更に精度が上がっている「普遍支配せし氷霧」には以前クラウンが見せた様な地中による潜伏も死んだフリも通用しない……。
ある種発動されれば最後の必殺魔術とも言えるだろう。
故にロセッティが発動した「アイスレインニードル」は「普遍支配せし氷霧」により強化されながら、殆ど視界が通らない純白の世界でもヴァンヤールを正確に捉え、彼を悲惨なオブジェへと変える事が出来る──
「『実に良いキャンバスだっ! 描き甲斐があるっ!!』」
その言葉と共にヴァンヤールは手に持つ極短の杖らしき物を自身を囲うように振るう。
すると彼の周囲は振るった極短の杖の軌道をなぞる様にして暖かな〝橙色〟の軌跡が出現し、ロセッティの「普遍支配せし氷霧」による真っ白な氷霧を〝塗り替えて〟いった。
そしてヴァンヤールに向け落下中だったアイスレインニードルがその橙色の軌跡に触れると、人を容易に殺傷し得る無数の氷柱は瞬く間に氷解していき、魔力となって辺りに霧散してしまう。
「っ!? 早速っ……。けどっ!!」
奥歯を噛み締めたロセッティは集中力を途切れさせる事なく更なるアイスレインニードルを発動し、ヴァンヤールが描き出した橙色の軌跡の隙間を縫う様にして射出した。
「『ハッハッハッ!! ムダさムダさっ!!』」
愉快に笑うヴァンヤールはそのまま短杖を素早く振るい同じ様に橙色の軌跡で隙間をすら埋めてしまい、追加のアイスレインニードルも悉く解かされてしまう。
「くっ……。なら、《氷雪魔法》の真骨頂を……っ!!」
ロセッティは杖を床に突き立てると全集中力を杖の頭へと向け、小さく呟く様に、けれども素早く詠唱を始めた。
「飢凍招きし絶風に慈悲は無く、遍く息吹は凍えて眠り、覚める時分を悠久に奪わんっ!!」
詠唱を唱えるにつれ、今まで静謐さを保っていた辺りの氷霧を大粒の氷雪へと変えながら徐々に吹き荒れ始め、強風は吹雪となる。
「停滞せよ、命の鳴動っ!! 「絶命の暴風雪」っ!!」
それは極寒の猛吹雪。
周囲の環境に関わらず氷霧を巻き込み吹雪く死の風は、生物無生物を問わず全てが絶命に向かおうと急速に温度を下降させる。
「『むむっ!? これは……趣きが変わったね』」
晒されればあらゆる物体は凍り付き、意識は静かに凪ぎ、熱は急速に冷め、生命の活動は急激に停止していく……。
この中では最早ロセッティの許しを得ていない者はそう長く生存する事は出来ないだろう。
《氷雪魔法》はただ凍らせる魔法でも、周囲を低温にする魔法でもない。
その真価は特性にもある〝停める〟。
通常「凍る」というのは常に動き回っている水の分子が動かなくなり、零度を越えた段階で分子同士がくっついてしまい、動かなくなる現象を指す。
これによって水分を含むあらゆる物質は低温になればなるほどに水の分子の動きが鈍くなっていき、しまいには凍り付いてしまうわけだが、《氷雪魔法》はその水の分子の振動を魔力を介入させる事で〝強制的に停める〟事を真髄としている。
周囲の環境に関わらず対象を瞬時に強制的に停めてしまうこの特性は、水の分子を含む物体であれば千差万別の区別無く作用し、空気中の水分や生物に大して絶大な効果を発揮する。
(〝アレ〟に通じるか解らないけど、氷霧から伝わって来る感覚から温度の変化が感じ取れた……。ならその温度を支配するっ!!)
《氷雪魔法》は《熱冷魔法》と違い、温度は自由に操れない。あくまでも水の分子を止めるのが特性だが、温度の下降という点に関しては《氷雪魔法》の方が圧倒的に性能が良い。
先程のアイスレインニードルは所詮その特性を利用して氷柱を無数に作り出しぶつけようとしたに過ぎず、ヴァンヤールに対し直接その特性をぶつけていたわけではない。
(さあ、この極寒すら耐えられるっ!?)
吹雪は渦巻き、ロセッティの振るう杖に倣って挙動を変えその猛威全てをヴァンヤールに向け放った。
「『ふむ、中々どうして荒々しい……。これは橙色じゃ厳しいかな。ならっ!!』」
吹雪の中に揉まれながら、しかしヴァンヤールは顔色を余り変える事無く短杖を再び振るう。
すると今度はその先端から黒鉄色の軌跡がヴァンヤールの目の前を走り、自身よりも大きな長方形を中空に縁取るとその中を塗り潰し、巨大な黒鉄色の壁がその場に出来上がる。
「っ!?」
「どうしたロセッティっ!?」
「い、いきなり壁みたいなのが……。でも、そんなもの関係ないっ!! 押し通すっ!!」
ロセッティは更に魔力を練り上げ、更なる豪吹雪をヴァンヤールに向け集中。正体不明の壁を押し退けんばかりの勢いをぶつけた。
「『ハッハッハッ!! どれだけ強くしようとムダムダッ!! 僕に〝筆〟を振らせる余裕を与えた時点で──』」
そう言いつつヴァンヤールは三度振るう。
自身の頭上。そこに白色の巨大な球体を描いて行き、それを幾重にも重ね描きする。
白い球体は重ねられていく毎に存在感を増して行き徐々に大きくなっていき、そして由来不明の〝高熱〟が発生するのと同時に大きさに比例して熱量を増していく。
「なっ!?」
「うっそだろオイ……っ!? アレって──」
吹き荒れる猛吹雪の中、本来なら殆ど視界が通らないその中で、二人は確かに目撃する。
それはこの世界に生きる生命ならば、誰しもが恩恵と困難を齎される存在。
営みを、生死を、世界を天から見下し、信仰をすら抱かれんそれは決して人が抗えぬ絶対的熱エネルギーの権化であり、この世界から見上げ目視で観測し得る最大の天体……。
「小さい……太陽?」
絶望に濡れる言葉が、ロセッティの口から思わず漏れる。
すると一瞬だけ彼女が操る吹雪の制御が乱れ、今まで一切狂いのなかったヴァンヤールへの一方的な豪雪に隙が生まれてしまう。
「『ハッハッ素人めっ!! 僕に今以上の余裕を与えるなんてねぇっ!!』」
その隙を利用しヴァンヤールは短杖──筆を動かすスピードを加速させていき、急速に頭上に太陽を作り出していく。
「『さて、こんなものかな?』」
数秒してヴァンヤールは手を止めると、頭上に浮かぶ自作の小さな太陽を見上げ満足そうに頷き、吹雪が吹き込んで来る方向へ目を向ける。
「『そろそろ煩わしいからね。諦めてもらうよ?』」
相も変わらず傲慢に口角を吊り上げるとヴァンヤールは右手を無駄に優雅に掲げ、気障ったらしく指を鳴らした。
「ッ!?」
「ッ!! ロセッティッ!!」
瞬間、小さな太陽は今まで発していた光量を遥かに凌ぐ勢いで発光し、元々吹雪で一杯だった視界にまた別の白色が広がっていく。
そのとてもではないが目を開けていられない凄まじい光量にロセッティとティールは目を瞑り、同時に小さな太陽から発せられた高熱により辺り一帯の吹雪きは瞬く間に蒸発してしまう。
結果、ロセッティの「普遍支配せし氷霧」と「絶命の暴風雪」は跡形もなく消え去り、二人と一人の間は再び互いを視認出来るだけに鮮明となる。
「『ふむっ!! 今のは中々に芸術的だったんじゃないかな? 流石は僕だなハッハッハッ──ん?』」
高笑いを決め込んだヴァンヤールだったが、視界の端に何やら面白い光景を目撃し、「『ほぉぉう?』」と思わず感嘆の声を漏らす。
「『薄汚い人族も、中々に人情深いじゃないか? 少しだけ見直したよっ!』」
偉そうに語るヴァンヤールの視界に映ったもの。それは──
「ぐっ……」
「てぃ、ティール君ッ!?」
それは小さな太陽から光と共に発せられ、吹雪をも簡単に消し飛ばす程の高熱から身を挺してロセッティを庇い、彼女に覆い被さる形で苦悶の表情を浮かべるティールの姿だった。
「お、おう……。大丈夫だったか?」
「わ、わたしは……。それよりティール君はっ!?」
「うーん、どうだろ? あんま見たくねぇなぁ……。まあ、多分大丈夫、だよ」
そうやって冷や汗を大量にかきながら苦笑いを浮かべるティール。
ロセッティを心配させまいと強がる彼だが吐く息は荒く、痛みを堪えている関係か身体は小刻み震えている。
実際彼の背中は小さな太陽の熱波により酷い火傷に見舞わられ、痛々しい程に真っ赤に焼け爛れていた。
「ご、ごめんなさい……っ!! わたしのせいで……」
「ん? 何言ってんだよ、逆だろ?」
「え?」
「ロセッティがさ……。ギリギリまで吹雪止めないでくれたから……。こんくらいで済んで、二人共無事なんだぞ? だから謝んなって」
ティールのこの言葉は事実であり、本来人一人くらいならば容易に焼き殺せるだけの熱量を発した小さな太陽だったが、ロセッティが最後まで吹雪を止めなかった影響で二人に到達するまでの間に熱波の温度は大幅に和らいだ。
そのお陰でティールは五体満足でロセッティを庇う事に成功し、結果的には二人共に生還する事が叶ったのである。
「ティール君……」
「あ、悪い……。いい加減、退かねぇと、な……」
そう言って立ち上がろうとしたティールだったが、いくら火傷に収まったとはいえ背中一帯が焼け爛れている事には変わりなく。
普段から痛みに慣れていない彼は身体を動かそうとした瞬間、背中から伝わって来る想像を絶する激痛に図らずも意識を失い掛け、バランスを崩して真横に倒れ込んでしまう。
「ティール君ッ!?」
慌ててティールを受け止めたロセッティは彼の悲惨な背中を見て絶句し、動揺しながらも《氷雪魔法》を発動してその痛々しい火傷を薄い氷霧で簡易的に冷やす。
そして自身の周囲に氷壁を作り出し防壁としてから体力回復ポーションを腰から下げたポーチから取出し、彼の口へと当てがった。
「う、ぐぅ……」
「ほらっ。ポーション飲ん──」
パリンッ、と手に持ったポーションの試験管が割れ、彼女の手を薬液が濡らす。
一瞬何が起きたか判らなかったロセッティは、だがその原因をすぐさま察すると徐にヴァンヤールが居るであろうの方を振り向く。
すると自分達の間に聳えていた氷壁の一部は融けて穴が空いており、その穴から見える不遜な彼の顔を見遣る。
「『ふん。コレでも充分温情を与えてあげたよ? 彼の健闘を評してね』」
「……」
「『でも流石に回復までは見過ごせないかな? まあ、無事だったとしても彼程度の羽虫、何ら脅威じゃないがね?』」
「…………」
「『おや? 怒ったかい? ならさっさと向かって来てくれよ。お前達虫ケラを一々相手になんてして──』」
「ハァ……」
それは、酷く重い嘆息だった。
その余りの気配の変貌ぶりに思わず言葉を切ってしまったヴァンヤールは息を飲み、軽薄な雰囲気に緊張感を走らせ、ロセッティに油断ない視線を送る。
そんなロセッティはティールを優しく床に寝かし、静かにゆっくりと立ち上がる様は、まるで実際に重量を伴っている錯覚を覚える程に重苦しい空気感を纏い始め、長めの前髪から覗く眼光は昏い光を宿し、ヴァンヤールを睥睨する。
「『笑えない……。本当に、笑えない』」
「『……お前、エルフ語を喋れるのか』」
「『だから何? 叶う事ならこの言語で貴方を廃人になるまで罵倒したい気分なの。そんな下らない事しか喋れないなら雑草に口があった方がマシだね』」
「『なっ!? キサマ……。この高貴たる僕を侮辱──』」
「『いいから黙れって』」
一突き、ロセッティは杖の先端を床に突く。
すると突いた箇所からズブリッ、と深紫色の泥が噴き出し、そこから急速に次々と泥が辺り一面に広がり始める。
「『な、なんだコレはっ!?』」
驚愕したヴァンヤールは正体の判らぬそれから取り敢えずとばかりに距離を取り、軽く跳躍すると自身の着地地点に筆で灰色の板を描き出しそこへ着地。
先程まで自分が居た場所にまで深紫の泥が到達したのを見遣ると不愉快そうに眉を顰め、あっという間にそんな地獄を作り出した張本人を睨み付ける。
「『な、なんて醜悪な……。美しさのカケラも無い……っ!!』」
「『……どうでもいい』」
「『なに?』」
「『アナタはわたしの友達を傷付けて、貶した……。そう、貶したのよ』」
ロセッティの周囲の泥が彼女の感情に呼応するかのように湧き立ち、震える。
殺意を伴い、憎悪を伴い、泡を上げる。
「『絶対に、許さない。許さない。絶対に、後悔させる。後悔させる』」
「『ハァ、もう……。嫌になるね』」
ヴァンヤールは顳顬に冷や汗を一筋垂らしながら筆を構える。
しかし彼の視界に映る景色は、どうしようもなく憎しみに濡れ切った、何とも描き辛いキャンバスしか残されてはいない。




