第八章:第二次人森戦争・前編-45
えー、スタートが短くなってしまった事で余り期間は取れませんでしたが、隔日更新は今回で最後とさせて頂きます!!
明日からはいつもの間隔に戻りますが、なるべくお待たせせぬように心掛けますので、どうぞ宜しくお願いします!!
時刻は夕刻。
師匠から父上が居る拠点に襲撃が遭ったという報告を受けてから二時間程経った頃だ。
この一時間で私とロリーナがやっていた事は夕食の準備。
といっても他の兵士達の様に砦内にある食堂は使わず、敢えて野外の開けた一角を利用させて貰い、必要な物を展開させていった。
理由としては砦内で振る舞われる料理は基本的に市街から派遣された料理人による料理である事が大きい。
派遣された料理人の腕前を信用していないわけではないが、もしハズレの料理人だった場合、私とロリーナの料理の味に慣れて舌の肥えてしまったヘリアーテ達では下手をすれば士気が下がるかもしれない。
そして何より大きい理由が私の食事量。これを考慮しないと色々と具合が悪い。
私の二つ目の大罪スキル《暴食》は、所持者である私に絶え間ない〝空腹感〟を与え、ある程度の食物を摂取しなければそれが消える事はない。
多少の空腹感ならばポテンシャルを損なわず耐えられるし、「暴食」も文句は言い始めるが無闇に暴れたりはしないから然した問題はないのだが、それ以上となると色々と面倒が生まれてしまう。
なので私は空腹感を感じる前に適度な間食を行う事でそれを補い、その時間さえ取れない場合は事前に〝食い溜め〟をして抑え込む事にしている。
今回の戦時中は基本的には後者であり、この戦場を訪れる前にもしこたま食い溜めをして戦争に臨んだ。
それに加え普通に朝食や昼食を摂る事で延長し、今の今まで抑えて来ているのだが、ここに来てもう一度食い溜めをする必要が出て来た。
原因は明白。度重なる戦闘による消耗だ。
想定していたよりも戦闘による消耗が激しく、それを補う為に食い溜めしていたエネルギーが激減してしまっている。
そのせいで先程から空腹感が絶え間なく襲い、脳内で「暴食」が腹が減ったと五月蝿くて敵わん。
故にこの機会に再び食い溜めをしなくてはならず、必然食べなければならない食事量も相当必要となってしまう。
そうなると恐らく砦内の食堂では補う事は難しくなる上、他の兵士達が食べる分を私が消費してしまう事になり余り宜しくない。
その上料理の質も怪しいとなると、最早自分達で作った方が早いし、色々と面倒が無くて済むだろう。
それにある程度の下拵えや作り置きがあるから調理もスムーズになるだろうし、身内の分も作れるから一石二鳥だ。
と、いうわけで私とロリーナは取り敢えず二人で料理の準備を始めた。
テーブルや椅子、調理器具に食器や食材は全て私の《空間魔法》の魔術ポケットディメンションから取り出して揃え、《精霊魔法》で即席の釜戸なんかを作り出してから調理を開始。
大鍋に複数種類の料理を拵えていき、作り置きの料理を温めながら追加で作る可能性がある料理の下拵えを進行した。
量としてはザッと四十人前前後。追加分の材料を合わせれば大体五十人前になるか。
しかし本調理をしていないのに約二時間か……。かなり効率的に動き回っていた筈だが、やはり二人だけでは限界があったな。
「ふぅ……。かなり作りましたけど、これぐらいで大丈夫ですか?」
「ああそうだな。ありがとうロリーナ。君も疲れているだろうに付き合わせてすまないな」
「いえそれは全然。確かに大変ではありましたが、クラウンさんと料理を作る時間は楽しいので、寧ろ息抜きです」
「ふふ。そう言って貰えると有り難い」
大量に作りはしたが実質半分以上は私の分だからな。疲れている中手伝わせるのは申し訳なくもあったが、楽しんでくれていたのなら良かった。
「それでクラウンさん。この後は?」
「そうだな……。ちょっと寄る所があるんだが、ついでにヘリアーテ達を呼びに行くとするかな」
「寄る所ですか?」
「そう時間は掛からん。ただちょっと今日の部下達の成果を総まとめするだけだ」
仕込みがある程度済んだ後、念の為ムスカに設営場所を見張らせてから私とロリーナは改めて砦内を訪れとある場所に向かっている。
ロリーナにも言ったが、目的としては今日の部下達の総まとめ──つまりはアールヴ軍の奇襲作戦を返り討ちにしたヘリアーテ達の成果を確認しに行くというもの。
具体的には第二軍団長ノルドール、第三軍団長テレリ、第四軍団長オルウェ、そして第五軍団長に会いに行き、色々とお話をし、ヘリアーテ達を直接褒め称えに行くという事になるだろうか。
つまり今から向かうのは砦に併設された捕虜をブチ込む為の捕虜収容所になるわけなのだが、当然の話捕虜を一隊長補佐程度が好き勝手して良いわけではない。
例え捕らえたのが私の部下であったのだとしても、捕虜になった時点でその扱い、管轄は収容所長に一任されてしまい手出しが出来ない。
仮に収容所長に黙って捕虜達に何らかの危害を加え、それが露見してしまった場合下手をすれば戦争犯罪として罰せられる可能性がある。
故に私がいつものように敵のスキルを奪ってそれがバレた場合、最悪私が戦争犯罪者として吊り上げられる事になってしまう。
だがだからと言って彼等の数百年と積み重ねて来たスキルやその熟練度、経験や知識が無駄になってしまうのを見過ごす事など私には出来ない。余りに勿体無さ過ぎる。
「つまりまず、その収容所長さんを説得する必要があるという事ですか?」
「説得、か……。それが通じるならば楽なのだがな」
「通じ、ませんかね……」
「危害を加える前提だからな。それを許しては責任者の意味が無い」
「つまり……」
「ああ。それを許してしまうような交渉が必要になるな。腕が鳴るよ。ふふふふ」
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(……機嫌、全然良くならないな、クラウンさん)
ロリーナは横を歩くクラウンの横顔を見上げながらそんな事を内心で思う。
ここ数時間、本人も何度か口にしていたがクラウンは頗る機嫌が悪い。
自分が側に居るから気を遣って余り態度に出さないようにしているのか分からないが、言葉の語気や雰囲気がそこはかとなく乱暴というか、荒々しい、とロリーナは横に侍ていて感じていた。
幸いクラウン自身が気を付けているのもあり、それが良からぬ方向に向いたりは今の所無いのだが、少し危うい場面も無かったわけではない。
中でもヘリアーテ達の部下十二名──特にギデオンへの高圧的な態度には彼女も内心でハラハラしていた。
最終的にギデオンの心が折れ彼等への気付程度に収まったから良かったものの、仮にもう少しギデオンが再びクラウンに逆らっていたりしたらどうなっていたか……。
(流石に命を奪ったり再起不能にしたりはしなかったけど、最悪腕や足くらいなら折っていたかもしれない……。それくらい今のクラウンさんは機嫌が悪い……)
一応、原因は分かっている。
数時間前にクラウンが相手をしたエルフの女将校……。彼女が連れていた大蛇による幻覚攻撃のせいだ。
クラウンは後でちゃんと教えてくれると言ってくれた為に未だにどんな内容だったかはロリーナは聞かされていないが、明確にクラウンの異常を感じたのはあの時点から。
何せあのいつだって余裕がある振る舞いをし、決して他人に弱味を見せる事が無いクラウンが見た事も無いような顔をしながらただロリーナに抱き着いたのだから、どう考えてもあのタイミングだろう。
(あんな顔をするくらいだからよっぽどの事……。多分……前世の奥さんの事、かな……)
ロリーナはクラウンから、自身の前世の事を殆ど包み隠さずに明かされている。
その中には勿論クラウンの前世──新道集一の妻である夢の事も聞かされていた。
彼がどれだけ妻である彼女を愛し、そして喪ってどれだけの絶望と喪失感を覚えたのか……。沈痛な面持ちでこの事を語るクラウンの姿を、ロリーナは複雑な心境で聞いていたのをしっかり覚えている。
(今クラウンさんの前世の奥さんは居ない……。ならこの人を心から癒せるのは……私……。だけど……)
と、心中でそう辿り着いたロリーナだが、具体的に何をどうすれば良いかなど検討も付かず。
唯一浮かぶとすれば昨夜の短くも妙に濃い一幕──ロリーナがクラウンに子供を云々と迫った全く参考にならない、ある種忘れてしまいたいような記憶くらい。
「ん? どうしたロリーナ。顔が赤いが……」
「──ッ!!」
思い出すのに夢中でクラウンからの視線に気付けなかったロリーナは、慌てて両手で恥じらうように顔を隠しながら顔を逸らす。
「い、いえ……。少し疲れが顔に出ているだけです」
「む。そうか? なら良いのだが、体調が悪いならば直ぐに言うんだぞ?」
「は、はい……」
要らぬ心配を掛けてしまったと反省しながらロリーナは改めてあの時の事を思い起こし、何故あんな意地と勢いで大胆な行動に出られたのかを考え始める。
(私は……うん。クラウンさんが好き……。この人に好意を抱いて貰って、愛してるってちゃんと真正面から言ってくれる……。凄く嬉しい……けど──)
ロリーナは胸の奥に痛みを感じた。
それは一瞬湧いた度し難い程の〝ワガママ〟に対する罪悪感。
今でも充分幸せだと自覚しながらどうしてもそれ以上を求めてしまう、奥底にある卑しい自分の本性の片鱗から来る痛みだった。
(……そっか。私は単純に……)
そう。あの時色々と理由を捏ねてはいたが、その実彼女は今よりももっとクラウンと親密になりたい。
肉体的にも精神的にも今よりももっと……。そういう願いが、望みが、〝強欲〟が、そうさせたのだ。
(私って、欲深いな……。今はクラウンさんをどうにかして癒したいのに自分の事ばかり……。こんな私に、どうやって)
ロリーナは再びクラウンの横顔を見上げる。
同じ場所、同じ距離、同じ角度から幾度も見て来たその横顔はいつまでも見詰めていたく、さりとてコチラを振り向いて笑い掛けて欲しい。
胸の奥にジクジクと鈍い痛みを覚えながらそんな事を思っていた。すると──
(……? アレ? なんか少し……)
それは殆ど毎日眺めていたから気付けた極々僅かな変化。
痛みを感じる程の劣情を胸の奥で抱いたからこそ見えて来た微かな違和感。
他人は勿論友人にも家族にも気付けないかもしれない、ロリーナだからこそ見つけられたクラウンの不機嫌の根本であり、至極単純で当たり前の小さな〝切っ掛け〟だった。
(そう、だよね。スキルがあってもクラウンさんだって人間だものね。当たり前だよね……)
忘れ掛けていたクラウンに対する評価を内心でこっそり見直すと、ロリーナはさっきまで遠回りし悩んでいた諸々を自嘲気味に頭の隅に追いやり、気を取り直す。
(多分クラウンさんの事だから、当たり前みたいにするつもり無いんだろうな……。そういう所は、少し手が焼けるかもしれないな。ふふ)
自分にもクラウンに出来る事がある。それが分かりホッとしながら、彼女はタイミングを測り始める。
単純なれど恐らく説得の難しい提案をする、そのタイミングを……。
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数分して私達は捕虜収容所に到着する。
砦に併設される形で作られたそこの空気は若干の薄暗さと湿っぽさを孕み、余り良い空気感や雰囲気とはいえない。
加えて収容所の監房入り口からは何やら騒がしい声が漏れ出ており、消費魔力節約の為に聴力関係のスキルを切っている今、その内容は判然としない。何とも物々しい場所だ。
監房入り口横には受け付けを兼任する警備兵がどこか苛ついている様に貧乏揺すりをしながら受け付けの椅子に座っており、その奥の扉には「休憩室」という札がぶら下がっている。
私は《気配感知》等を使い休憩室の中を片手間に調べると、休憩室室内の更に奥にある部屋から収容所長の存在を確認し、それから受け付けに歩み寄って笑顔を作る。
「失礼。私は剣術団二番隊隊長補佐をさせて頂いているクラウン・チェーシャル・キャッツという者です」
「む?」
受け付けの警備兵は突然現れた私達に何事かと一度は目を白黒させるが、私達の外見を簡単に見回すと面倒そうな表情を浮かべ小さく嘆息した。
「見たところかなり若いようだが……。その肩書きは本物か?」
「疑う気持ちは理解出来ますが、本当です。信用出来ないというならば上官へ確認して頂ければ幸いです」
「ふむぅ……。それで? そのお若い隊長補佐様がこんなしみったれた収容所に何のようですかね? 尋問ごっこならお引き取り願いたいんですがぁ?」
皮肉と嫌味を混ぜたような態度に、ただでさえ悪い虫の居所を撫でられたような気分になり思わず拳に力が入るが、何とか堪える。
「……まあ、そう言わずに。用事は幾つかあるのですが、まず私の部下三人がコチラにお邪魔しているかと思うのですが、まだ居ますか?」
「あ? 部下だ?」
受け付け警備兵は私に言われた事を最初かなり不審がり眉間に皺を寄せるが、数秒考えた後に何か思い当たったように表情を緩めると徐に口を開く。
「クラウンって……もしかしてお前、監房室の中でさっきから喧しいガキ共の上司か?」
「喧しい?」
「ああそうだよっ! 上司に命令されて監房室に集まるように言われたってさっき来てよう。それから中でガヤガヤうるさく談笑してやがってんだっ!」
……成る程。先程から聞こえている監房室から聞こえる騒がしい声はアイツ等の声か……。それで何となくこの警備兵もイラついている、と。ふむ……。
「それは申し訳ない事を……。中に入ったらば直ぐにでも諌め、静かにさせます」
「ああそうしてくれ……。で? 他に用事はなんだ?」
「主な目的は数刻前に収容されたアールヴ軍の第二軍団長から第五軍団長、それから第四副軍団長への面談です」
「ああお前の部下達と同じか……。入るのは構わなねぇが、中には《傍聴》のスキルアイテムが展開されてるからな。少しでも不審なやり取りや捕虜に対する不当な仕打ちは即効お前達を捕縛する。良いな?」
やはり厳重に捕虜が監視されているな……。壊してしまうのも一つの手ではあるが、なるべく後腐れ無い方が後々都合も良い。やはり収容所長と話す必要があるな。
「はい。ああそれと……」
「ああ? なんだまだあんのか?」
「はい。奥に収容所長、いらっしゃいますよね?」
「あ? ……ああ居るけど……」
「そうですか。一つご挨拶したいのですが、構いませんか?」
「……何?」
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「『何度言えば分かるわけ? ワタクシが負けたのは二対一で魔法属性もこっちが不利だったからであってアンタ見たいなガキ一人なら負けて無かったのよ自惚れないでくれるッ!?』」
「『はぁぁ? だーかーらーッ!! 事前に情報を集めて対策して勝ったんだから私達の方が勝って当たり前って話でしょーがッ!! 自分を慰めるのは勝手だけど私達をわざわざ貶めるような言い方しないでくれる? 見苦しいったらありゃしないっ!!』」
収容所監房室。最奥特別監房前にて、二人の女性が鉄格子を挟んで激しい口論を繰り広げている。
片側監房外に居るのは目が覚めるような発色の良い黄色い髪色の髪をツインテールに結った少女でクラウンの部下の一人、ヘリアーテ・テニエル・ヘイヤ。
もう片側監房内で拘束されているのはウェーブの掛かったブロンドのロングヘアに少しだけ吊り上がった新緑色の程良く大きな瞳をしたエルフ族の女性でありアールヴ軍第三軍団長テレリ・リンダール・ボーンビシッド。
数時間前まで死闘を繰り広げていた女性二人である。
「いやースゴイねー二人共。僕等並みに激しい戦闘だったろうに、あんなに元気で……」
「う、うん……。凄いね、二人……」
そんな様子を静観するのはヘリアーテに同じくクラウンの部下、グラッド・ユニコルネスとロセッティ・ゲイブリエル・ドロマウスの二人。
三人は一時間ほど前に《遠話》にて貰ったクラウンの命令によりこの収容所に集められ、今に至る。
「ヘリアーテちゃんが気を利かせてボスが来る前に簡単な聴取しようって言ったまでは良かったのに……」
「初手でこんな口論してちゃー、日が暮れるねー」
「うん……」
そう思うならば彼等も他の軍団長達に聴取し効率化を図れば良いと思うかもしれないが、一応彼等も最初はそう試みはしたのである。
しかしグラッドが倒した第二軍団長ノルドール・トービルは余程グラッドが気に入らないのか口を真一文字に結び一切目線を合わせる事なく会話出来ず。
ロセッティに至っては相手の状態が状態なので彼女自身にはどうにも出来ず、どうしたものかと思案していた。
自分達が倒した以外の軍団長──第四軍団長オルウェ・アンクイン・モリクウェンディに話を聞こうともしたが「アンタ等のボスが来たら話す」の一点張りで取り付く島がなく。
同じく第四副軍団長でありオルウェの双子の妹エルウェ・ビークイン・カラクウェンディは〝誰かさん〟のせいで半廃人状態……。
以上の事から事前の聴取難航を極めており、グラッドとロセッティは最早ヘリアーテ達の口論が大人しくなってくれるのを待つしか無い状態であった。
「特段命令されているわけではなかったけど、いざ上手くいかないと歯痒いねー」
「うん……。わたし達、もっとボスの役に立ちたいのに」
「『……オイ』」
二人の耳に男エルフの声音が届く。
グラッドとロセッティがその声の方へと振り向くと、それは先程から全く口を開きたがらなかった第二軍団長、ノルドールが不承不承とばかりに二人を仰ぎ見ていた。
「『なーにー? さっきは全っ然ボクの事無視してたのに』」
「『……テメェ等、ボスってのを待ってんだよな?』」
「『ん? うんまあ、そうだけどー?』」
彼の質問に肯定すると、ノルドールは鼻を鳴らしながら嘲るように続けた。
「『ふんっ!! テメェ等オレ達を舐めてんじゃねぇぞ? 例えテメェ等のボスが来た所でオレ達が簡単に折れて情報なんか吐いてやるかよッ!!』」
語気を強め言い放つノルドールだったが、それを聞いた当の二人は揃って首を傾げる。
ノルドールはノルドールで思っていたリアクションとは違う反応が返って来た事に困惑し、眉をへの字に顰めた。
「『な、なんだその反応……。テメェ等オレ達から情報搾り取る気じゃねぇのかッ!?』」
「『う、うーん、まー、間違っては無いんだけどなー』」
「『あ゛? どういう意味だ?』」
「『いや、うーん』」
「『わたし達のボスが欲してるものって言ったら……ね?』」
「『うん。ボスが欲しているって言えば──』」
瞬間、収容所全体の空気が痺れる。
そんな空気に当てられたノルドール達軍団長は同時に凄まじい悪寒を全身に走らせ、一瞬にして全身から冷や汗が溢れ出した。
それは口論していたテレリを瞬く間に黙らせ、難しい顔をしていたオルウェの表情は強張り、エルウェは何かを思い出したかの様に怯え出し、第五軍団長は空な目のまま監房室の入り口に視線を向ける。
「『な、なんだ……一体……』」
「『ん? 何が?』」
「『何がじゃねぇッ!! テメェは感じねぇのかッ!? この……この身の毛もよだつ威圧感をッ!?』」
「『威圧感? ……あー成る程』」
何か納得したように唸ると、グラッド達は揃って監房室の入り口に目を向ける。
そしてそこから感じられる馴染みある気配に口元をやんわりと緩め、まるで出迎えでもするかの様に左右に分かれて道を開けると、わざとらしく膝を突いて見せた。
「『な、なんだ……。なんだよオイッ!!』」
「『なんだって、そりゃねー』」
「『んなもん決まってんじゃない』」
「『聞いてたよね? わたし達のボスが、ここに来るって』」
その言葉を皮切りに、監房室の扉が開けられる。
監房室内の照明により逆光で黒いシルエットのみが姿を現すと、彼はゆっくりと軍団長達の監房へ向けて歩み出した。
「諸君。揃っているな?」
照明を通り過ぎ、逆光が徐々に収まるにつれ判然としなかった姿が露わになっていく。
姿がハッキリし近付くに従って軍団長達に掛かる怖気とプレッシャーは次第に増していき、肌の鳥肌は限界まで粟立つ。
今彼等を保たせて居るのは軍団長として培って来た精神力によるもの。でなければ今頃悲鳴を上げ、無様に檻の中を逃げ回っていただろう。
「『早速だが自己紹介をしよう。初めまして、栄えあるアールヴ森精皇国軍軍団長諸君。私がそう──』」
恐怖の塊は彼等の監房前で立ち止まると大仰に両手を広げながら満面の笑みを浮かべる。
口角が限界まで吊り上がり、心底愉快で堪らないというドス黒い感情を滲ませながらノルドール達を見下すその眼は、今から自分達に降り掛かる災難を優に想像させた。
「『私こそが彼等ヘリアーテ達の主人……クラウン・チェーシャル・キャッツだ。さぁ、選べ……ここで死ぬか、私に全てを差し出すかっ!!』」
アールヴ軍第五軍団長は今、監房の鉄格子越しに現れた人族の男を睥睨する。
彼から発せられる今まで感じた事の無い怖気は、第五軍団長にまで上り詰めた自分すらも容易に竦ませる何かを孕んでいるが、それに明確な反応は出来ていない。
何故なら彼はここに至るまでの道程──数時間前に決行した奇襲作戦の折りに、プライドも信念も思想も何もかもをへし折られ、道に迷っているからである。
(……死ぬなら、それもいいかもね……でも──)
第五軍団長は鎖で繋がれた己が手の平に視線を落とす。
当然そこには何も握られてはおらず、あるのは自分の人生の殆どを費やして拵えた複数の〝筆ダコ〟のみ。自身の半生を共にした〝筆〟は、既に握られていなかった。
(……僕がもっと早く気付いてれば、僕は負けなかったかな……)
第五軍団長ヴァンヤール・モルフォ・ヴァルダは思い馳せる。
自分の人生を否定された、数時間前の戦いを……
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